秋  風

またこの季節にこの場所を通るとはな・・・・

またって・・・?

いや、なんでもない・・・

わぁ・・・コスモスの花がいっぱーーい・・・

この花はコスモスというのか・・・?

そうよ・・・秋桜と書いてコスモスって読むのよ・・・

秋桜か・・・

どうかして・・・?

いいや・・・・綺麗なものだなと思ったのだ・・・

そうでしょう・・・?

ああ・・・さあ、行くとしよう

・・・・ええ







ついに、新たな宇宙に41個目の惑星が誕生した。
それは、新たな宇宙の新たな女王誕生の瞬間でもあった。
自分自身、新宇宙の女王と呼ばれたのがついこの間のような気がしている現女王アンジェリークであった。

「・・・これで女王が決定しましたわね、陛下?」

「ええ。でも・・・」

女王アンジェリークの心には、素直に喜べない想いがあった。それは、まだ遠くない日に自分も感じた寂しく空しい想いを、新たな女王となった少女も感じてはいないだろうかという危惧であった。

「・・・陛下?」

黙り込んでいる女王に女王補佐官ロザリアが心配そうに声をかけた。

「ねえ、ロザリア。相談があるの、実はね・・・」




ここは、女王候補が過ごす寮。
試験が終了したとの知らせを聞き、アンジェリークはベッドの端に腰掛けてボーッと感慨にふけっていた。

(・・・長いようで短かったなぁ。それにとっても楽しかったな。最初はいやな子なんて思ったレイチェルだけど、いざ付き合ってみると結構いい子だわ。あの子も負けず嫌いなはずなのに、自分が負けた相手に”おめでとう!”って、明るい笑顔で言ってくれて・・。あの子となら一緒にやっていけそうだよね・・。それに、守護聖の皆様と教官の方々もとっても素敵な方ばかりだし、そして占い師のメルさん、王立研究員のエルンストさん、そして謎の商人さん。皆様にとっても楽しい思い出を頂いた。そんな皆様に助けて頂いて、私は女王になるのよね・・)

「フーーーッ」

アンジェリークの心は重かった。
無論、勝気な彼女としては、王立研究員創設以来の天才少女と言われたレイチェルに大差で勝ち、女王に決まったことは嬉しかった。
新しい宇宙を自分の力で創っていくということにも大いにやりがいを感じていた。
だが、彼女も普通の女の子。独りの男性の影が心の奥底に息づいているのであった。
彼・・・と自分とは、おそらく正反対の性格であるだろう。
それ故に、自分は彼に強く惹かれていったのかもしれない。
彼は優しい。だが、彼の優しさの中には自分と同じ強さも感じられた。
どうして彼は、あの溢れるばかりの優しさの中に強い心を秘めていられるのだろう。自分は気ばかり強くて、それを激しくぶつけるだけの強さなのだ。
自分自身、心の奥底でそんな自分に疲れていた。そんな自分が彼と一緒にいるだけで、不思議と穏やかな優しい気持ちになっていくのだった。
いつしか、自分はこの人といつも一緒にいられたら・・・。そんな風に思うようになっていた。
アンジェリークは、ブルーを基調にした自分の部屋のチェストに目を向けた。
そこには一枚の水彩画が飾ってある。
二度目に彼の私邸に招待されたときに、彼から贈られた花の絵画である。
彼にとって、大事な思い出が詰っている絵だと聞いた。
そして、あなたの想い出も重ねていってほしいと言った。しかし、もはやそれも叶わないのではないか・・。
そう思うと、アンジェリークは悲しくなった。

アンジェリークは立ち上がり、その絵を抱いてそのままベッドにゴロンと寝転がった。
そして、目を閉じて思い出してみる。
そう、あれは40個目の惑星が誕生した日の朝。
彼がアンジェリークの部屋を訪ねてきた。
アンジェリークはその時、勇気を出してみようと思い彼を森の湖へ誘った。
だが、いざ森の湖で二人っきりになると心臓がドキドキいうばかりで言葉が出てこなかった。
彼もまた、いつになく真剣な顔をして彼女を見つめていた。

(・・・本当はこんなことを言いたいのではないのに・・・。)

たわいのない会話をしながら、アンジェリークは内心自分の弱さに苛立っていた。
そんな彼女の様子に気づいたのか、ふと、彼の言葉が途切れた。
それと同時に二人の視線が絡み合った。
彼女は感じた。確かにその時彼女は感じたと思った。
二人の間に何かしら通じ合ったものがあったと・・・・。

「あの・・・」

アンジェリークがその沈黙を破るように言葉を発したその時、いつも穏やかな天候であるはずの聖地にしては珍しく、一陣の風が二人の間を吹き抜け、二人の髪や服を舞い上げていった。

「キャッ!!」

「・・・・!」

そして、アンジェリークのその言葉きそのまま続けられることなく今日に至ってしまったのだ。

(あーあ。あの時、風さえ吹かなければなぁ・・。今更言っても仕方がないか・・。私は女王になるのだから許されないことなのよね・・。でも、何で女王になるのと、恋とどちらかを選ばなくてはならないのかな? 陛下は女王候補の時にこんな想いをされなかったのかしら? ハーッ、あの方が私と同じ気持ちを持っていてくださるかはわかんないし、このまま黙っていたほうがいいのかなぁ・・。でも、嫌われてはいないと思うんだけどなぁ・・・)

アンジェリークは胸に抱いていた絵をキュッと抱き締めた。

「・・・女王か・・」

そう呟いたと同時にチャイムの音が鳴った。
抱いていた絵をチェストに戻すと、彼女はドアを開けた。



翌日、アンジェリークは女王の宮殿に向かっていた。
昨日チャイムを鳴らした女王の使いの者に、今日一人で宮殿に来るように言われたためだ。

(・・・確か女王の即位は明日だと聞いたけど・・。私一人でだなんて、いったい何のお話かしら?)

アンジェリークは少し不安になったが、それでもいつものキリッとした瞳で謁見の扉を開けた。

「よく来ましたね。女王陛下からあなたにお言葉があります」

女王候補にとっての優しいアドバイザーであった女王補佐官ロザリアが言葉をかけた。
アンジェリークはその言葉に、真っ直ぐ視線を金の髪が美しい女王へと向けた。

「おめでとう。女王試験は終了しました。あなたが新しい宇宙の女王ですよ。でもね、何か思い残すことはない?
気になる人とかいないの?」

その女王の言葉にアンジェリークは驚いた。
まさか宇宙を統べる女王からそんな言葉をかけられるとは思わなかったので、すぐには言葉が出てこなかった。
しかし、持ち前の意思の強さで正直に返事をした。

「・・そうだと思ったわ。あなたに一日だけ、時間をあげる。その人のところにいってらっしゃい」

「・・・でも」

アンジェリークは戸惑った。

「大丈夫。後のことはまかせて。悔いの残らないようにがんばるのよ」

その言葉にアンジェリークの気持ちは決まった。
悶々と考えるばかりだった自分に、女王自らが勇気を出せと言ってくれたのだ。

「はい!」

アンジェリークは、瞳をきらきらさせると元気に返事をしてその場を後にした。

やがて、一つ大きなため息をすると、ロザリアが女王に向かって言った。

「本当にいいんですか? こんなことをしてしまって・・・」

その問いに、女王は嬉しそうに
「いいのよ。あの子には私たちの出来なかったことをやってほしいの。だから、ね? ロザリア?」
と、同意を求めた。

ロザリアもまた、青い瞳を優しく細めると
「・・・そうね、アンジェリーク」
と、友としての言葉を返した。

女王は思い返していた。

自分が女王候補だった頃、同じように一人の男性が心に住んでいたことを・・・。
その時の自分も悩んでいた。この想いを伝えたいとも思った。だが、想いを胸に秘めている間にどんどん育成が進んでいった。勿論、その彼の特別な協力によるものだったが・・・。

「エリューシオンに咲く、白い花・・・」

女王は、今はもう行くことのない、かつて自分が育てた大陸のお気に入りだった、レクウサの岬の風景を思ってひとりごちた。




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