【 grid thema 】

「…隊長?」
「―――」
「…ゼンガー隊長?」
「―――」
「……」
「―――」
「ゼンガー隊長っ!」
「!!」
 少なくとも3回は呼びかけた後の強い声だった。
 髪先飴色の青年――キョウスケ・ナンブ中尉――は目の前の男を眺めた。
 PTだけではなく、普段から隙のない上司が何故か先程から頻繁に物思いにふけっている
……というかぼんやりとしている。
 何を考えているか解るのは、上司の親友だけであり、
付き合いも浅い自分にはまだまだ到底その思考に及ぶことはない。
だが、とりあえずは。
「全く…先程から…。どうした?」
「…いや…」
 砕けた口調で尋ねてみても、はっきりとした返事は返ってこない。
 逆に、口の中で留まっている言葉がたくさんありそうな音が聞こえる。
 当てつけ代わりに大きく――肩を揺らして――ため息をつき、テーブルの書類を片付け出す。
「…終わりか?」
「隊長がそれで会議が出来るわけがない」
「……」
 きっぱりと言い放つと、銀の瞳を曇らせる。
「すまないと思うんだったら、明日にはその状態を直して下さい」
「…すまん…」
「だからそれは―――」
 髪先と同じ色の瞳は、不思議な思惑を秘めた銀の瞳とまともにぶつかった。
 不意に言葉を無くしてしまい、しばし無言でにらみ合うこと数秒。
 上司の方から言葉をかけてきた。
「実は、だな」
「…言い訳なら聞かない」
 にべもない。
 とりつく島もない。
 キョウスケはそのまま立ち去ろうとした。
「……」
 しかし、思い通りに足は動いてくれなかった。
 背を向けたはいいものの、背後から伝わる気迫というかオーラというのか…それらに圧迫されて動けなくなっている。
勿論気のせいだとは思うのだが、如何せん今身体の自由はない。
「…10分だ」
「!」
 まるで医者のようだと思うが、逆に診察させられるのはこちらだと―――キョウスケが考えたのかどうかは分からない。

 とにかく問題が多いチームだ。
 自分でもとにかくそう思う。
 士官学校時代然り、今現在然り。
 問題が絶えたことはない。
 個人的にも、チームの中であっても。
(…一体何故…こんな…)
 恐ろしい人選だと思いながらも何だかんだ言って上手くいっているのは何故だろう。
 チーム内のどこにも軍“らしさ”は見あたらず。
 そんなものなど最初から無いような型破りが基本形。
 名前から集められたのか、集められたのが名前なのか。
 どちらにしても正直どうでもいいとさえ。

「―――で、何だ?」
「エルザムの言葉が引っかかっている」
「……」
 開いた口がふさがらない、と。
 思い切り倒れたくなってしまう自分をキョウスケは叱咤し、続きを促す。
「昨日、エルザムに…」
 そう言うゼンガーはしきりに首筋の後ろを触っている。
 最初は気まずさからくる動作と思っていたがどうもそれは違うらしい。
「“矢が欲しい”と言われた」
「矢?」
「…そうだ」
 謎な行動を得意とする上司の親友。
 更に言えばその言動は何処か時代がかかっているようだ。
 それ故に分かりにくいことばかりを言っていく。
 はっきり言ってかなり理解しにくい。
「何の矢なんだ…?」
「“クピドの矢”だそうだ」
「―――!!」
 今度こそキョウスケは醜態を晒してしまった。
 テーブルに思い切り額をぶつけ、一瞬意識がとぶ。
 それを心配するゼンガーの言葉をはねのけ、
今度こそ立ち去ろうと決意を固めると、未だ首筋を触る上司の姿を見つける。
「…首がどうかしたのか?」
「いや…何か……」
 気になってはいるのだが、己では見ることが出来ないそこ。
 鏡の映してみると言うことも浮かばないのだろう。
「俺が見ます」
「…い、いや…別に気にするな」
「じゃあその手を離して下さい」
「う…」
「気にしないんでしょう?」
「そ、れは…」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…帰ります」
 そう言ってキョウスケは立ち上がった。
 ゼンガーに背を向けて歩き出そうとすると、後ろで安堵のため息が聞こえる。
「―――甘いっ!」
 瞬間キョウスケは振り返り、即座にゼンガーの両手を掴んだ。
 そして触れていた手をのけると、首筋に見えたのは。
「……」
「キョウスケ」
「……」
 一体何に観念したのか。
 ゼンガーはやけにきっぱりとこう言った。
「エルザムの奴はふざけて何をしたんだ?」
 ―――もう二度と、この男の相談には乗るまい。
 キョウスケがそう誓ったとか誓ってないとか。
 そんなある日の話。

<了>

   writing by みみみ

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