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【 人形の夢 】 |
突如の闖入者。
素早く身構えたもののその姿に思考が停止した。
「!?」
「我は…剣なり」
男の口から出たのは無意識下にある深層心理から来る言葉。
「何?」
「我は―――――」
尋ね返そうとした瞬間、男は腕の中に倒れ込んできた。
その男の正体を口に出そうとして結局止めたまま、空を見上げようとして失敗した。
切らずに放っておいた長い前髪が、瞳を刺そうとしたからだ。
暗い部屋。
ぼんやりと灯る光の先、誰かが立っていた。
響く、声。
『貴方は私を守ってくださるのですか?』
顔はよく見えないが、女のような気がする。
知的で、優しい。
だがしかし尋ねている声はどことなく震えているような気がする。
恐々と、怯えた声音。
其れに答える者が居る。
傍に。
『―――ええ。俺が貴方を守ります』
『……』
『貴方の盾となり、剣となります』
『そう…ですか』
少し哀しげだったが、すぐに凛とした様子の返事が聞こえる。
そう、彼女は。
彼女?
「…う…」
「気がついたか」
「!?」
勢いよく身を起こすと、見知らぬ部屋。
続く急激な眩暈で、平衡感覚が失われてゆく。
ふらふらと揺れる身体を、誰かが支えてくれた。
「…?」
その手の主の声がする。
重たい目蓋が開くことを赦さない。
「無理をするな、身体の方が…未だ全く回復出来ていない筈だ」
「…た、し……かに」
その手の促すままに再び身体を横たえる。
霞んだ視界が像を結ばないままに目だけをどうにか動かす。
先程の急激な上体起こしに反応して、全身のあちこちから悲鳴があがっているのだ、
寝返りをうつことさえ無理だろう。
序でに起こった頭痛も漸く収まった所で、ベッドのすぐ傍、椅子に腰掛けて本を読む男の姿を見つける。
「…お前、は…?」
「お前をここまで連れてきた人間だ」
厚い革表紙の本を膝に置き、ページをめくる。それと同時に質問に答える。
別にこちらへ視線をよこすこともしない。
今この場にいるのは多分この男だけなのだろう。
「…俺、を……」
「そうだ。突然眼前に現れたかと思ったら、倒れ込んできた―――放っておく訳にもいくまい」
「そう、か……」
「今は眠れ、こちらが聞きたいこともある。とにかく身体を休めることが先決だ」
「……ああ…」
そうすることにしよう……。
相槌程度の言葉を喋ることさえ酷く億劫だ。
深く、深く。
眠る。
* * *
「さて……」
男が眠ったのを確認して、椅子から立ち上がり連絡を取る。
受話器の向こう、青年が告げた事実に目を見張っていた。
やはり少なからず驚きがあるようだ。
「(当然、か……)」
《しかし、何故今更になって―――――》
「分からん。本人に聞くしかあるまい…聞ければ、の話だが」
《何?》
「……」
短い試行錯誤の後、嘆息する。こればかりは推測の域でしかないのだから。
「奴は……記憶を失っているのかも知れん」
《……!!》
青年が一度瞼を閉じる。
刹那の瞬間、彼もまた試行錯誤を繰り返したのだろう。
翠玉の瞳が至極冷静な問いを投げかけた。
《どうする、つもりだ?》
「…さあ、な」
《……》
曖昧な返事に対し、押し黙る。
だが画面の向こうにいる男は不敵にもこう言った。
「―――お前もこちらに来れば分かる」
《了解した。すぐに戻る………》
「?」
珍しく青年が言い淀んでいるのを感じ、疑問符を浮かべる。
「どうし――」
《―――武運を、我が友よ》
「…。ああ」
通信はそこで切れた。
成る程、“武運”ときたか。
今更親友の言葉の選び方に感嘆の意を表す訳では無いのだが。
だがこの場の状況に対して最も適切な別れの言葉ではあろう。
彼なりの“気をつけろ”。
気遣いは無用である間柄にもかかわらず。
忠告されずとも分かってはいるが、用心に越したことはない、と。
「(…普通の回復速度ではない。そしてエルザムが戻ってくるまで半日はかかる…)」
彼の艦は世界中の海を駆ける黒鯨だ。
今回は各地の視察も兼ねていたため、今彼がいるであろう場所から最大船速で引き返してきたとしても
――まさか単機で艦を放っておいて帰って来はしないだろうが、その可能性が無きにしも在らずではある――、
今の回復速度から考えてみても、男が三度目の目覚めを経験する方が早いかも知れない。
念のため、鎮静剤のアンプルと睡眠薬の数を確認する。
共に充分な量ではあるが、果たしてこれが何処まで効くのやら。
「(即断は不可能に近い…だが、勘とでも言うのか……)」
不思議と、あの男に不信感は湧いてこない。
剣を交えた瞬間に理解し合えることもあるのだと思った。
ましてやそれが。
己ならば猶更のこと?
* * *
また同じ部屋。
今度は、暗くともあちこちに僅かな灯りがあった。
一人の女性が、そこには立っていた。
憂いた表情が尋ねる。
『何故、戦うのですか?』
『……』
尋ねられた人物は答えることが出来ない。
己の中にも答えは未だ。
『戦いは何も生み出しません。双方に傷と、新たな怨嗟の鎖を創り出すだけ』
『…戦わなければ、ならない時があるのです』
『……』
問うた相手は押し黙った。
低く信念のこもった声で何を言うのかじっと耳を澄まして。
人類全ての命を憂える彼女には理解できないのだろう、自分達の行動は。
同じ種でありながら、傷つけ滅ぼし合う行為。
大義があるとは言っても。
愚かと呼べる其れを。
『…それを、貴方に理解してもらえるとは思ってはいません。だが』
『だが―――?』
『ここを戦場にはさせません。…貴方の希望であるこの場所を』
彼女はしばしの沈黙の後、『分かりました』とだけ言って去っていった。
軍事責任者となり、この場所を訪れるその日まで彼女に会うことはなかった。
彼女…?
彼女とは誰だ?
目を開けるよりも早く、耳に微かな音が聞こえる。
天から降り、大地を潤す。
地面に跳ねた一粒、水面には波紋を。
木々の先から垂れてそのまま根に落ちる。
花の蕾、開花した花弁の奥へと滑り込む。
―――雨…か…。
男は目蓋を上げた。
ゆっくりと顔だけを動かしてみれば、窓に吹き付ける雨水。
風が強いのだ、其程までに。
「……」
身体は大分回復してきたようだ。
痛みが殆ど取れてきた。
今だ霧の中を彷徨う思考を回転させるべく、今度は視線のみを泳がせる。
先程――と言ってもいつのことだかは分からないが――居たあの男の姿も無い。
多分何度も訪れているはずだが、今近くに気配はしない。
だからといって身体を起こす気にもならない。
身体を休めろと、そう言った相手に対していきなり歩き回るのは余りにも無礼だろう。
何者かは知らないが、己を助けてくれた相手に対する礼儀知らずでは。
休めと言われた以上は休む。
また相手が現れたときに訊けばいい。ここは何処なのかと。
規則的な雨粒の音が心臓の鼓動にも似て。
清かに流れる水が眠りへ誘う。
では再び俺は眠ろう。
そして……。
―――俺は。
扉の外、廊下で男は背中を預けた姿勢で立っていた。
腕を組み沈黙を保つ。
少しだけ開いた扉の向こうに物音は一切聞こえない点から考えれば、まだ眠っているのだろう。
もしくは目覚めたにもかかわらず、起きる気はないと言うことだ。
「(とりあえず暴れる様子もない…やはり……)」
廊下の反対側、同じように壁に背を合わせて立っていた青年に目配せをする。
銀光と翠玉が睨み合った後、青年は親指を身体の外へと向けた。
多少様子は理解できた。後は互いの考察を述べるのみ、だ。
* * *
書斎に来るなり、先導して歩いていた青年の方が振り返り様に問う。
「彼は、何者だ?」
「……。断定は出来ん」
「しかし―――見た限りでは」
「それだけだ」
己に似ている者など世に3人いると言うではないか……言外にそう示唆しても、青年の主張は変わらない。
其れは、尋ねている相手もそう思っていることの確信があるから。
微かにその表情には焦りの色もある。
「…間違いなく、奴はウォーダン・ユミルなのだろう。だが……」
「違う、と…?」
「言ったな? 奴は一度目をさましたと」
「ああ」
青年が椅子に腰を下ろした。
立ったまま告げる男。
「あの時…奴は俺を知らなかった。尋ねてきたのだ、お前は誰だと」
「!」
「無論、名は明かしていない。しかし別に変わった様子もない。
…目覚めているだろうに、部屋の様子を見ることぐらいしかしていないようだ」
「…そうか…」
青年の熟考を遮る形で、男が一つの事実を言った。
「……だが、自然治癒に任している割に、回復が早いのもまた事実」
「それは―――!」
「ああ。推測ではあるが限りなく当たりに近い回答だ」
浮きかけた腰を落ち着け、椅子の背もたれに倒れ込む。
そのまま沈黙し続けている青年。
不意に、男が青年の元に近寄り、囁いた。
「…お帰り、エルザム」
「………。ただいま」
脱力しかけたのもまた事実だが、嬉しさの方が勝るだろう。
「ただいま、ゼンガー……君に別状が無く、良かった」
「心配性だな、お前は」
「ああ。―――殊君に関しては、だ」
男がふっと笑う。青年は微笑で返す。
それ以上の言葉は無く、二人は再会の口付けを交わした。
互いの熱を確認し合うように。
<続く>
writing by みみみ
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