2003年9月17日都議会文教委員会(請願・陳情審査) 13万人の署名が心障学級残すことを切実に訴え ○曽根委員 何人かの質問がありましたので、できるだけ簡潔にやりたいと思います。 私のところにも既に二百通近いファックスや手紙、またメールも多数いただきました。 署名の総数は十万を超えて、何でも十三万集まったということで先日発表があって、不備があって幾つか落ちたのかもしれませんが、正式に受理されたもので十万九千集まったということです。 前回七月三日に質疑したときには、たしか二万を超えたというようなお話だったので、この二カ月余りの間数当に多くの方々に、この声が広がったんだと思います。 いただいた手紙を一つ一つ拝見すると、特徴としては、必ずご自分のお子さんのことが書いてあるんですね。 代表的な一例で、この方は息子さんで、広汎性発達障害の自閉的傾向にあるといわれ、ことしの六月から普通学級から心身障害学級の方に移った方です。 「それまでの普通学級は、クラスメイトから全く相手にされず無視、まるで空気のような存在でした。 先生も障害児に対する意識も低く、息子は毎日針のむしろにいるようで、萎縮し切って、やがて全く学校に行かなくなった。 ところが、思い切って心障学級にかえてみると、これまでと全く人が変わったように生き生きと自信を持って何事にも積極的に取り組むようになったのです。 障害児にとって、固定した先生、固定した友達、固定した空間、行事はまさに不可欠です。障害児たちの居場所を、生きる力を取り上げないでください、固定学級を残してください。」 と書かれております。 ほかのお手紙もほとんどご自分のお子さんのことを綿々と書かれて、この子にとってやはりどうしても固定学級は必要だという思いにあふれるものばかりで、それぞれが全くご自分自身のことからこの署名に協力し、運動に参加しているんだなということがわかりました。 ●専門に教わる先生は担任にならない そういう多数の署名を付しての陳情ということで、私は、この委員会としても正面から受けとめるならば、今回の一回の審議で事足りるのかなという思いはしながらも、きょう審議できることはやっておきたいと思うんですが、一番大きな問題は、先ほどもお話のあったように固定学級と今度の特別支援教室の関係です。 そのことをお聞きする前に、この間、七月三日以降、例えば八月六日の検討会やこの間の父母、保護者の方への説明会などの中で、特別支援教室にもさまざまなタイプを設けるというような説明があったようですが、現在の段階でどのようなタイプを考えて、どこまで具体的に検討されているのかをまずお聞きしたいと思います。 ○山際学務部長 特別支援教室のタイプについてでございますが、検討委員会でのたたき台といたしまして、児童生徒一人一人の特別な教育ニーズに適切に対応するために、例えば巡回指導担当教員が週数時間の指導を行う特別支援教室のほかに、固定的に配置した教員が週の相当時数の指導を行う拠点的な特別支援教室、さらには専門的な施設設備を備えた拠点的な特別教室、この三つの形態を例示しているところでございます。 ○曽根委員 設備、施設を備えたというのは、例えば難聴や言語障害の今の通級学級に対応するものかなというふうに思うんですが、そのことはまた後でお聞きしますけれども、その固定的な教室、固定的に先生も配置するというものが、限りなく今の心障学級に近いんだというお話が先ほどありました。 しかし、最大の問題は、担任の先生は通常学級にいて、(障害児は)そこに籍を置きながらも、ほとんどの時間を特別支援教室で過ごす、そこには専門の先生がいる。しかし、その先生は担任ではないという問題です。 つまり、実態に制度を合わせるのじゃなくて、制度の方に実態を何とか近づける、そこでうまくやろうということになっているわけです。しかし、やはり子どもの担任というのは制度上の責任や権限を持っているはずで、子どもに何かがあったときにはだれが責任を持つのかといえば、基本的には担任だと思います。 教育指導でほとんどの時間を専門の先生がやるとしても、担任の責任というのはあるはずで、なければ担任じゃないわけです。この矛盾についてはどのよう に解決するというふうにお考えですか。 ○山際学務部長 特別支援教育の推進に当たりましては、児童生徒の障害の状態の把握、あるいは特別支援教室及び通常の学級における指導の内容や配慮事項等についての共通理解を図るために、通常の学級担任と特別支援教室の担当教員が緊密な連携体制を構築していく必要がある、このように考えているものでございます。 例えば、ほとんどの時間を特別支援教室におきまして指導を受ける児童生徒の場合につきましては、特別支援教室の担当教員が指導上の主な責任を担う、このようになろうかというふうに考えております。 ○曽根委員 そこまで限りなく近いのであれば、なぜ担任にしないのか。担任にして、東京都で何とかやれないのか。何でやれないのかというのは、これは素朴な疑問としてあるわけですね。 そこのところについて率直に、何で担任にできないんだ、毎日その先生に教わるのに。そこのところを率直に答えてほしい。 ○山際学務部長 率直にお答えしますと、これは学級ということではない、特別支援教室というものでございまして、学級担当というのはあり得ないというふうに考えています。 ●国の法律に固定学級を位置づけよ ○曽根委員 結局、学級という制度をなくすために、そこの担任にはつけられないということなんですよね。 それならば、では学級という制度・・特殊学級ですね、今の法律上の・・・これはもうなくして特別支援教室一本でいくとした国の方針といいますが、これはまだいうならば、(国の方でも)検討会の段階ですよね。 政府の基本方針はまだ出ていない、法律改正もまだ先という段階ですから、はっきりいえば、東京都の教育委員会がもし拠点校方式で一定の人数がいる、今までの固定学級の心障学級、・・・このよさを十分に踏まえるならば、東京方式を国の制度の中に、例外規定でも何でもいいから位置づけさせて、国の法律の中に学級制度を書き込ませることはできないんですか。絶対できないんですか。 ○山際学務部長 今後の法改正によるところでございますので、そうしたことは不可能であろうというふうに考えております。 ○曽根委員 文部科学省と約束でもしているんですか。だって、国の方針はまだ出てないんですよ。 ○山際学務部長 私が先ほど申し上げたのは、特別支援教室の中において極めて固定学級に近いような教育の形態はある、このように申し上げた次第でございます。 ○曽根委員 国の法律の問題で固定式学級が不可能だとおっしゃる根拠は何ですか。 ○山際学務部長 先ほど申し上げたとおり、今後の法改正の動向によるわけですけれども、法改正でそういう規定がされれば、それを守るというのが基本でございます。 ○曽根委員 法改正でされればそれは守ると。 それで私、教育庁(の分野)じゃないんですけれど、いま都立大学の「改革」を進めている。私たちいろいろ批判をいっていますが、その中で、(国の法律では)国立大学の法人化に当たっては、学長と理事長は一体という法律になったんですが、地方大学ですね、公立大学については、東京都が強く働きかけたために、独立行政法人法の中で、学長と理事長を分離する東京方式もあり得るという、二重の規定になったわけですね。どちらもとれる。一体でもいいし、別々でもいい。(こういう例もある) 東京都というのは、全国の一割の心身障害学級生徒を持っているわけですよ。全国八万人ぐらいで、東京は八千人いるわけですよ。 その子どもたちが現状の学級で非常に成果もあったと東京都は認めているようですから、ならば、全国の一割を占める学級の生徒のあり方として、学級という形もあっていいはずだ。 国だって別に学級を全部なくせというわけじゃない。今の養護学校の形は残るわけですから。そういうことは当然考えてしかるべきだというふうに思います。 これはぜひ、これだけの関係の方々を超えて、十三万人という、いわばもう心障学級の生徒の親をはるかに超える方々がこの間題を求めているんですから、それぐらいの働きかけはやって当然だと思います。 しかも、学級制度となれば、今の先生の配置は子どもたち何人に一人というふうに定数配置がありますし、それから東京の場合には、複数学級になった場合の加配もつけているわけですね、独自基準で。こういうものをベースにこれから検討できるわけですが、支援教室の先生ということになれば、これは全く違う基準で配置になるわけで、まだ見えないわけですね、その辺は。 同じ人数が、例えば今、(障害児)十人で(教員)一人ですか。その基準が守られるのかどうかということさえまだ見えないわけで、私は今の学級をベースに考えた方が、はるかにお母さんたち、お父さんたちにとって安心できる方向が見えてくるというふうに思います。 このことは強く要望しておきたいと思います。 ●設置する区市町村を無視してよいのか それから、区市町村との関係でもちょっと気になるのでお聞きしたいんですが、区や市町村のところで私どもの会派の共産党の議員がいろいろ質問したり問い合わせると、区や市町村の教育委員会は、まだ先のことなのでわからないというお答えなんですよ。 ところが、心障学級を設置するのは区や市町村ですから、どれぐらいのきちんとした説明が東京都から行われているのかなということがちょっと疑問になったんです。その点でのすり合わせといいますか、今の検討状況ですね、これをどの程度ちゃんと説明しているのか、お聞かせいただきたい。 ○山際学務部長 区市町村教育委員会、区市町村に対しましては、さまざまな機会を通じて、中間まとめの内容等につきまして説明をしてきたところでございます。 すり合わせというようなお話がございましたが、特別支援教室の設置そのものについては、国の法令改正等に基づいて対応することになるわけでございまして、その設置に当たりましては、特別支援教育への移行の趣旨を踏まえて、設置者である区市町村が当該地域の事情を踏まえて検討することが望ましいというように考えておりますし、また、今後とも区市町村とは連携を密にしてまいりたい、かように考えております。 ○曽根委員 この点でも、区や市町村の職員の方にお聞きすると、今の固定学級がどうなるのか、それをすごく心配しているわけです。今の形であれば、もう少し心障学級をふやす必要がありますよね、通学時間が非常に長くなっている。私も中野を去年見に行ったんですが、四学級になっちゃって、今度五学級にしなきゃならないと。そうすると、通常学級よりも学級数が多くなりかねないという学校まで出てきている。これは当然、設置学校数をふやしていく必要がありますよ。 しかし、現状、そういう固定学級がある現状を基盤にして、その上にプラス何をやっていくかと考えるのは、(区市町村として)考えやすいんだけれども基本的に支援教室に一本化されてしまったら、どれだけの教員をどういう基準で配置するのか、見えないというお話がありました。 それで、財政的に、いや、もう国や東京都が方針を決めても、実際にはかなりの教員数を確保しなきゃならないとか、そういうことでなかなか難しい、今の制度の方がいいというようなことになった場合は、だれがそういうふうな方針を守るという意味での責任をとるんでしょうか。 ○山際学務部長 特別支援教育の区市町村における特別支援教室のあり方については、これは区市町村が教育基本計画に基づいてその設置について対応するということでございまして、そのありようについては各区市町村の責任において対応するということになろうかと思います。 ○曽根委員 この点も、一応、区や市の教育長さんが検討会に入っていますけれども、私は、現在の心障学級制度、それから通級学級制度、その上にさらに六%程度いるといわれている、さらに教育の必要なLDやADHDの子どもたちに対する教育を加えていくということ、こういう考え方に立って、固定学級をベースにしながら、その上に各学校で何が必要かというふうに考えることが、区や市町村にとっても見通しを立てやすい方法だというふうに強調したいと思います。 ●通級学級の制度も重要 それから、先ほど、通級学級のタイプを変えるという話がありました。 例えば、言語や難聴など、いわゆる拠点の施設や設備を持ったそういう教室に通う場合、子どもたちは、基本的には、その教室のある学校に在籍をするというふうにして、つまり、例えば北区にはそういう通級学級は小学校でいえば一つしかないんですけれども、そこの学校に、数はふえるかもしれませんが、区内から子どもたちがその学校に在籍の点でも集まってきて、その学校の中で、通常学級からその教室に週に何回か通うという形を基本に考えるというのが、提案されているようです。 これが、本当にその子どもたちや父母の方々から見て、安心できる方向かというのには大きな疑問があるんです。 というのは、例えば江東区の場合、難聴児の聞こえの教室がある学校に、今、江東区は通学区域は自由化されているんですけれども、しかし、子どもたちがそこにどんどん入学してくるという状況にはなっていないらしいんです。 それは、子どもが差別に敏感なことや、それから、同じ学校の中で教室を行ったり来たりすることに対する心理的な抵抗など、いろいろな問題があるらしいんですよ。 したがって、通級学級の今の形も、私は基本的には必要な子どもには確保していくということも考えなきゃいけないと思いますが、そういう点での柔軟なやり方というのは考えられるでしょうか。 ○山際学務部長 先ほどご答弁申し上げましたが、特別支援教室のあり方については、多様な形態があり得るだろうということで、三つの例示をさせていただいたわけでございますが、例えば、教員、生徒を固定的に教育をしていくような形態もあり得るだろうし、あるいは、今お話がございましたような、巡回による指導、教員が巡回的に指導し、生徒がそこに通うというような形態も十分にあり得るだろうというふうに考えております。 ○曽根委員 つまり、前回の審議のときにも申し上げましたが、ある通級学級の先生がおっしゃっていたんですけれども、つまり、固定学級などを外して特別支援教室にすると、結局、その教室の時間だけしか来ないか、もしくは、また不登校になるか、そういう子どもをふやすだけじゃないかという心配があったんです。 そうなっては元も子もないわけで、私はそういうことは絶対さけるように、さまざまな工夫がいずれにしても必要だと思います。このことを申し上げておきたいと思います。 ●安易なLD,ADHD調査を改め慎重に それから、今、通常学級に(一定数)いると考えられているLDやADHDの実態を知らなけれぱ、要するに新しい対策も立てられないじゃないかということは、先ほどもお話がありましたように、当然だと思います。 その調査が行われているようですが、どういう方法で、それから、期間についてもどういう期間でやっているのか、方法とそれから期間というかスパンを敢えていただきたい。 ○近藤指導部長 ただいま行っております調査は、東京都の公立小中学校における通常の学級に在籍する児童生徒のLD、ADHD、高機能自閉症等の特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態を把握する目的で実施しているものでございます。 なお、この調査項目は、国の調査結果と比較分析するため、同様のもので行っております。 また、期間等でございますが、調査は七月十一日付で各教育委員会等に通知をいたしました。そして、九月十九日までに都教委へ回答するよう、区市町村教育委員会へ依頼をしているところでございます。 各学校におきましては、一学期の児童生徒の実態を把握し、かつ、二学期当初の状況も踏まえまして回答することができるようにしてございます。 ○曽根委員 この調査なんですけれども、私は調査は必要だと思います。しかし、先ほど、人権問題という報道の話もあったように、非常にこれは慎重でなければならないと思うんですね。 調査期間が七月の中旬に始まって九月の中旬で終わると。七月中旬ということは、もう数日で夏休みに入っちゃう状態で、実際には、私、いろいろ問い合わせて聞いたんですけれども、学校の担任の先生のところに調査用紙が届いたのは、夏休みに入ってからがほとんどでした。つまり、時間がかかりますからね、書類が下りてくるまでに。 したがって、夏休み中にほとんどの先生が書かざるをえないという事態になっているんです。そうすると、子どもが目の前にいないわけですよね。それで、思い出しながら書くんだと思うんです。それで、二学期に入ってちょっと確認をして出すのかもしれません。 しかし、そういう調査の内容で本当に、この子はやはりLDで特別支援の教育が必要なんだという判定ができるのかなと・・・。 調査項目は国と同じだというので、国の資料を取り寄せて見たんですけれども、ちょっと私は疑問があるんですよね。 例えば、高機能自閉症の判断基準などは、例えばこういう項目が並んでいるんですね。「友達と仲よくしたいという気持ちはあるけれど友達関係を、つまく築けない」「友達のそばにいるが一人で遊んでいる」「球技やゲームをするとき仲間と協力してプレーすることが考えられない」「いろいろなことを話すが、そのときの状況や相手の感情、立場を理解しない」「共感を得ることが難しい」。 言葉の発達のおくれでは、「含みのある言葉の本当の意味がわからず表面的に言葉どおりに受けとめてしまうことがある」、「会話の仕方が形式的で抑揚がない」。 それから、興味や関心が狭いというところでは、「みんなから〇〇博士、〇〇教授と呼ばれている」。例としてはカレンダー博士といういうように興味が一点に集中しているというんですかね。「他の子どもが興味がないようなことに興味があり、自分だけの知識世界を持っている」。「空想の世界に遊ぶことがあり現実との切りかえが、難しい場合がある」「特定の分野の知識を蓄えているが、丸暗記であり意味をきちんと理解していない」「とても得意なことがある一方で極端に苦手なものがある」、などなど。 それからもう一つ、ADHDの判定の項目も、これはどうなのかというふうに思われるのがありました。例えば、「本人の興味のある教科に熱心に参加するが、そうでない教科は退屈そうに見える」「特定の分野の知識は大人顔負けのものがある。自分の考えや気持ちを発表や作文で表現することが苦手である」「こだわると本人が納得するまで時間をかけて作業等をすることがある」、などなどですね。 別にそれほど学習がおくれていなくても起きる事態を、いろいろ項目を挙げて、で、項目が何項目該当したら、それ(LDやADHD)に該当するんだとはいっていないんです。こういう項目をずっと挙げて、全体として総合的に判断するということなんです。 私の子ども時代や、自分の子どもの参観日に行ったときの様子を思い出してみると、このうちのかなりの項目が思い当たる節があるんですね。空想好きだったり、物事にこだわって、ある教科は得意だが、ほかはほとんど聞いてなかったり、そういうことというのは結構あるわけです。 これを夏休み中に、ほとんど先生が自分で考えて判定をして出してくる。しかも、国の調査を参考にするということで、これはあるところで聞いたんですが、この国の(調査結果の)六・三%に大きく外れているものについては、もう一度再調査に回しているという詰もありました。ということは、国のデータに合わなければならないという暗黙の力も働いているのかなと・・・。 これでもって東京の子どもたちのADHDやLDの実態を本当に把握できるのかどうか、人権問題ももちろんなんですけれども、もっと慎重を期さなければならないと思いますが、この調査期間については、もっと時間をかけ、それから、できればですよ、父母の皆さんの協力も得て、もう少し工夫された方法を考えるべきじゃないでしょうか。いかがでしょうか。 ○近藤指導部長 まず、この調査の期間でございますが、七月から九月上旬までということになってございます。ただ、この期間で調査をするということではなくて、一学期間、児童生徒を十分に観察した上で判断をするということでございます。 また、担任が一人で判断するのではなくて、学年主任、それから主幹等とも十分に連携をとりながら判断をしていくということでございます。 なお、この調査は、LDであるかADHDであるかを判断するための調査ではございません。これはあくまでも、学習面、行動面等においてどのような課題があるかということに対する調査でございます。 ○曽根委員 ちょっと、今、最後におっしゃったことがよくわからなかったんですが、そうすると、この調査をもとに、東京都内の小中学校で、どれぐらいの割合で特別支援教育が必要な子どもがいるかという割合は直接は出てこないということですか。 ○近藤指導部長 これは、通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査というふうに押さえていただければと考えております。 ○曽根委員 それがまさに、どういう分類になるかは別にしても、LDやADHDの子どもたちがそういう支援が必要だということで調査をするわけですよね。 したがって、その子どもたちは、週に何時間か何日か、それぞれの子どもたちの状況に応じて特別支援教室に通うという方で取り組んでいこうということですね。 そのもとになる割合、これはやはり非常に大事な問題なんですよ。それが六%であったとしても、今の養護学校や身障学級に通う子どもたちの四倍になるわけですよね、人数的にも。それぐらいの子どもたちまで含めて障育児教育の枠を広げていくわけですよ。 ですから、ここのところは本当に慎重にやっていただきたいと思うんです。 例えば、割合でいうと、六%から七%というと、四十人近い学級の場合には、二人ないし三人、四人ぐらいいることもありますよね。そういう子どもたちが、例えば、この制度が乱暴に適用されちゃうと、そのクラスの中で、算数とか国語とか差のつきやすい教科のときには、その子どもたちがほかの教室に行って別のカリキュラムで勉強する、ほかの子どもたちは、その子たちがいないことによって学習が若干やりやすくなって(助かって)いるというような実態ができたとすれば、その子たちは特別支援を受けるからということで、そっち(特別支援教室)へ行っているかもしれないが、これは明らかに差別教育になるんですよ、角度を変えて見れば。そうでしょう。 だから、私、今の四十人制度の学級のもとで、本当にその子が、四十人が例えば三十人になり二十人になっても、やはりその子は学習障害があるのか。多動性や高機能障害があるのか。そのことを判定するのは極めて困難な問題だと思うんです。でも、やらなきゃならないと思いますけどね。 この文部省の(調査方法の)もとになっているのは、スウェーデンの研究なんですよ。スウェーデンは、ご承知のとおり、もう二十人以下の学級なんですね。そこの学級でもなおかつそういう問題が出ている子というのと、東京で四十人近くいて、いつもいうように、私のかみさんの教室なんかを想像すると、もうとにかく大変な、目の届かない状態の中で、あの子は問題がある、こっちの子も問題があるというのと、現場の先生にとっては、本当に同じ基準で考えられるのかという問題だってあると思うんです、率直にいえば。 ●通常学級のあり方も変わる そういうことも含み合わせて、絶対にこれが差別の教育にならないように、本当にその子にとって必要で、かつ、通常学級にいるほかの子どもたちとの関係でも新たな差別をつくり出さない方法を考えていただきたい。そこは本当に大事なところだと思うんですよ。 そうでしょう。障害児教育というのは差別になっちゃいけないんですから。 そういう点で、私は、もう一つ、先ほどもちょっと話が出ましたが、通常学級に子どもを通わせている父母や保護者の方々にとっても、そういう意味で、これは新しい学級のあり方をつくろうというものですから、重大な関心事でなければならないと思います。関心が薄いこと自体も問題だと思うんです。 それは、知らされていないからですよね。 ですから、検討委員会に、身障学級の設置校の父母、校長先生は入りましたが、せめて新たに、通常学級に通わせている、要するにPTAの代表とか、代表を加えて、通常学級はどういうふうに変わっていくのか・・・。例えば、毎日のように子どもたちが入れかわり立ちかわりほかの教室に行くような、そういう雰囲気になる学級のあり方が大丈夫なのか、そういう角度からも大いに検討に加わってもらうということが必要だと思いますが、いかがでしょうか。 ○山際学務部長 特別支援教育につきましては、さまざまな特徴を持っているところでございまして、例えば、保護者のニーズの十分な反映が可能になる、あるいは、校内委員会を設置したり、特別支援教育のコーディネーターを設置するなど、小学校や中学校全体が障害のある子どもたちに対して組織的な対応をしていこうというような意味を持ったものでございます。それだけに、学級との関連は非常に重要なものでございます。 改善検討委員会の委員につきましては、従来の三名の区市町村の教育長のほかに、小中学校の校長なども委員に加えまして、通常の学級の立場からもご意見を伺えるものというふうに考えております。 ○曽根委員 校長先生は、心障学級設置校は通常学級もありますから、それを兼ねて入ることは、この間、八月六日から入って(実現して)いるんですが、父母、保護者、代表参加にはなると思いますが、検討いただけないでしょうか。検討委員会はこれぐらいは加えても、そんなに人数が多過ぎて困るということはないと思うんですけどいかがでしょう。 ○山際学務部長 改善検討委員会についてほ、先ほどお話をしたとおりでございまして、今後、必要な場合には、さまざまな意見を聞くような機会もあるいはできると。また、この報告が出ましたら、PTAの関係の方々、学校関係者の方々にも、また説明をしていきたい、かように考えております。 ○曽根委員 改めて、これは通常学級全体にもかかわる大問題なので、ぜひ代表を加えるようにお願いしたいと思います。 今回の請願陳情は、項目としてほ、どの子にもちゃんとした教育をという項目があります。これは私、一致できると思うんです。しかし、陳情を出している方々の圧倒的多数の関心は、第三項目の二つの事項にあるわけです。つまり、固定学級が残るのかどうかということです。 この問題は、率直にいえば、特別支援教室でも近いものはできるんだというご意見もあった。私は、それじゃやはり問題が残る。結局、現場に問題が残れば、後で制度上の矛盾から、現場の先生方に犠牲が行ったり、子どもたちに犠牲が行ったりすることが起こりかねないわけですよ。ですから、禍根を残さないように、国に対して働きかけるべきは働きかけるべきだと思って、そういう意見も、私は持っています。 したがって、これはやはり、最終報告がまだ少し先に延びそうですから、そういう意味では検討の余地があるので、審議をまだ続行していくということも、この委員会として私はあっていいんじゃないかなというふうに思いますし、それこそ、陳情者の提起した問題を正面から受けとめることになると思います。 先ほど申し上げましたように、私は、固定学級存続の方向で都教委には再検討していただきたい。 それから、東京で独自に築かれた障害児学級の実績、成果をしっかり守るためにも、通学の問題などがありますから、これを解決しながら、学級の増設を進めていただきたい。 通級学級も設置校を抜本的にふやすことが必要だと思います。それと、さっき指摘したLD、ADHDの子どもたちへの教育のあり方は、はっきりいってまだ研究段階で、早急にモデル実施など、学校現場での具体化と人材の育成に力を入れる必要があると思います。 これらを進めながら、全体の教育体制は、どの子にも先生の目が行き届く、ゆとりのある学校を実現する立場から、都や区市町村、学級の子どもたちは、そういう条件を整えながら、すべて通常学級で一緒に授業を受けられるようにしたいという考えも、ノーマライゼーションだということはありますけれども、そこに近づけていく上での道筋にはいろいろなやり方があり得ると思うんです。 現状で、いきなりすべての障害児が通常学級に入ることは当然できないわけで、その上でのあり方というのは、やはり東京の実績、成果を踏まえて検討しなければならない、このことをぜひ考えていただきたいと思います。 まだ国の方針や、まして法の改正まで時間があります。実施は早くても四、五年先だという話もあります。広く父母や学校、地域の声を聞いて、十分納得のいく方向を出す努力を重ねるべきだということを申し上げて、質問を終わります。 教員異動要綱改定の再検討を求める陳情を審議 「校長の暴走があっても、教員も父母も生徒も止められない・・これが真の開かれた学校か?」 ○曽根委員 この異動要綱の問題で、お二人の方からの陳情ですけれども、陳情者にお会いしてお話を伺ってきたら、ご夫妻なんですよね。それで今回は、ご自分のご子息が通っている都立戸山高校がどうなるかということを心配されて、都立高校の問題に絞って陳情を、ということで、個人としての善意というか不安から出されたようです。同じ学校に通う父母の方だとか、それから知人、友人などにお願いをして、大変多くの方の署名も集めて苦労されて出されてきたということをお聞きしました。 そういう心配にきちんと答える責務が、都の教育委員会はもちろん、私たち文教委員会にもあると思います。 それで、きょうは、この異動要綱の問題は小中学校も養護学校も全部かかっておりますので、それぞれについて、私は非常に重大かつ深刻な影響が出ると思います。 しかし、それを議論していると大変時間もかかりますので、きょうは、この陳情の扱っている都立高校の問題に絞って話をさせていただきます。 都立戸山高校は、たしか高校改革の先駆けといいますか、進学重点校にも真っ先に名前を連ね、それから、学区の自由化の際にも、学区の拡大も真っ先にやってきたところですよね。伝統校であり、進学率も非常に高い、優秀な生徒が通っているといわれている学校です。 こういう学校で、今度の異動要綱をそのまま適用していくと、本当にその学校の伝統や、それから、今の教職員集団がつくり上げてきた学力や、スポーツその他のクラブ活動も含めた学校全体の生徒の活動を支えている教職員集団のこのレベルを維持できるだろうかという素朴な疑問があると思うんですね。 それでお聞きしたいんですけれども、戸山高校で仮にこれを適用して、そのまま六年以上の先生・・・・今回は経過措置があるんでしょうかね、三年ぐらいで本則適用になるそうですけれど、そのまま期限が来た先生から異動してもらうというふうに適用した場合、三年後の本則適用の段階では、何人ぐらいまでの先生が異動することになるんでしょうか。 ○臼井人事部長 現在、都立戸山高等学校の全日制課程におきましては、教職員が五十二名勤務しております。 このうち、必異動となる教員、これは平成十六年の四月に、勤務年数が八年以上に達する−−今回、八年以上というのは経過措置でございますが、八年以上に達する者が十一名でございます。また、来年の平成十七年度におきましては、勤務年数が、これも経過措置で七年にしておりますが、七年以上に達する者が十一名、さらに、三年後の平成十八年度に勤務年数が本則の六年以上に達する者が四名でございまして、合わせて三年間で二十六名が異動対象となります。 ○曽根委員 異動対象じゃなくて必異動ですよね、基本的に。要するに、その前にも異動することはあり得るわけでしょう、三年以上で。例外規定である、もう少し長くてもいられるという校長の具申の制度を使わなければ、基本的にはね。 しかし、ぎりぎりでも、経過措置で八年、七年、六年で、三年後には五十二名中二十六名が必ず異動しなければならないというふうになるわけですよね。 三年間、今いる一年生が三年生になり卒業していくという期間の間に半分の先生が異動する。クラブの顧問やクラスの担任、各専科の教員のいろいろ教科ごとに、私の高校時代を思い出しても、先生方がカリキュラムの進行をお互いに調整し合うあれがありますよね。 いろいろそういうふうにつくってきている学校の秩序、これが、半分の先生が三年間で一気に入れかわっていく。これは本則適用になれば、基本的には三年間で半分というのは、このべースでどんどん進むわけですよね。六年間で全部入れかわるなら。 そういうことで、戸山高校のよき伝続というふうにされているものが守っていけるんだろうかと。特に、いわばクラス担任その他の、学校の基本的な運営に継続性の上で支障が出るおそれはやはりあるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。 ○臼井人事部長 ご指摘の伝統や学校行事、部活動などの影響ほないのかというご質問ですけれども、学校の教育活動につきましては、校長の学校経営計画に基づきまして、組織的かつ継続的に取り組むことが基本と考えております。個々の教員の異動によって継続性が失われるものでほないと考えております。 また、人事構想につきましては、校長が人事構想を発走するに当たりましては、学校の経営計画に基づきまして、中長期的な視点に立って策定していただくことを考えております。 なお、今回の改正異動要綱におきましてほ、校長が学校経営上引き続き勤務をさせる必要があると具申し、都教育委員会が認めた者につきましては、必異動年限を超えて勤務させることも可能とするなど、校長の学校経営を支援する柔軟な仕組みとしてございます。 ○曽根委員 校長の学校経営計画がしっかりしていれば、個々の先生がかなり大幅に入れかわっても、学校の伝統その他大丈夫なんだという考え方、これは今お話しになったわけですが、私は、高校に通わせている父母や生徒の実感とは違うと思うんです。 なぜかというと、生徒や父母にとって一番身近なのは担任の先生で、もしくは、その学校に長くいると、名物先生というのも出てくるわけで、それからクラブの顧問など、個々にそういう生徒の活動でつながっている先生がまず思い浮かぶわけですね、我々だって大体そうです。校長先生が、だれだったかというよりは、そういう先生の方が身近な存在なわけで、学校の雰囲気というのは、そういう先生を通じて私たちというのは知って、つかんでいるわけです。 そういう点で、校長が代表しているから、学校の伝統全体は、または教育活動全体が大丈夫だという考え方だけで、都立高校のこういう伝統校のよさを守っていくということは単純にはいかないということを、私、言っておきたいと思うんです。 それから、もう一つ、先ほど来強調されているように、校長先生の経営計画が何といってもきちんとつくれる、リーダーシップが強化されるということが、この間、あらゆる制度改革の中心に据えられているわけですよね。そのために、校長先生は、三年ぐらいで異動するものを、逆に五年まで延ばしたわけです。一般の先生は縮めたけれども。 したがって、五年ぐらいかけて、校長は経営計画に基づいて自分の考えた計画、それは都教委とも相談するんでしょうけれども、それに従って時間をかけて学校をつくり変えていくということができるし、またそれが求められてるわけですよね。つまり、特色のある学校づくりということが強調されているわけです。 そのときにやはり心配されるのは、その校長先生の方針が、その学校の実情や、それから生徒や父母の希望なんかとちゃんと合ってスムーズにいけばいいけれども、合わない場合にどういうことが起きるかということなんですよ。そうならないために、チェック機能というようなこを先ほどもお話がありました。恣意的な人事はしないといっていると。 しかし、やはり制度というのは、その制度が、もし個人の非常に偏った考え方に従って運用されたときにどういう事態が起きるのかという最悪の場合も考えておかないと、つまり制度の裏側を見ておかないと大変な事態が起きると思うんです。 そういう点で、チェック機能といいますけれども、例えば、かつて進学校だったけれども、今は、学力でランクが落ちてしまったと。校長先生が赴任してきて、何とか自分のいる間に進学校にしたい、こういう目標を立てること自体は、私は、都の教育委員会としては大いに奨励すべきことだと思うんですよね。それに従って計画も人事も考えていきたいというふうに校長先生から熱心に要請があった場合は、都教委は当然これはその方向でやってくださいということになるでしょう。どうですか。 ○臼井人事部長 改正の異動要綱では、校長の学校経営計画を実現するために必要な人材につきまして、当該校に勤務する教員の人材育成と能力開発の視点を踏まえまして人事構想を作成することとしておりまして、むしろ校長の恣意的な人事を防止する任組みとして考えております。 また、校長から提出されました人事構想につきましては、都教委として詳細なヒアリングを行いまして、適切に作成されているかどうかチェックをしてまいります。 ○曽根委員 私も、この先生が好きだとか嫌いだとかいう、好き嫌いだとか情実だとかで人事が行われる、そんなのは当然あってはならないと思うんです。 しかし、校長がみずから決めた学校経営計画で、今は(学力の)レベルが低いんだけど、進学校に持っていきたいといったときに、頑張らなきゃならないわけですね。相当無理もあるわけですよ、何年間かでそこへ持っていくには。 したがって、ちゃんとそれに従ってやってくれる先生を残したいと、それに多少なりとも反発したり反対する意見を持つ先生は異動してもらいたいと・・・。 すると、当然、学校経営計画に基づいての人事ですから、恣意的人事ではないわけですよね、都教委にいわせれば。 しかし、それに対して、いろんなあつれきは起きますよね、これは。 しかし、権限を強化して、それでやっていくんだということ、こういう方向に当然なるわけですよね、先ほどおっしゃったとおり。 したがって、これがうまくいけば文句出ないかもしれない。しかし、五年間やったけど結果が出なかったといった場合、だれがどういうふうに責任持てるのかということは残りますよね。 やはり学校というのは、校長一人だけでは運営できないわけで、周りの教員や、もちろん父母、生徒たちも一緒になってつくり上げていくものです。校長先生に権限がある程度強いということは、私だって当然あると思います。 しかし、すべての権限を、予算獲得も含めて、今、校長に集めているわけでしょう。主幹制度もつくった。そうしたときに、校長の、先ほど力量の話があったけれども、見当違いがあったときには、大きな禍根を残すことになりかねません。 そこで、そういうことを防止するために、客観的に、校長先生のワンマンとか暴走とかひとりよがりな運営とか、そういうものを防止するために、客観的にチェックできる機構というのが、この陳情者も考えていっておられるように、必要じゃないかというふうに思うんですが、そういう仕組みというのはどういうふうに考えていますか。 ○臼井人事部長 改正異動要綱でこういうパンフレットをつくって、教員に全部周知いたしますけれども、この中にも書いてございますとおり、異動申告に基づきまして、校長と教員のヒアリング、自己申告に基づきますヒアリングを行うことになっておりまして、校長はそのときに、学校の経営計画を十分説明し、教員の希望、また将来の自分のやりたいこと、キャリアプラン、これは作成を義務づけましたけれども、そういうことも含めて校長と十分な意見交換をした上で、校長としては人事構想を作成するということにしておりますので、そういう疑念が生じないように、私たちもそういう指導を今後ともしてまいりたいと考えております。 ○曽根委員 そうすると、都の教育委員会がチェックをするということが最大のチェック機構であるということのようですが、学校にいるのは生徒であり先生であり、校長先生もその一人と。 父母もかかわっている、地域もかかわっている。そういう中で、校長先生の経営計画が、どうも生徒たちにも評判悪いし、父母も反対が多いといったような、もし仮にですよ、そういったことがあるけれども、校長はこれをやりたいんだというふうに申告があった場合、都の教育委員会としての判断基準の中に、学校にいる生徒や、またその父母や地域からのその計画に対する強い疑問や反対の声があった場合、それはやはり考慮して、場合によってはその計画は変更するということも当然入っているんでしょうね。 ○臼井人事部長 先ほど来ご答弁申し上げておりますとおり、改正の異動要綱では、校長の学校経営計画を実現するために必要な人材について、当該校に勤務する教員の人材育成、能力開発の観点を踏まえまして、人事構想を作成することとしております。 また、経営計画について、保護者あるいは生徒等の反対あるいは、そういう意見がどうなんだということですけれども、それにつきましては、学校経営計画を提出していただくときに、私たちとしてはチェックをしてまいりたいと考えております。 ○曽根委員 結局、人事の問題にしろ、経営計画をつくるときにしろ、やはり校長先生が・・・だれも文句いえないですよね、進学校になりたいという目標はね。都の教育委員会から見てそういう当然の計画を立てたときには、多少いろいろ意見はあっても、校長先生に権限を持たせて、頑張ってくださいということになるわけでしょう。 チェックはするかもしれないが、都の教育委員会だけで、本当に学校での生徒たちや父母との関係、地域がどう思っているか、これを最終的に判断して、場合によっては修正するということは、私は難しいと思うんです。 で、そういうものができる方法というのは、今、全国でもいろいろと試みがありますけれども、やはり学校において、校長先生はもちろんですけれども、先生方や子どもたちや父母や地域の方も入っての協議会をつくり、大事な方向、基本的な方向については、そういうところで大いに話し合って、みんなが納得する方向でつくっていく。それが受験校になる場合もあるでしょうし、スポーツ校になる場合もある。しかし、そういうところでつくり上げていくんだという考え方が、これは先進的なのは高知県ですけれども、そういう協議会をつくって、四者協議、三者協議という形で話し合って決めているところが今どんどんふえているわけです。それが開かれた学校づくりといわれているわけです。 東京都の今の人事構想にしても、それから、校長の権限を強めるためのさまざまな手だてを今打ってますよね。 その方向と、今、全国でそういうふうに広がってきている、学校でかかわる人たちがみな参加して決めていこうという方向と、私は大きな違いがあると思 うんですが、開かれた学校づくりというのは東京都もいっているわけで、その点はどういうふうにお考えですか。 ○山際学務部長 開かれた学校づくりに関連するご質問でございますが、都立学校におきましては、ご案内のとおり、開かれた学校づくりの一環としまして、国に先駆けて平成十三年度から、全都立学校で学校運営連絡協議会を設置者いたしまして、学校運営及び教育内容に関して、地域住民あるいは保護者の意見を取り入れる仕組みを設けたところでございます。 都立の各校長は、各学校経営計画を策定するに当たりましては、学校運営連絡協議会のご意見なども参考にするなどして、魅力ある都立学校づくりに努力をしているところでございます。 都教育委員会におきましても、今後とも、より開かれた学校経営の推進に努めてまいります。 ○曽根委員 確かに、住民の方が参加したり父母が参加している協議会があるんですね。 しかし、校長の権限がこれだけ強化されたときに、それは私は、はっきりいって何の権限も力もない、ただ意見をいって、校長先生は最後にそれを参考にさせていただきますで終わりだと思うんです。そういう仕組みになっていないからです。その意見が反映される仕組み、保証される仕組みになっていないからです。 私は、これは何も夢物語、架空のことをいっているのじゃなくて、今、都立高校の多くの学校で、例えば私の母校である小石川高校では、二年前にある先生を十二年の必異動の前に校長先生が異動させようとして、PTAも巻き込んで大きな問題になって、最後に校長先生もPTAに対して、何でもいえる自由な雰囲気を守りたいということを表明されて、その先生は納得して異動されたんですが、そういうこともありましたし、それから、進学校を目指すというために、先生方と物すごく対立をしながら、校長先生が、二期制を組み込んだり七時間制を組み込んだりして、どんどんどんどんカリキュラムを自分から変えてしまう。先生たちがいろいろ話し合ったカリキュラムが全部ご破算になっていくという学校の苦情も、個人の方から私に寄せられています。 そういう形で学校がよくなっていくとは、私は思えないんですよ。 小石川高校も、先日生徒の方から、半分以上の生徒の署名で、中高一貫校をやめてくれ、見直してくれという陳情も来ました。 こういう声がきちんと尊重される仕組みを今こそ考えないと、校長先生の権限だけを強化するというやり方では、東京の都立高校について、私は、大きな財産を失うことになると思います。 伝統校もあれば、新進気鋭の学校もあれば、それから、学力は低いけれども高校に行きたいと願う多くの底辺の子どもたちを受け入れている学校だってあり、それぞれの貴重な役割があるわけで、それぞれがそういう実情に応じた改革、改善ができるような制度を今こそ考えていただきたいということを申し上げておきます。 |