「ねえ。皆志貴って遠野なのかな?七夜なのかな?」
ある日の午後、アルクェイド・シエル・秋葉・翡翠・琥珀・シオンの六人はお茶会と洒落込んでいた。
(志貴はこの日悪友の家に出掛けた)
このお茶会でアルクェイドが何気無く言った、この言葉が全てのきっかけだった。
「はぁ?何ふざけた事仰っているの?この未確認生物は。兄さんは遠野志貴に決まっているでしょう」
いささか怒り口調で秋葉が口を挟む。
「ですが秋葉さん、もともと遠野君は七夜志貴だったのでしょう?それでしたら・・・」
「シエル様。それでも今の志貴様は遠野志貴である事に変わりはありません」
「そうですよ〜志貴さんは私や翡翠ちゃんのご主人様なんですから〜」
秋葉の反論にシエルがいささか反発してそれに翡翠と琥珀が反論を返す。
「え〜っ!でもさ〜」
「あーぱー吸血鬼は黙っていなさい!!遠野君の程の実力なら埋葬機関でも・・・」
「ちょっと!!!何勝手に進めているんですか!!」
そんなこんなで喧々囂々の激論の中一人悠然と紅茶を啜っていたのがシオンだった。
「シオン貴女はどう思うの?」
暫くして劣勢を感じた秋葉は強力な援軍になるであろうシオンに意見を求めた。
しかし、
「・・・秋葉、真祖、それに代行者・・・その件には触れない方が良い」
以外にもシオンはそれだけ言うと、再び無言を通す。
「「「「「えっ??」」」」」」
思わぬ言葉に全員絶句する。
「どう言う事なの錬金術師?」
「どう言う事も何も言った通りの事です真祖。志貴の内面を興味本位で暴くべきでは無いと言ったのです」
「何故ですか?」
「それは知ってはいけない事だからです代行者。」
「どう言う事なのよシオン?」
「これ以上は言えません。ただ志貴の内面をむやみに覗こうとすれば、それは真祖達に重い代償として返って来ます。志貴はそのような事態を決して望んでいない・・・それだけは言えます」
「それでも!!私達は志貴の本質が何なのか知りたいの!!」
「そうです!!これは興味本位ではありません!遠野君がどの様な方向に向いているのかそれを知る機会に他なりません!!」
「その通りです!兄さんの監視を強めて遠野の長男として相応しい者に再教育する為のこれは正当な調査なのです!!」
シオンの言葉にアルクェイド・シエル・秋葉は一斉に反論する。
その言葉に呆れた表情を作りながらもシオンはやがて深い溜息をつくと、
「・・・判りました。そこまで知りたいのでしたら今夜志貴が寝付いたら夢魔を連れて志貴の部屋に来て下さい」
「レンを?一体何をする気なの?」
「そこまでは言えません。それとくれぐれも言っておきますが志貴には決して他言無用です。洩らしたら今回の事は一切無かった事とします。良いですね」
全員こくんと頷く。
それと同時に玄関から
「ただいま〜」
と話の中心となっていた遠野志貴本人の声が聞こえてきた。
「志貴が帰ってきたようですね」
その言葉を皮切りにその話題は日中出される事は無かった。
深夜、もう遠野家の消灯時刻は過ぎている。
そんな志貴の部屋にアルクェイド・シエル・秋葉・翡翠・琥珀そしてシオンが集合していた。
そしてシオンが要求していたレンは猫の形で翡翠が抱きかかえている。
ちなみに部屋の主志貴はぐっすりと眠りについている。
「こんなにあつまって志貴は眼を覚まさないの?」
そんな不安げなアルクェイドの言葉。
確かに志貴の睡眠の深さは良く知っているがそれでも不安になってくると言う者だ。
「あは〜大丈夫です。食後の紅茶に睡眠導入剤を入れておきました。たとえ零距離で爆発が起きてもぐっすり眠ったままの優れものです」
それに対して琥珀が何時もの笑顔で太鼓判を押す。
「それにしてもシオン、この黒猫を使って一体何をする気なの?」
秋葉は尋ねる。
「夢魔には志貴の夢への橋渡しをしてもらいます。それに私のエーテライトを使い全員が志貴の夢の世界はおろか、志貴の深層心理まで入り込ませます・・・」
シオンの説明に全員なるほどと頷く。
「それでは行きましょう」
「その前にこれだけは言っておきます。この方法は確かに志貴の本心を知る事も出来ます。ですがそれが全員が望んでいるような者ではない可能性もあります。それでも見ますか?それを見たが故に生涯後悔するかもしれません。それでも・・・」
シオンの言葉をシエルが遮った。
「しつこいですよシオン=エルトナム」
「・・・わかりました。ではまずは全員にエーテライトを繋ぎます」
そう言うとシオンはまずエーテライトを六本引き伸ばしアルクェイド達と志貴に繋げる。
それから全員横になる。
「では夢魔よろしくお願いします」
その言葉と共にシオン達は一瞬にして眠りに落ちていった。
全員気が付いた時そこは影絵の様に実感の沸かないビルが立ち並ぶ夜の街だった。
「ここは?」
「志貴の夢の世界ですね・・・」
シオンが秋葉の問い掛けにそう答える。
「それにしても随分と寂しげな所ですね」
「何で夜の街なのかな?」
「それは志貴の本質が夜を駆け、魔を滅ぼす一族『七夜』だからでしょう。どんなに金属にペンキを塗った所で芯の色が変わらないのと同じ事です」
その言葉にアルクェイドとシエルがにんまりと笑い秋葉達が悔しげに睨む。
「どうかしたのですか?秋葉さん」
「妹事実突き付けられたからって怒っちゃだめだぞ〜」
「くっ・・・この泥棒猫どもが・・・」
と、秋葉が悔しげに呻いた時
「・・・何者だ・・・」
低く寒気を覚えさせる・・・それでいて聞き覚えのある声が聞こえた。
「・・・兄さん!!」
「志貴!」
「遠野君!」
それは紛れも無い遠野志貴だった。
いや、この場合七夜志貴と呼んだ方が正確かもしれない。
彼は眼鏡をつけておらず、その眼光は鋭いものだったから・・・
「ふん・・・誰かと思えば真祖に混血者、代行者と錬金術師、巫淨の娘もいるな・・・この地は志貴が夢魔以外入れる事を頑なに拒んでいた筈だが・・・なんの用だ」
冷たく言い放つ志貴にシオンが前に出る。
「七夜志貴と呼べばよろしいでしょうか?」
「ふん・・・七夜志貴などここにはおらん。俺は志貴の恐れる殺人衝動が擬人化した作り物に過ぎん。ただシキと呼べば良い」
「そうですか・・・今回は真祖達がどうしても志貴の本質を知りたいと言う為にここに全員を連れてきました・・・シキどうしたのですか?」
その言葉を耳にした瞬間シキは憤怒に表情を歪めた。
「貴様ら・・・馬鹿か?」
その一言にアルクェイド達は色めきたった。
「ちょっと馬鹿って何よ!!馬鹿って!!」
「馬鹿は馬鹿だ。そんな下らぬ理由でここに来たと言うか?それを馬鹿と言わずして何と言う?」
「下らぬ理由と言うのは聞き捨てなりません」
「その通りです。兄さんは遠野志貴なんですからその証明をここの人外に見せ付けてやるのです」
その論法に呆れた視線を向けていたシキだったがやがて踵を返した。
「何処に行くのですか?」
シオンが怪訝な表情で聞く。
「・・・良かろう、どうしても知りたくば付いて来い。夢魔すら立ち入れさせない志貴の聖域に案内してやる。その代わり・・・貴様ら永久に後悔する羽目になるだろうがな」
暫く歩くと唐突に影絵の街は掻き消えて三つのドアが目の前に現れた。
左から真紅・漆黒・そして紺碧の三色のドアが・・・
「ここは?」
当惑しきった様子で翡翠が尋ねる。
「志貴の聖域だ。ここに貴様らが求める答えがある」
その答えにシオンが固い表情でシキに尋ねる。
「まさか・・・聖域とは・・・」
「ほう・・・その口調だと知っているようだな。この先に何があるのか・・・」
そんな会話を他所にアルクェイドがまず真紅のドアを開く。
その先には・・・
「な、なに・・・ここ・・・」
そこは一面の血の海だった。
いや、血の海所ではない。
何かがぷかぷかと浮いている。
あたかも木の枝の様に。
だがそれは人間の指だった。
他にも、足、腕、胴体、内臓、・・・人体を形成するあらゆるものが血の海に浮かんでは沈んでいく。
そして・・・その中央に立つ・・・この中でただ一つまともな形をした人間・・・のはあのナイフを手にした、志貴だった。
その表情は静か、殺人に興じている訳でもないし、自身の行為に嫌悪している訳でもない。
それは無表情、あたかも殺人という行為を食事・睡眠・排泄と同じ様に捉えているかのようだった。
その色の無い瞳をこちらに向ける。
それが限界だった。
アルクェイドは力の限りドアを閉める。
そしてそのままへたり込んだ。
秋葉達も顔色は悪い。
「な、なに・・・あんなの・・・あんなの志貴じゃない・・・」
「しかし、あれがお前達の言う『七夜志貴』の本質だ。殺しを愉しんで等いない。ただ殺すだけの機械に等しき者・・・それが『七夜志貴』だ」
その呟きに冷酷な口調で返すシキ。
「で、では・・・このドアは・・・」
そう言い秋葉はふらつく足取りで紺碧のドアを開ける。
そこはただの草原だった。
煌々と輝く満月の下そこにはやはり志貴がいた。
すると志貴は眼鏡を取ると、なんの躊躇いも無く、自分を貫いた。
「に、兄さん!!!」
「「ひっ!!」」
秋葉と翡翠・琥珀の悲鳴が交錯する。
だがそれに留まらない。
自身の体をナイフで滅多刺しにしていく志貴。
やがて腕が落ちた、足がもげた。
それでも自分の体を傷つけるのを志貴は止めない。
ついには、自分の首すら切り落とし、それを最後に手の動きは止まる。
だが、次には志貴だったモノは姿を消し、別の場所に志貴は現れる。
そして再び自身の体を貫いていく。
再生しては殺し殺しては再生していく・・・その光景に絶句する秋葉達を他所にそのドアはシキに閉められた。
「それが・・・『遠野志貴』としての本質。己が守ろうとする者の為に自身を傷付け・・・己をも平気で殺す事の出来る狂人・・・」
その言葉に耳を傾けている者はいなかった。
一方では人形・・・いや、機械の如く魔を狩る志貴、もう一方は自らの命をあまりに軽く見すぎている志貴・・・
それを直に見たアルクェイド達は蹲りがたがた震えていた。
「・・・シオン、貴女ここの事を・・・」
「はい、以前エーテライトで繋がった時一度だけ志貴の深層に潜り込んでしまったのです。私自身もあれ以後は一度も訪れた事はありません・・・と言うよりもあの光景は二度と見たくありませんでしたから・・・しかし、最後のドアは何なのですか?」
秋葉にそう答えシオンはいまだ開けられない漆黒のドアを凝視する。
以前訪れた時もシオンはここだけは覗かなかった。
いや、正確には覗けなかった。
二つの部屋を見た恐怖も理由の一つであったが何よりも、その時あのドアには板が打ち付けられ、開ける事が出来なかったのだから。
しかし、今そのドアは何も打ち付けれていない。
開ける事が出来る。
「・・・ここも覗くか?」
「・・・」
シオンは迷った。
錬金術師としては覗きたい。
『直死の魔眼』を保有して魔眼殺しがあるにしろ己をあそこまで保ち続ける遠野志貴の源がそこにあるだろうから。
しかし、シオンとしては覗いてはならないと思った。
もし覗けば根本的な何かが崩れてしまう。そう思ったからだ。
「ふっ・・・賢明だ・・・」
「!!あ、貴方私の心を!!」
「無理からぬ事だろう。ここは志貴の夢・・・ここで考えられている事は全て筒抜けとなる。それよりもここは覗かぬ方が良い。志貴もここをよほど恐れているのだろう。無意識で完全に封印を施したようだが深い眠りで一時的に解かれている。覗くならば今だけだ。志貴に対する何かを失いたくなければここより去るがよい」
聞き様によっては誘っている様なシキの声、それにシオンは・・・
「わかりました・・・そのドアを覗くのは止めておきましょう」
「やはりな・・・ついでにそこで蹲っている奴らも連れて行け」
「無論です。後エーテライトを使いここに関する記憶は全て抹消しておきましょう」
それが良い、そう言わんばかりに頷くシキ。
「ですが最後に一つ教えてください」
「なんだ?」
「なぜアナタが現れたのですか?志貴の記憶では殺人鬼としての志貴は当の昔に消え失せた筈では」
「・・・それは俺も『志貴』の一つだからさ」
「えっ?」
「消え失せたと言うのは正確ではない。俺は今でも志貴の闇の底で息づいている。ただ表に出にくくなっただけだ」
「・・・」
「しかし、たとえ志貴に恐れ忌み嫌われようとも俺が志貴の『恐怖・恐れ・嫌悪』を象徴する仮面である事に変わりは無い」
「・・・仮面?」
「そうだ。遠野志貴が『平穏・日常』を象徴する仮面であるように、七夜志貴が『非日常・戦い・退魔』を意味する仮面であるように俺は志貴の負・・・闇の底に位置する仮面なのさ」
「では・・・本当の志貴は・・・何の仮面を被らずにいる志貴は何処なのですか!!」
「あの中だ」
「えっ!!」
シキの指差すのはあの漆黒のドア・・・
「あ、あの奥に本当の志貴が・・・」
「だが見るべきではない。いや、正確に言えば真の志貴などこの世にはおらぬ」
「!!」
シオンは混乱した先程とはまるで言っている事が違う。
「シキ、貴方は自分を仮面と言いましたよね。仮面があるということは仮面を被る人がいると言う事。それがどうしてこの世にいないのですか!!」
「・・・志貴にはそもそも自己というものは存在しない。幼少より周囲の都合の良い仮面を押し付けられていた」
「!!!」
傍らで秋葉が息を呑む。
そう志貴はかつて遠野槙久の手で実の家族を失い、更には都合の良い道具として記憶を弄ばれ、挙句の果てには七夜志貴としての存在をも失った。
「何もかも失った志貴に明確な自我など存在しない。そして俺の肉体はその仮面の役を演じる為だけに存在する志貴の抜け殻にしか過ぎぬ・・・そんな空虚な・・・それでいて孤高な心、そして死に近き血族が志貴に『直死の魔眼』を授けたのだろう・・・だが、もしかしたらあの時志貴は死んだ方が幸福だったのかも知れんな・・・」
そこで一息つく。
「長くなったな。ではこれでお別れだ。ここの事は忘れ去るがいい」
「ま、待って下さい!!あ、あなたは・・・」
その言葉は最後まで紡がれる事無く、指が鳴らされた瞬間シオン達の姿は全て掻き消えた。
「・・・俺とした事が長くお喋りし過ぎたものよ・・・」
そう自嘲気味に呟くと、シキはなぜかあの漆黒のドアを開ける。
そこは奇怪な部屋だった。
現実の志貴の部屋のようにそこには何も無い。
闇に包まれたその部屋にはただ三つの楯のような物とそれに吊られた二つの仮面、そして一つの椅子があるだけだった。
「・・・」
シキは無言で顔に手を当てる。
その途端、シキの顔は外れ、シキの手は空いた楯にソレ吊るす。
そしてシキの体はその椅子に腰掛ける。
「・・・ふっ・・・」
小さい嘲笑が闇に響き、それと同時に漆黒のドアは独りでに閉まり、その後ドアに次々と板が打ち付けられ封印された。
翌日、アルクェイド達が眼を覚ました時、昨日自分達が何か言い争っていたような気がしたが思い出す事は出来なかった。
「おはようシオン」
「おはようございます志貴」
そんな中、志貴とシオンが朝挨拶した時、なぜかシオンは遠野志貴の表情に何か違うような気がした。
そしてすれ違う時
「・・・錬金術師・・・お前も忘れた方が賢明だ・・・」
「!!」
シオンが振り返ったときそこには何時もの志貴がいただけだった・・・
後書き
今回は少し毛色が違いますが、志貴の心と言うものに視線を向けてみました。
少しホラー調に仕上がってしまいましたがご了承下さい。
まあ、書こうとしたきっかけは知っている方は知っている事情ですが。