殺生石の力により魔人と化した不知火幻斎と警視庁特別班の戦いも終わり、幻斎を初めとした不知火派の幹部は特別班官舎の一室に軟禁状態となっていた。
唯一の例外は壮絶な拷問を受けて一時危険な状態まであった桐崎綾乃で、彼女は未だ医務室で妹、芳乃の手当てを受けている。
そうこうしている内に、花山俊輔の尽力もあり、不知火一党は結局、維新政府への反逆は不問の上、北海道の開拓団として送り出される事になった。
これは彼らが維新政府転覆を目論んだとは言え、一般市民には何の危害も加えなかった事が最大の理由と成った。
だが、最大限の譲歩とは言えこれが事実上国外追放と変わりは無い。
だが、横浜を中心として一般市民をも巻き添えにした騒乱事件を計画、更には実行に移していた冨田兵馬一党は軒並み懲役最悪の場合死罪であった事も考えればこれがいかに温情のある処断であるかは言うまでもないだろう。
そしてその北海道出立を翌日に控えたこの日の夜、幻斎の部屋に意外な来訪者が訪れた。
「・・・花山・・・これはどういう事だ?」
苦虫を噛み潰したような表情で幻斎は来訪者・・・花山俊輔に尋ねる。
「そうだぞ。花山君、いくら相手が丸腰とは言え少々無用心だと思うのだがね。それとなんで私までここに連れて来たのかね?」
同じ表情で同意するのはその花山に引き摺られる様に連れて来られた桐谷五郎。
だがそんな二人の言葉を無視して花山はおもむろに一升瓶と茶碗を三つ取り出す。
「さあ、飲みましょうか」
「は?」
「飲む・・・だと?」
唖然とした声を出す桐谷と幻斎。
「忘れたんですか?約束したじゃありませんか?『いつか全て終わったら三人で酒を飲みましょう』って」
二人は顔を見合わせる。
確かにその約束は交わした。
永峰療養所での惨劇の後、桐谷は全てから距離を置き隠遁生活に入った。
その時幻斎と花山二人による最後の説得も決裂し、その別れ際に花山は確かにそう言った。
「どうしたんですか?何をそんなに驚いているんです?」
「いや・・・」
「お前がそれを覚えているとは思わなかったからな」
二人ともそれが意外だった。
「何を言っているんですか?楽しい事は覚えておくのが俺の主義なんですよ」
いっそ清々しさすら覚える断言に二人の表情が綻ぶ。
「ふっ・・・そうだったな・・・お前はそういった奴だったな」
「ああ、そうだった。じゃあ今夜は飲もうか」
「ええ、飲みましょう。敵だの味方だのそんな事は全てほっぽり捨てて」
すっかり夜も更けても酒盛りは終わらない。
だが、実際に飲んでいるのは幻斎と桐谷のみだった。
この酒盛りを提案した花山はと言えば空の一升瓶を抱えて高いびきをあげて眠りこけている。
「やれやれ・・・提案者が先に潰れてどうするのか」
「まったくだ」
やや呆れたように言い合う。
この場合、花山が弱いのかそれともこの二人が強いのか・・・その答えは周囲に転がる一升瓶の数が物語っていた。
「桐谷」
とそこに幻斎が口調をただし桐谷と向き合った。
「どうした?急に改まって」
「ああ・・・今までの事を考えていた・・・」
「今までか・・・」
「ああ、俺が永峰先生と出会ってからもうどれだけ時が過ぎただろうな・・・」
永峰幹夫・・・特別班所属の永峰和人・陽子姉妹の父であり、おおらかな心と強き意思を持った医師。
幻斎とは対極だが、彼と同じ強さをもった侍。
彼と出会い幻斎は変わった。
今までのただ敵を斬り捨てれば良いと言うだけの猪武者から。
「・・・彼は人としても医師としても・・・侍としても・・・立派な人物だった」
「ああ、先生と出会えた事は本当に僥倖だった・・・だが、あのような素晴らしい侍も・・・」
幕末の混乱期に彼はその命を落とした。
反政府活動を続けながらも幻斎は一般の市民に危害を加える陰謀には常に一貫して反対してきた。
侍ならば正々堂々とした戦いをもって雌雄を決するべきと言うのが彼の主張だった。
だが、その根幹には永峰療養所の悲劇があったと言う事は想像するに難しくない。
あのような弱者すら踏みにじる騒乱によってあれほど素晴らしい人物が無残に殺された。
あのような事を繰り返してはならない。
ましてやそれを自分が行ってはならない。
たとえそれが甘いと影口を叩かれたとしても彼はそれを曲げる事は出来なかった。
「だが、それでも若い・・・未来を担う若者の命は奪われた・・・」
無言で頷く桐谷。
彼らの知る限り、家族の為に敢えて反逆者の汚名を被った国木田義一、そして・・・
「俺は・・・息子を・・・士郎を殺したも同然だ」
父を慕い、幼いながらも特別班への間者として必死に戦ってきた不知火士郎・・・未来に無限の可能性を秘めた若者達が死んでいった。
「こうやって生き延びた今もふと思う・・・俺はこのまま生きてよいのかと・・・」
「幻斎・・・」
言葉少なげに幕末を短い間ながら共に駆け抜けた戦友を見やる桐谷。
「私から言える事は・・・生き抜く事が死んでいった者達へのせめての慰めなんだと思う」
「・・・」
「陽子君も言っていた。士郎君は幻斎、お前の事を心の底から慕っていたと・・・たとえ父親として接する時間が無かったとしても彼はお前を慕っていた。ならば生きなければならない。生きて生きて生き抜いて死後会えた時に胸を張って『自分はがんばって生き抜いた。お前の分まで』と言えるように・・・それが」
「それが生き残った者達の掟か・・・掟と言うよりは罰だな」
自嘲気味に笑う幻斎。
「だが、お前が言うと重みがまるで違うな・・・イワナガと同じ永遠の中で生きてきたお前が言えば」
「・・・そうか、イワナガから聞いたのか・・・」
静かに頷く幻斎。
「あの時お前は『死とは何も生み出さず何も起こさずただ悲しいだけ』と言った、当時の俺には理解できなかったが、今になってあの意味がようやくわかった。そしてその言葉の重みも」
二千年を・・・いや、これから先も永久に生き続ける彼にとって死を何かに意味付ける事など出来なかった。
それ程彼は数多くの死を見続けてきた。
「お前はこれからもそうやって生きていくのか?」
ある意味においては幻斎よりも苦難に満ち溢れた、『生きるだけ』と言う地獄の道を。
「いや・・・」
それに対して桐谷はむしろ晴れやかな笑みを浮かべる。
「確かに私は今まで何もせず生きてきた。それは私のような不老不死の者が世に介入する事はこの世・・・アシハラノクニに良い事はもたらさないだろうと思ってきた。だが、今回花山君の要請で特別班を率いて和人君達の様な前途有望な若者達を教えてやっと私は私の生きがいを見つけられた」
「生きがい?」
「ああ、いつか・・・そういつか、この国・・・いや、この世界の未来を担える若者を教える学校を創りたい。そしてそういった素晴らしい若者達を世に送り出したい」
その表情には今までの桐谷には無かった未来への希望があった。
「そうか・・・」
それを見た幻斎もまた、心穏やかになるのを自覚していた。
「では桐谷、今一度乾杯と行くか、お前の前途を祈って」
「ああ、そしてお前の今後の壮健を祈って、殺生石の負担を受けているが大事に使っていけばまだまだ生きていけるからな」
「ああ」
酒を交互に注ぐ。
「では乾杯」
「乾杯」
「・・・乾杯」
月が煌々と照らす縁側で一人の老人が二つの湯飲みに日本酒を注いでいる。
無論だがそこには老人が一人しかいない。
「あれから・・・二百年にそろそろなるのか・・・幻斎、向こうで・・・ネノクニで士郎君と再会したのか?」
月夜で誰か大事な友人と話し掛けるように老人は誰もいない虚空に話しかける。
老人・・・かつて桐谷五郎と名乗り今はこの世界で六番目の偽名、搭馬六助と名乗る・・・は語り続ける。
「わしは自分の夢を叶えたよ。学校を創った。紆余曲折はあったがな」
そう・・・結局彼は時間はかかったが生きがい・・・若者を教える学校を創る事が出来た。
そして今までに数多くの若者が世に出ていった。
そしてこれからも。
「あれ?じっちゃん?何してんだよ」
そこに高校生と思われる少年がやってきた。
「おおヒカル」
「おおヒカルじゃないだろ?うわ、これ日本酒か?美由紀に怒られるぞ」
「ううっ・・・美由紀ちゃんには内緒だぞ」
「判っているって、その代わり・・・」
そういうとヒカルと呼ばれた少年は湯飲みを一つ手に取ると同時にくいっと飲む。
「な、何をするんじゃヒカル!!」
「へへっ証拠隠滅、ついでに」
そう言って残り一つも飲み干す。
「これで美由紀にばれる心配は無いだろ?」
「むむむむむ・・・ヒカル、そこに直れ!その性根叩き直してくれるわ!!」
いずこから竹刀を取り出し構える六助。
「うわっ何すんだよ!じっちゃん!!」
「ええ〜い!黙らんか!!」
「もうお兄ちゃんもお爺ちゃんも何しているの〜」
月夜の中、何処にでもある一家団欒の風景がそこにあった。
少年・・・搭馬ヒカルがネノクニに飛ばされる直前の他愛も無い出来事だった。
後書き
新年明けましておめでとうございます。
2006年の最初の作品が『七歴史』や『余話』で無い事に不満を持っている方もいるかもしれません。
ここ最近はもうTYPE−MOONさんの作品ばかり書いていましたから。
ただ、昨年末にも書きましたがエゴ関連の作品も少しづつ書いて行く事を目標とした以上それを実践する意味で今年最初の作品をエゴ関連としました。
前ふりもここまでとして、今回の作品は『IZUMO零』本編の最終戦と終章の間に『こんな事があったかな?』との思いから書きました。
『IZUMO』シリーズはどれもいい作品です。
中でも今回の零はシリーズ中最高だと自分では評価しています。
歴史物が好きだと言うのもありますが、1以降の複線も所々に用意されていましたし、大満足でした。
まあ、S・RPGが苦手だとすればお勧めできないかもしれませんがそれでもプレイしてみて損は無いと思います。