聖杯戦争が始まり数日たったある夜。
柳洞寺の一角で三日月をただじっと凝視していた男がいた。
その男にすっとローブを纏った女性が近付いた。
「・・・宗一郎様?何を見ておられるのですか?」
「・・・月だ」
男・・・葛木宗一郎はただ一言そう返しただけで黙りこくる。
その時宗一郎は十数年前の出来事を思い起こしていた。
その時彼はある組織で一・二を争う凄腕の暗殺者だった。
それも徒手空拳からの衝撃で骨や内臓を破壊し時には拳は体を貫く。
まさしく古き時代の暗殺者であった。
そんな中彼の組織はある依頼を請け負った。
それはごくありふれたある要人の暗殺であった。
警護も多くなく襲撃の計画も万全であった。
その仕事に宗一郎は参加しなかった。
彼の真価は単独での隠密に発揮される。
集団での襲撃には到底向く筈はなかった。
しかし、襲撃開始の報告から僅か数分後、援軍の要請が来た。
その援軍も僅か五分で連絡が途絶えた。
ここに来て宗一郎に緊急の出動が下った。
宗一郎が到着した時そこは死体の山であった。
それに蒼ざめるでもなくただ黙々と死体の状況を確認する。
様々な状況であるが共通しているのは全ての死体が首の骨をへし折られ・・・いや、粉砕されたと言うべきか・・・それによってのほぼ即死に近い状況であったと言う事。
発砲された形跡も無いと言う事は反撃の暇すら敵は与えなかったと言う事・・・
それを確認してから宗一郎は立ち上がり、彼方の暗闇を睨みつける。
「・・・」
その視線に炙り出されるように一人の男が出て来た。
歳は自分と同じ位であろうか。
黒髪のその男と宗一郎はただじっと互いを凝視する。
やがて、宗一郎は何の前触れも無く拳を握り構える。
言葉を発せずともこの惨状を起こした犯人が眼の前の男である事は明白であった。
一方の男は構えもせずただこちらを見ているのみ。
かと言って気を抜いている訳でもない。
もしこの男がその気になれば一瞬で自分を殺せる筈・・・
それをしないのは自分を殺す気が無いのか、それとも自分を侮っているのか・・・
いや、違う。
おそらくその理由は三番目、あの男を殺す事は人には不可能であると言う事ただそれだけ。
だから自分から構える事も仕掛ける気も無いと言うだけ・・・
宗一郎の全身からは汗が噴き出していた。
対峙するだけで体力を消耗するような相手が存在する事を彼は初めて知った。
しかし、それではどうする事も出来ない。
彼は退きたいと言う己を強引にねじ伏せて、間合いを詰めると拳を繰り出す。
速さ威力共に必殺の一撃。
これで男の肋骨をへし折るつもりであった。
しかし、鉄がぶつかる澄んだ音を立てて宗一郎の拳は弾き飛ばされていた。
何時の間にか男の両手には鉄の棒・・・いや、あれは鉄の撥か・・・が握られていた。
宗一郎の一撃は男の撥で防がれていた。
それに怯まず宗一郎は体勢を立て直しすかさず第二撃を叩き込む。
しかし、それも結果は同じであった。
感髪入れず今度は左右双方から時間差・さらには高低までつけて拳を繰り出す。
しかし、それすら最初から判っていたかのように男の撥は拳を弾き飛ばす。
徐々に速度と手数を増やしていく宗一郎にそれに苦も無く撥で払い、流し、弾き飛ばし表情一つ変える事無く淡々と精密機械の如く宗一郎の一撃を対処していく男。
やがて男の表情に変化が訪れた。
しかし、それは宗一郎にとって良いものではなかった。
男は笑っていた。
まるで新しい玩具を買い与えられた幼子の様に、ただ純粋に男は笑っていた。
その表情の変化に一瞬頭の血が上った宗一郎の一撃に今まで受けに回っていた男はその一撃に合わせる様に撥を繰り出した。
そして、撥と拳がぶつかった瞬間、そのいやな音を立てて右の拳の親指・人差し指・中指の骨が粉砕された。
「!!!!」
激痛に声にならない苦悶の声を上げつつも半ば本能で宗一郎は左を繰り出す。
しかし、男は予測していたと言わんばかりに左の撥をやはり繰り出す。
結果は同じ、ただ二撃で宗一郎は戦闘不能に追い込まれた。
しかし、宗一郎はその激痛の中男の正体を悟った。
(なるほどな・・・)
そう言う事だった。
自分に勝てる見込みなど万に・・・いや、億の確立でも見付かる筈が無かったのだ。
この男を見た瞬間退くべきであった。
この男こそ暗殺者仲間から一つの生きた伝説として謳われていた七夜の当主・・・七夜黄理。
風の噂で数年前に暗殺者から足を洗い、今では護衛の仕事をこなしていると聞いた。
それでもこの力の差は大きすぎた。
両手の激痛に立つ事も出来ず蹲っていたが黄理は何も仕掛けない。
「・・・何故止めを刺さん?七夜の当主」
「ほう・・・俺を知っているか・・・ならば知っているだろう?俺が殺しから足を洗った事は・・・」
それは言外に自分は殺さないと言っていた。
「それにしてもいい腕をしてるな。・・・っ・・・まさか衝撃で肩がいかれるとはな」
右肩を軽くさすりながらそう言うと、再び笑う。
「どちらにしろ俺の仕事は終わりだ。向こうの警備は向こうの連中に任せるとしようか」
その言葉を聞き宗一郎は悟った。
この男は護衛主を守る為殿の役目を請け負ったのだと。
「その程度の傷であれば治療は出来るだろう。さっさと医者にでも駆け込むんだな」
そう言うと黄理は宗一郎に背を向ける。
「まて・・・俺を殺さねば将来後悔する事になるぞ・・・」
「上等だ」
「なに?」
「お前ほどの腕だ、鍛えればまだまだ強くなるだろう。その時には里に来るが良い。その時に殺してやる」
その言葉を最後に七夜黄理は今度こそ闇に姿を消した。
宗一郎は動く事も出来ずその場で黄理の言葉を反芻していた。
黄理は情けで自分を生かしたのではなく、憐れみで自分を助けたのだと悟った。
自分など何時でも殺せる。
ならばもっと腕を上げてそれから殺されに来いと言外に言っていた。
「・・・面白い・・・」
内心の屈辱を押し殺す様に宗一郎は呟いた。
「ならば・・・更に腕を上げてやろう・・・その時には貴様に俺を殺さなかった事を改めて後悔させてやる・・・」
怒りに表情を歪めそう呟いた。
(あの時にも出ていた月は三日月だったな・・・)
宗一郎はただ月を見やる。
あれから我を忘れた様に修練に励み技量を高めた。
しかし、程なくしてそれを止める。
七夜が滅びたという事実を彼は耳にした。
その瞬間、彼には何も無くなった。
技量を高めようともそれに拮抗する者がいなければそれは空しいと言うもの。
やがて彼は組織を抜けた。
裏切り者、逃亡者には死をもって報復とするこの組織がそれを許す筈も無い
追いすがる追っ手を時には振り切り、時には撃砕し気付けば彼はこの町で教師をしていた。
(珍しい事よ。とうに捨て果てた過去を思い出すとは・・・)
宗一郎は軽く首を振ると境内を後にする。
あたかも全てを捨てるかのように・・・
かつて彼は己のサーヴァントに望みを聞かれこう答えた。
当に望みなど無い。
この身は枯れ果てた身。
ならばお前の望みの為に戦おうと・・・
しかし、彼には一つだけ望みがあった。
だが、その望みは聖杯とやらでも叶う事の無い望みと言う事も悟っていた。
彼の望み・・・それはあの頃の自分とあの頃の七夜黄理との戦いをもう一度行いたいと言う事。
例え負の感情であろうともあの戦いこそが最も己が高揚した戦いだったのだから・・・
後書き
さて初のFateSSいかがでしたか?
今回葛木さんと黄理をメインとしたSSにしたのもぜったいこの二人会っているだろう!!
と言う私自身の妄想で生まれました。
現に用語辞典には七夜のような集団に所属していたと書いていましたし。
性格違うんじゃねえのか!!!と思われる方どうぞ掲示板でご指摘お願いします。
次はもっとキャラクターを把握した上で出そうと思います。