「はあはあはあはあ・・・」

夜も更けたその山道を二人の人影が懸命になって走っていた。

「はあはあ・・・アトラシア・・・これほどだったのか・・・タタリとは・・・」

やがて立ち止まって一人が話しかける。

その姿は中世の騎士を思わせるプレートメイルを身に纏い腰には長剣を携えていた。

そして何よりも眼を引くのは両手に持たれた槍を射出する兵器パイルバンカーと、背中に背負われた矢筒の中に入った無数の手槍であろう。

無論だが全て対吸血鬼用に加工されている。

一見すると男性に見えるが声質の高さが『彼』でなく『彼女』だと言う事を教えていた。

「はあ・・・はあ・・・は、はい・・・わ、私にもこれだけの力があるとは予想外でしたが・・・」

もう一人は対照的な軽装、腰どころか膝まで届く長髪は三つ編に編まれ、その頭上にかぶされたベレー帽と、上着にはアトラスの紋章が編みこまれている。

二人は今逃げていた。

『タタリ』と言う死徒から。

騎士団『盾の騎士』リーズバイフェ、アトラス院次期院長最有力候補『シオン=エルトナム=アトラシア』。

それが彼女達の名であった。

十三『タタリ』

「くっ・・・私の部隊はもう全滅だな・・・」

やや自嘲気味に呟く盾の騎士にシオンは恐縮して謝る。

「すいません私の助言は結局役に立ちませんでしたね・・・」

「いや、元々は私達に非がある。アトラシア。お前の警告を無視した私達にな・・・」

そう彼女達・・・元々二・三十名いたが・・・はこの山村に現れた死徒を討伐に来た。

死徒二十七祖第十三位『タタリ=ワラキアの夜』・・・閉鎖された空間において人々の間に不吉な噂を流し、その通りに具現化し吸血の限りを尽くす特殊な死徒・・・

元々『タタリ』は人間であった頃稀代の錬金術師であった為『タタリ』討伐の助力を求める為彼ら騎士団はアトラス院に助言を行える錬金術師を求め、アトラスにおける最高位の錬金術師であるシオンがその任についた。

しかし、その助言役であるシオンに協力的であったかと言えば答えはノーである。

元々アトラスは数多い魔術協会支部の中でも更に閉鎖的な場所に当たり、かつて七夜志貴がアトラスに入る事が出来たのも蒼崎青子の連れであったという事が大きい。

ともすれば武器製造のみの穴蔵と揶揄されるアトラス院を騎士団が軽視するのは至極当然であったとも言える。

しかし、その結果が騎士団全滅の憂き目であった。

そもそも騎士団は『タタリ』の前提自体を間違えていた。

『タタリ』はその空間において不安を共有した者だけに現れるものではない。

『タタリ』に支配された空間に入れば自動的に『タタリ』主演の惨劇に出場される。

具現化してしまえば、噂を共有していようがいなかろうが関係は無い。

その心構えが出来ていない者が、直ぐに狩られるのはこれも至極当然であった。

唯一警戒していたリーズバイフェとシオンのみが脱出して無事であったがそれも何時までなのかはわからない。

「・・・アトラシア、いざとなったらお前だけでも逃げろ。『タタリ』がどの様なものか伝える者が必要だからな」

「しかし、貴女はどうするのです?」

「私は全員の仇をとる」

「それこそ無茶です!!」

「無茶でも誰かが行わなければならない」

その言葉に憮然としながらも内容の正しさはシオンも認めていた。

本当に全滅となっては『タタリ』がどの様なものかも判る筈もない。

しかし、だからと言って以前よりの知己でもある彼女をここに残して良いのか?

シオンは珍しく理性と感情の間で戸惑っていた。

時折彼女は錬金術師らしからぬ思考を取る事がある。

そう五年前蒼眼の少年に出会い、少年に恋をしてから・・・

「安心しろ私も助けられた命を粗末にする気は無い。ともかくアトラシア・・・ここから抜け出せれば助かる。もう少し走るぞ」

シオンの表情を見て安心させる様にそう言って再度走り出そうとした時、彼女達の前に人影が現れた。

いや、その獣じみた速度、到底人であるはずも無い。

「キキキキキキキキ」

それは一見すると一人の青年。

しかし、これこそが今回の『タタリ』。

その山村に伝わる伝承・・・外より来た女性が三つ子を産みその内二人が死産となった時残る一人は成人となった時吸血鬼と化して村に不幸をもたらす・・・に乗っ取って具現化された『タタリ』。

「くっ!!もう追い付いたか」

「キキキキキキ。もう、お前達だけ・・・キキキキキキ」

「くっ、リーズバイフェ・・・こうなれば戦い血路を開くしかない」

「そのようだなアトラシア・・・援護を頼む」

「はい」

そう言うとシオンは銃を構え、リーズバイフェは片手に長剣をもう片手にパイルバンカーを構える。

勝てるとは思っていない。

二人とも死を覚悟した。

その時シオンはふと

(もう一度会いたかった・・・あの子に)

そんな思考が頭をよぎった。

「くるっ!!」

『タタリ』が弾かれる様に襲いかかろうとした瞬間、

一陣の突風が吹き荒れた。

「!!」

「なんだ!!」

「キィ!!」

その風は力強く『タタリ』を弾き飛ばし、それでいてシオン達を包み込む様に優しく吹き込む。

そしてその風が収まった時そこには新しき観客であり・・・劇の終焉を告げる者がそこにいた。







「キェ!!貴様は・・・なんだ!!」

突如として現れた黒ずくめの男に『タタリ』は声を荒げる。

「・・・なんだと言われてもな・・・ただの退魔士・・・としか言えないな」

『タタリ』の詰問にも軽く笑い懐から棒を取り出し構える。

その瞬間棒から短刀が飛び出す。

それを逆手に構えて、体勢を整える。

「キキキキ!まあいい!!前菜に貴様を食らってやる!!」

そう叫び青年に襲い掛かる『タタリ』だったが、

「遅い・・・」

青年・・・七夜志貴・・・はいとも容易くかわすと

―閃走・六兎―

逆に上空高く吹き飛ばした。

更に落下してきた所を見極める様に

―閃鞘・七夜―

追撃によって脇の茂みに吹き飛ばされる。

「・・・」

それに喜ぶでもなくただそれを見ている志貴。

その顔はまさしく暗殺者。

一部の隙も見る事は出来ない。

やがて茂みから『タタリ』が姿を現す。

「キキキ・・・この傷高くつくと思え!貴様のような存在はカットォ!!」

気違いのように叫ぶと次々と攻撃を振るう。

しかし、どれ一つとて攻撃は当たらない。

やがて志貴の方が距離を置いた。

「やれやれ・・・」

それは形勢逆転の為と言うよりはしつこい攻撃に辟易した様にも見えた。

その証拠に志貴の息は乱れてもいない。

「キキッ!!何故だ!!何故!!」

「当たり前だ。その攻撃にはめちゃくちゃでただ振り回しているだけだろう。それじゃ動きが見極めれば簡単にかわせられる」

そう言うと志貴は静かに体勢を低く構える。

「だから攻撃と言うのは・・・」

―閃鞘・双狼―

左右から切り刻まれる。

―我流・十星改―

極限まで追求された四つの刺突が『タタリ』を貫く。

「キェエエエエエ!!!」

絶叫を撒き散らして『タタリ』は森林に吹き飛ばされる。

「こうやるものだよ。最小限の動きで最大限の効果・・・それが俺達の戦闘法だからね」

そう言い志貴は呆けた様にこちらを見る騎士団の生き残りと思われる二人組みに歩み寄る。

「騎士団の生き残りか?それとも『タタリ』に襲われた村の生き残り?」

その言葉に騎士団員と思われる人物が声を発する。

「私達は騎士団の『タタリ』討伐隊の者だ・・・と言ってももう二人だけだが」

声を聞き志貴は何故だか苦笑した。

男性だと思っていたのが女性だと察した為であろう。

しかし、直ぐに表情を引き締めると、

「ではもう村は・・・」

「ああ、全滅だ。ついでに言えば隊も私と彼女を除いては・・・」

「そうか・・・」

志貴はやや表情を歪める。

そんな時今まで黙っていたもう一人の少女が口を開いた。

「あ、貴方は・・・シキ?」







シオンは眼を見張った。

突如として現れたその青年が何者なのか最初わからなかった。

しかし、横顔にかすかな面影を思い出し、更に蒼天の空の様に澄み切った青い瞳に彼女は誰なのかをはっきりと悟った。

(あの子だ・・・あの子が来てくれた!!約束通り来てくれた!!)

そう思った時彼女の錬金術師の仮面はいとも容易く砕け散った。

その後に残されたのはかつて七夜志貴に恋をしたシオン=エルトナム=ソカリスという五年前に心の奥に封印した少女の純粋な心だけ。

「あ、貴方は・・・シキ?」







その言葉に志貴はやや面食らった様に驚かせたが直ぐに

「ああ、俺はシキだけど・・・??あれ?君・・・どこかで・・・もしかして・・・!!」

口を開きかけた時志貴は険しい視線をあの森林に向ける。

そこには幽鬼の様にふらりと現れる『タタリ』がいた。

「キキキキ・・・無駄だ・・・無駄・・・私の体は一度具現化すれば夜が明けるまでそうそう消えぬ・・・この程度で消えるか・・・」

「ふう・・・師匠から十三位は未知数な所が多いとは聞いたがあの程度じゃあ滅びないか・・・君達下がってて。後は俺が片をつける」

そう言い志貴は一歩進む。

「だ、だめっ!!一人じゃ・・・」

シオンの声に振り向くと穏やかに微笑みただ一言

「大丈夫」

そう言う。

「は、はあぁ〜」

その言葉と微笑みに一瞬にして当時存在していなかった四番から七番の分割思考が陥落した。

成長したのは技量だけではない。

篭絡術までが無意識の内に飛躍的に伸びた。

その後志貴は『タタリ』に向き直ると信じられない言葉を口にした。

「なるほどね・・・夜が明けるまでは簡単には消えないか・・・それはいい。ならば一晩中殺し尽くそう

その瞬間志貴の全身から殺気が吹き荒れる。

それこそ先程までのそれが児戯とでも言わんばかりに。

「!!!」

弛緩しきっていたシオンは一瞬で立ち直る。

「な、何だ・・・この殺気は・・・こんなとてつもない殺気・・・ま、まさかあの男は・・・」

リーズバイフェは信じられない表情で志貴を凝視する。

「ヒッ!!キキキキキキキ!!!」

直接浴びた『タタリ』は怯えたように後ずさる。

殺気と言うよりは急速に蒼を深くした眼に怯えているのだろう。

そのまま逃げようとするが

「・・・ロック」

志貴が指を鳴らし、短い詠唱を呟くと同時に空間は志貴と『タタリ』の二人を飲み込み封印された。

志貴がコーバックから会得した唯一の魔術『空間封鎖』がこれである。

封鎖の魔術としては初級の良い所。

術者自身の防御以外、特に長所などは無いように思われる。

しかし、術者が志貴である場合、それは固有結界クラスの恐ろしい空間と化す。

「さてと・・・お前が今まで味あわせて来た恐怖・・・利子つけてお前にくれてやる」

それが合図であるかのように志貴の姿が忽然と消えた。

そして、それが演舞の開幕であった。

―我はこの空間(地)を支配せん影―

―愚かしき供物よこの空間(地)に逆らう愚を知れ―

―ようこそ、この禍々しい完殺空間へ―

「ヒギャ!!グゲ!!・・・ゲヶエエエエエエエエエエ!!!」

加害者を視認すら出来ず『タタリ』は見る見るうちに切り刻まれていく。

本来は標的のみを一瞬で文字通り『完全に殺す』為の空間であるが、今やどの様な拷問よりも惨たらしい惨殺空間と化している。

それを外から見ている二人も視認する事は出来ず、

「あ・・・アトラシア見えているか?」

「いいえ・・・速過ぎる・・・」

呆然と見るしかなかった。







やがて太陽が昇り始める。

「ふう・・・こんなものか・・・オープン」

空間の封鎖は解除されそこには志貴と一晩中切り刻まれ肉の屑と化した『タタリ』がいた。

そう・・・志貴は言葉通り一晩中かけて『タタリ』を殺し尽くした。

「もう後は・・・このまま・・・」

「き、キキキキキキ・・・」

不意に『タタリ』が話し始めた。

「なんだ・・・まだ話せるのか?生憎もう直ぐ朝だ。ゲームオーバーだな」

「キキキキキキキ・・・貴様の事・・・わ、わわわわわわわわわすわすわすわすれ、れれれれれれれれれれ・・・」

「ああ、判ったからとっとと失せろ」

その瞬間『タタリ』は消え失せた。

「終わったか・・・んっ・・・はあ・・・」

完全な消滅を確認してからようやく志貴は魔眼を封印し肩の力を抜いて背伸びをする。

その瞬間、

「シキ!!!」

そう叫びシオンが真正面から飛び込んでくる。

「うおっ!!」

咄嗟の事だった為バランスを崩してシオンと共に地面に倒れこむ。

それでも志貴は穏やかに笑い心なしか涙ぐんでいるシオンに笑いかけた。

「えっと・・・君・・・あの時の子だよね?」

「うん・・・会いたかった」

「覚えていてくれたんだ・・・ありがとう。俺は志貴・・・七夜志貴」

「私はシオン=エルトナム=ソカリス・・・今はシオン=エルトナム=アトラシアだけど・・・」

「アトラシア?アトラス院代表を表すあのアトラシア?」

「うん・・・」

と、そこにへ声が掛かった。

「アトラシア、もう良い?」

「!!!」

その声に飛び上がったシオンは表情を引き締めて。

「すいませんリーズバイフェ。懐かしい人と再会したもので・・・つい・・・」

その声に苦笑しつつも立ち上がった志貴に

「初めまして。私は騎士団で『盾』の称号を受けましたリーズバイフェと申します、七夜志貴・・・いえ『真なる死神』と呼んだ方が良いでしょうか?」

「!!!」

その言葉にシオンは驚愕に眼を見開いた。

『真なる死神』と言えば五年前死徒二十七祖番外位『アカシャの蛇』ミハイル・ロア・バンダムヨォン、そして第七位『腑海林』アインナッシュを滅ばした人物のコードネームとして知られる。

わかる事はと言えば、

曰く、『真なる死神』は『ミス・ブルー』と第四位『魔道元帥』そして第二十七位『封印の魔法使い』の弟子である。

曰く、『真なる死神』は『真祖の姫』アルクェイド・ブリュンスタッドの殊更の寵愛を受けている。

曰く、最近では『死徒の姫』アルトルージュ・ブリュンスタッドまでが彼に御執心である。

何よりも眼を引くのはこの一文であろう。

曰く、『真なる死神』は『直死の魔眼』を保有し更に異世界の悪魔を召喚する。

との事だ。

本来であればこれだけの重要人物は協会ないし埋葬機関内で徹底的な監視下の元に置かれる。

しかし、現実としては彼に危害は加えられる事は殆ど無かった。

それは一重の『ミス・ブルー』と『魔道元帥』の怒りを買う事を誰もが恐れている為だ。

その為、まっとうな調査すら行われず、今現在でも彼の名前や出自は不明のままとなっている。

その『真なる死神』が彼だった。

シオンは声を失った。

しかし、言われた当の志貴は驚くでもなく敵意を見せるでもなくただ淡々と笑い掛けた。

「やはり判りましたか・・・」

それも流暢なドイツ語で。

「当然でしょう。貴方には封印どころか抹消指定すら出る寸前なのです。あれだけの殺気を見せられて判らない方がどうにかしています」

「それで・・・俺をどうしますか?」

「本来でしたら貴方を捕縛、ないしは断罪しなければならない。ですが私達にも恩義と言う言葉の意味は知っています。今回は見逃しましょう。ですが次は・・・」

「ああ、そうしてもらうと俺も助かります」

そういって笑うと、シオンに向き直り。

「じゃあシオン、またな」

「えっ?・・・」

シオンの表情が曇る。

やっと再会できた。

これから五年分まとめて話そうと思っていたのに・・・もうお別れだというのだろうか・・・

そんな寂しそうなシオンに志貴は微笑みかける。

「大丈夫だって。また会えるから」

その言葉に喜色を取り戻したシオンは

「!!・・・そうですよね!!志貴!!また会いに来てくれますよね!!」

「ああ、約束するから」

「はい、私も誓います。貴方のいる所に必ず私も馳せ参じると・・・」

「おいおい・・・少し大袈裟だって」

その言葉に笑うと志貴の体に風が纏わり始める。

「じゃあ、またなシオン。・・・ああそうだ。また会えて嬉しかったよ」

「!!はい!!私も・・・私も!!」

それと同時に再び一陣の風が吹き荒れ収まった時志貴は消えていた。

「あれは風を使った転移魔術か・・・」

そう呟くリーズバイフェにたいしてシオンは・・・

「ふふふ・・・」

ただひたすら闘志を漲らせていた。

相手が『真祖の姫』であろうが『死徒の姫』であろうとも構わないし、関係ない。

もともとアトラシアに選ばれた者は『不可能を可能に』しなければならない。

いや、アトラシアであろうがそんな事は関係ない。

(ならば私は自分の初恋の成就を目指しましょう。真祖と死徒、双方の姫君を追い落として・・・)

早い話、志貴は自分で自分の首を盛大に締め上げた訳である。

それに気付くのはもう暫く後の事となる・・・







「ふう・・・」
一方『千年城』に帰ってきた志貴はその足でゼルレッチの元に向かう。

「師匠、志貴です」

「ああ、来たか・・・入りなさい」

「はい・・・失礼します」

そう言って入った部屋にはゼルレッチ・青子・コーバックがいた。

「あれ?先生に教授?珍しいですね。師匠の部屋にいるなんて」

「あら?志貴どうしたの?」

「おお志貴かいな。どないしたんや?」

「ええ、俺は師匠に報告に来ただけで・・・師匠終わりました。『タタリ』は消滅。ですが・・・発生した村の住人は全滅・・・騎士団も生存者二名のみでした」

「そうか・・・まあ、その中でもお前は最善を尽くしたのだろう?ならばお前が落胆する事は無い」

「ええ、それはわかっていますが・・・そんなに酷い顔しているんですか?」

「ああ、自責の色を湛えておる」

「・・・すいません。師匠」

「いや、気にするな。さて志貴すっかり成長したな」

「はい」

「志貴・・・卒業よ」

「はい?」

「そやからな・・・もう志貴には教える事は全部教えたから卒業やと言うとるんや」

「ええ!!卒業ですか?」

「こら、志貴あまり大きな声を出すな」

「お姫様達に聞かれたらそれこそ大騒ぎよ」

「ああ、十中八九反対して暴れるで」

「あっ・・・すいません」

志貴はやや蒼ざめながら周囲を見渡す。

駄々をこねた時の吸血姫姉妹の怖さを志貴は誰よりも良く知っている。

幸いにも誰もいないようだ。

「ふう・・・誰もいないな・・・でもどうしたんですか?こんな時期に」

「いや、これに関しては以前から考えとったんや」

「ええ、志貴の修行は最終段階まで入ったから何時卒業させようか、老師と一緒に考えていたのよ」

その時志貴は不意に嫌な予感を感じていた。

「あの〜まさかとは思いますがここ数日の無理難題って・・・」

「察しが良いな」

「おのれの考えとる通りや」

「志貴の卒業試験よ」

志貴は頭を抱えた。

二日前まず蒼子から『私の魔術掻い潜ってマラソンしなさい』と急に言われフルマラソンを完走した。

その間まさしく豪雨の如く、魔力の弾丸が降り注いだ。

その中を時には避けて、時には弾き、時には直撃寸前になりながらである。

昨日はコーバックの『永久回廊』を掻い潜るという荒業をやった。

そしてゼルレッチは『タタリ』討伐と言う訳であった。

「師匠・・・普通考えますか?死徒二十七祖を卒業試験にするなんて」

「考えたから仕方あるまい」

飄々と言うゼルレッチに本気で目眩を覚えた志貴だった。

「所で・・・アルクェイドとアルトルージュには誰が説明するんですか?俺は嫌ですよ」

「まあ、姫達にはわいらから説明しとくさかい、志貴は休んどき」

「は、はい・・・大丈夫ですか?」

「心配は無用よ。誠心誠意話しておくから」

「先生・・・眼を覚ましたら『千年城』更地と言うのは勘弁して下さいよ」

一先ず任せる事にした志貴は自室で休む事にしたのである。







そして、一週間後・・・

『千年城』では志貴の見送りが行われていた。

本来は三日後だった筈が四日伸びたのはひとえに、吸血鬼姉妹の猛反発による。

最初ゼルレッチの説得にも応じず『千年城』で暴れ始めた。

遂には『空想具現化』・『月界賛美歌』まで使用を始めた二人に志貴の誠心誠意、体を張った説得でようやく志貴卒業を承認したのだった。

その五日間の攻防は関係者達の記憶の闇に封印され緘口令すらひかれた。

ちなみにお姫様二人は疲れたのだろう。

今ベッドでしっかりと眠っている。

「ふう・・・先生」

その事を思い出しかけた志貴は軽く頭を振って記憶から追放して恩師達に感謝の言葉を送る。

「なに?志貴」

「ありがとうございます。先生のおかげで色々勉強になりました」

「ふふっ、それは志貴に元々の素質があったからよ。私はそのきっかけを作っただけ・・・それと志貴ピンチの時には」

「良く考えて行動しろ・・・ですか?」

「よろしい」

「先生・・・本当にありがとうございました」

そう言い深く一礼する。

「師匠・・・本当にお世話になりました。おそらく師匠のご指導が無ければ『極の四禁』の本来の使用は出来なかったと思います」

「いや、私も良いものを見させてもらった、永く生きて来たが聖獣などは今回始めてみたからな」

「師匠・・・また機会あれば遊びに来ます」

「ああ、そうしてくれ。ここは私とコーバックが管理する事になるだろうからな」

「はい、教授もありがとうございます。教授のご指導で語学も大分話せる様になりました」

「おお、志貴、また来いや。そん時にはみっちり他の言葉も教えたる」

「はは・・・その時にはお手柔らかに・・・さてと・・・じゃあそろそろ飛行機の時間もありますから」

「そうじゃな・・・と、待った志貴すまんがお前に頼みがある」

と、ゼルレッチが茶色と黒の二つの封筒を出す。

「師匠?これは」

「時間が空いた時で構わん、これを私の弟子に届けてくれぬか?」

「これを?」

「ああ、場所は茶色の方に書いてある」

「はあ・・・わかりました。ですけどあまり遠い所には」

「その心配は無用、日本国内じゃ」

「そうですか・・・わかりました時間が空いた時に渡しに行くとします」

「ああ、すまんな志貴」

「真祖と死徒、双方の姫はんにはわいの方から言っておく」

「はい、二人には『また会いに来る』と伝えておいて下さい」

「ああ判った」

「志貴、黄理の奴には連絡はもう入れてあるから」

「はい、ありがとうございます、先生・・・じゃあレンいくよ」

「・・・はい」

人型のレンがとても嬉しそうにとてとてと歩いて志貴の傍による。

レンのみ志貴について行く事となった。

『一応レンは俺の使い魔だから』

それがアルクェイドに詰め寄られた時の志貴の返答である。

「では失礼します」

その瞬間志貴とレンの周囲に風が纏われ志貴達は『千年城』を後にしたのだった。







このようにして少年は『真なる死神』として成長をとげ、懐かしき故郷へと帰る。

その間の歴史は淀まずとも、穏やかな渓流となる。

もっとも、青年自身の人生と言う名の激流はここから本番が始まろうとしていた。







後書き

   やっと二章完結しました。

   いや、なんか色々増えてしまって結果的にこれだけの長さとなってしまいました。(無計画?)

   次回からは三章です。

   三章ではバトルは少なくなると思います。

   ただ修羅場は格段に増える事は確実ですが。

   またバトルをわんさか出すのは四章位でしょう。

   後三章予告も出しておきます。

三章予告へ                                                                                       十二話へ