「鳳明、久しいな・・・」

「叔父上も・・・ご壮健で何よりです。どうぞこちらに」

謁見の間には親父の弟にあたり、長老団の中でも若い方に入る七夜紅装が後ろに二人のみを護衛として俺を待っていた。

「鳳明、そこは上座だぞ」

「いえ、目上に上座を用意するのは当然の事でしょう」

「いや、これが私的ならばよいが、今回は公としてここにやって来た身。すまんが鳳明、お主が上座に」

「・・・判りました叔父上」

上座を勧めようとした俺に紅装はそう言って辞意した。

止むを得ず俺が上座に座ると彼は口調を改め、

「御館様ご壮健で何よりです」

「ああ、紅装も壮健で何より、して、この様な夜更けに来訪したのはどの様な用件からか?」

「はっ、実は先日、衝より受けた件について・・・」

「?何の事だ。俺は知らんが」

「御館様、申し訳ございません。今回『凶夜』の事が外部に漏れていることを森に報告を入れたのです」

「・・・そうか・・・」

俺は申し訳無さそうにそう言う衝を特に責める様な事はしなかった。

普通に考えればそれが妥当な判断なのだ。

むしろ、そこまで判断が行かなかった俺に何らかの非難が来てもおかしく無い事なのだ。

「・・・それで紅装。結果はどうだったのだ?恐らく俺は妖術師の読心の術で漏れたと思うのだが」

「・・・その事に関しましては。御館様、御人払いを」

「ここには衝しかいないがそれでもか?」

「はい、お願いします」

「・・・と言う事だ衝、済まないがしばし席を外してくれ」

「しかし・・・判りました」

「鎧・盾、お前達もだ。私が良いと言うまで部屋にも近付いてはならん」

「「・・・」」

紅装の護衛の二人も無言で一礼すると席を立って、衝も名残惜しそうに一礼して、間を出て行った。

さらに紅装は、天井をを見上げて

「お前達もだ」

やがて、この謁見の間周囲は完全な空白の空間となった。

「これで宜しいですか叔父上?」

「ああ。済まない鳳明」

「で先程の続きですが・・・まさかと思うのですが本当に?」

俺は極端なほど声を低めて会話に入った。

ここまで厳重に人払いをしているのだ、よほどここにいる者達に聞かれたくない事なのだろう。

「そうだ、鳳明。おったよ・・・」

「一体誰が?」

「・・・頼闇殿じゃった」

「なっ!!・・・」

俺は思わぬ人の名を告げられ絶句した。

「頼闇の大叔父が・・・」

「ああ、我々の内部調査の結果わかった事だ」

頼闇の大叔父・・・俺の爺様、つまり先々代当主の兄にあたり、人望・実力共に先々代と均衡していた人で長老団でも中核に存在する人だ。

「頼闇殿と例の妖術師は昔から個人的な親交があって、彼の口から『凶夜』の事や鳳明の事を漏らしたと本人が告白した・・・」

「な、なぜ大叔父が・・・」

「それは鳳明お主じゃよ」

「俺?」

「左様。鳳明、お主は幼き頃から既に『凶夜』と呼ばれ、長老達もいつでもお主の存在を抹消できる準備を整えていた。ところが、お主は何年経とうとも一向にそのような傾向は見られず、それどころかいつの間にか七夜最凶と最強の名を欲しい侭としてしまった。私や衝は喜ばしい事この上ない事だが他の長老達にしてみればそれは恐怖の対象でしかない」

「俺が長老達に対して反旗を翻すと言う事ですか?」

「左様。お主は若い者達にその人柄と実力から慕われておる。もしもお主が狂い実害を与えれば、長老達もお主を抹殺する良き口実を得る事が出来る。しかし狂いもせず、ただ『凶夜』となる恐れがあるからと言う理由で抹殺に動けば大半の者が私達に牙を剥くじゃろうな」

「・・・だからその危険を回避して尚且つ俺を抹殺することを狙って大叔父は俺を・・・」

「いや、頼闇殿はそこまで悪辣に考えた訳では無い。彼にしてみれば率直な不安を古い友人に打ち明けたに過ぎなかったのであろう」

「・・・俺はそこまで・・・」

俺はもう言葉も無かった。

結果的には俺は一族に売られた事に変わりは無いのだ。

ただきっかけが故意か偶然かの違いだけ・・・

「すまん鳳明、しかし我らにはこうするしか自らを生き延びさせる術は無いのだ」

「ええ・・・わかっています・・・それで大叔父貴はどうなるのですか?」

「どうなるも、こうなるも無い。語る事すら禁忌であるはずの『凶夜』を事もあろうに他人に漏らしたのだ。私が森を発つ直前・・・自害されたよ・・・」

「そうですか・・・」

「で、鳳明、話は変わるがお主に渡したい物がある」

そう言うと紅装は懐から一本の小太刀を取り出した。

手に取るとすざましく軽い。

この小太刀よりも遥かに小さい七夜槍の方が重く感じるほど・・・

「叔父上これは?」

「・・・『凶薙』(まがなぎ)・・・お前も聞いた事はあるだろう?」

「こ、これがあの・・・」

『凶薙』・・・俺から見れば五代前に出現した魔を断ち切る武具を生み出す『凶夜』が狂い始め七夜に抹殺される直前、己の全ての技術を注いで生み出したと言われる二本の妖刀・・・『凶断』と『凶薙』・・・。

「なぜこれを?」

「例の妖術師の造り出し化け物はお主の『死の眼』でも相当苦労すると聞いておったからな、持ってきた」

「ですが・・・叔父上、『凶断』と『凶薙』は門外不出の品の筈。そのような物を持ち出しては」

「心配いらん。今回は事が事だからな、特別に一本のみ持ち出しを許されている」

「はあ、ともかくこれは持っておきます。それと叔父上話は変わりますが、法正はどうでしょうか?」

「法正か?真に暗殺者としても人間としてもよき男に育ってくれた。それもこれも鳳明、お主のおかげじゃな」

「俺は特に何もしていませんよ」

「そのような事は無い。お主は子供達には絶大な信望を集めている。子供達の大半はお主を目標にしているからな」

叔父がそう言うと俺は少しそっぽを向いて軽く頭をかいた。

「中でも法正はお主を殊に尊敬している。出来れば今回も連れて来たかったのじゃが、長老達の中に法正を使いお主の暗殺を考えていると言う噂もあるからな」

「まあ、それは仕方ないですよ。・・・まあ、できれば俺の体調が完全に近い時に法正とは勝負したかったのですけど」

「・・・鳳明?巫浄の者に感応を受け回復したと聞いているが」

「一時的・・・いえ、時間稼ぎにしかなりませんでした。恐らく俺の体は、後一月強がせいぜいでしょう。ですから長老方は俺の事にそこまで神経質になる必要は、無いんですよ」

「なっ・・・ほ、鳳明お主そこまで・・・」

「ええ、実の所、俺の体は普通ならとっくに墓場行きの身ですよ。それがまだこういう風に出来るのも今までの鍛錬のおかげと・・・皮肉な事にこの魔眼のおかげでもあるんです。でも・・・もうそれも限界でしょう。明らかに魔眼が送ってくる他の生命力と魔眼が奪い取る俺の生命力の量とを比べたら後者の方が圧倒的な量ですから。むしろ良くここまで持ったものだと誉めたいぐらいですよ」

「じゃが鳳明、お主はそれで良いのか?お主が死ねば確実にお主は『凶夜』として全ての歴史から抹殺される。私は兄上よりお前の事を特に頼むと遺言を受けている。それがこの様な結末を迎えてしまえば私は兄上に・・・」

「そのような事はありません。叔父上は俺の事を本当に気に掛けて下さいました。このご恩は決して忘れる気はありません」

「鳳明・・・どうじゃ、このまま巫浄の者に匿われては、あの子達ならおぬしを連れて行くのに躊躇いがあるとは思えんが?」

「いえ・・・いずれは、ばれる事です。それにそのような事をして、最悪の事態になれば迷惑が掛かるのは翠と珀ですから・・・さて、話しはこれで終わりにしましょうか」

そう言いながら俺は手をパンパンと叩き護衛や衝を呼び出した。

が、現れたのは外回りの者だった。

「お、御館様!!一大事にございます!!」

「落ち着け!何があった?」

「はっ、れ、例の化物が・・・」

「また現れたか・・・で何処にだ?」

「そ、それが、い、今この屋敷の前に!!」

「なんだと?」

「ただ今、翠様方が中心となり迎撃を取っておりますが・・・」

「叔父上!しばしここでお待ちを!!」

そう言うと報告を最後まで聞く事無く俺は七夜槍と『凶薙』を手に謁見の間を飛び出していた。





俺が屋敷の正門に到着した時には戦闘に一つの区切りがついていた様だった。

セルトシェーレの空想具現化の能力により最後の一体であろうか、一片残らず消滅させている所だった。

「御館様!」

「衝、被害は?」

「はっ、せるとしぇーれ様方のご尽力による事と、元々の数が少なかった事もあり犠牲者はおりません」

その報告に俺は頷くと、直ぐに

「鎧、盾。貴殿たちは紅装の叔父上の護衛に戻ってくれ。それに衝、お前もだ」

「で、ですが、奴がまた来る可能性が・・・」

「心配するな、俺達で迎撃する。・・・こいつの力も知りたいしな」

「!!御館様、それは・・・もしや」

「ああ、『凶薙』だ。心配するな衝。俺は必ず生きて帰ってくる」

「・・・ははっ、全員屋敷に戻れ!!」

その一声で、俺達六人を除く者達は全て屋敷に入っていった。

「七夜殿、・・・その刀は一体何なのでしょうか?」

「ほ、鳳明様・・・その刀には何かおぞましい力を感じます」

翠と紫晃が俺の手にある『凶薙』を見るや怯えた様子で、俺に訴えかけてきた。

「心配は要らない」

俺はただそれだけ言うと、前方を見据えた。

闇の中から月明かりに微かに照らされ、またやって来たからだ。

しかし、俺はそれを見て

「なんだ?・・・あれは・・・」

そう、その化け物はいつもの奴ではなかった。

形的には同じ巨大な鞠だが、色が毒々しい緑ではなく血のような真紅。

さらには触手には何かぶら下がっていた・・・全身を貫かれた元が何であったのかも判らない死体を・・・

それを触手はまるでぼろきれの様に無造作にほっぽり投げると俺達に殺意を向け、さらにそれを護衛するようにいつもの緑色の化け物が現れた。

それらは俺達の手前で止まりその上から、

「おやおやこれは紅葉様お久しゅうございます」

人を小ばかにしたような優越感に浸った声が聞こえてきた。

見ると、真紅の化け物の上に小柄な老人が危なげなく立っていた。

声とあの時に微かに見えた影の輪郭、そしてこの空気・・・間違いない。

奴がこの化け物共を生み出した妖術師・・・

「お前は!!」

紅葉はその老人の顔を見るなり髪を一瞬で紅く染め上げ更には彼女自身の能力『檻髪』を使い、あの老人を略奪せんとしたが、その手前で真紅の方の触手が髪を断ち切った。

「ははっ無駄ですよ紅葉様、こいつはわしの最高傑作品。今までの奴のように吸収こそ不可能ですが、この触手はありとあらゆる物を壊せます。さらにこやつには、遠野の秘伝をも応用させてもらいましたよ」

「なっ!!・・・なんと言う事を・・・」

「紅葉・・・どう言う事だ?」

「奴は・・・『紅赤朱』の秘伝を盗み出したのよ・・・」

「な・・・に?」

俺は呆然と呟いた。

『紅赤朱』・・・遠野の様な外れし者が魔に完全に傾倒した状態の秘伝を?

「つまり今のこいつには七夜鳳明すらも太刀打ちできないと言う事じゃよ。はははは!今までわしの芸術品を壊し、わしの目的を妨げた罪を償ってもらおうか」

「・・・2・3聞きたい」

いままで俺は半ば呆然としていたが不意に口を開いた。

「なんじゃ?まあどうせお前達は直ぐに死ぬから何でも答えてやるが」

得意満面になっている奴に目掛けて俺は冷たい口調で、

「ではまず・・・こいつに関しては単刀直入に聞く、お前の目的は何だ?」

「簡単な事じゃよこいつらは全てわしの血と土から生み出されたもの、こいつらが吸収した生命力は全てわしの生命力となる。・・・ここまで言えば判るじゃろうて」

「・・・つまりは不老不死と言う訳か?・・・とことん俗物だな・・・」

そう呟くと俺は一歩奴に近づく。

「で・・・最後に一つ。こいつが最も重要なものだが・・・お前七夜頼闇を知っているな?」

「ああわしの古い付き合いじゃな」

「・・・頼闇の大叔父貴から俺の事や『凶夜』の事を聞いたんだな?」

「その通りじゃよ・・・でそれがどうかしたのか?」

「・・・その為に大叔父貴が死んだ。その事に関してどう思う?」

「・・・」

不意に奴の饒舌が止んだ。

その死を悼んでいるのかと思った瞬間、

「・・・くくくくっ、左様か・・・はーっははははっは。」

「・・・爺、てめえ何がおかしい?」

「くく・・これが笑わずにいられるか。頼闇も、もう少し世渡りの上手い奴かと思ったが所詮は七夜の下らぬ掟に縛られた愚か者と言う事か・・・、まあ、良い。どうせ生き残っていたとしてもそのような者など必要ないからな」

「貴様・・・大叔父貴とは古い友人ではなかったのか?」

「ああそうじゃ。古い付き合いだが、向こうはわしを友人と思っていたようじゃが、わしは奴を都合の良い道具としか見ていなかったからな」

俺の中で何かが切れた。

「・・・ならねえ」

「?何か言ったか」

「我慢ならねえ・・・てめえの様なくずがでかい面でのし歩いてあまつさえ不老不死?・・・ふざけんじゃねえ。てめえを・・・この場で・・・殺す・・・」

俺は生まれて初めて心の底から殺意の衝動に駆られた。

多分これが『凶夜』の衝動なのだろう。

(この様な衝動を『凶夜』は常に抱えていると言うのか・・・)

俺の中の冷めた部分が、ふとそのような下らぬ事を考えた。

だが俺の体は殺意の衝動に身を任せていた。

気が付けば俺は『七夜槍』の片割れと『凶薙』を手にしていた。

使い方はもう既に『凶薙』自身が教えてくれている。

「ははっ、愚かな。この量のわしの芸術品に勝てると思っておるとはな、せいぜいその浅慮をあの世で悔やむが良い。かかれ!」

その妖術師の一声で緑色の奴が俺達に襲い掛かってきた。そのうちの一体が俺目掛けて転がってきた。

「・・・くだらん・・・」

俺はそれに向かってたった一言そう言うと無造作に触手をかわし、何気ない動作で『凶薙』を本体に突き刺した。

そこが死点と言う訳では無い、本当に無造作に突き刺しただけの何気ない刺突。

だがその瞬間奴は全ての動きを止めた。

そして俺が再び無造作に『凶薙』を引き抜くと、その瞬間奴は砂へと還っていった。

「なっ!!!」

この光景が信じられないらしい。妖術師が絶句している間に俺は翠と珀を追い詰めようとしていた一体に音も無く近付くと再び『凶薙』を奴目掛けて突き刺し、直ぐに引き抜く。

再び、奴の体は砂へと還る。

「き、貴様何だ?その刀は???」

二体が瞬く間に砂に還っていったのを見てようやく我に帰ったのだろう。

俺にそう詰問してきた。

「・・・ふっ」

だが俺はその質問に冷笑で返した。

別に特別な事など何一つ行っていない。

『凶薙』が化け物に突き刺さった途端奴の生命力を根こそぎ奪い取っただけだ。

周囲を見回すと、今までセルトシェーレ達に襲いかかろうとしていた化け物達が全て俺に狙いを定めた様だった。

「・・・今度は束で来たか・・・何匹来ようとも結果は同じ事・・・」

そう呟くと俺は最も近い化け物に『凶薙』を突き刺し今度は燃焼を頭に思い浮かべた。

その途端、鈍い光を発して化け物は火だるまと化し、直ぐに鈍い音とともに爆発した。

『凶薙』が溜め込んだ生命力の一部を凶暴な性質に変えて放出し爆発したのだ。

そして俺が後ろを振り返り一歩近づく度に奴らは後ろへと転がっていく。

ふと横目で確認すると、妖術師もまた表情を強張らせこの有様を唖然として見ている。

当然だろう。

絶対の自信を持ってこの屋敷を襲撃したにも関わらずこの結果なのだから当然と言えば当然だ。

しかし、奴の望みにこちらが合わせてやる義理は無い。

「ほう、貴様らでも恐怖は感じるか・・・安心しろ。すぐに感じなくなる・・・無になるからな・・・」

そう呟くと、突撃を開始した。

後はもう一方的な戦闘・・・いや殆ど虐殺に近かっただろう。

『凶薙』が振るわれる度にある化け物は元の砂へと還り、ある化け物は木っ端微塵に吹っ飛ばされる。

触手の攻撃も人の死の段階にまで開放した魔眼によって薙ぎ払われた。

半刻の1割にも満たぬ時間で緑色の方は全滅していた。

「さて次は・・・」

「七夜殿!!奴が逃げ出しました!」

呆然からいち早く抜け出した紫晃の声で俺は周囲を見渡すとあの紅い奴に乗りこの場を逃げ出そうとしていた。

「・・・逃がすか・・・」

俺は奴の後を追う代わりに『凶薙』を前方に突きつけると、今度は稲妻の想像を浮かべた。

その途端『凶薙』から真紅の雷が噴出し真紅の化け物目掛け襲い掛かった。

そう、『凶断』『凶薙』、この二本の妖刀は魔の力を吸い取るだけでは無い。

その生命力を使い、持ち主の思い通りに操る事すらもまた可能としている。

しかし、妖術師もまた危険を察知したのだろう。

地面を妖術で盛り上がらせ雷を防ぐとあの生暖かい突風を巻き起こした。

「・・・同じ手が二度三度通用すると思うな・・・」

今度は霧雨を思い浮かべると『凶薙』から細かい真紅の針が無数に噴出し奴目掛け突進を開始した。

風が止むとやはり奴は姿を消していた。

しかし地面を見た俺はにやりと笑った。

そこには先程の針が一本地面に深々と突き刺さった状態になっていた。

それを確認した途端、俺は『凶夜』から七夜鳳明に戻っていた。

俺は『凶薙』を鞘に仕舞い込むと、振り返り

「皆、無事か?」

「ああ、ホウメイ。妾達は大丈夫じゃ」

「全て、鳳明殿の手で終わりましたから」

「鳳明様!!お怪我は無いのですか?」

「宜しければ私、御手当てしますが」

「七夜殿!!奴は追わなくても良いのですか?」

「大丈夫だ紫晃殿。手は打っている。俺はこれから奴を追う・・・奴は許しちゃおけねえからな・・・」

そう呟くと、俺は脇目も振らず走り出した。

「・・・良い具合に残っているな・・・」

俺がそう呟いて少し前に突き刺さっている針を見た。

この針が一本ずつ一定の間隔を置いて突き刺さり、奴を追跡している。

「・・・待っていろ・・・直ぐに貴様を・・・?」

カタ・・・

なにか音が聞こえた。

「気の・・・」

カタ・カタ・・・

やはり聞こえる。

カタ・カタ・カタ・・・

周囲には何も無い。

カタ・カタ・・・カタカタカタ・・・

音が断続無く聞こえてきた。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ・・・ガタガタガタガタガタ・・・・

オトガドンドンオオキクナッテキタ・・・

ノウリニナニカ・・・コウケイガウカンデキタ・・・





ガタガタガタガタ・・・

音が気になって、はっと俺は目を覚ました。

辺りはもうすっかり夜になっていた。

ガタガタガタ・・・

音は夢ではなくはっきりと聞こえてきた為、俺は慌てて明かりをつけると、音の方向には『凶断』があった。

・・・まるで魚の様に飛び跳ねる『凶断』が・・・

「な・なんなんだ・・・えっ?!」

俺はその光景に唖然としていたが不意に脳裏に浮かんだ光景に言葉を失った。

「・・・なぜ、『凶薙』が震える?・・・おまけに何だこれは?」

七夜鳳明の夢がまだ続いている?・・・

「な・なに?この光景は・・・恐らく志貴の時代のもの・・・なぜだ?」

どうして俺が起きているのにこの光景を見る?

今までは片方が眠りについてもう片方が起きていたのに・・・

なぜ俺と志貴は同時に起きている?

なぜ俺達は同時にこの光景を感じられる?

「それも大切だが何で・・・『凶断』がこんなにも震える?」

その答えを脳裏の光景が教えてくれる・・・

「なぜ、『凶薙』が・・・そう言えば聞いた事があるな・・・」

『凶断』と『凶薙』は元々、一本の刀にするつもりであった物を二本の小太刀に造り替えたと言う。

さらに、一本であった時には造りし『凶夜』の血を受けその鉱石の持つ力を極限まで高めた。

それらの要因の為かこの二本の刀は別々に分けられるのを極端なほど忌み嫌い、それが長い時間続くと二本ともその家に祟りをもたらす呪われた魔刀と化してしまうという。

だが、その二本は再会の時には喜びに震えるように自ら動き出すと言う・・・

「・・・それは」

「つまり・・・」

                 「「二本の刀が再び会うと言う事?」」

俺は咄嗟に『凶断』とナイフを手にすると部屋を飛び出していた。

「あっ志貴さん、起きたんですか?晩ご飯・・・」

「ごめん琥珀さん。ちょっと出掛けるよ」

ちょうど上がってきた琥珀さんに俺はそう言うと階段を飛び降りると、靴もそこそこに外に飛び出していた。

『凶断』の震えは『七夜の森』に入った途端さらに大きくなった。

志貴が飛び出した途端、『凶薙』の震えは一層大きく、そして強いものとなってきた。

「・・・と言う事は」

「やはりあの妖術師が『タイムホール』の作成に関わっていると言う事か・・・?ちっ、客か・・・」

「ん?足止めか・・・『芸術品』と抜かしていたわりには扱いが酷いな・・・」

森の暗闇から三・四体の化け物が現れた。

俺をいい獲物と見たのだろう。

五・六匹、俺の前に立ち塞がる。

おそらくは時間稼ぎだろう。

「悪いが俺は少し急いでるものでな・・・とっとと・・・失せろ・・・」

そう呟き俺が荒れ狂うう風を思い浮かべつつ『凶薙』を横に払った途端、中に溜め込んだ生命力の内の一部が風のように荒れ狂い、化け物共を瞬く間にこの世から消去した。

俺は眼鏡を外すと、ナイフと『凶断』を手に構えた。

こいつの使い方は今までの夢で充分に教わった。

奴らが全員同時に触手で攻撃してきたがそれをジャンプでかわすと、

「・・・俺も急ぎなんだよ・・・」

そう呟き『凶断』を隕石群のイメージと共に静かに振るとエネルギーの隕石群がまさに雨のように降り注いだ。

轟音と砂煙が収まると俺はそこを何も無かったように走り抜けた。

「ん?ここは・・・」

俺は遂に奴を追い詰めた。

そこは完全な袋小路、逃げ場は何処にも無い。

しかし・・・ここは・・・

「・・・はあ、はあ、ほ、鳳明様・・・」

「はあ、はあ・・・お、遅くなりました・・・」

「すまん。翠・珀・・・ところで他は?」

「遂に見つけたぞ!!お師匠の・・・敵め!!」

「随分とてこずらせてくれましたわね。でも・・・もうここまで来れば逃げる事は出来ませんわよ。・・・遠野家を裏切った事を心の底から後悔させて差し上げましょう」

「妾は、それほどお主に恨みを持っている訳では無いが・・・お主を放置する気にはなれぬものでな・・・覚悟を決めるがよかろう」

「・・・」

「爺、完全に追い詰められたな・・・どうする?」

ゆっくりと俺は妖術師に近付く。

だが奴の表情にはまだ余裕がある。

「・・・まだ奥の手があるようだな」

「ほほう、わかるのか?七夜鳳明?」

「貴様のその憎たらしい位の余裕ある表情が教えてくれるからな・・・」

さらに言えば俺にはその奥の手が何であるのか推測も出来ていた。

その時、奴の背後の空間が不意に歪みだした。

「えっ?」

「な、なに?」

「な、なんじゃ?」

「・・・やはりか・・・」

俺の呟きは他の驚愕に満ちた声と、

「はぁーーはっははははははっは!!!」

妖術師の勝利に満ちた高笑いによってかき消されていた。

そこには暗き穴が忽然とその姿を現していた。

「・・・爺、その時空の穴に入って別に時代に逃げる気か?」

「!!・・・な、なぜその事を・・・ま、まあ良い、この時代では余りにもわしに危険が多すぎる、向こうに赴きわしの高貴な理想を実現させてやろう」

「止めておけ、貴様がどんな野心を持っているかは知らんがそっちの時代にも俺のような奴がいる。止めておいた方が身の為だぞ」

「はははっ何を言うかと思えば、そのような下らぬ舌三寸でわしを欺こうとは、お前のような意思を持つ奴が現れようとも、わしに叶う筈が無かろう。さてお喋りもここまでにして、そろそろ失礼させてもらおう」

そう言うと妖術師と化け物はその時空の穴に飛び込もうとしたが、その瞬間には俺は既に同時にその穴に飛び込んでいた。





俺がその沼に到着した時、沼の真上には真っ暗な・・・闇よりも暗い黒い穴がポッカリと開いていた。

「これが・・・タイムホール・・・」

俺がそう呆然と呟いた時だった、その穴から巨大な何かが飛び出てきた。

俺は咄嗟に後ろに避け、それは俺の手前を跳ね、一旦森に姿を消した。

さらにその直後、その穴からまた誰かが出てきた。

その人物は軽く着地すると周囲を見回した。

「・・・ここは?!・・・ふっ、神とやらがいるとすれば粋な事を・・・まさかもう見れぬと思っていた『七夜の森』に来るとは・・・誰だ!!」

その男は俺に気付いたようだったが、誰なのかまではわからない様だった。

しかし俺はその男が誰なのか直ぐにわかった。

雲に隠れていたのか月明かりが、ぼんやりと周囲を照らしたのはそんな時だった。

「!!・・・お前は・・・」

「・・・やはり・・・あなたでしたか・・・」

「七夜志貴か・・・」

「はい。・・・七夜志貴です。七夜鳳明さんですね?」

「・・・ああ、俺は七夜鳳明。お前から見れば遥か過去の七夜の当主。そして・・・『凶夜』だ」

そう言うと俺と鳳明さんは静かに歩み寄りお互いの手を握り合った。

これが常に夢で互いの人生を見続けた俺達の会合だった。






後書き

  遂にこの物語の山場の一つ志貴と鳳明の会合を果たしました。

  話が急すぎるかもしれませんが、一応この話は数日間の物語ですのでそこはご了承を。

  ご了承と言えば、今回出しましたオリジナル武器『凶断』・『凶薙』こちらはどうでしたでしょうか?

  自分の設定を勝手に入れるなと言う方もいるかもしれませんが、あくまでもifもしもの物語ですので寛大な心で読んでください。

  さて次回六話では、過去・現在のキャラが入り乱れてのバトルが主となります。

六話へ                                                                                                                                                中篇へ