「えっ?」
その男は静かに疑問の声を上げ、まだ信じられないといった表情で自分の胸元と、真っ正面にいる青年を交互に、見比べた。
なぜ自分はこんな目にあっているというのか?
自分は末席といえども藤原氏の一族の者。
こんな死を迎えるのは余りにも理不尽すぎる。
しかし、"誰か助けてくれ"そんな簡単な言葉すらも、もうこの貴族には発することは出来ないことであった。
激痛の余りではない。
不思議なことに確かに何かに刺されて感触はある。
しかし痛みは全く無い。
自分の着物は血一滴にも汚れてはいない。
ではこの脱力感は何だ?
全身のあらゆる力が抜け二度と目覚めることは無いと判っていてもこの眠りにあがらう事はできないことが出来ない。
残る最後の力を文字通り振り絞って左手で、その青年の粗末な服の襟を掴んだが、
「な、な・・・・・・ぜ…」
と囁くほどの声を発するのが精一杯であった。
左手の力も抜けだらしなく加害者の青年に体を預ける。
「・・・」
その様を冷淡そのものの目で見届けた青年は息絶えたと見ると面倒くさそうに死体を押した。
死体はほんの僅かな時間、空を泳ぎ、地面を寝床とした。
青年はその有様を見届けると手に持っていた武器・・・先端に鋭利な刃のついた、柄の短い槍・・・を懐に収めた。
歳は少年期から青年期に入ってそう間は無いであろう。
粗末な漆黒の着物を着流した青年はその端整な顔からは、想像出来ない冷徹な視線で悠然と自らの手で生物からただの物へと姿を変えた物をただ、見下ろしていた。
その表情からも、人殺しが初めてとは到底思えない。
「御館様」
後方でそんな声が聞こえた。
振り向くと壮年の男が一人畏まっていた。
「・・・首尾は?」
これも似つかわしくない低く冷淡な声で尋ねた。
「はい。付き者、護衛一人残さず処理いたしました」
「・・・」
今度は言葉すらも発せず頷いただけでだった。
「引くぞ。ここにはもう用は無い」
「はっ!」
その言葉のやり取りを最後に二人の男は音も無く京の都の闇に消えていった。
「・・・しかし御館様、相も変わらず、見事な腕で」
自らの寝床に戻る途中一人の男がそう呟いた。
いつの間にか数名の男達が傍らに現れていた。
「賛辞を受けるほどのものでは無い・・・」
青年はただ静かにそう言っただけである。
彼はわかっている。
自分の力がどれほど異形のものであるということを、そしてこんな自分が生きる事の出来る世界は死と血にまみれた生き地獄しかないと言う事を。
「・・・・・・」
そんな思いまでも言葉に込めてしまったのであろうか、周囲は無言に満ち、先程の男も後悔したかのような表情を浮かべ、青年を申し訳無さそうに見ていた。
「かまわん。毎度毎度そんなしけた面を見せるな」
「はっ・・・」
そんな青年の強がったような一声に一層、一同には申し訳無さが蔓延していた。
彼は子供の頃よりその生まれた時から持ち合わせた力で恐れられたが、それ以上にその人柄は一族に愛され、彼もまた年少者を殊の他慈しんでいた。
いかに異形の力があろうとも周囲の者達による、無償の愛情があれば人間を保つことが出来る。それこそ彼が一族からの愛情を受けて育った事によって教わったことであった。
だからこそ彼はどのような子でも分け隔てなく、愛情を注いでいる。
彼の名は七夜鳳明。
長年暗殺者の頂点に君臨し続け、数多くの優秀な暗殺者を輩出し続ける七夜一族の現当主。
そして、一族の歴代当主の中でも、後に最も強き異形の力を持つと言われた伝説の当主である・・・。
後書き
一応、この作品に関しては、大筋は以前投稿したものをそのままに、加筆・修正を行います。
また以前は大分細かく区切りすぎましたので今回はそれを反省して、多くても四分割に抑えようと思います。
序話はオリジナルキャラでしたが一話からは志貴達の登場です。
話としては、志貴は全員のルートを攻略してから(全員毒牙にかけ、殺せる者はすべて殺しています)しばらく後の話です。