その変化は劇的だった。

ライダーの大演説が終わるや否や黄金の光が辺りを照らし出す。

それが意味する所など明白、ライダーの挑発を受けて四体目のサーヴァントが姿を現したに他ならなかった。

「・・・我を差し置いて王を僭称するごみ虫が一夜で二匹も湧いて出てくるとはな」

姿を現したのは黄金のプレートメイルを纏いしサーヴァント。

その姿をセイバー、アイリスフィール以外は見覚えがある。

昨日、遠坂邸でアサシンを瞬殺した黄金のサーヴァント。

そして挑発を挑発として理解し姿を現した以上理性を失ったバーサーカーである筈も無くキャスターであるならば姿はもちろん、前線に出る事は自殺行為である筈、そうなれば残された選択肢はただ一つ、あれのクラスは三大騎士最後の一角アーチャー。

だが、開口一番発せられた言葉は冷酷と侮蔑が純粋に含まれた酷薄な声と台詞。

セイバーの様な威厳の中に慈愛の篭ったそれでもなく、ライダーの様な陽性の豪快さと親愛に満ちたそれでもない、ただただ、人を見下し・・・いや、人を人以下の何かにしか見ていない、そんな声。

その眼光もその声に相応しく冷酷なそれ。

「いやはやなんともなあ」

まさか、挑発で出て来た相手がここまで傲慢かつ自分以上に居丈高だったとは予想外だったのだろう、ライダーが頭を掻きながら何とも言えぬ表情を浮かべる。

「難癖つけているようだが、余も王として認められて征服王と名乗っておるがそれが問題でもあるのか?」

「たわけ、戯言をほざくな。王を名乗るに相応しきは過去現在未来において我一人のみ、他は有象無象のごみ虫に他ならぬ」

ごみ虫と断言さセイバーは不快に眉を顰めるが、ライダーは度量が広いのかそれともただ単に鈍感なのか、表情に変化はない。

「ほう、なるほどのう。では貴様も王であると言うのならば名を名乗ってみよ。恥じる名でなければ名乗る事に躊躇う理由は無い筈であるが」

ライダーの問いは一般としては理に適ったものだったが、聖杯戦争の括りとして見ればそれは論外だった。

開口一番で自身の真名を明かしたライダーが規格外であり、名を明かさない事が定石なのは誰も知る所。

だから、それを盾にして名を明かす事を拒否するならばまだ納得は行く。

だが、アーチャーの反応は一同の予測を悪い意味で超えていた。

「貴様・・・ごみ虫の分際で我を知らぬと言うのか?何たる不遜」

アーチャーの表情は屈辱と憤怒に満ちている。

真名の知らぬ事に感情的になり、ただただ只管怒りを燃えたぎらせている。

「我の顔を知らずに拝謁するとは・・・そのような蛆虫など生きるにも値せず」

そう言うやアーチャーの背後の空間が歪みそこから剣や槍、戦斧が姿を現す。

「蛆虫ども・・・せめて末期の散り際で我の眼を愉しませろ」

ごみ虫から蛆虫に周囲の一同を格下げし、アーチャーはゆらりと手をあげようとしていた。









6

その様を見やっていた切嗣、舞弥、士郎は息を呑む。

「士郎あれは本当にアーチャーの武器なのか?」

『ああ、信じられないと思うし、俺も詳しく言う事は出来ないけれど、あれはアーチャーにとって武器に過ぎない。それにしてもまずい。あのアーチャーは手加減って言葉を知らない。やると決めればサーヴァントだろうがマスターだろうが一般人だろうが区別も差別もせずに殲滅する』

「くそっ介入は・・・」

『ここまで来れば下手に手を出せば俺達も殲滅される、それこそ俺の宝具を使いでもしない限り対抗は出来ない』

切嗣の表情は更に歪む。

士郎にとって『宝具を使う』と言うのは令呪を使う事も意味している。

そうである以上、使用は慎重であるべきなのだから。

『今は迂闊に動くべき時じゃない。正確にはもう動けないと言った方が良いか』

「経緯を見ているしかないと言う事か・・・」

それに対しての返答は無言だった。

だがその時、舞弥からの通信が戦況が更に混沌に陥った事を告げた。

『切嗣、ミスター!』

鋭い、だがそんな中に焦りの色が滲み出ている声に意識を戦場を向ける。

そこには新たなるサーヴァントの姿があった。









それが姿を現したのはアーチャーが今まさに手を振り下ろそうとした瞬間だった。

闇夜よりも暗い瘴気が沸き起こり形造り、殺気が魔力の奔流として形を変えて戦場を吹き抜ける。

全員の視線を向けた先には黒騎士がいた。

アーチャーと同じく全身を包むプレートメイルであるがそれは何処までも黒い。

その容貌を見ようにも無骨な兜で顔も完全に隠し、スリット越しの眼光は鮮血の様に赤い。

その騎士を包む黒き瘴気はその騎士の怨念にも思える程重苦しく、それが相まってその騎士の不気味さを更に際立たせる。

「・・・・・・」

微かに漏れる呻き声とも唸り声とも取れる音を発する以外特に動作する事も無い。

だが、ただ立っているだけでもその威圧はアーチャーのそれとは違うが警戒するに値した。

「征服王、あれには臣下の誘いの声はかけぬのか?」

気を紛らわせる為か、それとも自らを鼓舞する為か、ランサーがあえて軽い口調でライダーに問いかけた。

「うーむ、誘おうにもなぁ・・・ありゃあ交渉出来る余地すらない様に思えるがのぅ」

それに対するライダーも口調こそは軽いものだったが、その表情から笑みは消えている。

あれほどの殺気を抑える事も無く周囲にまき散らす、それはあのサーヴァントのクラスを億の言葉よりも明確に告げていた。

バーサーカー、理性を失った狂気のサーヴァントに他ならない。

「で、坊主、あの黒んぼどれだけのもんだ?」

ライダーはそう自身のマスターに問いかけるが、それに対する返答は困惑だった。

「・・・う、嘘だろ・・・判らない、全然わからない」

「はあ?何を言っておる貴様とてマスターの端くれならサーヴァントのステータス位は見れる筈だろう?」

呆れたような小馬鹿にしたような口調に対して返ってきたのは他ならぬ自身に対する苛立ちの声だった。

「判らないんだよ!!あのサーヴァント、ステータスも何もかも全然読めないんだよ!!」

ウェイバーの言葉にケイネスもアイリスフィールは何の反応も・・・ウェイバーに対する侮蔑などはしなかった。

何故ならばこの言葉は此処に集う全てのマスター共通の想いだった。

どれだけステータスを見ようと眼を凝らそうにも、ステータスが靄に掛かっていたり、黒く塗りつぶされていたり

歪み原型を留めていなかったりありとあらゆる手段で妨害され、全く読み取れない。

おまけにその姿も瘴気でぼやけていたり、霞んでいたり二重三重にぼけて見えて全くその姿を把握する事は出来ない。

実体はもちろん、ステータスの把握にまで影響を及ぼすほどの幻惑の術、バーサーカーのクラス別スキルとは考えられない、十中八九バーサーカー個人のスキルだろう。

「正体を把握させないスキル・・・あれも厄介な敵の様ね」

一端自分の傍らまで退いたセイバーにアイリスフィールは小声で囁いた。

「はい、それに・・・ここまで来れば迂闊に動けません」

セイバーの言葉は当然とも言えた。

何しろ現状、セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカーの五騎のサーヴァントが集結している。

この状況では下手の行動は、四対一のハンデキャップマッチの突入にもなりかねない状況。

そうなればセイバーでも命取りになる。

それを理解しているランサー、理解しているのかどうかいまいち不明なライダーとアーチャー、そして出現した意図そのものが不明のバーサーカー。

思惑はそれぞれ異なるであろうが、動くに動けぬ微妙な均衡が一瞬だけだが作られようとしていた。









「爺さん・・・聖杯戦争ってここまで派手なものなのか?序盤でキャスター除く全サーヴァントが集結って」

『まさか、今回が異常なだけだよ』

戦況を一目見て士郎は呆れたように切嗣に問いかけた。

それに対して一言で否定してのけると続けざまに

『舞弥、バーサーカーのマスターの姿は?』

『こちらから確認した限り視認できません』

「俺からも確認出来ない。どうやら相当慎重なようだ」

『そのようだね僕からも補足出来ない。使い魔だけここに派遣して戦況を把握しているのだろう・・・』

沈黙の時間が数秒だけ続いたが、それを士郎に問いかける切嗣の声が破った。

『それと士郎、あのバーサーカーだが』

「ご期待に副えずにすまない爺さん、あれについては全く知らないんだ」

士郎の言葉に偽りはない。

今までは神霊束縛で口にする事が出来なかったが、あのバーサーカーに限って言えば事前知識は何も持っていない。

アルトリアの口から第四次の事は聞かなかったし生前の大戦争でも会う事は無かった。

『そうか・・・』

意識しての事ではないのだろうが心なしか切嗣の声に落胆の色が見える。

「すまない爺さん」

『っ・・・いや僕の方こそすまない。気付かない内に君の知識に依存していたみたいだ』

だが、そんな気まずい空気は舞弥の声が打ち払った。

『切嗣、アーチャーが』

「『!!』」

見ればアーチャーが再び空間から剣を二本現出、バーサーカー目掛けて射出した。

その勢いはミサイルを思わせ、バーサーカーは成す術無く貫かれるかと思われた瞬間、確かに士郎は見た。

あろう事かバーサーカーは射出された剣の一本を掴むや、もう一本の槍をその剣で弾き飛ばした。

「・・・おいおいおい、なんだあのバーサーカーは」

呆れたような感心したような声を発する士郎。

初めて見る剣を掴み、しかもそれを長年愛用してきた得物の様に自在に振るう。

それがどれほど異様なものなのか士郎は良く知っている。

だが、感心するだけのばかりではない様子の人物もいた。

「おのれ、狗の分際で我の宝物を掴むか・・・よほど死に急ぐようだな!下種が!」

アーチャーの怒号と共に空間が歪むや剣や槍、戦斧が姿を現した。

それもざっと数えて十六。

しかもどれもこれも同じ物は一つとて存在しない。

『・・・』

思わず切嗣も無言になる。

宝具でないのだからさほど大きな驚愕は無いが、それでもその数は一騎のサーヴァントが持つ物としては異常に多い。

「その卑しい手癖で何処まで持ち堪えられるか見せてみろ!!」

そう言うや十六の剣に形を変えた爆撃がバーサーカーただ一騎に降り注ぐ。

だが、その直後の驚愕は最初の比ではなかった。

バーサーカーは最初に飛来してきた矛を掴みとるや両手で二本の武器を見事に振るい飛来してきた剣を手当たり次第に迎撃弾き飛ばす。

しかも飛来してきた剣や槍が手に持っているものよりも強力だと判断れば、それを躊躇いも無く投げ捨て、その武器を奪い取る。

弾き飛ばしては投げ捨てて奪い取り、投げ捨て奪い取っては弾き飛ばす。

そんな事を繰り返し遂に十六の猛攻全てバーサーカーは凌ぎ切った。

周辺の倉庫は全て破壊され尽くされ原型を留めるコンテナは一つも無い。

ただ、右手に戦斧、左手には曲刀を持ったバーサーカーのみが存在していた。

周囲はもちろん、士郎達も言葉が出ない。

武器の投擲だけでこれほどの破壊行為を行うアーチャーもアーチャーだが、それを己の得物ではなく相手から奪い取った武器で凌いだバーサーカーもバーサーカーだ。

しばし、棒立ちしていたバーサーカーだったが、初動動作も無く両手の武器を投擲、アーチャーの立つ街灯を3等分に切断してのける。

アーチャー自身は直前に跳躍、傷一つ追う事無く着地したがその表情は憤怒を歪み端正な顔は凶暴な獣そのものと化していた。

「おのれ・・・おのれぇ!地を這い天にある我を見上げる事しか出来ぬ狗風情が我を同じ大地に立たせたか!!その不遜!その無礼!!許すまじ!肉片も消えて無くなるがいい!」

咆哮と共に三度、空間が歪み姿を現すその数は三十二、

その数に誰も彼も押し黙る。

よもや更に倍の数の襲撃を受けようなど誰が想像できようか。

呆然自失となった一同を尻目にあの攻防が繰り返されようとした、次の瞬間アーチャーの視線が微かに動いた。

その方向は東南、その方角先には深山の高級住宅街がある。

もっとも、視線が動いた事に気付いた事に気付く者は皆無であったが。

「・・・臣下の分際で我に諌言だと?大きく出たな時臣・・・」

忌々しげにバーサーカーを睨み付けていたが、やがて全ての武器が空間の歪みの中に沈み歪みが消え去った。

「命拾いしたな狂犬」

それから傍観者となっていたセイバー達に視線を向け

「雑種共、我の前に立つ資格を持つは真の勇者のみ、次相まみえるまでにごみ虫共を駆除しておけ」

そう言い残し、最初から最後までその傲慢さを正す事無く黄金の粒子をまき散らしながら姿を消した。









「やる程な。どうやら奴のマスターは奴ほど剛毅な性格はしておらんようだな」

突然姿を消したアーチャーに呆然とする一同。

そんな中、苦笑しながらそう言うライダーだったが、現状が何も改善していない事を理解していた。

理性を失ったにも関わらず、あれほどの技量を誇るバーサーカーが次に誰を狙いを定めるかと思うと悠長に構えていられる筈がない。

「・・・ぁ・・・」

アーチャーが消えた空間をしばし凝視していたバーサーカーだったが、ふと視線が揺らぐ。

傍観者他の面々を視界にとらえる。

ライダー、ウェイバー、ランサー、そしてセイバーを視野に収めた瞬間、その視線が定まった。

セイバーの背筋に悪寒が走る。

アーチャーに向けられた殺気など比でない猛烈なそれがセイバー一人に確かに向けられた。

「・・・ぁぁぁぁ・・・」

あの掠れ声に確かな意思を全員確かに理解した。

「ぁぁぁぁぁぁ!!」

掠れ声は意味を成さぬ咆哮と化し黒き狂騎士は蒼き聖王目掛けて弾ける様に飛び出し、セイバーは咄嗟に傍らのアイリスフィールから離れ剣を構え迎え撃った。









突然のバーサーカーの吶喊に誰よりも驚愕した人物は此処にはいなかった。

サーヴァント達が一堂に会する倉庫街から三ブロック程離れた地点の下水道にその人物はいた。

「が、があああああああ!や、やべろぉ!バーザーガー!!」

全身を襲う激痛にもだえ苦しみ転げまわりながら、声にならぬ声を発し自身のサーヴァントに命令・・・と言うよりも懇願に近い声を発する一人の男、名を間桐雁夜、彼こそがバーサーカーのマスターだった。

その頭髪は老人の様に白くにも拘らず、その顔立ちは頭髪とは相反して三十代そこそこの青年に思える。

だが、その顔も左半分は鬼の形相で硬直し左目も白濁している。

更にその肌も土気色の死体を思わせ、とてもではないが生きているとは思えない。

いや、実際問題、彼の肉体は死の一歩手前にあった。

魔術師としてそこそこの素質は持ち合わせてはいたが、わずか一年の強引な俄仕込みでの鍛錬で、どうにか聖杯戦争に参戦出来るレベルまで引き上げたが、その為に彼は人としての生、その大半を捧げ尽くした格好だった。

現に彼の余命は一月あれば良い方である、もはや未来の無い肉体。

全てを捧げる様にこの聖杯戦争に身を投じたのはひとえに間桐に捧げられた一人の少女を救い上げる為、そして少女を地獄に突き落とした男への復讐の為に。

だが、急ごしらえのマスターにサーヴァントの使役は苦痛そのもの、おまけにそれが魔力消費効率の悪いバーサーカーであれば尚更。

現に先程まで地獄の苦痛を味わい続けて来たのだから。

それでもアーチャーを結果としては退け、一時の優越感に浸っていたが、それもセイバーに突撃を仕掛けるまでだった。

令呪で強制的に撤退させる事も出来ぬほどの苦痛に苛まれながら雁夜はただひたすらに届く筈のない声を必死に張り上げる事しか出来なかった。









手に持った得物を剣の様に構えて振り下ろされたバーサーカーの一撃をセイバーは受け止める。

だが、振り下ろされたバーサーカーの得物の正体を把握するやその表情は驚愕に染まった。

そしてそれは周囲の一同も同じ思いだっただろう。

ある意味では先程の常識外れの攻防の方がまだましだったと言えるほど。

何故ならば・・・今バーサーカーの手に握られている得物、それはただの鉄の棒であったからだ。

おそらく、先程バーサーカー自身が切断した街灯のポールなのだろうが、その単なる鉄の棒がセイバーの剣と真っ向からぶつかりあまつさえ、鍔迫り合いまでしているのだからその驚愕はいかほどのものか。

普通なら鍔迫り合い所か一合で鉄棒はくず鉄となる筈なのにバーサーカーの持つそれは異変など何一つない。

「貴様・・・一体・・・」

鍔迫り合いの最中セイバーは見た。

バーサーカーの全身から立ち込める靄、いや黒い瘴気の様な代物がバーサーカーの両手を起点に鉄棒にまとわりつき、半ば融合しているのを。

「これは・・・もしや!」

渾身の力を込めて突き飛ばして距離を取る。

「そうか・・・そうだったのか・・・」

「なるほど」

「そう言う事か」

セイバー、ランサー、ライダーが揃って呟く。

「な、なんだよライダー!何が判ったって言うんだよ!」

まだ判らないウェイバーの為にライダーが説明する。

「簡単な話さ、ようはあの黒いのが手に持ったモンはなんでもかんでも奴の宝具になるって事さな」

「は、はぁああああ!な、なんだよそれ!あのアーチャー以上にでたらめじゃないか!」

ウェイバーの言葉にこの場にいた者は揃って同意する。

何しろ理論上で言うならばこの世界にある物すべてをバーサーカーは自身の宝具となる事が出来ると言う事だ。

アーチャーのそれは元より宝具であるが、バーサーカーの場合は宝具でない物を宝具とする事が出来る。

宝具単体としての脅威は別問題だが、このバーサーカーとの対峙では気が抜けない事は間違いない。

セイバーと距離を離されたバーサーカーだったが、鉄棒を槍の様に構え直すと刺突の連撃をセイバーに繰り出す。

「くっ!」

魔力を放出し、バーサーカーの刺突に対抗するセイバー。

ただでさえ、ランサーの『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』の傷で左手の親指が全く動かず、不十分な握力での戦闘を強いられている。

おまけにバーサーカーの刺突はランサーのそれと比べても遜色ない。

荒々しいようで精密、正確無比なのに豪放、剛と柔、力と技が完全に両立された武錬。

セイバーは確信する。

このバーサーカー、断じてアーチャーが口にした狂犬ではない。

狂って尚もこれだけの武錬を誇るこの騎士がどうしてただの狂犬なものか。

生前は間違いなく高名な騎士だったに違いない。

そんなセイバーの確信を余所に既に互角から善戦、そして苦戦に移行しつつある。

バーサーカーの猛攻にやや押され始め、体勢をやや崩される。

それを見逃さぬとばかりにセイバーの喉笛を貫く勢いで鉄棒を突き出すバーサーカーだったがそれは叶わなかった。

「戯れはそこまでにしてもらおうか」

ランサーの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』がバーサーカーの持つ鉄棒を半分以上切断してしまったからだ。

触れれば魔力を遮断する能力を持つ槍の前では、いかにバーサーカーの魔力で強化されようとも無意味にすぎない。

バーサーカーと最も相性の悪い宝具だろう。

「セイバーの首級、魅力的なのは理解できるが、こいつは俺の方が先約。これ以上手出しをすると言うならばこちらとて容赦はせぬぞ」

そう言っているが、本音がセイバーとの尋常なる決着を望んでいるのは誰が見ても明らかで救援を受けたセイバー至ってはその心意気に感極まるものがあった。

しかし、そんな感動的な場面をぶち壊す様な、冷ややかな声が響く。

『何をしているランサー、バーサーカーと組んでセイバーを討つ絶好の機会ではないか、何故邪魔をする』

「主よ!このセイバーの首級は必ずこのディルムッド・オディナが御前に捧げてご覧にいれましょう!この狂犬も見事討ち果たしましょう!」

そんな冷淡な声に必死になって訴えかける。

「我が真名に賭けて勝利を誓いますが故、なにとぞ・・・なにとぞ!!この騎士王との決着だけは尋常なる一騎打ちにて」

だが、そんな必死の訴えも届く事は無くセイバーにとって、そしてランサーにとっても最悪の言葉が響いた。

『ならぬ、ランサー令呪を持って命ずる、バーサーカーと共にセイバーを討て』

その瞬間ランサーの身体が一瞬硬直しセイバー目掛けて槍を繰り出す。

咄嗟の事だったがどうにか回避するセイバーだったが状況が絶望的に悪化した事を自覚するしかない。

「・・・許せ、セイバー」

苦渋に満ちた表情でそう一言だけ呟いてから二槍を構えるランサーと両断された鉄棒を二刀流の様に構えてじりじり迫りくるバーサーカー。

片手にハンデを背負い二騎のサーヴァントを敵に回すと言う最悪の事態にセイバーは腹を括った。

(アイリスフィール、ここは可能な限り食い止めます。ですからここから退避を・・・可能な限り遠くへ)

念話でアイリスフィールに撤退を進言する。

もはや勝ち目は限りなく皆無に近い事を自覚し、自らが盾となってせめてマスターたるアイリスフィールだけでも逃がそうとした。

だが、アイリスフィールに逃げる気配はない。

にじり寄るランサー、バーサーカーに注意を向けながらセイバーは後背に視線を向ける。

そこにはやや血の気の引いただが、決然とした表情でそこに立ち止まるアイリスフィールの姿があった。

(アイリスフィール!一刻の猶予も)

そんな姿に気高さを感じながら、それでも退避を進言しようとしたセイバーだったが、

(セイバー!)

アイリスフィールの言葉にはっと意識を戻す。

同時に地を蹴りこちらに迫らんとする二騎にセイバーは剣を構え、たとえ死しても一歩も退かぬ不退転の覚悟で迎え撃たんとした。

まさにその瞬間、

「・・・投影開始(トレース・オン)」

決して大きな声ではない。

だが、この場にいる全員が確かにその声を聴いた。

その声の聞こえた方角・・・真上を見上げた全員の眼に映ったのは月明かりを背に上空に跳躍する人影。

そしてその手に持つそれをその人影は

「猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!」

真名の解放と共に解き放った。

この瞬間がエクスキューター・・・衛宮士郎が第四次聖杯戦争に本格的に参戦した瞬間だった。

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