「聖争、そして政争」1
備考:舞台は現代政界。勢力図は何となく幕末時を擬しています。
| 延長国会もいよいよ閉会と相成る。十二月も半ばを過ぎた。冬休み、クリスマス、年末、年始。 どこに重点を置くかは人により様々であろう。
| 現在衆議院議員四期目となる木戸孝允は、そのモデル顔負けの容姿から、政治家としては異常な | ほどの女性人気を誇っている。現在三十二歳、独身。浮いた話は連日のように流れるが、不思議 | と醜聞というものはない。雑誌に載るクラブの女性達の木戸評は、どれも彼への並々ならぬ好意 | を感じさせるものばかりである。
| 陣笠(=平議員)の頃から取材依頼数は国会議員中トップクラス。この日もとあるテレビ局から | 女性記者とカメラマンが、議員会館内の彼の部屋にやって来ていた。
| 「今国会は、主に諸外国に対する政府の姿勢を糾(ただ)し、その提出してきた法案を何とか廃 | 案に追い込もうということで非常に緊迫、紛糾したものとなりましたが、野党の一員として、木 | 戸さんはどのように今国会を評価されますか。」
| 「結果として法案は通ってしまった。残念に思っています。政府与党は与えられた権限をよいこ | とに、力業で押し切りました。中立的な小党を従わせようとする様は、ほとんど独裁国家のそれ | でしたね。脅迫まがいですよ。」
| 「憤りを隠せない、ということなんでしょうけど、しかし今のままでは来年以降も同じことの繰 | り返しでは?」
| 「仰る通りです。我々野党も戦略を練らないといけませんね。」
| 「具体的には。」
| 「はは、戦略というのはあっさり教えるものじゃありませんよ。たとえ今現在、それが僕の頭の | 中だけのものだとしても……。」
| 木戸の言葉に重なって、背広のポケットに入れていた彼の携帯電話が鳴った。「緊急の連絡があ | るかもしれないので、あまりマナーモードにはしないんです。生でない限り編集できますしね。」 | 落ち着いて取り出し、掛けてきた相手を確認する。「んん、重要な相手かどうかは判断の難し | いところだな……。」
| 「どうぞ、お出になってください。」
| にっこりと笑って女性記者が言った。近頃は政治部だろうと社会部だろうと、テレビ局はそこそ | この美形をそろえている。
| 「ありがとう。」
| けれども、そこそこの美形では太刀打ちできないのが木戸という男である。笑顔で返して、する | りと流れるような動きで立ち上がり、窓際へ歩いていく。その挙措の全てに記者、カメラマンと | もどもうっとりとしないではいられなかった。
| 記者達に背を向け、木戸は五分ほど話をしていた。向こうに声が届きにくい時には多少大きな声 | を出したが、それは別段話の内容を特定できるものではなかった。どこか甘い雰囲気が漂ってい | るように感じられるのは彼の持ち味か、それとも相手が女性であるからか。
| 戻ってきた木戸が椅子に腰を下ろすやいなや、記者は息抜きの軽い調子で問いかけた。
| 「重要な相手か分からないとのことで、しかし雰囲気は柔らかに見えましたが、話の内容はお仕 | 事のこととは違ったんですか?わたしどもの担当分野のことなら、と気になるのですが。」
| 「担当分野?少なくとも、国会の終わった今の僕の担当は、早く銀座や赤坂の女性達に会いにい | くことですからね。」
| 「その方たちの内のどなたかからのお電話でしょうか。週刊誌には、ついに木戸さんにも特定の | 女性ができた!なんて書かれてましたね。」
| 「週刊誌は話半分、いや一割くらいで読んどかないと。しかし、そろそろそうした年齢になって | きましたね。いつまでもあっちこっちにクリスマスプレゼントをばらまいてちゃいけない。」
| 「……そういえばさっきの電話でクリスマスプレゼント、と言ってらっしゃいませんでした?先 | ほどは聞き取れなかったんですが、今の木戸さんの言葉であっと思いました。」
| 「いい耳だなあ。」
| 「そうですか。」
| 「うん。クリスマスプレゼントって言いましたよ。何が欲しい?なんてね。訊かれても困っちゃっ | て。基本的に、僕は貰うより人にどんどんあげちゃう方が好きだから。貴女、欲しいものある?」
| 「……木戸さんを応援する女性たちなら、きっと貴方に総理大臣になって欲しいと思っています | よ。その前にはもちろん長州党による政権奪取が必要ですが。」
| 「殺伐としてるなあ。僕が言うのも何だけど。」
| 「政治家の皆さんが望むもの、望まなければいけないものは究極的には一つ、自らの政策を実現 | できるポジション。それをあげるよと言われたら、それ以上のクリスマスプレゼントはないので | は?」
| 「そうやって本筋に戻っていくわけですね。」
| 「えー残り二十分ほどありますので、来年に向けての豊富と、野党共闘はあり得るのか、という | ところをお訊きしていきたいと思います。」
| 「電話で五分潰してしまったからね。そちらがよければ延ばしましょうか。」
| 後ろにいた秘書を呼びながら木戸は言った。
| 「こちらとしては願ってもないことです。」
| 「では、そうしましょう。いいね?」
| 秘書は素早く手帳を開いてスケジュールを確認し、取り出したボールペンで書き込みをしながら、 | はい、と頷いた。
| その夜の報道番組内で、適度に編集され流されたインタビュー映像は、あくまでも木戸の軽口は 軽口として、ナレーションもキャスターも笑いを交えつつ、彼のいつもながらの女性あしらいの | 巧さを少々むず痒く褒め上げる、という形に終始していた。インタビュー中にかかってきた電話 | と、その内容の“クリスマスプレゼント”に関しても、取材を行った女性記者の質問を取っ掛か | りとして少々うがった見方を冗談半分で提供していただけだった。
| 騒ぎは、全体のある一部分から起こってじょじょに広がっていく。折悪しく、その日以降のニュー | スには話題性がなかった。
| 国会議員が、法案の審議と並んで精力を注ぎ込むのが選挙区回りである。様々な団体の様々な催 しに顔を出すことで自身の名を売り、主張や考え方を浸透させ、支持基盤の拡大を図る。
| 自身を宣伝するための手段の一つとして、たとえば自分よりも知名度の高い人物を呼んで講演会 | を行うというのがある。人脈の広さをアピールするとともに、その講演者の影響力を借りて自分 | にも相当な力がある、と選挙区民に思わせることができる。
| 知名度が高く、人気も、上質な華やかさも持ち合わせている木戸には絶えずそうした依頼が舞い | 込む。国会が閉会して五日も経たない内にやってきたそこは、三ヶ月以上も前に、同僚議員の広 | 沢真臣(さねおみ)にぜひ頼むと言われて引き受けたところのものだった。
| 木戸や広沢ら、長州党の議員はほぼ全員が中国地方にその地盤を置いている。午後一時から三時 | まで、某ホテルの会場で講演会を行った木戸は、そのまま七時から始まる広沢の政治資金パーティ | に出席した後、場合によっては二次会とうにも顔を出しつつ、十時までには帰宅の途につくつ | |