2008年 韓国全国労働者大会参加報告 その1



 「今日の全国労働者大会では、デモ行進をすることもできなかった。イ・ミョンバク政権による民衆運動への弾圧の中で、民衆労総は十分な指導性を発揮することができないでいる。フラストレーションを感じている仲間もいるだろう。しかし世界的な経済危機によって、民衆の意識は変わりつつある。必ず変化が起きる。そのために私たちは、今まで以上に活動を続けよう」。
 11月9日夜、ソウル市内の食堂の一室で、社会進歩連帯のリーダーは仲間たちに語りかけました。わずか30分前まで、そこから50メートルも離れていない大学路では数百メートルにわたって全車線を封鎖して「全国労働者大会」が開かれ、3万人の労働者・学生・市民が集まり、「イ・ミョンバク政権打倒」の叫びをあげていたのです。参加者の話を聞くと、民衆労総の指導部は集会終了ギリギリまで、デモ行進に打って出る準備をしていたとのことです。しかし会場の前後を戦闘警察の車両で押さえられ、大学路に続く路地という路地に戦闘警察が配備される中で、大量逮捕必至の無届デモは中止されたのです。


 ハンナラ党のイ・ミョンバクは、昨年12月に実施された大統領選挙で、民主新党のチョン・ドヨンに大差で勝利し、今年2月に大統領に就任しました。民衆運動出身のノ・ムヒョン前大統領も、政権後半では新自由主義政策で労働者と対立しましたが、保守政治家のイ・ミョンバク大統領は、就任直後から新自由主義的を強力に推し進めました。イ・ミョンバク政権に反対していたのは、最初は民衆労総を中心とした民衆運動陣営でしたが、BSEに汚染されている危険のある米国産牛肉の輸入に反対する市民が、5月から6月にかけてソウルを中心に各地でキャンドル集会を開催。最大時にはソウルで70万人が、「米国産牛肉輸入反対・イ政権反対」の声を上げました。
 自然発生的に始まった一般市民の政権批判の声に、イ・ミョンバク大統領は、公安弾圧で襲いかかりました。中学生や高校生、またインターネットの呼びかけに応じて集まった市民のロウソク集会に戦闘警察が投入されました。韓国インターネットメディア「チャムセサン」の過去ログを見ると、市民・民衆のキャンドル集会と、戦闘警察による集会襲撃が連日のように報道されています。多くの市民が逮捕され、起訴された者には巨額の賠償金が請求されました。また逮捕を逃れた市民運動・民衆運動の指導部は指名手配されました。指名手配された指導部の幾人かは、ソウル市内にある仏教寺院・曹渓寺に逃れ117日間も籠城した。そのうち6人が10月29日に曹渓寺を脱出しましたが、11月6日に5人が逮捕されました。11月8日夜の前夜祭会場や9日の本大会会場の周辺には、逮捕を逃れ潜伏中の民主労総イ・ソクヘン委員長を拘束するために、手配書を手にした戦闘警察が大量に配置されました。
 いま韓国の社会運動は後退を余儀なくされています。そうした中で今年の全国労働者大会は開かれたのです。


 大会は11月9日午後3時から、ソウル市内の大学路で開催されました。イ政権は当初、大会開催を許可しませんでしたが、民衆労総執行部の努力によって会場だけは合法的に確保できたようです。しかしデモ行進の許可を得ることはできませんでした。
 会場周辺では2時から、組合別・課題別の前段集会が行われていました。この日は朝から天気が悪く12時頃には本格的な雨になりましたが、本集会が開催される3時には雨もやみ、大学路には3万人を超える労働者・学生・市民が集まりました。
 午後3時から、歌舞団の歌と踊りで大会が始まりました。韓国の民衆運動集会は、歌・踊りと演説が交互に行われます。歌や踊りは、現職組合員のグループや、運動出身の歌手によって行われます。またステージには大型モニターが設置、スピーカー、照明が設置され、ちょっとした歌手の野外コンサートのようです。
 「団結闘争歌」「同志」「哲の労働者」と、90年代から00年代を通して、労働運動の現場で組合員たちを勇気づけてきた歌が続きます。その後、集会隊列の先頭に座っていた民衆労総・民主労働党などの指導者が演壇にあがり、「イムのいための行進曲」を全ての参加者で合唱した。

 「愛も名誉も名も残さずに 命かけろと誓いは燃える 同志は倒れて旗のみなびく やがてむかえるその日まで」。

 この歌は、光州民衆蜂起の犠牲者を弔うために作られたそうです。韓国の民衆運動集会では、闘い半ばで倒れた同志を追悼する黙とうと、「イムのいための行進曲」の合唱が必ず行われます。
 また大会には、アジアをはじめ各国から、労働組合や民衆運動団体が参加しています。日本からは、「全日建運輸連帯労組」、「全労協」、「AWC」「IPS(国際公務労連)」が正式参加団体として紹介されました。また「新社会党」の皆さんも参加していました。


 大会では、様々な組合からの発言が続きました。教員組合・全教の女性労働者は、「イ政権は、全教は偏向教育を行っているとして、組合を解体しようとしている」と訴えました。時を同じくして、日韓の保守政治家が教育労働者を攻撃しているようです。 
 会場の参加者たちは、時にこぶしを振り上げ、時に涙を流しながら、発言を熱心に聞いています。また会場内では、様々なストや争議の情報を伝えるチラシが配布されています。断食に入っている労働者、高圧送電線の上で籠城している労働者。「命がけ」という言葉でしか表現できない闘いが、各地で闘われているようです。
 私は社会進歩連帯の友人と一緒に参加していましたが、私たちの隣には、そろいの緑色のベストを着た人たちがいました。公共施設や民間企業の清掃・ビルメンテナンスを請け負う会社の非正規労働者の組合とのことです。社会進歩連帯の友人によれば、韓国労働者の非正規率は60パーセントとのこと。この数字からすると、高校卒業学歴ではほぼ非正規、大学卒業者の多くも非正規になるでしょう。また日本と同様に、男性よりも女性のほうが、非正規率が高いそうです。
 社会進歩連帯と一緒に、貧困連帯という組織の人々が座っていました。彼らは、「労働者でさえも貧困者には目を向けない。社会が分断されている」と話していました。 
 公務員労働者と民間労働者、正規職と非正規職、労働者と貧困者・・・。この同じ場所を共有している仲間の中にも、分断があったのです。大会会場となった大学路は、おしゃれな繁華街です。何千人もの戦闘警察に区切られた向こう側には、若い男女が休日を楽しんでいました。さらに、その向こうには、富を独占する1パーセントの人々がいる。それが韓国の現状のようです。

 前述した潜伏中の民主労総のイ・ソクヘン委員長は事前に、「全国労働者大会には必ず出席する」としていました。しかし戦闘警察の厳戒態勢の中で、集会参加は困難となりました。そこで集会の最後に、会場に設営された大スクリーンに、インターネット中継で登場しました。『チャムセサン』はその様子を、以下のように伝えています。

 『結局、イ・ソクヘン民主労総委員長は、本大会現場に直接現われることができなかった。代わりに、1分ほどの生中継を通じて、組合員たちにあいさつの言葉を伝えた。警察の位置追跡を憂慮して背景をかくし、中継時間も短く進められた。少しやつれて青白い顔でカメラの前に立った委員長は 「非正規職ない世の中、労動者弾圧ない世の中のために、同志たちと共に李明博政権に対立する闘いに先鋒に出る」と言った』。(チャムセサンより)


 不況が続く中で韓国の人々は、財界出身のイ・ミョンバク大統領による経済建て直しを期待していたようです。しかしイ大統領の政策は、新自由主義の一層の推進と、反対者への公安弾圧でした。その状態を突破できないのはなぜでしょうか。幾人かに話を聞いてみましたが、みな一様に「警察力を投入した弾圧が、これまでにない規模だ」ということをあげました。BSE問題を発端にしたキャンドル集会で指名手配を受けた人々の中には、参与連帯などの穏健な市民団体や、インターネットサイトの主催者も含まれています。集会では、ベビーカー・キャンドル、自動車キャンドル、自転車キャンドルなどの市民も逮捕されたようです。「キャンドル集会へいこう」と呼びかけた高校生が、警察から事情聴取をうけたという報道もありました。
 また進歩派政党の分裂を理由に上げる人もいました。これまで韓国の民衆運動は、民衆労総と民主労働党が中心を担ってきました。しかし今年4月に行われた総選挙を前に、路線上の問題から民主労働党が分裂し、離党し人たちによって進歩新党が結成されました。反イ・ミョンバクではまとまっている民衆運動も、内部では対立があるようです。


 集会の最後に、参加者全員で再び労働歌を合唱しました。韓国の労働者集会・反米軍基地集会に参加するようになってから、「発言はわからなくても、歌は一緒にうたえるようになりたい」と、何曲かを覚えました。「イムのための行進曲」や「鉄の労働者」を歌っていると、民主化と反動を繰り返し経験しながら、それでも前に向かっていく韓国労働者の気持ちを、少しだけでも理解できた気がしてきます。日韓の連帯と共同行動に、これからも関わり続けよう。そうした決意を固めた1日になりました。

 大会では、イ・ミョンバク政権への20項目の要求を確認しました。主な要求は以下の通りです。
△経済破綻・民生破綻責任をとり、イ・ミョンバク内閣の即時総辞職
△アメリカ式新自由主義政策の全面廃棄
△「金融先進化政策」廃棄
△法人化緩和など 1%のための減税措置中断
△韓米FTA中断
△福祉予算・民生予算の全面拡大
△医療営利化政策の廃止
△公教育強化
△非正規法全面再改正実施
△最低賃金法の改悪中断
△手配解除と拘束者の即時釈放
△公企業の民営化及び構造調整の中断
△国家保安法の廃止
△集会の自由と国民基本権を阻むサイバー侮辱罪などの推進中断
△放送法と新聞法の改悪中断
△全教組と公務員労組破壊策動の中断
 など


●「チャムセサン」内の「民衆労総 イ・ミョンバク内閣の総辞職を要求」
http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=44560&page=2

●「チャムセサン」内の「全国労働者大会前夜祭が1万人の参加で開かれるhttp://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=44557&page=2

●「チャムセサン」の記事は韓国語です。YAHOOの翻訳サイトを利用すれば、おおよその内容は読み取れます。
http://honyaku.yahoo.co.jp/


●「韓統連大阪・韓国ニュース」内の民衆労総「下半期中断なき闘争宣言」
http://osaka.korea-htr.com/kankokunyusu.htm


写真レポート 全国労働者大会・本集会
11月9日(日)午後3時〜5時 大学路



●ソウル市内の大学路には、労働者・学生・市民など3万人が集まりました。


●午後2時からは、産業別・課題別の前段集会が開かれました。
中には、民俗楽器を演奏しているグループも。


●アドバルーンを使って、スローガンが掲げられました。


●全国労働者大会の始まりです。


●舞踊グループと歌野グループが、労働歌を披露。


●民主労総や民主労働党の役員が演壇にあがり、
こぶしを振り上げて「イムのための行進曲」を歌います。


●韓国の集会は、表現方法がカラフルです。
手にしているのは、スローガンの書かれた短冊型のプラカード。


●こちらはスローガンの書かれた風船です。


●若い女性や、子どもづれのお母さんの参加も珍しくありません。


●司会者の掛け声に合わせて、紙吹雪。


●民主労働党からのあいさつです。




●私たちの隣にいた、緑ベストのみなさん。
清掃業者の非正規労働者だそうです。


●大きな声でシュプレヒコール。


●最後に民衆労総のイ・ソクヘン委員長が、インターネット中継で発言しました。

●レポート・写真ともに 八木隆次(平和フォーラム事務局員)

(その2へ続く)



●韓国全国労働者大会 その1
●韓国全国労働者大会 その2
●韓国全国労働者大会 その3
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