風で花びらが舞い散る中、私はティキに向かって歩きました。
 一歩、また一歩歩くたびに、私達の距離は縮まっていきます。
 そして二人の距離が約1メートルになった時。
 私は足を止めました。







「お久し…ぶりです。ティキ」
「あぁ…久し振りだな」







 どこか冷たく感じるティキの声。
 あぁ…やはり怒っているのですね。
 ノアを…ティキを裏切ったことを。










花舞う場所で 16










 『久し振り』と言った
 手を伸ばせば触れれる距離にいる。
 だがオレは、手を伸ばせずにいた。
 もし手を伸ばして触れれなかったら?
 目の前にいるが幻だったら?
 触れれたとしても、拒否されたら?
 色々な考えが頭をよぎり、オレは触れられずにいた。
 ハッ!情けねぇな。
 『久し振り』と応えた声が震えてやがる。
 オレの所に来たという事は、ノアに戻るという事なのか?
 だが、何でそんなに哀しそうな表情をしてるんだ…
 なあ…オレはお前に触れても良いのか?
 前みたいに抱きしめても良いのか?
 の真意が判らないオレは、何も喋ることができなかった。










 ティキが何も喋りません。
 口を堅く結んだまま私をじっと見ています。
 貴方は何を考えているのですか?
 ノアを裏切った私を、どう思っていますか?
 ねぇティキ…
 貴方なら私の望みを叶えてくださいますか?
 ティキの視線に耐えれなくなった私は、下を向きます。
 その瞬間、激しく風が吹き、花が舞いました。
 そう言えば…ティキと初めて逢った日も、花が舞ってましたね。
 初めてティキと出逢った場所で全てを終わりにする。
 何だか運命みたいです。
 思わず笑みがこぼれました。










 見つめ合ってた視線をが外し、下を向いた瞬間。
 強い風が辺りを吹きぬけた。
 その風に花びらが舞い踊る。
 初めてに逢った日も、こんなふうに花が舞ってたな。
 最初はエクソシストを憎んでたから興味を持った。
 だが、の綺麗な笑顔を見て、惹かれ始めた。
 それから10年。
 共に過ごし、を知るにつれて、好きになっていった。
 普段は軽いノリで言ってたが、あれは本気だったんだぜ。
 オレの中で、以外の女なんて考えられねぇよ。
 ………っと、不意にが笑みを浮かべる。
 1年前と何も変わらない、綺麗な笑顔。
 だがオレは、言いしれぬ不安を感じた…







「ティキ、私を殺してください」


 





 やっと…やっと伝える事ができました。
 私がエクソシストと知ってから、ずっと願っていたこと。
 それはティキに殺してもらうこと。
 この願いを叶えるためだけに、私は戦ってきたのです。
 アクマをこの手にかけてきたんです。








…今…何っつった…?」
「私を、殺してください」







 目線を上げ、真っ直ぐティキを見つめると、彼は動揺していました。
 いつものティキらしくない顔です。





ッ!!テメェ何言ってやがるっ!!」
「馬鹿な事を言うな!、早く術を解いてっ!!」







 背後でアレンと神田さんが叫んでいます。
 私がかけた術を必死で解こうとしているのが、イノセンスを通して伝わってきました。
 ですが、邪魔させるわけにはいきません。
 望みの叶う、最初で最後のチャンスなのですから。
 私は呆然としているティキの手を取り、胸元へ持って行きました。
 そこはイノセンスが埋まっている場所。
 悪夢の元凶がある場所。
 ………もしも、私が適合者ではなかったら。
 ノアの皆様の所へ…ティキの元へ帰れたのでしょうか?
 何て…今更考えても仕方ないですね。
 私は償いきれないくらい、愛する家族を裏切ってきたのですから。







「ティキ、私のここにイノセンスがあります。貴方なら…破壊できますよね?」
「そんな事をしたら…、お前が…」
「構いません。ずっと願ってた事なんです。
 イノセンスに選ばれてしまい、エクソシストになった時から…愛する人の手で殺してもらおうって」








 教団の人達は殺してくれない。
 イノセンスが守っているため、自分で死ぬ事もできない。
 残る手段は、イノセンスを破壊できるノア一族か伯爵様に殺してもらうしかありません。
 だったら私は、愛する人の手にかかって死にたい。
 だから…ずっと、ずっと待ってたんです。
 ティキと再会できる日を。
 そして再会した時、ティキが躊躇いなく私を殺せるように…
 裏切り者として簡単に殺せるように、エクソシストとして頑張ってきたんです。
 お願いです…







「イノセンスと共に殺してください」







 綺麗な顔で残酷なことを言う
 オレがお前を殺せるはずねぇだろ?
 何だよ、オレなら殺せるって…
 確かにお前はエクソシストとしてアクマを破壊してきた。
 オレ達と対立する立場にいた。
 だがっ!!それが何だって言うんだっ!!
 オレはっ!オレはお前が無事でいてくれただけで良いんだ!
 他に何も望んじゃいねぇよっ!!
 それに、『愛する者の手にかかって死にたい』って…
 こんな時に言うなんて卑怯だろ…
 なぁ…オレはが苦しくない生き方を選んでほしいと、ずっと願ってきた。
 だがこの1年は、お前にとって苦しい事ばかりだったのか?
 死を選ぶほど、辛いものだったのか?
 そうだとしても…







「オレに殺せるはずないだろ…」
「どうして?貴方の能力を使えば簡単なはずですよ?
 私の体内に手を挿れ、そして触れたいと思うだけ。それで私の全ては終わります」


 
 





確かに、の言う通りやればオレはを殺せるだろう。
 だが心はそれを拒否している。
 愛する人をこの手にかける事なんてできねぇよ。
 ………いや、まてよ…もしかしたら…
 ある一縷の望みをかけて、オレはの体内へ手を挿れた。
 イノセンスの場所を付きとめ、軽く指先で触ってみる。
 これだったらいけるかもしれねぇな。







、これからオレが何をしても許してくれるか?」
「はい。ティキのする事でしたら。でも…一体何を?」
「お前の体内からイノセンスだけを取り出し、破壊する」
「そんな事ができるんですか!?」
「あぁ…さっき触って判ったんだが、の中にあるイノセンスは、
 まだ完全にお前と同化していない。確率は低いが、やってみる価値はあるんじゃねぇか?」

 





私の体内からイノセンスだけを取り出し、破壊する。
 そんな事が本当にできるのでしょうか?
 もし、それが出来たら私はノアの皆様の所へ戻れますか…?
 ………いいえ、やはり戻る事はできません。







「ティキ、例え私が生き残れたとしても『家』には帰れません。
 私は裏切り者ですよ?この手でアクマを破壊してきたのですよ?」
「んなこと関係ねぇよ。千年公もロードも、の帰りを待ってんだ。
 もちろん、オレもに帰ってきてほしい。また前みたいにと暮らしたいんだよ」







 伯爵様やロード様達が…私を待っていて下さってる?
 裏切っていた私を、許してくださるんですか…?







「ティキも…私が帰って良いと思いますか?」
「当たり前だろ。つか、帰ってこい」







 ティキがそっと抱き締めてくれました。
 1年振りの、愛おしい人の腕の中。
 まさか、またこのぬくもりを感じることができるとは思いませんでした。
 嬉しくて、切なくて…涙があふれてきます。
 ティキはその涙を、指でそっと拭ってくださいました。







「後はの気持ち次第だ。お前はどうしたい?」







 私…私は………







「帰りたい…ノアの皆様の所に…ティキの元へ帰りたいですっ!!」
「なら決まりだな。、イノセンスを取り出す時、苦しいかもしれない…」
「大丈夫です。ティキ達の元へ帰れるなら、どんな苦しみも耐えれます」
「そうか。いい子だ」







 ぽんぽんと頭を撫で、優しい笑顔を見せてくれました。
 その笑顔だけで、私は耐える事ができます。
 ティキは私の胸元に手を持って行きました。







「ヤメロっ!!」







 不意にアレンの声が聞こえます。
 振り向いてみると、必死な顔をしたアレンと目が合いました。
 神田さんも、術を振り払おうと必死です。







!!テメェはエクソシストだろっ!」
「そうですよ!貴女は僕達の大切な仲間です!!だからやめてくださいっ!」






 仲間…そうね。仲間だったわ。
 ずっと憎んでたエクソシスト。
 その思いは今も変わらないけれど、貴方達の事は嫌いじゃなかった。
 それ以上にティキ達が大事なんです。







「二人とも、ごめんなさい」
!やめてくださいっ!行かないでっ!愛してるんだ!!」
「アレン…!?」
「ずっと…ずっと好きだった。
 だからあの街を離れなくちゃいけなかった時は哀しかったし、再会できた時は嬉しかった!
 想いの深さなら負けてない!」






 いきなりのアレンの告白。
 驚きました。まさかアレンがそんな小さい頃から私を好きでいてくれたなんて…
 でも、私が好きなのは、たった一人。
 ティキだけなのですから。







はオレの恋人だ。オマエ等エクソシストなんかに渡すかよ」







 そういった瞬間、ティキは私の体内に手を挿れてきました。
 彼の能力を使って、私の体内には一切触れず、イノセンスだけ触れます。







、良いか?取り出すぞ」
「はい」







 ティキがイノセンスを掴み、力を込めました。







「あ…ああぁぁっぁあああぁっぁあ!!!」







 激しい痛みが体中を駆け巡ります。
 痛い、熱い、冷たい
 よく判らない感覚が私を襲いました。
 焦点の定まらない目で最後に見たのは、愛しい人の顔でした。










 の体内にあるイノセンスを掴み、体の外へ取り出そうとする。
 その瞬間、の悲鳴が当たり一面に響き渡った。
 倒れそうになるの体を方腕で支え、オレの腕の中に閉じ込める。
 時間をかけてゆっくり取り出すのは、かえって酷だな。
 一気に取り出すか。
 勢いよくの体から手を引き抜いた。
 手の中を見てみると、元凶になったイノセンスが未だ輝いている。
 …コレの所為でが苦しんでたと思うと、反吐が出るくらいムカツクな。
 オレは掌に力を込め、イノセンスを握りつぶした。
 パキンと音を立て、イノセンスが粉々になっていく。
 は…気を失ったか。
 無理もねぇな。一刻も早く家に連れて帰り、休ませてやろう。
 を抱きなおし、家への扉を開けようとした…が。


 ヒュッ


 オレに向かってきた日本刀を、寸でのところでかわした。







「テメェ…を置いていけ」
は渡しません。たとえイノセンスを破壊されても、は僕達の仲間だ」







 チッ。どうやらイノセンスを破壊した所為での術が解けたらしい。
 イカサマ少年達がオレの前に立ち塞がった。







「オマエ等もしつこいな。が帰りたがってるのはノアだ」
「っ!?は…人間ですよ」
「少年、オマエがオレ達をどう思ってるのかは知らねぇけどさ、オレ等も人間だぜ?」







 オレ等が超人に見えるのは、お前等が弱いだけなんだよ。
 それに、やっと戻ってきた温もりを、もう二度と手放すものか。







「四の五の煩せぇんだよ。テメェを倒せばを取り戻せる」
「そうですね。を返してもらいますよ」
「「イノセンス発動」」







 二対一か。オレにとったら余裕だが、今は早くを休ませてやりたい。
 オレは箱舟を使い、レベル2のアクマを呼び出した。
 1年前、に助けられたあのアクマだ。







「おい、あの時の借りを返してこい」
「畏まりました」







 エクソシストをアクマにまかせ、オレは箱舟の入り口に向かって行く。
 背後で奴等が動いたが、アクマがその進行を止めていた。







「絶対に…絶対にあなたを倒して、を取り返すっ!!」







 アレン・ウォーカーの声を聞きながら、オレは箱舟の中に姿を消した。










後書き
本音を言えば、この展開にするのを迷いました。
イノセンス、壊しても良いのかな?って…
だからさんをエクソシストにしない話も考えてたんですよ。
でも…ティキとの絆を深めるには、この方が良いかな?と思い、
話を進めました。
今までの私の話とは違う作風(?)なので、賛否両論かもしれませんね。
それでも、気に入っていただければ幸いです。

さあ!次でいよいよ最終話です。
気合入れて書きますよ!


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