の部屋へやって来た神田は、彼女を見て眉をひそめた。
「、錬金術の研究をする前に髪を乾かせ」
そう、はお風呂上り後、髪を乾かさずに机に向かっていたのだ。 この季節、髪を乾かさずにいたら風邪を引いてしまう。 エクソシストたる者、いつ任務が入っても良いように体調を整えておかねばならない。 何より神田は大切な人が風邪で苦しむのが嫌だった。 けれども肝心のは、生返事を返すだけで髪を乾かそうとしない。
「。おい、聞いてんのか?」 「ん〜…?うーん………」
錬金手帳と隣に置いてある紙を交互に見ながらペンを走らせる。 もしかして、神田がいるのにも気付いていないのかもしれない。 一向に己を見ないに痺れを切らし、神田は彼女の肩を叩いた。
「へ?うぁ!?神田じゃない。いつの間に来たの?」
やはり神田が部屋に居たのには気付いていなかったようだ。
「ふーん…俺を無視して研究に熱中するとはいー度胸じゃねぇか」 「や…あの…神田さん……その笑顔、怖いのですが(汗)」
黒いオーラを背負いつつにしか見せない笑顔を浮かべる神田。 そんな彼の様子に、は物凄く嫌な汗が背中を流れた。 このままいつものパターン(ベッドへ連行)かと思われた…が! 神田はの肩に掛けてあったタオルを取り、それでの頭を拭き始めた。 「ったく…研究する前に髪ぐらい乾かせ」 「だって気になってた疑問が解けかけたのよ」 「だってじゃねぇよ。風邪引くだろ」 「ふふ。平気よvこう見えても体が丈夫なの知ってるでしょ?」 「だからって、風邪を引かない訳じゃねぇだろ」 「だーいじょうぶよ♪神田は心配性なんだから」
そんな二人のやり取りが行われながら、その日の夜は更けていった。
† † † † †
「(……………あれ?頭が痛い。それに体もダルイわ……)」
翌朝、は目覚めと同時に体の不調を感じた。 重たく感じる腕を持ち上げ、そっと額に当ててみる。 やはり熱がある。 微熱程度だが、それでもいつもよりは高い。
「………もしかしなくても風邪…よねぇ」
誰もいない部屋で小さく呟く。 ベッドで横になりながら思い出すのは、神田との昨日のやり取り。 あれだけ神田に『大丈夫』と豪語したのだ。 今更『風邪を引きました』なんて言いにくい。 幸いにも風邪は引き始め。酷くなる前に医務室で薬を貰ってこよう。 そう考え、神田が部屋に来る前には自分の部屋を出る。 なるべく神田に会わないようなルートを考え、最初の角を曲がったが…
「お…おはよう、神田…」 「おはよう。どこへ行くんだ?」
ばったりと神田に会ってしまった。 必死で誤魔化そうとする。
「あああああのね、これからコムイさん主催の『コムリン生体研究発表会』があるの。
言ってる事が無茶苦茶だよ、さん……… コムリンの『生体』って変じゃないか? そもそもそれを聞いて、今後の活躍はあるのだろうか。 神田も明らかに疑いの眼差しを向けている。 その視線を直視できないは、視線を泳がせた。 ますます疑惑を深めている事にも気付かずに――
「…俺の目を見ろ」 「………」 「見れない理由でもあるのか?疚しい事が無いなら、俺の目を見れるはずだろ」 「………………」
だんだん黒いオーラを醸し出す神田に、はどうやったら逃げられるか考える。 が、次の言葉での思考はストップしてしまった。
「そういえば…心なしか顔が赤いな。もしかして――」
神田が全てを良い終える前には踵を返し走り出した。 突然のの行動に、神田は舌打ちしながら追いかける。 の変な言動に、いつもより赤い顔。 更に自分の言葉を最後まで聞かずに逃げた。 これらを考えると、神田は疑問ますます深くなる。 もし風邪なら無理をさせる訳にはいかない。 を捕まえようとするが、スピード重視のに追いつくのは至難の業だ。 追いつくどころか、少しずつ離されている。 それでも錬金術を使って逃げないのは、不幸中の幸いだった。 風邪の所為で、そこまで思い浮かばないのだろう。 二人の追いかけっこが始まって数分。 何度目かの角を曲がった所で、二人は見知った三人に出会った。
「リナリー、アレン、ラビ!!ちょっとどいて!」 「リナリー、モヤシ!!を捕まえろっ!!」
いきなりの事に驚く三人。 が最初に我に返ったラビが一歩前に出る。
「よし!オレに任せるさ」 「ラビ!!てめぇは触んじゃねぇ!!」 「ひ…酷ぇよ…」
落ち込むラビの横で、を捕まえるリナリーとアレン。 何とか逃げ出そうとはバタバタ暴れるが、二人の力に勝てるはずなく。 暫く暴れた後、ぐったりしたように二人に凭れかかった。
「…?どうしたの?」 「何だかいつもより体が熱いわ。もしかして………」
不審に思ったリナリーは、手を額に持っていく。 思った通りの額は熱かった。
「!!あなた熱があるじゃない!」 「やっぱりそうか」
追いついた神田も、の額に手を当てた。 様子のおかしかったは、やはり熱があったのだと確信する。 とうとう知られてしまったは、バツが悪そうだ。
「熱って…大丈夫、?」 「うわっ!ホントだ。結構熱が高いぜ。今日は休んだ方が良いさー」 「大丈夫よ〜。ちょっと熱が高めなだけ」 「ちょっとじゃねぇよ。無理して走るから熱が上がったんだろ?」 「神田は心配性なのよ。私が丈夫なの知ってるでしょ?」 「駄目よ!今日は休まなきゃ駄目。ほら部屋に帰りましょう」
リナリーに促されて、は渋々部屋に戻る。 最後の抵抗に『大丈夫』と言い張ったが、四人に強制的にベッドへ入れられた。 テキパキと看病の準備をするリナリー。 神田はの症状を見る。 「それじゃ僕は薬を貰ってきますね」 「あ!それオレが貰ってくるな」
アレンを制し、ラビが立ち上がる。 ダダダダダと勢いよく走っていくラビだったが―― 何かを思いついたらしく、ダダダダダと勢いよく戻ってきた。
「で、オレは何の薬を貰ってこれば良いんだ?」 「…………ラビ、お前もう帰れ」 「ひ…酷いさー」 「酷いのはテメェだ。病人の前だぞ。静かにしろ」 「あ…悪ぃな、」
神田の言葉に落ち込むラビ。 相変わらずの二人に苦笑すると、はラビに症状を伝えた。
「気にしないで。解熱剤と頭痛薬を貰ってきてくれるかしら?」 「りょーっかい。大人しく寝てんだぞ」
今度は静かに部屋を出て行くラビ。 薬はこれで良い。あとは… 何かを考えた後、神田はリナリーにの世話を頼み部屋を出る。 残された三人はその行動に驚いていた。 神田が真っ先にの看病をすると思っていたのだから――
「珍しいわね…を私に頼むなんて」 「いつもだったら、自分でやるって言って、僕達を部屋から追い出すのに」 「神田………怒ってるのかしら?」 「「それは無いから大丈夫(よ)」」
アレンとリナリーは即座に声を揃えて否定する。 その言葉に安心したのか、はふわりと微笑んだ。 の綺麗な笑顔を見て、アレンだけでなくリナリーまでもが赤くなる。
「ごめんね、二人とも。心配をかけちゃって」 「う…ううん///気にしないでよ///」 「そうよ///私達の事は良いから、早く元気にならなくちゃね///」 「そうだ!僕フルーツを買ってくるね。は何が食べたい?」 「えっ!?そんなのアレンに悪いわ…」 「にはいつもお世話になってるからね。たまにはお返ししなくちゃ」 「お世話って…私何かしたかしら?」 「いつもお菓子を作ってくれるでしょ?僕、が作ってくれるお菓子が大好きなんだよ」 「ふふ。ありがとう。じゃあ…林檎が食べたいわ」 「了解。買ってくるね」
にっこり笑い、部屋から出ようとするアレンをは呼び止める。
「風邪が治ったら、またお茶会しようね」 「うん!楽しみにしてるよ」
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