クスコ〜サクサイワマン

[ サクサイワマン ]


[ クスコ ]

 リマから飛行機で約1時間。クスコ行は早朝出発便しかないため朝7時発の便に乗りました。

クスコ
夕暮れのクスコの街 夜のアルマス広場 屋根の上のサボテン
日が暮れる頃に山の上から写したクスコの街。 山も街も同一色でとても不思議な空間だった。 クスコのアルマス広場のカテドラル(左側)には、褐色のキリスト様が祀られている。 ここに描かれた『最後の晩餐』のメインメニューは、クスコ名物の「クイ(テンジクネズミ)」だった… 名物と言えどもさすがの私も食べる気はしなかった… 街の中を移動中に車がちょっととまった。ふっと横を見ると「なぬ?屋根からサボテン?」 慌てて写真を撮った途端、車が動き出した。写真が出来上がるまでちゃんと撮れているかどうか ちょっと心配だった…
サント・ドミンゴ教会の中庭
今は「サント・ドミンゴ教会」と言われているが、インカ帝国時代には「コリカンチャ」と呼ばれる 太陽の神殿だった。ありとあらゆるものが、黄金で造られ、または覆われ、きらびやかに輝いて いたらしい。中庭を囲む部屋は月・太陽・稲妻・虹・星などとなっていたそう。
ガイドのおばちゃんは、スペイン語なまりの 英語だったのでわかりにくかったけど、とてーも元気のいいおもしろい(ノリは大阪人っぽいかな?) おばちゃんだった。
サント・ドミンゴ教会の外壁
サント・ドミンゴ教会の正面側なのか側面側なのかはわからない…。
スペイン人がインカ帝国を滅ぼした際、神殿内の黄金をすべて持ち去り、そして建物上部を壊して、 残った土台の上に教会を建てた。しかし、クスコに大地震が起こった時、教会は崩れ落ちたが 土台の石組みはひずみひとつ起こさなかったらしい。ガイドのおばちゃんが、インカの石組みの精巧さを 熱く語っていた。
建物の上にクスコの旗(赤橙黄緑青紺紫)がたなびいている。 POLICIA(警察)と書かれたパトカーに乗ったポリス(エンジ色のベレー帽)もいる。(わかりづらいかな?)

 朝8時、標高3360mにあるクスコの街へ到着。
リマで予約していたオスタルのスタッフに迎えにきてもらい、オスタルに 着いてすぐ、コカ茶のサービスがありました。

 低地から高地へ急に行くとまず高山病にかかりやすくなります。 コカの葉は高山病に効くと言われ、ここアンデスでは、コカは合法的に 認められています。コカの葉っぱを口に入れ、噛むと口の中が少し マヒするらしいのですが、私達はラッキーなことに高山病にならな かったので、コカの葉っぱを噛まずにすみました。
でも、コカの葉っぱがそのまんま入ったお茶は何回か飲みましたが、 ハーブティーみたいでおいしかったです!

 クスコはインカ帝国の首都とも言われ、街は世界遺産となってい ます。

 この街に来て初めて、民俗衣装を身に付けた人々を見ました。 写真を撮りたくても、こっそり何気なく撮らないと、チップを取られてし まいます。チップで稼ぐために、観光客が必ず訪れる場所には民俗 衣装を着てリャマやアルパカといっしょにじっと立っている人を見かけます。

Fumi撮影  サクサイワマンへ行く途中に2〜3歳ぐらいの民族衣装を着た女の子がちょ こんと座っていて、あまりにもかわいらしかったので、Fumiが写真を 撮りました(右写真)。Fumiが「笑ってー」と言ったら、側にいた母親が 「笑いなさい!」と子供に向かって一言。ニコっとしたところをパチリ。 と同時にちっこい手をすっと出してチップを要求。こんなちっちゃい子 でも生活の為に働いていると思うと、胸が詰まります…

 クスコに来て、あれ?っと思ったのが、パンがなんか違う…。朝食で 出されるパンも、街で子供が持って(売って?)いるパンも同じなので、 クスコでは一般的なのでしょう。でも、初めて食べるパン…なんと説明 いたしましょう? 直径10cmぐらいの円形で、厚さが3cmほどの平べっ たい形をしていて、ふわふわと言うより、ぱさぱさにちかい食感で、 でも味がしっかりあって…私は結構好きでした。
お昼にサンドイッチを頼んだら、そのパンを横半分に切って、クスコのチーズ (これまた独特な味が…私はあまり好きではなかった)などを挟んであ りました。えーと、実を言うと、チーズの印象が強くて、他に何が挟ん であったか覚えてないです…。

 最初の日の夜は、アルマス広場の側にあるクスコ料理の店「Pucara」へ 行きました。パパ・レジェーナ(コロッケみたいなじゃがいも料理)がとてーも とてーもおいしくて感動いたしました!

 この時期、ペルーは冬。アンデスの山岳地帯は毎日天気がよく、昼間は 20℃前後で日差しが強く半袖でも過ごせます。しかし、夕方日が陰ると 一気に冷え込み、夜は氷点下の世界。セーターなしでは過ごせません。
もちろん、部屋には暖房はなくセーターを着たまま薄い毛布2枚にくるまっ て寝てました。





クスコ〜サクサイワマン TOPへ  ペルー紀行 TOPへ



[ サクサイワマン ]

サクサイワマン
サクサイワマンへ行く途中にて
中央部に見えるジグザグの壁がサクサイワマン遺跡。遺跡の向こう下に クスコの街が広がる。
サクサイワマン遺跡
広場から撮ったサクサイワマン遺跡。壁は約360m続く。 下側の石は一つが高さ3mぐらいあった。写真中央右よりに小さく人の塊がみえるが、 人と比べると石の大きさがわかると思う。壁の上のほうへと登ったが、 ちょっと階段を登るだけでぜーぜー…息苦しい…
 クスコのアルマス広場から歩いて30分ぐらいの高台にあるインカ時代の 要塞跡、サクサイワマン遺跡。
巨石を3層積み上げたジグザグの壁は なんと約360m続いています。クスコの街を守る要塞だけあって、壁の 上の方に立つと街がよく見えます。

 ここの広場では、毎年6月24日に南米三大祭りのひとつ"Inti Raimi (インティ ライミ)=太陽の祭り"が行われ、インカ時代の儀式が再現されま す。
私達がペルー(リマ)へ着いた日が6月24日の早朝だったので、それ から、クスコへ行こうと思えば行けたのですが、なんせ南米三大祭りの ひとつ!飛行機も、宿泊も早くから満杯状態だそうで、最初から行く のを諦めていました。でも、1週間前、ここであってたのか…と感慨に ふけることは出来ました…。

 そのあと、インカ帝国の祭礼場だったと言われているケンコー遺跡 へ。岩を削って造られた遺跡で、生けにえの台も残っていました。

 それから、プカプカラ遺跡へ。赤い要塞とも呼ばれていて、壁の石に 赤い色が残っていました。この要塞は、クスコへ出入りする者の見張りと同時に、沐浴場であるタンボ マチャイの見張りもしていたそうです。

 プカプカラ遺跡の側にあるタンボマチャイ遺跡は、インカ時代の 沐浴場といわれ、湧き出る水は聖なる泉と呼ばれています。年中(雨季、乾季問わず)、常に同じ量の 水が湧き出ており、未だに水源がわからないそうです。

 タンボマチャイ遺跡に着いたときは、日も沈み、寒くて凍えそうでした。早速、買ったばかりのアルパカの セーターを着て、タンボマチャイをバックにFumiに写真を撮ってもらいました。アルパカのセーターは絶対買うつもりだっ たので、日本からは冬物は何も持ってきていませんでした。しかし、1週間着つづけた(寝る時も)後のセー ターは、乾燥した砂ぼこりにまみれ、洗えば水が茶色く濁りそうなくらいになってました。

サクサイワマンからの景色 サクサイワマンへ行く途中にて タンボ・マチャイ遺跡
この写真は上の写真と同位置で撮った要塞の左端側。 石の壁の向こう側がクスコの街。 隣の丘の上には、リオデジャネイロを思わせるような像が街を見下ろしていた。 サクサイワマンへ行く途中に出くわした光景。アルパカ(?)の子供を抱っこして女の人が歩いていた。 いまだにアルパカとリャマの区別がつかない…。車の中から撮った1枚。 聖なる泉と呼ばれているタンボマチャイ遺跡。 水源不明の湧き水は、おいしいと言われている。しかし、ガイドのおばちゃんが、 飲んでもいいが、後は保証しないと言っていたので、飲むのをやめた。

クスコ〜サクサイワマン TOPへ  ペルー紀行 TOPへ