『七夕に願う』
<登場人物>
神山聡:若草山の中腹で行き倒れていた記憶喪失の青年。現在、若草山の中腹にあるログハウスで家事全般を担当している。熱血で暑苦しい男。
立麻琴菜:聡を助けた人であり、ログハウスの所有者。完全な世捨て人で、表情の変化が欠落している。しかし、感情はある様子。妙に子供っぽいところがある、紛れもない変人。
虹野印刷所:聡が勤めている職場。
櫻町商店街:虹野印刷所の裏側にあり、櫻町のメインストリート。
七夕という事で、山で竹を伐採し、持って帰って来た。正直、『面倒くさい・・・』と思ったが、家の主の命令である以上、断れない。琴菜の良く分からない芸術作品が散らかっている居間の端っこに竹を設置し、『どんなものだ?』と働きを監視していた、琴菜に聞いた。
「なんで竹なんか取ってきたの?」
殺していいか、この女。
聡は、心の中で毒吐いた。
「お前が取ってこいと・・・! 七夕だから、短冊でも飾るつもりなんだろ? そうだよな?!」
「なにを怒っているの? 冗談よ。短冊五百枚ぐらい作って。これ、冗談じゃないから」
殺して埋めていいですか?
もう一度毒吐く。毎度の事だが、この変人の口はもう少しまともなことを語れないのか――しみじみとそう思う。
「自分で作れ! てか、五百枚ってなんだ! 誰がそんなに書くんだよ! お前か? お前が、五百個も願いを書くのか? 欲張りすぎだろう、いくらなんでも」
「私が願うのは、世界平和・・・」
「冗談はそれぐらいにしとけよ?」
「世界平・・・」
「いや、ないから」
「・・・聡なんか、死ねばいい」
「それは俺の台詞だ!!」
肩で息をする。不毛だと分かっているが、突っ込まずにはいられない自分が、聡は悲しかった。
「別に願いなんてないけど、季節は感じていたいじゃない?」
琴菜は、笹の葉を撫でながら突然真面目に語りだす。表情に変化がないため、声音で判断するしかないが、正直、真面目なのか演技なのか――聡にはいまだ判別がつかなかった。
「敢えて願うならば、聡の幸せかしらね」
「・・・自分の幸せでも願ってろよ」
「私はもう幸せだもの」
急にしんみりとなってしまった。相変わらず、何を考えているのか分からない琴菜。聡は、溜息を一つ吐いて、部屋を後にした。
「聡ぃーーー!! 貴様、この私の顔に泥を塗るつもりか!?」
次の日の朝。出社した聡を待ち受けていたのは、どこから持ってきたのか、正真正銘のドロ団子。全速力で投げつけられ、一瞬視界がロストしてしまう。
「なんのことか分からないんですが、社長」
聡は、不屈の精神で、ドロ団子を投げつけてきた職場の社長に訪ねた。虎でさえ怯みかねない鋭い眼光が、聡を射抜く。なんだか知らないが、滅茶苦茶怒っていることだけは分かった。
「あくまでシラを切るつもりか・・・くそったれが、お前を信じた私がまるでこれでは馬鹿みたいではないか」
なにやら悲観して、絶望もしているようだ。しかし、いくら考えても、彼女をこれほど苦しませる事をした記憶がない。困り果てている聡に、社長は青い短冊を取り出し、聡の目の前に突き出してきた。
「証拠は挙がってんだよ!!」
『俺、女になりたいんだ。 by神山聡』
と、短冊には書いてあった。聡の目が、文字通り点となった。
「な、な、な・・・なんじゃこりゃぁ!!」
「それは私の台詞じゃ! おうおうおう、女になりたいか? あぁ、そうかそうか。なら、私が一撃で女にしてやるから、とりあえず、足を広げてろや!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は、そんなもの書いた覚えがない! いや、なに足を振りかぶって・・・うおっ!? あ、危ねぇ! やばい、殺される・・・!!」
聡は逃げた。全力で逃げた。そのおかげで、辛うじて命もブツも失う事はなかったが、色々と大切なものをごっそりと無くしたような気分になった、聡であった。
「琴菜ぁーーー!!」
帰宅するなり、聡は大声を上げた。顔は擦り傷だらけ。腕と足は打撲だらけ。満身創痍の聡。憎しみの炎を双眸に宿し、部屋の中を見渡すが、肝心の琴菜がいない。
あの変な短冊は、どうやら商店街にぶら下げられていたらしい。こんなタチの悪い嫌がらせをするのは、世界でただ一人、立麻琴菜という名の変人のみ。見つけ次第、メッタメッタにしてやる! と意気込んで帰って来たのだが、さすがにそう易くはないらしい。
琴菜の自室や、風呂場、トイレなんかも捜索し、結局居間へと戻ってきた聡は、テーブルの上に一枚のA4サイズの紙が置いてあることに気づいた。
『探さないでね。 by琴菜』
「そうか、探さないでくれか・・・探し出してブチ殺す!!」
A4の紙を引き裂いて、聡は外へと出て、山を登りだした。夜通し、不気味なおらび声が響き渡り、若草山の麓の住民を心の底から怯えさせたとなんとか。
結局、一週間口を聞かない――程度で済ませてしまう聡は、優しさにあふれているのか、ただ飼いならされているのか。
なんだかんだと言いつつも、奇妙な同居生活は続いていくのである。
END
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