『照れ屋のサンタクロース』


 2005年 12月――

 軽やかな音楽と共に、イルミネーションが町を(いろど)る。寒さの中に、幸せの温かさを感じる――クリスマスが、到来しようとしていた。

「・・・クリスマスか」

 数馬はぼそりと、眩い輝きに目を細めつつ、呟く。静かな黒い海を(たた)える彼の瞳には、いままでのクリスマスの切なくて、重たい思い出が(かげ)る。彼の日常は、戦いの日々。大切な妹を救うために、彼は橘家が奪った数だけの命を救う事を誓った。そんな彼には、クリスマスなど無縁のように思えるのだが――妹が余命幾ばくもないという事実が、彼の考えを変える。

「なにかプレゼントを・・・」

 百貨店のショーケースを覗き込む。衣服が、華やかに飾られている。妹に似合うだろうか――そう思ったが、いまいち分からない。十一年もの間、離れ離れになっていたのだ。数馬の中の妹は、今でも小さな女の子である。

「なにをやったらいいんだ・・・?」

 ショーケースから視線を外して、溜息を一つ。まったく分からない。どうしたものかと途方に暮れていたとき――。

『そういう時は、妹を頼れ』

 自分の中から声が響いてきた。契約を結んでいる素鳴男(すさのお)の声だ。

「妹?」

『ほら、側にいたじゃないか。聡明そうな顔立ちの女の子が』

「あっ、櫻か。そうか、その手があったか」

 椿には、血は繋がっていないが妹がいる。彼女なら、椿の嗜好も良く理解しているはずだ。

『あの子は、中学生ぐらいか? 一緒に買い物か。ふむ、さすがはシスコンにしてロリコンを極める男だ』

「・・・よし。そのまま俺の中にいろ。本体を切り刻んでくる」

 素鳴男は、『神』というカテゴリーに含まれる生命体。彼らは、人と違って精神体――ようは、肉体がなくても長い間活動できる。その事によって、肉体を持っていては超えられない『壁』を超え、世界の裏側である『時空の狭間』へ行き来することができるのだ。しかし、現実世界で動き回るには肉体があったほうがいい。そのため、彼らは己の(うつわ)を現実世界に用意している。素鳴男の肉体は、今、数馬が住んでいるマンションの一室の棺おけの中に安置されていた。

『ぬははっ、その前に逃げ出してやるよ』

「別にいいぜ。日本神族会に通報してやる」

 日本神族会とは、素鳴男がかつて謀反(むほん)を起こした八百万(やおよろず)の神々が所属する組織である。

『兄弟、冗談は程ほどにしようぜ』

「お前が言うな!」

 独り言を叫ぶ数馬の周りは、何事かとざわめく。それに気付いた数馬は、ジャケットの襟を立てて顔を隠し、そそくさとその場を後にした。

「素鳴男・・・お前、今日メシ抜きだ」

『うわ、大人げねぇ・・・』

 そんなこんなで次の日の夕方四時頃。

 数馬は、櫻が通う櫻中学の――校門が見える民家の屋根の上にいた。何故こんな所にいるのか。最初は、校門前で待っていたのだが、途中で警察の職務質問にあい、危うく不審者として連れて行かれそうになったからだ。

『未成年者略取の前科持ちだもんな』

「持ってねぇよ!」

 素鳴男は、ここぞとばかりに笑って馬鹿にする。つくづくこんな阿呆な神様と契約してしまったことを、後悔していた。

『いや、ほら・・・なんだっけか。そう、十麻だ。よく拉致していただろう?』

 十麻。かつて数馬が身を寄せていた家の子供の名前だ。

「誤解を招く発言ばかりで楽しそうだな」

『おう、楽しいぞ』

「もういいから黙れ。宿なし。姉貴に言いつけるぞ」

 姉貴とは、日本神族会の長である、天照(あまてらす)大神を指す。

『姉様は関係ねぇ!』

「なら、頼むから黙れ」

 そんな話をしていると、下からガラガラという窓が開く音が聞こえてきた。慌てて数馬は、身を屈めた。

「・・・声がしたような気がしたんだけど」

 窓の閉まる音が聞こえて、ようやく安堵の溜息を吐く。

「もう嫌になってきた」

『ストーカーも楽じゃないな』

「全てが終えたら、お前を狩るのは俺だ。覚えておけ」

 毒突いた所で、素鳴男の態度が変わるわけがないが、それでも言わないとやってられなかった。

 待つこと、二十分ほど。ようやく学校から出てくる櫻の姿を見つけることが出来た。周りに警察がいないか確認してから、数馬は校門前へと向かった。

「・・・数馬さん」

 櫻が驚いた顔をしている。数馬は、慣れない笑顔を浮かべて彼女を迎えた。

「よっ、ちょっとさ、頼みたい事があってさ」

 櫻は、じっと数馬を見ている。そして、びしっと指差した。

「あっ、不審者」

「誰がだ!」

 条件反射で叫んでしまった。慌てて口を塞ぐ数馬を、櫻は苦笑しつつ見つめていた。

「先生が、不審者の情報が出ているって、言っていたから。場所、変えましょう。沙夜も、悪いけど付き合ってくれる?」

 沙夜は、青い瞳の線の細い少女。櫻の言葉に、嫌な顔一つせず、控えめに頷いて見せた。

「あっ! 貴様、さっきの奴だな!」

 移動しようとした矢先、数馬に職務質問をした警察官が戻ってきた。

「げっ」

 せっかく櫻に会ったというのに、逃げなければならないのか。そのこだわりが逡巡(しゅんじゅん)となり、数馬の動きを致命的に遅らせた。にじり寄ってくる警察官。その間に、すかさず櫻が割って入ってきた。

「この人は、私の兄です。口下手なもので、申し訳ありません」

 櫻の礼儀正しい態度と言葉遣いに、警察官もたたらを踏んだ。

「そ、そうなのか。せめて、名前だけでも教えて欲しいのだが」

 櫻が目配せする。数馬は彼女の言いたいことを理解して、仕方ないと溜息を吐いた。

「橘数馬です。確認を取りたければ、橘家に連絡してください」

「橘家・・・! そ、そうか。それは悪いことをしたな。まったく、最初からそう言えばいいのだ」

 驚き、そしてぶつくさと文句を言いながら警察官は去っていった。橘家は、関わりたくない一族ナンバーワンなのだ。

「すまない。助かった」

「出来の悪い兄をフォローするのには、慣れていますから」

 微妙に棘がある言葉に、数馬は苦笑するしかなかった。彼の中では、素鳴男がゲラゲラと笑っていた。

 場所を変えて、大木公園の守り木の下。数馬は、二人に缶コーヒーを奢ってあげた。

「で、頼みたい事とは?」

 ベンチに座った櫻が聞いてくる。沙夜もその隣に座っており、数馬は一歩離れた所で立っていた。

「いや・・・もうすぐクリスマスだろう? 椿の・・・椿が欲しがっていそうなものを教えて欲しいんだ!」

 恥ずかしいので一気にまくし立てる。櫻はそんな彼の言葉を包むように、優しく微笑んだ。

「沙夜、土曜日時間割ける?」

「うん、大丈夫」

「なら、土曜日に天妙で落ち合いましょう」

「すまない」

 数馬は、ほっとした表情でそう答えた。

 

 土曜日、天妙にて――。

 指定されていた駅前のコンビニの前で、数馬は櫻たちと落ち合う。

「すまない。時間を割いてくれて」

 数馬が待ち合わせ場所に来てから五分もしないうちに、櫻と沙夜はやってきた。待ち合わせの時間よりも、十分近く早い。

「身内を大切に思う気持ち、分かりますから。私も、兄さんのプレゼントを買わないといけなかったし」

 ここでの『兄さん』とは、数馬のことではない。櫻にとって唯一血の繋がった家族のことだ。

「私も由紀子さんにプレゼントを買わないと」

 それぞれに、それぞれの目的があるようだ。通行人の邪魔にならないように、コンビニの壁に寄る。数馬は、さっそく話を切り出した。

「さて、一体なにをプレゼントすればいい?」

「・・・姉さん、結構お洒落です」

 少し考えて、櫻が答える。

「服か?」

「でも、私はお洒落に疎いから・・・その、服だと力になれない」

「・・・そもそもサイズが不明だしな。なら、アクセサリーか」

「姉さん、アクセサリーをつけていないから・・・何か、意味する所があるかもしれない」

「避けたほうがいいか」

 またまた少し考え込む。今度の黙考は、少し長い。時間的に、二分弱だろうか。櫻は、ある事を思い出す。

「・・・意外に、可愛い物、好きですよ。携帯に、犬のストラップを付けていて、嬉しそうに眺めてました」

「へぇ・・・そういう所は、昔から変わらないのか」

 まだ椿が小さかった頃の事を思い出し、数馬は優しく笑った。

 

 数馬はともかく、櫻も沙夜も、ぬいぐるみを専門に扱う店なんてものは、知らなかった。結局、百貨店をしばらくうろつく事に。なんとかそれっぽいお店を発見する事ができたが、問題は山積していた。

「・・・なぁ、馬、羊、ワニ、兎、猿、犬、猫、どれがいいんだ?!」

 種類の多さに、数馬は錯乱していた。無駄に叫ぶものだから、恥ずかしいと櫻が袖を引っ張る。

「あ、このナマコ可愛い」

 ただ一人、沙夜だけはマイペース。彼女が持っているのは、デフォルメされたナマコではなく、リアルな姿のナマコ。リアルにナマコである。人の価値観はそれぞれであるが、櫻も数馬も、さすがにそれを『可愛い』とは思えなかった。

「あの子の感想は聞かないほうがいいです。いつも、一本か二本ぐらい、他人とネジの数が違いますから」

「そ、そうなのか。さすが、サトリの後継者だな」

 サトリの後継者とは、沙夜の別称のようなものである。価値観が変な人の総称ではない。数馬の言葉は全く的外れであるが、そんな言葉が口に出るほど、彼も困惑しているのだろう。

「確かにこれだけあると悩みますね。ここは、数馬さんが純粋にこれが一番いいと思ったものを買うのが、無難かもしれません」

 そんな中でも、櫻だけは器が違うのか、それとも慣れているのか、あくまで冷静な姿勢を貫く。よくよく出来た子だと、数馬は内心感心していた。

「俺が一番いいと思ったものか。そんなんでいいのか?」

「こう言っては身も蓋もないかもしれませんが、プレゼントで肝心なのは、プレゼントする『人』とその人の『思い』です。数馬さんからのプレゼントなら、よっぽどアレな物でもない限りは、大丈夫かと思いますよ」

「アレな物・・・ナマコとかか?」

「あぁ・・・ナマコも含まれると思います」

 櫻は苦笑していた。

「よし! 俺のセンスを見せてやる」

「あ、そう言えば・・・姉さん、数馬さんからもらったオルゴール、まだ大切にしていますよ」

「そ・・・そうなのか。あんな物、まだ・・・そうか」

 数馬が橘家を出る少し前に、椿にオルゴールをプレゼントしたことがある。もう十一年前の話だ。それをまだ大事に持っていることに、数馬は嬉しさと恥ずかしさがない交ぜとなった。

 櫻の情報を下に、さっそく数馬は品物を選ぶ事にした。あれこれと一時間ぐらいは、店内を練り歩いただろうか。数馬は、オルゴールが内蔵されているデフォルメされた、愛らしい容姿の熊のぬいぐるみを選んだ。

「これなんてどうだ」

「いいと思います! 姉さん、絶対喜びますよ!」

 数馬の選んだ品に、櫻も納得した。彼女のお墨付きをもらえれば、まさに鬼に金棒である。数馬は、その熊のぬいぐるみの他に、手のひらサイズの熊のぬいぐるみも手に取った。

「それもプレゼントするんですか?」

「いや、これは別口。しなくてもいいかもしれないが、せっかくだからな」

 数馬は、優しい顔をしていた。

「ナマコ、可愛いですよ?」

『それは結構です(×2)』

 この時ばかりは、数馬と櫻の声が重なった。

 

 ぬいぐるみを買い終えて、店を出る。可愛いと言いつつも、沙夜はナマコを買わなかった。買うとなると、また別の問題になるのだろう。

「あの」

 ほっと一安心していた数馬に、櫻が声をかけた。

「どうした?」

「えと・・・出来れば私の買い物にも付き合ってもらえませんか? 男の人が、喜びそうな物なんて・・・分からなくて」

「晃君のか」

 それは、なんの他意もない確認の一言だった。しかし、櫻はその一言を勘繰ってしまった。

「あ・・・もしかして、兄さんと戦ったことが・・・」

 他意がなかっただけに、最初、櫻が言う事が理解できなかった。しかし、すぐに櫻が何を言いたいのか、理解するに至る。

「奴らと揉めたことはあるけど、幹部連中と絡んだことはない。すまない。妙に含ませたように聞こえたみたいだな。全く関係のないことで、思うことがあって」

 櫻の兄、藤堂晃は、かつて特一級過胎組織――ようは、とっても悪い組織である、鬼神会で、死大王、幹部として働いていたのだ。数馬も、さまざまな仕事を請け負っている。櫻は、かつて敵同士だったのではないかと、心配したのだ。

「思うこと?」

「一つは、俺のような影に暮らす者の意見が参考になるのか。二つ目は、晃君が特殊な環境で育っていたのを知っているから、一般的な常識が通じるのか。そんなことを考えたんだよ」

「・・・気を遣ってくれたんですか。ありがとうございます。でも、私は数馬さんの意見が聞きたいです。あんな素敵なぬいぐるみを選べる人だからこそ、聞きたいです」

「そ、それを言われると恥ずかしいな。分かった。協力してくれたからには、俺も恩を返さなきゃな」

 櫻は安心したのか、優しく微笑んだ。

 数馬と沙夜と一緒に、晃へのプレゼントを選び、その後は沙夜の由紀子へのプレゼントもまとめて選んだ。

 数馬は、そんな中密かに思っていた。昔、助ける事ができなかった人のことを。彼女と望んだ、除霊屋という組織に縛られない、普通の生活。

「やっぱりいいもんだよな・・・」

 この時ばかりは、素鳴男も妙な言いがかりを付けたりはしなかった。

 彼は、良くも悪くも、根っこからの同士なのだ。

 

 クリスマス当日――。

 数馬は、橘家の長い石段の下で椿の帰りを待っていた。家のほうに行くと、鬱陶(うっとう)しい祖父が出てくる。せっかくのクリスマスを、あのいかつい顔で邪魔されたくなかった。

 時刻を確認すると、四時半を少し回ろうとしている。

 足音が聞こえてきた。

「お兄様、忘れ物ですか?」

 椿が小走りで寄ってきた。地元の櫻高校の制服姿である。

「いや、忘れ物ではないんだ」

 恥ずかしそうに呟く数馬を、不思議そうに見つめている椿。

「あの、なんだ、その・・・」

「どうされたのですか?」

 なにか、重要な事を隠しているのかと、椿が勘繰り始めた。その表情の変化に、数馬も敏感に気付き、背中に隠していたプレゼントを椿に差し出した。

「クリスマスだからな! これ! やる!」

 無理矢理押し付けて、数馬はその場から逃げ出した。そのあまりに素早い行動に、椿も慌てた。

「ありがとう!」

 彼女に言えたのは、たったその一言だけ。数馬は、ただ照れた顔を隠して夕日の中を走って帰っていった。

 

 部屋に戻ってきた椿は、数馬からのプレゼントを早速開封した。

「わぁ・・・あ、オルゴール。お兄様、覚えていてくれたのですね」

 椿は、オルゴールの音色に耳を傾けながら、優しく熊を抱きしめた。

 

 数馬は、帰り際にケーキを買って、帰宅した。

杜若(かきつばた)

 居間で寝転がってテレビを見ている、小柄な少女の名前を呼ぶ。色々とあって、数馬は彼女を保護していた。

「おかえり。ん? なにそれ?」

「クリスマスだろう。ケーキだ。冷蔵庫に入れておくからな。それと、これ」

 ぶっきらぼうに、テーブルに小さな箱を置いた。

「気に入らなかったら、捨ててくれ」

 数馬は、隣の部屋へとそそくさと退散。杜若は、首をかしげながら小さな箱を手に取る。とりあえず、振ってみる。音がしない。ぎっちりと詰まっているのだろうか。

 一息間をおいてから、杜若は小さな箱を開封した。

「あ・・・」

 手のひらサイズの小さな熊のぬいぐるみ。それが『プレゼント』であることを認識した杜若は、慌てた。

「数馬! あの・・・こういうことをされても困る! い、いや、嫌だったとかそういうわけじゃなくて・・・私には、何も返すことが出来ない。お前も知っているだろう? だから・・・困るんだ」

 杜若は、何も持っていない。全てを捨てることで、現在の自由を手に入れた。そんな彼女に、数馬の気持ちは重たかった。

「それぐらいにしておいてやれ」

 別の部屋から、肉体に戻った素鳴男が姿を現した。杜若も、彼のことを知っているため、驚きはしない。

「慣れないことをして、恥ずかしがっているんだ。察してやれ」

 素鳴男は、苦笑混じりにそう告げてきた。杜若は視線を数馬の部屋へ戻し、しばらく黙っていた。そして――くすりと笑った。

「・・・数馬、ありがとう」

 暗い室内で、数馬は恥ずかしそうに鼻の頭を掻く。

 

 ――慣れないこともたまにはしてみるものだな。

 

 

 メリー・クリスマス!!

  

 END

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