『魔を払うべし』


<登場人物>

(たちばな)(さくら):除霊屋橘家の次女(養女)。中学二年生。本名は、藤堂櫻。

橘椿(たちばなつばき):櫻の戸籍上の姉。高校一年生であるが、年齢は17歳。

黒百合李梨華(くろゆりりりか):一月の終わり、日本神族会からお手伝いとして藤堂家に派遣されてきた少女。その正体は、元『淫魔』。年齢は、数えて734歳とのこと。

藤堂水及(とうどうみなの):藤堂家の(かりそめ)の次女。櫻の一応妹になり、水及もそれを演じている。一月の半ば頃、半神半人から完全な人へと戻る。年齢は、櫻の一個下。13歳である。

藤堂(とうどう)(あきら):藤堂家の長男で、高校一年生。個性的な家族に振り回されるのがお役目。

 

除霊屋:『この世の理から外れしモノ達を調整する者』達の総称。

橘家:かつては日本全土(一部を除いて)を支配していた最強の除霊屋だった。現在は、九州分家を残すのみとなっているが、それでも絶大なる権限を持っている。

藤堂家:『藤堂一家惨殺事件』という事件の舞台。除霊屋とは関係ないが、大きな過ちとしてその名は深く刻まれている。

日本神族会:日本の霊的組織の頂点、除霊屋の上部組織にあたる。天照大神(あまてらすおおみかみ)を中心とし、日本書紀に名を連ねる神族が主に所属している。

 

 日も落ちようかという頃、妹の櫻が出かけようとしているのに気付いた椿は、不思議そうに『お買い物?』と尋ねた。内心、買い物に行くには少し時間が遅いな――と思っていた。

「少し実家に」

 靴を履きながら、櫻は答えた。その傍らには、透明のビニール袋に入れられた豆が置いてある。ふと、思い至った。今日は、節分なのだ。しかし、なぜ実家に豆を持って帰るのだろうか。豆まきがしたければ、ここですればいいものを――そう思っていた椿に、靴を履き終えた櫻が、振り返り言った。

「この一年、兄が不幸に巻き込まれないようにするためにも、一番汚らわしい存在を払いに行って参ります」

「あ・・・」

 椿は、思わず苦笑してしまっていた。

「程ほどに。終わったらちゃんと掃除するのですよ」

 櫻にそんな気遣いは必要ないだろうと思いつつも、姉としての責務を果たす。

「はい、では行って参ります」

 まるで聖戦でも始まるかのような凛々しい顔つきで、豆を抱えて実家へと帰る櫻。櫻の兄の苦労を察し、『晃君、今日も頑張ってね』と椿は独り言をこぼした。

 

 橘家の長い階段を降り終えて、右に折れる。

 大木公園の対面にあるのが、櫻の実家『藤堂家』である。家の前で、『うん』と気合を入れた櫻は、チャイムを鳴らすこともなく、ドアを開けて中へと踏み込んだ。居間へ繋がる扉を開けると、櫻に気づいたこの家のお手伝い、黒百合李梨華が台所から声をかけてきた。

「櫻様、いらっしゃいませ」

 愛らしい、まるで宝石のように煌びやかに輝く笑み。少々容姿が幼いが、特定の趣向の人間にとっては、核ミサイル並みの破壊力を伴うことだろう。しかし、櫻は女である。彼女の素で発生する『魅了(チャーム)』などは効果の対象外だ。

 素早くビニール袋の中に手を入れ、豆を掴み――。

「鬼は外!!」

 と、全速力で李梨華に投げつけた。『ひぃー!』と(おのの)く彼女を尻目に、櫻はゆっくりとした動作で『福は内』と家の中に豆を撒く。そして、また豆を掴んで――。

「鬼は外!!」

 再び、全力で李梨華に豆を投げつけた。

「あう! あ、あの、な、なんだか、属性ダメージがビシビシと来ちゃってるんですが、痛い、痛い! うぅ・・・単なる豆なのに! 凄く痛いよ〜! はう!」

 李梨華は『淫魔』、すなわちデーモン、魔属性である。神殿で清め、櫻自身の力も込められた豆。痛くないはずがない。

 そんな折、もう一人の住人である水及が帰って来た。それに気付いた李梨華は、すかさず水及に助けを求めた。

「み、水及様! 櫻さんが、豆を投げるんですよ。何とかしてくださいませんか?」

「・・・あ、節分」

 事情を察した水及。そんな彼女に、櫻は豆入った袋の入り口を差し向けた。迷いはほんの数秒だった。

「えい」

 豆を掴んで、李梨華に投げつけた。手痛い裏切りである。

「はう!」

「この際だから、祓ってしまうのも悪くないかも」

 水及はこともなげにそう言い放った。

 李梨華には、二人が正真正銘鬼に見えていたのは言うまでもない。

「だいたい、日本神族会は何を考えているんだか。まったく、淫魔なんて寄こすなんて・・・まったく、まったく!」

「どうせ面白がっているだけだかと。本当に虫唾が走りますね」

 会話をしながらも、豆を投げつける。

 李梨華は、義理の姉に苛め抜かれるシンデレラのように床に倒れ付し、泣きながら耐えていた。それでも容赦がない二人。

 そもそも二人は、李梨華の事を容認していない。水及に至っては、初対面で(ほふ)ろうとしていた。今も、半分本気で屠ろうとしている事には変わりはないが。

 李梨華にとって唯一の味方は、櫻の兄に当たる晃だけ。彼が現れたのは、そのあとすぐだった。

「・・・あの、もう止めてあげて」

 申し訳なさそうに、帰宅したばかりの晃が囁くように進言した。水及は驚きつつ、『お、おかえりなさい』と返したが、櫻は『いたの?』と冷たくあしらった。

「李梨華さんは、良くしてくれているよ。櫻や水及の気持ちも分かるけど・・・」

「兄さんに分かってもらっているとか思ってないから」

 晃の言葉を途中で切る、櫻の発言。櫻が怒っている事に気づいた水及は、『姉さん?』と心配そうに呟いていた。

「全然分かってないから!」

「櫻・・・」

 気まずい空気が広がる。

「あの・・・私は気にしていませんから。晃様、どうか、櫻様を責めないで上げてください」

 後ろで李梨華が豆を払いつつ、立ち上がって静かに告げた。諦観しているわけでもない、ただ優しい笑みを浮かべていた。

「・・・そうやって、何でも受け止めるから。私は、絶対に認めない!」

 櫻の怒りさえも、李梨華は柔らかく吸収する。彼女は、『淫魔』と呼ばれる汚れた存在であるが、それにしては人間が出来すぎていた。それ故に、『落ち零れ』扱いだったのかもしれないが。

「掃除機借りるよ。掃除したら、今日は帰るから」

「あぁ、櫻様。掃除は私が」

「いいの! 私がするから、下がれ!」

 二人して、居間を出て行った。晃は、苦笑を浮かべつつ溜息を一つこぼす。その隣で、水及は事の成り行きを静かに見守っていた。

「あれはあれで、いいのかもしれません。姉さんが感情を剥き出しにするということは、それだけ真剣だという証ですし。口ではあぁ言っていますが、姉さんはそれほど嫌っていないように私は感じます」

 その後、『本気だったら、もうとっくに李梨華さんは消滅していますから』と、さらりと怖いことを言ってのけた。それがあながち例えではないのが、恐ろしい。

「うん、僕もそう思うよ」

 掃除機が来るまでの間に、晃は散らかった豆を一つ一つ拾い始める。今度こそ、守り抜かなければならないこの家族の絆を――そんな事を思いながら。

 

 END

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