『琥珀色の思い』


 冷たい雨が叩きつけていた。地は濡れ、ぬかるみ、足に食らいつこうと必死になっている。それから逃げるように必死に足を持ち上げ、一歩一歩友人を抱え、歩いていく。

「しっかりしろ! もうすぐだ・・・もうすぐ、援軍と合流できる!」

 本当にそうだろうか。多分、彼自身も期待はしていないに違いない。だが、そう言わなければならないのが現状だった。少しでも彼の気が休まるならば――しかし、友人のほうは彼よりもずっと冷静だった。

「隊長・・・もういいです」

 もう右足なんか半ばからない。ただ引きずられ、運ばれているに過ぎない。視界を初めとする全ての感覚が曖昧な中、意識だけが研ぎ澄まされていく。絶望の淵にあることを知りつつも、友人は笑う。

「何を言っている! アニスがお前を待っているんだろうが! 帰ろう、二人で帰るんだ!」

 恋人の笑顔を思い浮かべることで、心が満ちていく。友人にとっては、もうそれで十分だった。

「隊長・・・生きて・・・ください」

 頬を伝った一滴の涙。溢れ出てくる血液を吐き出し、冷たい雨の彼方に恋人の面影を浮かべたその瞬間、彼の意識は途切れて散った。支えを失った体は、重力に引っ張られる。それを支えられなくなり、彼も友人と共に濡れた大地に叩きつけられた。

「ギリア・・・」

 朽ちた友人の名前を呼ぶ。もう答えは返ってこない。彼に手を差し出す事もできず、体は泥の中に沈んでいく。意識が飲まれていく。雨の音も遠くなり、いつしか意識は曇っていった。

 その時、丁度その現場に一人の少女の姿が。天使のように愛らしい容姿の彼女は、男の未来を大きく変える存在となる。

 戦争と共に生きた男と、平穏と共に生きた少女の出会い。男は、再び銃を握るのか、それとも――。

 

 それは、どこかの世界の一つの物語。

 ササイルムラー自治区の独立を発端として始まった、ササイルムラー戦争。独立を阻止しようとするエヴィリスと、君主国から独立し共和国への道を目指すササイルムラーを援助するザムルカル共和国の、因縁の大戦争。その戦争の二大戦局の一つである、国境となっている川、ヘミン川を隔てての戦い。後に、ヘミン川の戦いと呼ばれるその戦いに、共和国側の第三十五番隊の隊長として、彼は参加していたのである。

 

 強く差し込んでくる光に、顔をしかめて彼は目を覚ました。穏やかな鳥達の声音と、優しい緑の匂いがしてくる。清々しい朝の空気は、彼の体を包み込み、急速に覚醒を促していった。

「ここは・・・?」

 木で出来た屋根、木でできた壁。うすっぺらいベニヤ板ではなく、丸太を積み重ねて作られているようだ。いわゆるログハウスか。日が差し込んできていた窓には何もはまっておらず、ただ青いカーテンが揺れているだけである。

「あ、起きた」

 少女の声音。腰のホルダーから銃を出そうとしたが、その手は空を掴んだ。腰にはそもそもホルダーはなく、着ている服さえ、軍服から緑色の麻の服に変わっていた。そして、突然の動きは、深い眠りと刻まれた傷の痛みによって蓄積されたダメージを本人に知らしめるだけだった。

「いててて・・・くそっ!」

「大丈夫。私、敵じゃない」

 ある程度の距離を置いて、優しく微笑む少女。『敵ではない』、そう言う奴に限って――というのもあるが、彼女の言葉は自然と信用できた。彼女の笑顔が、それだけ無垢だったのだ。

「共和国の人間か?」

 彼と同じく、少女は金髪に緑色の瞳。そして、白い肌。さらに同じ言葉と来れば、自ずと答えは出てくる。しかし、彼女の答えはあまりにも意外すぎた。

「ここはオーツルファム。だから、大丈夫」

「オーツルファムだと?! なんてこったい、いつの間にか山越えていたのか」

 オーツルファムは共和国の隣接国であるが、その国境のほとんどをセレル大山脈と呼ばれる山に隔たれていた。彼は、その山の麓で敵側の陣地に奇襲をかけようとして、逆に罠にはまったのである。上へ上へと逃げていたので、いつのまにか国境を越えてしまっていたのだろう。

「ならなぜ君は、共和国の言葉を?」

「お父さん、共和国の人だったから」

「そうか・・・」

 とりあえず、彼女の言葉の通りなら周りに敵はいない。オーツルファムとは、仲がいいわけではないが、極端に悪いわけでもない。見つかったとしても、強制送還程度である。彼としては、その方が正直楽。自分で旅費とかを見積もる必要がないからだ。

 心の整理が、だんだんとついてくる。視野が広がっていく中、彼は友人の存在を思い出した。近くに彼の姿はない。

「ギリア・・・俺のほかにもう一人いなかったか?」

 少女は、表情を曇らせた。それが全ての答え。助からないことは分かってはいた。だから、彼もその真実を静かに受け止める。そんな彼の前に、少女は青い麻の布で包まれた物を置いた。ゴトという音がしたため、金物か何かが入っているようだ。

「そのギリアさん? という人の持ち物です。お墓は、丘の上に作りました」

「・・・集めてくれたのか。それにお墓まで」

 少女の心配りに、感動せずにはいられなかった。麻の布の中身は、ギリアが使っていた銃とギリアの妻の写真、それと汚れたお守りと遺書と書かれた封筒だった。

「ありがとう・・・これでアイツを故郷に連れて帰ることが出来る」

 悲しみが広がっていく。ギリアと出会ったのは、二年ほど前の話。部隊の再編成があったときに、部下として配属されたのが彼だった。年もほとんど変わらず、生まれも近かったため、なにかと一緒にいることが多かった。明るく、快活な男だった。アニスとも婚約をしたばかりであった。

 多くの仲間を失い、多くの幸せが砕け散る様を見てきた。しかし、慣れるということはない。心なんてなくなってしまえばいいのに――そう思わずにはいられないほどに。

「何か食べますか?」

「いや・・・今はいい。それよりも君の名前を聞かせてはくれないか? 俺は、サファリスだ」

「チェイチェイ」

「ん?」

 発音が聞きにくかったため、もう一度促す。少女は微笑み、ゆっくりと名前を言う。

「チェイ、チェイ」

「チェイチェイ・・・こっち側の名前は変わっているな」

 話していると、意識が一瞬くらんだ。体調は、そこまでいい方ではないらしい。その様子に気付いたチェイチェイ。

「もう休んでください」

 と、心配そうに告げてきた。元より、これ以上は起きてはいられなかった。

「あぁ・・・わりぃ、少し眠る」

「優しい夢を」

 初めてそんなことを言われた。

「あぁ・・・」

 ギリアといた頃のことを思い出しながら、目を瞑る。いい夢が、見れそうな気がした。

 

 川の流れに浮きを浮かせ、たゆたう姿を楽しむ。魚は、釣れたら釣れたで。日々、怒声響き渡る戦場にいるため、静かな時間は貴重なのだ。その間に割り込む輩が一匹。

「あ、隊長、こんな所にいたんですか」

「ん? ギリアか。何か用か?」

 一瞥さえしなかったのに、ギリアは嬉しそうに笑った。

「もう俺の名前、覚えてくれたんですね」

「部下の名前ぐらい、最低限覚えるだろう、普通」

「どうでしょうか・・・あんまり、名前で呼ばれた記憶がないですね」

 ギリアは、苦笑していた。実際、彼のように部下の名前を全部覚えている方が珍しい部類であった。

「で、何か用か?」

「あ、グレマストン曹長が、缶蹴りをするから隊長を呼んで来いと」

「クソでも喰らえと言っておけ。俺は忙しい」

 そこでギリアの興味の矛が、釣りへと移った。

「釣れるんですか?」

「さぁな。どうでもいい」

「・・・見ていていいですか?」

 少し考え、言葉を紡ぐ。

「好きにしろ」

 

 言葉の余韻と共に、目が覚めた。また暖かな日差しが降り注いでいる。どうやら丸一日、寝ていたようだ。

「おはよう」

 部屋の隅で、縫い物をしていたチェイチェイが微笑む。彼女が持っている服、それはサファリスの軍服だった。

「おはよう。もしかして、繕ってくれているのか?」

「うん、あった方がいいと思いまして。完全に繕えるまで、もう少し待っていてください」

「本当に、何から何まで悪いな」

「困った時はお互い様です」

 糸を噛み切り、サファリスの軍服を折り畳む。

「何か食べますか?」

「・・・そうだな。悪いが、頼めるか?」

 まだ食事を食べたいという気分ではなかったが、そろそろ何かを食べておかないと、体が持たない。

「うん、少し待っていて」

 外に出て行くチェイチェイ。どうやらこの家の中には、台所なんていう便利なものはないらしい。周りが全て木である以上、家の中で火を焚くのは確かに危険である。

 改めて部屋を見渡してみる。とても生活感のある部屋といえば聞こえはいいが、女の子が住むにしては少し汚い印象。折り重なった麻の布製品、洋服の作りかけだろうか? しかしその横には、なぜか金槌と金属の板。ヤスリなんかも転がっている。他の場所には、竹の釣竿が五本ほど並んでおり、その横には様々な形のナタが三本転がっていた。まるで物置である。そんな中に、綺麗な白い布団が三セット。もう意味が分からない。とどめが、目の前に並んでいる熊、鹿、猫、鷹のヌイグルミだ。

「・・・なんだこの部屋は」

 統一感というものを、どこかに忘れてきたような部屋である。

 さて、朝食。壁に立てかけてあった机を置き、その上に並ぶじゃがいものスープにサラダにパン。朝食らしいといえばらしいが、いささか量が多すぎる。思わず、サファリスも呆気に取られていた。

「凄い量だな。いいのか?」

「うん。ほとんど、村の人がくれたものだから。まだまだ沢山あるから、遠慮なくどうぞ」

 村の人が――と聞いて、驚くサファリス。どこの馬の骨かとも知れない輩に、ここまでする義理はない。価値観というものが、そもそも違うのかもしれない。

 スープを口に含む。サファリスは、舌に残る痺れに『ん?』とうなる。

「これ、香辛料が入っているのか?」

「猪の肉の下味に使いました。辛いですか?」

「猪! この細かい肉か。初めて食うな。やっぱり、香辛料を使わないと臭いのか?」

「私は、ちょっと苦手です。大人たちは、そのまま焼いて食べていますが・・・」

 おぞましいとばかりに首を横に振る。こんな村で育ってはいるものの、割とデリカシーのようだ。

「香辛料とか、手に入るんだな」

 共和国でも市場に行けば買えるが、それなりの値段はする。一般市民が、毎日食べられるようなものではない。

「行商の人が定期的に来るんです。麻の服やテーブルクロス、琥珀の工芸品とかを作って交換してもらっているの」

 これで部屋の謎が一つ解けた。この部屋は、どうやら寝室と仕事場を兼ねているらしい。そう考えれば色々と納得がいくが、もう少し整理した方がよいのでは? というのが素直な感想だった。

「自分で作っているのか?」

「うん、村の人に教えてもらったから」

「器用なものだな」

 教えて出来るほど簡単なものではなかろう。元から才能があるのだろう。見た目はおっとりとした印象であるが、しっかりものでもあるようだ。そこで、ふとサファリスは気になっていたことを思い出し、彼女に聞いてみる事にした。

「ところで、親はいないのか?」

 ここに来てから二回目の覚醒であるが、彼女の親の姿はまだお目にかかっていない。見たところ、かなり田舎の村である。早朝に出かけていることも十分に考えられるが――。しかし、彼女の答えは違った。

「お父さんは、去年土砂崩れで亡くなりました」

 平気な顔で、さらりと言う。サファリスのほうが、逆に困っていた。

「そ、そうか・・・悪い事を聞いたな」

「よくある事ですから」

 何も人が死ぬのは、戦争だけじゃない。天変地異に飢餓に病気に。自然と共に生きているため、なによりも諦めが先行するのかもしれない。それとも彼女が、淡白なだけなのか? いまいち掴めない。

「一人で暮らしているのか?」

「村の人たちと一緒にです」

 村一つがまるまる家族のようなものなのだろう。都会暮らしのサファリスには、馴染みのないことであった。

 母親の話は出てこない。そもそも母親はいないのかもしれない。根掘り葉掘り聞くのも変なため、別の話題を降ることに。

「ところで、ここに並んでいるヌイグルミは自作か?」

 チェイチェイは、笑って手を横に振る。

「そこまでは器用じゃないです。行商の人から頂いたんです」

「なるほどな。道理で統一感がない」

 サファリスは、熊のヌイグルミを指で突く。共和国では見たことのない姿だ。東の方では、強大な魔法の力で成り立つ国やら鉱山資源で成り立つ国がある。行った事もない国のものとは、なんとも不思議な感じだった。

 食後、チェイチェイは仕事に出かけた。彼女曰く、働ける人はすべて働くのがルールらしい。士官学校を出るまで仕事なんてしたことのなかったサファリスには、驚く事ばかりである。

 三日が経った。チェイチェイの看病もあって、経過は順調。歩く事ができるようにもなった。村でのチェイチェイとの生活は、穏やかでとても暖かいものであり、戦争を日常としてきた彼にとっては、驚くほど新鮮だった。

 三十年前、ザムルカルは革命が起こり、王族は処刑された。まだ出来立ての法が敷かれ、平等な社会が訪れたが、世界で二番目となる共和国は他国の干渉戦争にさらされるはめとなる。王こそ絶対、神の(しもべ)である、と主張する君主国や、神の下に法を敷き統治している宗教国家から見ると、共和国なんてものは市民に無駄な希望を与える癌でしかない。

 共和国を守るために、共和国を広めていくために、軍人は武器を持ち戦う。サファリスは、革命に関わった軍人の息子でもあり、人々が平等に生活し、チャンスを活かせる世界を彼は誇りと思っている。そのため、士官学校も出て幹部候補生だった彼は、国の中央での勤務の話を蹴り、共和国の偉大さを伝えるため、最前線での戦いを希望した。

 ひたすらに国の思想のために戦い続けた毎日。安らぎは、趣味である釣りの時間だけ。すべての時間を戦争に使い果たした彼が、戦争もない平和な村で過ごしたらどうなるだろうか?

 その日サファリスは、チェイチェイの肩を借り、友人――ギリアの墓を訪れた。村を一望できる共同墓地の端に、彼の墓はあった。立てられた木の墓標には、名前がない。そのためチェイチェイにナイフを借り、名前を刻んだ。

「ギリア、正直アニスに会わせる顔がねぇ。また引っぱたかれるんだろうな。まぁ、それもこれも俺の判断ミスのせいだ。甘んじて受けるさ」

 後ろを振り返ると、チェイチェイの姿はなかった。気を利かせたのかもしれない。穏やかで清々しい風が慣れていく。木々が揺れる音が、耳に心地よい。澄み渡った青い空には、まだらな雲がゆったりと流れていた。

「・・・静かだな。硝煙の匂いと爆音、魔法の詠唱音と発動の際の光・・・あの世界が、俺の住む世界だと思っていたんだが、ここにいるとどこか遠くの物語のように思えてくる。ギリア、俺はあの世界に帰るべきなのか? それとも・・・」

 静かで穏やかで優しい村が、サファリスに与えた影響は大きかった。軍の家系に生まれ、教えを絶対だと信じ、共和国のために戦い続けた日々。それが当たり前で、一生続けていく事になんら疑問を抱かなかった。しかし、今はどうだろうか。ただ、確かな事が一つ。チェイチェイとの生活は、実に気に入っていた、それだけである。

「ギリア・・・また来るな。今度は、確かなる答えを持って」

 帰ろうと思ったが、チェイチェイが戻ってきていない。下手に探しに行って迷子になったら、目も当てらない。しかたなくその場に座って彼女の帰りを待つことにした。しかし、ゆっくりと流れていく雲の姿を眺めている内に、睡魔に襲われ彼はそのまま逆らう事もできずに眠りへと(いざな)われてしまった。

 草達の囁きが、サファリスに目覚めを促す。眠っていた事に驚き、慌てて体を起こす。途端に走る鈍痛が、傷が癒えていない事を教えてくれた。

 少し離れた所に、チェイチェイの姿。じっと眼下の村を見下ろしている。思わず、サファリスは苦笑した。

「起こしてくれても良かったんだぞ」

 チェイチェイは、振り返るも笑顔を称えたまま何も言わない。しかし彼女が言わんとしている事は、サファリスにも伝わっていた。そのため、罰悪い顔をする。

「帰ろう」

 サファリスは、自然と『帰ろう』と口にしていた。チェイチェイは、笑う。いつものように暖かく優しく。

 その次の日、サファリスはチェイチェイから村長が会いたいとの旨を伝えられた。この村に来てから、五日目。村長との初コンタクトである。待ち合わせ場所は、村の中央にある広場のベンチだった。てっきり、豪華な村長宅にお呼ばれされると思っていた彼は、それを聞いて拍子抜けした。

 チェイチェイにベンチまで案内してもらう。チェイチェイは、その後仕事へと出かけた。

「しっかし・・・本当に穏やかな所だな」

 遠くから金を打つ音や、(はた)を織る音が聞こえてくる。皆、生きていくために必死に仕事をしているのだ。傷が癒えていくたびに、サファリスもなにかしなければという思いが募ってくる。だが、チェイチェイはサファリスに何一つさせてはくれなかった。怪我人であり、客である彼にさせるわけにはいかない、といった所か。

 空っぽの広場。皆仕事に出かけている。しばらく待っていると、砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。サファリスのほうに、白髪で白ヒゲのこれでもかっというぐらい村長面をした老人が歩いてきていた。多分、この男が村長なのだろう。

 サファリスは、立ち上がり深く頭を下げる。耳に大きなイヤリングをつけた老人は、笑って手を振っていた。この村で、イヤリングは(くらい)の違いを表す、とチェイチェイが話していた事を思い出す。きっとこの老人のイヤリングが、この村で一番大きいのだろう。

「はじめまして。村長のムラスです」

 柔和でそして優しい声音で話しかけてくる。

「はじめまして。サファリスです。この度は、命を救っていただいただけではなく、手厚い看病までしていただき、本当にどうお礼を言ったらよいか」

「困った時はお互い様じゃ。とりあえず座らんかね? ワシは座るぞ」

 と、勝手に座る。軍人であった頃の癖でガチガチであった彼の心も、それで少し和らぎ、サファリスもベンチに座った。

「この村は穏やかじゃろう?」

「・・・そうですね。本当に穏やか」

 何の話が始まるかと思えば、初手は世間話である。とりあえず付き合う。

「チェイチェイは、良い子じゃろう」

「はい、とてもよくしてくれています」

 村長は、嬉しそうに微笑んでいる。

「あの子にとって、『軍人』とは特別な意味があってな。あの子から、聞かれましたかな?」

「父親が亡くなったお話ですか?」

「あぁ、ソルベの話でない。非常に残念だったがね。そうか、話してはおらぬか。あの子、浮いておるじゃろう?」

「浮いている、というと?」

 話が回りくどい。老人とはこうあるものだと、サファリスは認識しているので落ち着いて対処する。

「この村とチェイチェイ、馴染んでいるように思えるか?」

 馴染んではいるようには見える。ただ、彼女の髪や目の色は、決定的に違う。まだほんの少ししかこの村の住人を見ていないが、基本的に同一民族しかいない。彼女が浮いているといえば、確かに浮いているのかもしれない。

「あの子は、ササイルムラー自治区から来たんじゃ」

 サファリスは、驚きを隠せなかった。

「詳しい事情はワシにも分からんが、八年前、彼女は一人の軍人に抱えられてこの村へやってきたのじゃ。軍人は、彼女を送り届けるとそのまま亡くなってしまった。あの子は、純粋にこの村の子ではない。そして、この村に完全に馴染めてはおらん。ソルベがいてくれたら、あの子ももう少し変われていたのだろうが、無責任にも土砂に流されおって。あの子は、あれ以来(かたく)なに心を閉ざしておる」

「チェイチェイが?」

 純粋無垢で、いつも笑っている彼女が心を閉ざしているといわれても、ピンとこない。そのことに、村長が触れる。

「疑問を感じるという事は、やはりサファリス殿には、外から来た人間には心を開いているのじゃな」

 表裏のない子のように思えたが、そうではないらしい。やはり人間、一つや二つ癖は持っているものである。

「だから、サファリス殿よ、あの子をもらってくれないか?」

「・・・もらう? ・・・はぁ!? 私がですか!」

「そうすれば、あの子もこの村で穏やかに暮らせるというものじゃ」

 さらりと言ってのける村長。何の話かと思えば、これは勧誘である。村の人間は、自然と向き合っているため、なかなか数が増えないのだろう。男手が増えるとあらば、大万歳。そんな話なのだ。

「いえ、私も向こうでやる事が」

 と、言ってみたがとくにこれといった事は思いつかなかった。ギリアの遺品を届けるぐらいである。

「どうせ向こうに戻っても戦争をするだけじゃろう。この村はいいぞ。メシも美味いし、チェイチェイはいい子だしな。ちと色気がたりんが、そこは後のお楽しみという奴じゃ」

 まさしくエロジジイ。笑い声さえ、癪に障る。こういう村だ、こんな男が村長でも問題ないのだろう。むしろ、これぐらいオープンでないと務まらないのかもしれない。

「そうじゃ、もうすぐしたら祭りがある。とりあえずは、それを見てから考えると良かろう」

「祭り・・・ですか?」

「この村には、魔法大国以前の遺跡があってな、その遺跡を(たてまつ)り守っていくのも、また使命なのじゃ」

「そんな古いものが、こんな所にあるとは」

 魔法大国とは、およそ二千年前に栄えていた国で、その技術力は確実に現在の技術力を上回っていたという。それより以前というと、途方もない。

「こんな所だからこそ残っておったのじゃろう。学者さん達の話に寄れば、オーツルファムの中では最古らしいな」

 よっこらせっと村長が立ち上がる。

「チェイチャイが教えてくれるはずさ。サファリス殿が知らない世界を」

 去っていく村長。残されたサファリスは、しばらくそのベンチから離れる事ができないでいた。

 家に戻ってからも、サファリスは考え続けていた。チェイチェイがこの村に来た八年前といえば、ササイルムラーで大規模な虐殺(ぎゃくさつ)が何度もあった年である。税率の大幅な上昇に、反旗を(ひるがえ)したものたちが、町ごと(ほふ)られたと聞いている。彼女は多分、そのときの数少ない生き残りなのだろう。戦争を経験していなさそうな雰囲気であったが、実は違っていた。彼女はきっと、なんでもに溜め込むタイプなのだろう。だから、父親が亡くなっていても笑顔を作れるのだ。

「・・・この村で生きていくのも悪くはないと思う。だが、違うんだ。何か違う。俺は、何かを忘れている」

 もうずっと昔から、何かを失っていた。あったはずなのだ、共和国の思想のためとかそんな大きな風呂敷ではなく、もっと根本的な思いが。

 考え事しているうちに日が暮れ、チェイチェイが帰ってきてしまった。その日にあったことを心の中に押し込んで、彼女を微笑みで出迎える。

 食後、金槌を片手に持ち、チェイチェイが聞いてきた。

「あの、作業していいですか?」

「ん? 金槌で何をするんだ?」

 チェイチェイが、何かの形を(かたど)った鉄の板を見せてくれた。

「お祭りに使うクラウンを作らないといけないの」

「自分で作るのか?」

「うん、その方が楽しいから」

 本当に芸が多彩な子である。

「俺に構う必要はない」

「ごめんなさい」

 チェイチェイは、金槌を振り下ろし始める。的確で、リズミカルな音が響く。実に慣れた手つきだ。

 小さな肩、小さな体――年は聞いていなかったが、まだ十代前半ではなかろうか。この子は、まだ幸せだと思う。戦争に巻き込まれていながらも、こうやって普通の生活が(いとな)めているのだから。戦災孤児が嘆き、売られたり、実験に使われたりする様を何度も見てきた。何度見ても、気持ちがいいものではなかった。

 小さな閃き――そこに答えがあるような気がした。

 チェイチェイの後姿を(まぶた)の裏に残しつつ、瞳を閉じる。また一日が過ぎていく。

 翌朝、起きるとチェイチェイがいなかった。仕事に行くにしては早すぎる時間。

「なんか用事でもあったのか」

 とりあえず外に出て、朝の太陽を浴びる。すると――。

「あ、おはようございま〜す!」

 と、チェイチェイの声。下を見ると、チェイチェイが笑顔で手を振っていた。

「あぁ、おはよう。ん? ところで・・・」

 チェイチェイは、一頭の馬と一緒だった。竹籠がくくりつけてあり、竿が数本刺してある。

「今日は、お仕事がお休みなので、サファリスさんを秘密の場所へ案内しようと思っていたんです」

「秘密の場所? そりゃいい! 連れて行ってくれ!」

 気分転換には抜群だ。心躍らせて、チェイチェイの元へ走る。

「ところで、チェイチェイは馬も乗れるのか?」

「村で馬を乗れない人はいないですよ」

 と、笑われてしまった。サファリスの国では、車やバイクが少しであるが普及している。馬を扱えるのは、そのほとんどが軍人か貴族である。

「少し遠いですが・・・」

「俺の事は気にするな。怪我の具合もかなりいいしな」

「はい。でも、少しゆっくり行きます。景色がとても綺麗なんです」

「そうか、任せる」

 チェイチェイが馬を()り、サファリスはチェイチェイに抱きつく。チェイチェイに気恥ずかしさとかは見受けられなかったが、彼女に抱きつくサファリスはやっぱり恥ずかしかった。そして、同時に思う。チェイチェイの小ささを。

 村を離れ、森の中を疾走する。獣道程度の難しい道であるが、チェイチェイは上手く馬を繰っている。

「・・・ここら辺の木は大変貴重なものなんです」

「そうなのか?」

「フォロネの木と言われていて、私たちの村の代表的な工芸品である琥珀は、この木の樹液なんです」

「聞いた事がある。てことは、ここは・・・『フォロネの大森林地帯』なのか」

「はい。私たちの村は、三千年以上もの昔からここを守ってきた一族で、現在も王様から特別な法が敷かれているんです」

 サファリスも士官学校の地理で習った覚えがあった。深く暗い森は不気味に思えるが、この森はその暗さと静けさが逆にどこか神聖さを帯びている。ただの一度も、戦渦に焼かれた事のない、『神々の森』。そう(うた)われるだけのことはある。

 大森林地帯を抜ける。すると次は果てしなく広がる草原と、その下に広がる小さな美しい湖が姿を現した。サファリスは、思わず声をあげていた。

「これは・・・すごいなぁ・・・!!」

 何も遮るものがない大空に、見渡す限りの草原。馬は、少し小高い丘を道沿いに走り続ける。冷たい風が頬を優しく撫でていく感触が、とても気持ちがよかった。

「これから少し・・・難しい道を行きます」

「ん? おぉう?!」

 言うや否や、馬は道を逸れて丘をゆるやかなカーブを描きながら下り始めた。その先には、また森が見える。今度は獣道さえない。チェイチェイは、迷わずそのまま森の中へと突っ込んだ。

 さきほどの大森林地帯と比べると、なお木々の密度が高い。そのため、太陽の光もほとんど遮られておりとても暗かった。ひんやりとしたまるで洞窟の空気のような風が、体を包み込む。

 それからが凄かった。チェイチェイは馬を巧みに繰り、道なき道を踏破していく。サファリスも振り落とされまいと必死にしがみつく。チェイチェイも真剣な面持ちで、額にはびっしりと汗をかいていた。

 死ぬような思いが二十分ほど続いた後、チェイチェイは馬の速度を落とした。どこからともなく水の香りがしてきた。

「もうすぐです」

「そうか・・・とっとと、スマン、その、痛くなかったか?」

 慌ててチェイチェイの腰から離れる。思わずサファリスも頬を染めていた。

「大丈夫です。それに一緒にいるんだって・・・実感できたから・・・私は嬉しかった・・・」

 最後の方は、声が小さくなって聞き取りにくかった。しかし、サファリスは聞きなおさなかった。彼も彼で恥ずかしさで一杯だったからだ。

「森・・・抜けます。上を見上げていてください」

「上・・・?」

 チェイチェイに言われた通り、上を見上げる。馬が森を出たその時、サファリスの瞳にまばゆいばかりの太陽の光が降り注いできた。

「・・・・・・」

 言葉を失っていた。ぽっかりと開いた空から、まるでオーロラのように降り注いでくる太陽の光。それはまるで神が降臨してくる時の光のようであった。

 静かな水のせせらぎが聞こえてくる。森から抜けた先は、森の中の大きな湖だった。

「お父さんが偶然見つけたの。村の人たちも知らない場所」

 チェイチェイは馬から降り、馬を優しく労わる。サファリスも馬から降り、湖の方へと歩いていく。柔らかい地面に、足跡が残っていく。

「これは凄い・・・。生まれてこの方、これほど美しいものを俺は見たことがない」

 チェイチェイは、サファリスの反応に満足げだった。馬を木にくくり、竹籠から竿を取る。

「サファリスさん、どうぞ」

「ん? おっ! もしかして・・・釣りか!?」

 サファリスは、少年のように喜んだ。まさか大好きな釣りを、ここで出来るとは思っていなかったのだ。

「エサはどうするんだ?」

「自給自足ですよ。えいっ!」

 と、石を蹴飛ばして、下に隠れていたミミズをひっ捕まえる。

「なるほどな。よし・・・!」

 とりあえず餌を集める。チェイチェイから小さな籠を借り、その中へ収納。その後は、座り心地のよさそうな石に座って、竿を振る。ポチャンという音が、静かに響き渡った。チェイチェイも違う所で釣りを始めていた。

 静かな時が流れ始める。聞こえてくるのは、水のせせらぎや鳥達の歌声ぐらい。サファリスが愛した時間が、今ここに最高の形としてあった。

 チェイチェイと共に魚が釣れるたびに喜び、話を弾ませた。最初は離れた場所でチェイチェイも気付けばすぐ隣で竿を差していた。

 楽しい時間だった。これほど楽しい時間はいつ以来だろうか。そう思えるほどに。

 帰りは、サファリスが馬を繰り、チェイチェイが後ろへと座った。チェイチェイは最初はかなり拒否していたが、サファリスに強く押されて馬の繰り手を明け渡した。

 チェイチェイみたいに走らせたりはしない。ゆっくりとチェイチェイの案内に従って馬を進めていく。背にくっついているチェイチェイの温もりを感じながら、サファリスは己の答えを導き出す。失っていたものは、やはりチェイチェイとあった。今は、すべて残らず心に刻んでおきたい。ここにいられる時間は、もう僅かしかないのだから――。

 

 四日後、村の祭事が始まった。フォロネの大森林地帯の中にある遺跡と村の中央の広場を、白い祭事用の衣装を身にまとった村人達が往復していく。遺跡へ今年の成果を伝え、遺跡からの恵みを村へと持ち帰る。そういう趣旨らしい。それが終わると、広場に大きな(かがり)()が灯る。その背丈で、来年を占うらしい。始めてみるサファリスにはさっぱり分からないが、チェイチェイが『来年も豊作です』と言っていることから、そうなのだろう。

「チェイチェイ、よく似合っているよ」

 チェイチェイは驚き、そして頬を染めてはにかみ笑う。

「クラウンも上手に出来たな」

「そ、そうかな。あは、サファリスさんがそう言ってくれるなら、今まで一番の出来かも」

 小さな琥珀の宝石が三つ埋め込まれたクラウンが、篝火の炎を照り返している。いつにもましてチェイチェイの姿は、美しかった。

「チェイチェイ、ちょっといいか?」

 サファリスは、誰もいない所までチェイチェイを引っ張ってきた。並々ならぬ雰囲気に、緊張しているチェイチェイ。少しでも和らぐように、サファリスは微笑む。

「急に悪いな。でも、話しておかないといけない事があるんだ」

 そう切り出し、サファリスはポケットから少し古ぼけたお守りを取り出して、チェイチェイに手渡した。

「今までのお礼には少ないが・・・こんなお守りだが、俺を十年以上も守ってくれた我が母親のお守りだ。もらってほしい」

 チェイチェイが何か言おうとする前に、サファリスはもう一度言う。

「もらってほしい。君に」

 彼女の手を押し返し、そして告げる。

「ありがとう。俺は、国に帰る」

 チェイチェイの表情が変わっていく様が、サファリスの心を(えぐ)った。だが、もう止める事はできない。これが彼が導き出した答えなのだから。

「チェイチェイ、俺は・・・」

「いや」

 震える声で一言。

「チェイチェイ・・・」

「いやっ! どうして!?」

 今まで見せた事がないチェイチェイの姿に戸惑うと同時に、受け止める。彼女の本当の姿でもあるのだ。今までが――無理をしてきていただけなのだ。

「俺は、忘れていた決意を思い出した。だから、国に帰る」

 チェイチェイは、持っていたお守りをサファリスに投げつけ、走り去る。

「チェイチェイ!」

 追いかけようとも思ったが、追いかけてもどうしようもない事に気づきやめる。暗闇に消えていくチェイチェイの姿を見送り、お守りを拾って彼は荷物をまとめるためにチェイチェイの家へ戻った。

 チェイチェイは、結局戻っては来なかった。探しに行かないのも薄情に思えたが、彼女を探しに行ってしまったら、折角の決意が揺らいでしまいそうで怖かった。

 チェイチェイが繕ってくれた軍服を身に纏う。いつもしっくりときていた軍服も、しばらく着ていないだけで妙に着心地が悪い。ギリアの遺品を片手に、家を出る。まわりにチェイチェイの姿はない。仕方なく、家に向かって深く頭を下げて、丘の上の共同墓地にあるギリアの墓を目指した。

「ギリア、お前の思いは必ずアニスに渡す。俺にできることなんてきっと大してないと思うが、俺はもう逃げない」

 そもそもなぜ軍人になりたかったのか。それは子供の時に見た、悲惨な同じ年の子供達の哀れな(むくろ)を見たときに、『こんなことは間違っている』、そう思ったことが始まりだった。

 もうあんな子供達や、チェイチェイのように故郷を離れなければならない子達を増やしたくはない。守っていきたい。そのためにも戦争を終わらせなければならないのだ。そして――。

 チェイチェイは教えてくれた。彼女は何でもできる、何でもこなせる。色々なものを生み出す力を持っている。サファリスにはそれがない。壊す事は得意だが、生み出す事ができない。そして、知る。壊す事よりも、生み出す事の方が何倍も難しいという事に。だから――。

「もうここには来られないかもしれないから、お前も一緒に来い。一緒に帰ろう、俺達の故郷に。見せてやるからよ、俺が得た全てを」

 ギリアの魂を背負い、村に背を向ける。その彼の前に、目を真っ赤に泣き腫らしたチェイチェイがいた。驚きを隠せない彼に、チェイチェイは。

「ん」

 と、拳を突き出してきた。

「ん」

 もう一度彼女が言う事で、何かを渡そうとしている事が分かった。拳の下に手を差し出すと、チェイチェイがようやくその拳を開いた。

 サファリスの手に落ちてきたのは、綺麗なやや赤みを帯びた琥珀が埋め込まれたペンダントだった。サファリスは、それをしっかりと握り締める。

「じゃ、これをもらってくれ」

 昨日捨てられたお守りを渡す。今度は素直に受け取ってくれた。顔を上げずに、大事そうにお守りを胸に抱いている。

「元気でな」

 チェイチェイの頭を軽くポンポンと叩き、横を通り過ぎ歩いていく。チェイチェイは何も言わず、静かに泣いていた。

 

 それから半年が過ぎた。サファリスの姿は、ササイルムラー自治区の首都エレミスにあった。ヘミン川の戦いに敗れて以来、旗色はかなり悪かった。その結果が、首都目前までに攻め込まれているこの戦況だった。現在、エレミスにこもり必死の反抗戦が繰り広げられている。しかし補給線は二週間前に絶たれてしまった。本国からの援軍も足止めをくらっており、到着することができない。首都エレミスは、まるで地獄だった。

「・・・隊長、奴ら仕掛けてこなくなりましたね」

 ずっと彼の部隊にいるグレマストンが、銃の手入れをしながら言ってくる。彼の言うとおり、ここ三日ほど敵は動いていない。嫌な緊張感だった。

「奴らもしかしたら・・・」

 サファリスの軍人の感は、まさに的中した。部下の一人が、空を指差す。

「隊長! あれ、まずくないっすかぁ!?」

 『あれ』と指差す先にあったものは、赤い光だった。それはぐんぐんこちらに近づいてくる。サファリスは、慌てて叫ぶ。

「メテオストライクか! 全員、とにかく祈れ!!」

 広域戦術魔法メテオストライク。彼らがどう頑張っても防ぐ事ができない代物だ。出来る事は、こっちに飛んでこないようにと祈るだけ。

「かぁちゃん! もう俺悪い事しないから勘弁してー!」

「母親かよ! まぁ、神よりもありてぇかもな。おぅ、俺のマイハニー、守ってくれぇ!」

「なにがマイハニーだ! 恋人とかいねぇだろうが、ボケカス!」

「お前ら、黙って祈れ!!」

 部下どものつまらない話を粉砕する。迫りくる破壊の(つち)。その進路が少しずつずれていくのが、サファリスにも分かった。

「祈り方、やめ! 衝撃に備えろ!」

 凄まじい爆音を上げつつ、隕石が町に降り注ぐ。まるで地震が起こったような揺れが、彼らを襲った。

 衝撃が収まる。サファリスの予想通り、全ての隕石は別の場所へと落ちた。メテオストライクの悪い所は、滅茶苦茶な命中精度にある。破壊力はあるが、決定的なものがない。

「奴ら攻めてきますかね?」

「数が少ない。これは脅しだ。さすがに負け(いくさ)の匂いがしてきたな」

 敵は、サファリスがいう通り攻めてこなかった。さらに三日ほどこの緊張感が続いた後、サファリスたちの部隊にある一報が届いた。

「終結です! 各部隊は速やかにエレミスから撤退してください! 繰り返します! 講和条約が締結されました! 各部隊はエレミスから速やかに撤退してください!」

「講和・・・条約だと?」

 部下の一人が、不思議そうに呟いた。

「終わったんだよ、共和国の負けだ。撤収しろ」

「しろ? 隊長はどうするんですか?」

「俺か?」

 サファリスは、部下に向かった不敵な笑みを浮かべた。

「俺はすることがあるんだよ!」

 サファリスは、持っていた武器を全て投げ捨て、代わりに琥珀のペンダントを手に走り出した。壊すのではなく、生み出すために――。




 エピローグ

 

 二年後――。

 少しずつ復興の(きざ)しを見せ始めた、ササイルムラー共和国の首都エレミス。サファリスは、荷馬車に揺られつつそんな町を眺めていた。彼は、軍人を辞め、復興作業に身を(つい)やしていた。今は、戦争で行き場を失った子供達の世話を主に見ている。今日は、買出しだ。馬車を繰る男は、サファリスの活動に賛同してくれている有志である。

 買出しは、色々な店を回る。大抵は、サファリスの活動に賛同してくれている所で、物を安く売ってくれる。時折、サファリスに面倒ごとを押し付けてくる事もあるが、それも仕方がない。しっかり受けて、報酬をもらう。ただ壊すだけだった軍人の仕事よりも、確かなる充実感がそこにはあった。

 最初の店にたどり着く。ここで買うのは、雑貨だ。大人数の子供達の世話を見ているため、色んなものが壊れる。壊れにくく、なおかつ扱いやすいものがあればベストである。その雑貨屋で、サファリスは普段見慣れない商品が置いてある事に気づいた。

「店長、ここはいつから装飾品とか置くようになったんだ?」

 ネックレスやイヤリングに腕輪。数は少ないが、出来のいいものが並んでいた。

「あぁ、ここ最近、女の子が共同農場にやってきてね、そこの子がこまごまとそういうのを作るんだよ。あんまりに綺麗だったから、ウチにも置かせてもらっている、てわけさ」

「へぇ〜・・・装飾品ね。名前は?」

「確か、シャ・・・あぁ、シャリーだよ。シャリー=フロウ」

 一瞬期待はしたが、名前は違った。まさか彼女がこの町に来ているのではないのかと驚いたが、世の中そう上手には出来ていない。

「一つ買っていかないかね?」

「いや、ウチのガキどもに見つかったらうるさいからな。遠慮しとくよ」

「お前の所も大変だな。今日も色々まけといてやるぜ」

「すまないな、いつも」

 必要なものを見繕って、店長に告げていく。そうしていると、外から少女の声が響いてきた。

「すいませ〜ん」

 小さな声だが、しっかりと届いてくる。店長の顔が、いきなり綻んだ。

「噂をすれば。よぉ、シャリーちゃん。今日は、何がいるんだい?」

 噂の彼女、登場である。その姿を一応見ておこうと振り返ったその時、サファリスの目は点となった。向こうも呆けた顔でこちらを見ている。

「・・・シャリー? それが本当の名前なのか」

「サファリス・・・さん・・・!」

 突然走り寄り、抱きついてくるシャリーという名の少女。少し大人びてはいるがそれはどこからどうみても・・・チェイチェイだった。

 泣きじゃくる彼女に戸惑いつつ、とりあえず頭を撫でるサファリス。その髪の感触が、なんとも懐かしかった。

「知り合いだったのか?」

 と、不思議そうにしている店長に、サファリスは告げた。

「俺の大切な人だ」

 琥珀のネックレスがチェイチェイの涙を跳ね返し、美しく煌いた。

 

 END

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