ラブ・シンフォニー 第30話

















幸せの定義は人それぞれ。一人一人考え方が違うのだからあたり前と言えばあたり前。
先日、恋人同士になったキラとアスランもそれは同じでそれぞれの思うところの幸せを噛みしめている―― はずだったのだが…





二人は何故か揉めていた。





「それで?どうしてキラは俺からそんなに離れてるんだ?」

いつもより低めの声で言うとキラはびくりとする。
ムスっとした顔をしている自覚はアスランにもあるのでキラを少し怯えさせてしまうかもという可能性も分かっていたが
今はそんな事を気にしている余裕はなかった。

「えっと、その…あのね……」

少し起こった様子のアスランにビクビクしながら答えようとする。
何故、今もっとも幸せでラブラブな二人がこんな事になっているのか。アスランが怒って…いや、不貞腐れている理由、それは――

「キラの男性恐怖症は完全ではないにしろ、俺に対しては大丈夫になってたよな?」
「う、うん…」
「それが分かっていてこれだけ距離を取られると、恋人としてはかなり傷つくんだけど?」

キラが再びアスランにも距離を取り始めたからだった。
確かに昨日まではなかったはずの空間がキラとアスランの間にあった。
初めはいつもみたいにキラが恥ずかしがって照れているだけだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。

「ご…めんなさ……い」

申し訳なさそうに誤る姿に許してあげたくなる気持ちが湧く。
しかしここで折れてしまうと当の原因が分からなくなる。原因が分からないと対処のしようもないのでここは心を鬼にして更に追求する。

「キーラ。俺は謝って欲しいわけじゃないんだよ?」

苦笑交じりに溜息をアスランが吐く。
すると、キラはぽつり、ぽつりと話し出した。

「あ、あのね。僕も平気になったと思ってたんだ…この前の花火大会の時、アスランが傍にいて怖いって思うよりも凄く嬉しかったし
安心したんだよ?だから、アスランには完全に平気になった…と思うんだけど……」
「だけど?」

キラの話す内容に驚いたように目を瞠る。
必死で話しているキラは全く気付いていないようだがアスランは優しげな眼差しを向けて尚も追求の言葉を紡ぐ。
その声色が既に怒っているものとは全く違う、優しいものになってはいたのだけど。



「昨日…またやっちゃって……」
「何を?」

今度はキラの言っている事が本当に分からなくて普通に疑問を返す。
すると、キラは顔を赤くして俯く。なんだかとても言い難そうに口篭もっている。

「キラ?」

「…男の人、投げちゃった……」

ぽつり。と一言だけキラが言った言葉にアスランは一瞬理解できなかった。
が、すぐに頭を覚醒させると真っ赤な顔のまま俯いているキラに視線を向ける。
キラは男を投げ飛ばした事をアスランに言ったのが余程恥ずかしかったのか顔に留まらず首までもが真っ赤になっていた。
そんなキラの姿を見てアスランは不謹慎だと思いながらもドキリと胸を高鳴らせた。
惚れた欲目を除いてもキラは可愛らしい。容姿も確かにそうなのだが、性格とかこんなちょっとした仕草とか全てにおいて
可愛らしく、守ってあげたくなる。

「……………」

キラが男を投げ飛ばしはた事よりも別のことでアスランの頭は一杯になる。

「自分でも大分普通の男の人に対しても良くなっていると思ってたんだけどやっぱり急に声かけられたり触られたりすると…」

急に黙り込んだアスランにキラは不安そうに見つめる。
アスランが黙り込んだのが男を投げ飛ばした事が原因だと思っているのだろう。
しかし、アスランから返ってきた言葉はキラが思っていたものとは全く違うものだった。

「……キラ……それってどういう状況だったんだ?」
「え?」
「だから、その男を投げ飛ばすに至った状況」

不意に当て外れの問いを投げかけられて一瞬唖然とする。

「ああ。えっとね、学校が終わってから昨日はアスラン用事があるからって言ってたじゃない?だから一人で帰ってたら
急に声をかけられてね、振り向いたらもう凄い近くに立ってて肩に手を置いてきそうだったからつい…」

「………」

「でもね、どこが?って言われちゃうかもしれないけどこれでもがんばったんだよ?アスランに会ったばっかりの頃だったら
声をかけられた時点で怖くて声も出なくなってたもの」

再び、黙ってしまったアスランの様子にキラは泣きたい気持ちになった。
もしかして、呆れられてしまったかもしれない。こんな男の人を投げ飛ばしてしまうような女の子を彼女にしている事に後悔しているのかも。と、
キラの思考はどんどん暗い方向に突き進んでいた。
でも、一度知ってしまった幸せを手放せなくてキラは必死で言葉を紡いでいく。

「でも、やっぱりまだ完全には程遠いみたい…」

それでもアスランに受け入れて貰えないのならキラにはどうすることもできない。
本当はアスランが自分から離れるのは嫌だと心の中で叫んでいる自分がいる。でも、それをぐっと堪えてキラは俯いた。




「キラ、『昨日また』って言ってたけど一人でいる時に声をかけられたりって頻繁なのか?」

またしてもアスランからは全く関係のない問いかけを受ける。
キラは一瞬、ぽかんとする。さっきからアスランは何を言っているのだろう?キラがなけなしの勇気を振り絞って告げた言葉を聞いていたのだろうか。
そんな考えがキラの頭を過ぎる。

「え?うーん…そう言えば最近良くあるかも」

答えない訳にもいかず仕方なく最近の事を思い出しながら答える。

「何だか僕らの学校の付近で道に迷ってる人がこの所多いんだよね。そんなに入り組んだ道じゃないと思うんだけどなー」

どうしてだろう。と不思議そうに首を傾げるキラ。
そして話を聞き進めていく内にアスランの顔がどんどん険しいモノに変わっていった。

「キラ」
「うん?」

何も分かってない顔できょとん。と首を傾げる。その姿を見たアスランはうっ、と言葉に詰まった。
そして手を額に置いたかと思ったら深々と溜息を吐いた。
多分、キラは分かっていない。声をかけてくる輩は道になど迷った訳ではなくキラ狙いなのだと。
しかし、これをキラに言ったところで信じる訳もないし、仮に信じたとしても男にまた不信感を抱いてしまう。
それは今のキラの為には良くない。そう自己完結をするとアスランはキラに元の話題を振る。


「いや、なんでもない…それで?話を戻すけどキラが未だ男を投げ飛ばしてしまう事は分かったけど、
それと今のこの俺たちの距離はどういう関係があるんだ?」

唐突に話が摩り替わって困惑したようだったがキラは再び重い内容を口にする。

「…だから、こんな不意打ちに誰かれ構わず投げちゃうのにいくら平気になったからって近くに居過ぎたらうっかりアスランも
投げちゃうかもしれないから…」
「それでこんなに離れてるのか?」
「…うん…」

悲しそうに頷くキラにアスランは柔らかく微笑んだ。

「ホントに…キラはバカだな」
「!!っアスラン酷い…僕は僕なりに一生懸命考えたのに…」

さすがにあんまりな言われようにキラも反論する。
キラだって自分なりに一生懸命考えた。本当はそんな事するのは嫌だったけどアスランに嫌われてしまう方がもっと嫌だ。
だから決心したのにそんな言い方ってない。

「考えた結果がこの距離か?」

そう言われてしまえばキラには返す言葉もなくて。
分かってもらえなくて、悲しくて。キラは俯いてしまう。


「キラ。俺はキラになら投げられてもいいよ」


その言葉に驚いて思わず顔を上げてしまう。するとそこにはどこまでも優しい顔をするアスランの顔があった。
その顔にどきりと鼓動が鳴った。顔に熱が集まっていくのが自分でも分かる。キラはそれを誤魔化すように反論した。

「そんなっ駄目だよ!」
「大丈夫、これでも運動神経は無駄にいいんだ。それに――」

突然、アスランはすっと手を伸ばしてキラの腕を掴む。

「キラと一緒にいるのにこんなに離れてしかいられないなんて、そっちの方が耐えられない」
「アスラっ…」

驚いてキラは反射的に離れようとする。しかし、アスランはそれをさせずにそのままぐいっ、とキラの身体ごと引っ張ると
その華奢な身体をすっぽりと自分の腕の中に抱き込んだ。

「もう、我慢をするのはやめたって言っただろ?」

抱きしめたキラの肩口で顔を埋めたアスランは悪戯っぽくそう囁く。
それを聞いたキラはふふ、と笑って負けじと言い返す。

「……投げちゃった後に文句言ってもしらないからね……」
「ああ、いつでも受身がとれるように鍛えておかなきゃな」
「…ばか」














―― 数日後。



そこには宙に舞うアスランの姿があった。

「うわっ!!」

「わわっ!ごめんなさーい!!!」

綺麗に背負い投げをきめたキラは慌ててアスランに駆け寄る。
申し訳なさそうに誤るキラと苦笑を浮かべてそれを聞くアスラン。
ちょっと変わってるけどそれでも平凡な日常。
これが二人にとっての幸せのカタチなのかもしれない。だって、大切な人が傍にいてくれて自分を想っていてくれるのだから。
アスランが起き上がる為に繋いだ手をそのままに二人は歩き出す。
キラは恥ずかしそうに頬を染めながらもその手を離そうとはせずに逆にきゅっと力を込めた。




                                                                      ■ END ■







                                        




   ◆あとがき◆
はい。『ラブ・シンフォニー』第30話お届けです。
終わったーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!約二年の長期連載でした。初めから長々お付き合い下さった皆様、
途中から見てくださった皆様。本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。
このシリーズは当サイトで初の女の子キラだったので当初はかなりドキドキしていたのを覚えています。
そして気がついてみるとメインが女の子キラに…(笑)
でも、これでこのシリーズ終わりではありません。第二部があります。宜しかったら引き続き宜しくお願いします。