暗い、暗い闇の中…キラは一人佇んでいた。
『 ここは…どこ?』
辺りは深い闇が広がるばかりで、人の気配どころか自分が何処に立っているのかそれすらも分からなかった。
『 誰か…誰かいないの?』
周りを見渡しながら声を上げる。しかし、当然の如く誰の返答もない。
誰も…誰もいない空間。ともすれば自分の存在まで信じられなくなりそうで…
『 誰かっ返事して!!お願いっっ!! 』
いくら声を上げても誰も答えてくれない。でも声を上げる事を止めることは出来なかった。
いつしかキラの大きな瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。
『 ……おね…がい…… 』
体を縮こませて蹲り最後は搾り出すような声で懇願してもキラの望みに答えてくれる者は誰もいなかった。
CHOCOLA ACT.7
夜の暗い城内の廊下。一人の青年が歩いていた。
時刻はもう直ぐ日付が変わろうとする深夜。彼、アスランが一日の仕事を終え自室に戻る時間はよくこのような時間になっていた。
姫付きの騎士と言っても日がな一日姫の傍についている訳でもない。
午前中は姫の勉強や作法の時間がある為、姫に付いていることは出来ないから剣の鍛錬等をしている。
そして、姫が就寝した後には城の雑務等をこなしたりと中々多忙だったりするのだ。
「 ふー 」
遅い夕食を終え、汗を流して自室に入室したと同時に大きく息を吐く。
流石にいろいろ仕事を引き受け過ぎたかと肩にかけていたタオルを椅子にかけるとふとした違和感に気付く。
何気なく目を向けたベットに可笑しな膨らみがあった。
アスランはそれを訝しげに見つめ、ゆっくり近づいていった。
そして思い切ってシーツを捲るとそこにいたのは…
「 キラっ 」
思わず敬称も忘れて叫んでしまった己の口を慌てて噤んだ。
こんな深夜に騒いで誰かが駆けつけて来てしまったらどんな誤解を招いてしまうか。
姫付きの騎士の部屋に使えるべき姫君がそれもベットの上で眠っているのだ。
それこそ誤解のし放題ってものだ。
幸い誰も来る様子の無いようでそれに安堵したアスランは改めて自分のベットで眠る姫君に目を向けた。
薄いピンクの寝着を着て眠るキラに微かに顔を紅潮させて見惚れてしまう。
しかし直ぐに我にかえるとブンブンと首を振ってキラの肩を揺すりながら声をかける。
兎に角、起きてもらわない事にはどうする事もできない。
「 キラ様…キラ様… 」
「 ん…あれ? 」
何度か声をかけたところでキラがうっすら目を開ける。
寝起きだからか少しぼーっとした様子で辺りをキョロキョロと見渡す。
「 …アスラン 」
「 『…アスラン』じゃ、ないですよっ何で貴女がこんなところにいらっしゃるんですか!! 」
少し強めの口調で怒鳴られてキラもしゅんと肩を落とす。
「 だって… 」
「 だってじゃないですよ…もう。さあ、お部屋まで送りますから 」
しかし、キラはぎゅっとシーツを握り締め、差し出されたアスランの手を取ろうとしない。
はーっと大きく息を吐くとアスランは身を屈めてキラの顔を覗きこむ。
「 キーラ?」
今度は、騎士が姫君に対する言葉ではなく、幼馴染として。
キラはばっとアスランに伏せていた顔を向けた。
向けられた顔にアスランは目を見開く。
キラの大きな瞳には大粒の涙が溢れていた。
「 ど、どうしたんだ?キラ!! 」
キラの泣き顔を前にあわあわと動揺する姿はもはや騎士とか体裁とかそう言ったものは存在していなかった。
ただ、今目の前で泣いている少女の涙を止めたい。それだけだった。
「 …っく…」
アスランが手を拱いている間にもキラの瞳からはポロポロと零れる。
自分の袖を掴みながらただただ涙を流し続けるキラにアスランはその柔らかな髪を優しく梳き始めた。
「 どうしたんだ?泣いているだけじゃ分からないだろ?」
それはとても優しい声で小さな子供をあやす様に髪を梳き続ける。
暫くの間、アスランはキラを落ち着かせるように時には優しく背中を撫で、声をかけ続けた。
「 …っうく…怖かった… 」
「 え?」
どれだけそうしていただろうか。少し落ち着いたのかキラが口を開いた。
嗚咽まじりの声は小さく、聞き取れるかどうかの声量だった。
「 何が怖かったんだ?」
アスランは焦る事無くゆっくりとキラから話を導き出す。
キラもそんなアスランに促されぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいった。
「 夢…見た…の… 」
「 夢?」
「 誰も…誰もいない夢…真っ暗な中…僕ひとりしかいなくて…いくら呼んでも誰も答えてくれなくて… 」
「 キラ… 」
「 そうしたら急に怖くなって…目が覚めても暗くて…誰もいなくて……だから… 」
「 だからここに着たのか?」
こくりと頷くキラに愛おしさを感じその華奢な体を優しくぎゅっと抱きしめた。
不謹慎だが嬉しかった。真っ先に自分を頼ってきてくれた事が。
「 大丈夫。俺はずっとキラの傍にいるから…いなくなったりなんてしないから 」
優しくキラの背中をポンポンと叩く。
昔から知るアスランの優しい腕の中。その温もりに安心感をキラは感じていた。
「 本当?」
おずおずと顔だけを上げてアスランの瞳を縋るように見つめる。
それに答えるように優しく微笑むと、
「 ああ、俺が今まで嘘ついたことある?」
「 ううん 」
「 じゃあ何も心配することはないだろ?」
「 うん… 」
アスランの言葉に安心したのか再び肩口に顔を埋めるとゆっくり頷いた。
そして規則正しい寝息が漏れ始めているのに気付く。
きっと今度は安心して眠ったのだろうと頬を緩ませるアスランだったがふと重要なことを思い出す。
「 って、この状態どうすればいいんだ?」
◆あとがき◆
はい。またもやお久しぶりの更新です。
毎回、毎回キラを泣かせてばかりな気がする今日この頃…。
今回の話はアスランの部屋に忍び込むキラを書きたかっただけなのですが、始めはコメディタッチにする筈だったのに
蓋を開けてみればエセシリアスチックなモノが出来上がってしまいました…
でも、一度何かを失っている人はたとえそれが戻っても失った時の悲しみがなくなる訳ではないと思うのです。
だからキラもアスランと一度離れてしまっているから再会した喜びと同時に再び離れるのではないかという可能性に
無意識に怯えていたのではないかと思った訳です。(拙い文章なので伝わってないかもですが…(泣))