国鉄時代の機関車を主としたページ 国鉄旧型直流機編
Electric Locomotives of Japan-National-Railroad and JR

ED 16
EF 12
EF 13
EF 15
EF 58
EF 59
EH 10

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ED16 2


立川駅ホームより。
距離が足りないため持参の55mm標準レンズでは画角に収まらなかった。 2コマに分けて写したのを撮影から32年後、 デジタル化時にパノラマ合成をして、中版カメラで写したような高画質一枚画像に生まれ変わった。
1978年6月撮影

立川機関区のED16群

ED16が配置されていた立川機関区は南武線西国立駅ホームから丸見えだった。 この駅はED16を写すためのお立ち台のような場所だった。
機関車側面には労組のスローガンを消した跡が残っている。
1978年6月撮影



EF12 17 (1)

吾妻線祖母島にて、1978年11月撮影。
貨車2両のみ牽引。桑畑の中、単線の細いレールの地方線を行く。


EF12 17 (2)

渋川駅にて、1978年11月撮影。
上の撮影後、上越線渋川駅に戻ると先のEF12がパンタを降ろして休んでいた。



EF13 5

新鶴見の陸橋より、1978年6月撮影


EF13 24


西国立駅ホームより。目の前に停車したが、画角に入りきらないため2コマに分けて1978年6月撮影。

EF13 と EF15

八王子機関区を一般道より写す。左2両がEF13 右がEF15
EF13の車体は1950年代に旧箱型車体EF58を流線型車体に置き換え、外した車体を戦時設計EF13車体と交換した。 EF58と同時代に製造したEF15と車体だけは同時代で違いはほとんどない。
1978年6月 撮影



EF15 120

久宝寺より出発する阪和線貨物に連結作業中
ヘッドライトがシールドビーム二灯化前の美しい姿。
1976年9月撮影

引退後は摂津市新幹線公園に展示されている。


 EF15 174 (1)

新鶴見機関区に在籍中の174号。1978年6月中央線立川駅で撮影。
この後 EF15 174 は関西の竜華区へ移動する。


   EF15 174 (2)

1980年9月紀勢線初島駅で撮影。
174号は初島にある石油工場への貨車牽引でここまで来ていた。 ネガのデジタル化、整理で2年前に東京で出会っていたことに気付いた。
1978年秋の紀勢線電化に対し新鶴見区へEF65PFが新製配置され、EF15が竜華区へ転属したと考えられる。


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向日町運転所のEF58群

関西発の列車牽引機がほぼ全てEF58だった頃の光景。
1976年3月 新快速車中より撮影


新大阪駅発22:58の「安芸」

特急「安芸」は呉線経由下関行き夜行寝台。
EF58 64, 1978年2月 撮影


荷物列車牽引 EF58 2

蒸気暖房SGの蒸気を上げながら走行
EF58 2, 立花−尼崎間, Fujicrome R100, 1978年1月 撮影


大阪駅着 急行きたぐに

EF58 96
米原区のEF58はどれも美しかった。 1984年1月 撮影


窓の多い36号機

米原区には側面窓の数が多い36号機がいて、きたぐにを引いて大阪駅へ来る時があった。
ズームなど持っていない時代、コンパクトカメラで1984年1月 撮影
撮影から32年後、デジタル技術でモザイク合成した側面画像を別画面で表示できます。

側面全景 長辺800pix画像の表示 / Large picture (130kB)

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EF59 瀬野駅ホームから改札への跨線橋より

西の箱根と呼ばれる瀬野八にある山陽線瀬野駅は駅の北側に機関庫があった。
乗降客の数より駐機中の機関車の方が多い駅だった。
下車直後、二軸先台車の広いデッキを見れたことに感激して写した。
1977年9月 撮影


EF59 22

撮影会の日に写したのではない。 機関区は開放的で木製の柵外から直ぐそばにいる機関車を容易に写すことができた。
EF59には正面が角ばったEF53からの改造機と正面に丸みのあるEF56からの改造機がいた。 1977年9月 撮影

別角度からの22号 長辺800pix画像の表示 / Large picture (130kB)
自動開錠装置の付いた電空付密着自動連結器周辺に注目

EF59 重連による後部補機

EF59 5 + EF59 1 で上り貨車を後押しする。
瀬野−八本松間にて。1977年9月

長辺800pix画像の表示 / Large picture (146kB)

EF59 5と1 は EF53 12と8 からの改造機。
EF59 1 は碓井鉄道文化むらに展示されている。


EF59 単機による後部補機

EF59 12 が上り郵便車を後押しする。
EF59 12 は昭和7年製造 EF53 10 を昭和39年鷹取工場で改造された。 瀬野−八本松間にて。1977年9月

長辺800pix画像の表示 / Large picture (163kB)

参考資料:鉄道ファン 1979年3月 特集:峠の機関車


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EH10 4

昭和29年、4両製作の試作車。
試作車に出会う率は4/64 = 1/16だが70年代末になると、なかなか見ることはできなかった。

1978年9月、東海道線 立花ー甲子園口間で撮影。
武庫川東岸の築堤下を交差する県道42号線にあった陸橋から写す。
この陸橋は築堤の北側に線路と平行にあり、学童通学以外利用する人がいないため、 のんびり撮影できるポイントだった。
陸橋は県道を片側2車線に拡幅する工事の時に撤去されなくなった。

長辺800pix画像の表示 / Large picture (165kB)


EH10 12

EH10は試作機と量産機で取り付け位置が異なるパンタグラフが注目点だった。
廃車機の出始めた70年代後半、近代的な下枠交差のパンタグラフに交換したEH10を見かけるようになった。

1978年9月、東海道線 立花ー甲子園口間で撮影。
この付近の架線柱は複々線電化時のままのが使われている。 1960年に武庫川で写した写真でも同じ架線柱が確認でき、2011年現在も使われている。

長辺800pix画像の表示 / Large picture (140kB)

長辺700pix別画像の表示 / Large picture (160kB)
1978年4月 大阪北方貨物線 加島陸橋より

EH10の旅客用高速機は実現しなかったが、正面窓デザインは通勤用電車に、 2車体8モータ・ユニット制御は多くの電車に引き継がれた。


 

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