その女性に出会ったのは十五歳の時だった。
      見下ろされるような強い視線を感じて、その視線の先を見つめると、そこに彼女がいた。
      大きな黒い眼光が強い意志と生命力を宿して鋭い光を放ち、
     美しく艶やかな口元はしっかりと閉じられている。
      語らずして物語る、強烈な印象と個性を放っていた。
      近ずきがたい洗練されたエレガンスと、甘さのない磨きぬかれた大人の女性の美しさ。
      今まで私の見たことのない、圧倒的な存在感を与える女性だ。
      白黒のポートレイトを表紙にした彼女の写真集が
     書店の棚の最上段から私を見下ろしていた。
      「私に手を伸ばしなさい。」
      「私に近づきなさい。」
     と無言で語りかけてきた。
      しかし、その写真集は十五歳の私には高価でとても手に入りそうにない。
      一度はそのままあきらめたのだが、彼女の表情が頭に宿り気になってしかたがない。
      毎日のように、まだ写真集があることを確認するために書店に通い、
     しばらくして写真集を手に入れた。
      彼女は幼い頃両親なしに修道院で育ち、パリで成功したフランスの女性実業家だった。
      その後、私はフランス文化を専攻し、
     彼女が <シャネル> という高級ブランドの創業者であることを知った。、
      彼女と出会ってから四年後の十九歳の時、彼女が創った店のあるパリのカンボン通りを訪れた。
      彼女と出会ってから十年後の二十五歳の今日、彼女が終の棲家として選び、息を引き取った
     パリのホテルリッツに足を踏み入れる。
 





 隣に座っているアフリカ系黒人男性のきつい安物の香水の匂い..
 真夏のむせ返るような暑さの中、体臭やベンチシートやつり革に染み込んでいる様々な人種の体臭が、
そこに残された何種類もの香水の残り香と絡み合うパリの地下鉄の車内で、カーブに沿った車内の揺れと
共に身体も揺れる。
 左腕の十五歳の時からしている祖父の形見分けで頂いた男性用の腕時計<オメガ>に目を落すと、
もうすぐ午後二時五分を指そうとしていた。約束は午後二時半、オペラ座の地下鉄の駅から
バンドーム広場まで歩いて約十五分、いや十分程だろうか。ホテルリッツの門前に立つセキュリティーが
私をせき止めなければ、順調に約束の時間までに事務所を訪れる事が出来るはずだ。
 パリの五つ星ホテル、クイーンテッドの頂に位置するホテルリッツに足を踏み入れたことは事はまだない。
だが、確実に今日がその日になる。
 セキュリティに足止めされる可能性が十分に考えられるのは、私がお金持ちに見えないからだ。
テロを引き起こすような危険な人物にも見えないだろうが、ジェットセットやホテルを宿泊利用するような
富裕層階級の人間に見えないことは私自身自覚はしている。
 もし、これは今の私と遠くかけ離れた幻想なのだが、運転手つきの黒塗り高級リムジンで
バンドーム広場に乗りつけ、静かにゆっくりとホテル正面玄関の車寄せでリムジンを停止させたとしたら、
車寄せ係りも洗練された微笑を浮かべて、運転席の運転手がドアから降りるのよりも早く、バックシートの
ドアを開けホテルの中へと導いてくれるのだろうが.、しかし今日のように地下鉄から一人で歩いてホテルを
訪れる私に、彼らの方から満面の笑みで正面玄関のクラッシックな回転扉を開いてくれる事はまずない。
これがリアリティある予想だ。
 灼熱の太陽の照りつけるバンドーム広場のホテルの門前で門前払いされることだけはどうしても
さけたいし、事務所から受け取った何通もの事務手つずきの書類や入金証明書を見せながら
彼らを説得してドアを開けさせることもしたくない。どうにか上手く交渉するしかない。
 ホテルに対して位負けするような不安はまったく持っていない、とりわけリッツに対してフランス人や
アメリカ人が持ってるような情報も、イメージからの憧れや郷愁などもさほど抱いてないのだから、
心情的に冷静だ。
 肩から掛けた皮のカバンを抱え込むように膝の上に載せ、右手の内側に隠し込むように
中指にしているダイヤモンドの指輪を左指でさすりながら、暗いガラス窓にぼんやりと映りこんだ
自分を見つめる。
 ブルゴーニュ地方の歴史ある美食の街ディジョン市でフランス文化と美食学を学んでいた
この一年半の間、下宿と学校の往復で化粧をする機会がなかった。日本から持ってきた化粧品は
引越し移動で、どこかに無くしてしまい、パリでアパート探しの交渉や学校の入学手つずきを
しなくてはならないのに、25歳の女性が化粧や身なりも気にすることを忘れているのは不自然だと、
昨日の夕方大学帰りにディジョン市のデパート<ギャラリーラファイエット>で化粧品や香水・マニキュアを
あわてて購入した。
 ひさしぶりに爪に薄いパールピンクのマニュキュアをして、フランス人女性のようにファンデーションは
塗らずマスカラと口紅それに香水をつけるとパリでの生活をスタートさせるのに相応しく、
気分が華やかになった。
 今日は特別に普段はお守りのようにスーツケースの底に大切にしまってある祖母から頂いた指輪と
お揃いのダイアのネックレスとピアスもしているが、それだけでホテルリッツの小さな回転扉をドアマンに
笑顔で押してもらえるだけの、エレガントで洗練された女性の雰囲気が醸し出されるはずもない。
 自分なりに外見の印象を考えて選んだ今日の装いは、初めておろすバリーのチャコールグレーの
皮のショートブーツに丁寧にプレスした黒いスラックス、襟元のカットと上質な仕立てが気に入っている
真っ白なシンプルなシャツを合わせている。治安の悪い都市を地下鉄で移動することを考えると
ここまでが無難なラインだろう。華美な服装をして歩き回るということは自ら危険を誘発することに
他ならない。耳元やしかっりとシャツの第一ボタンまで閉められた襟の下で光り輝いている
ダイヤモンドもその輝きに目を付けた誰かによって、危険に巻き込まれることもある。
 車内を見回してみると、どんな年代の大人の女性であってもカバンを肩から掛けて、
カバンを押さえるようにしている。
 車内が緩やかなカーブに沿って、右側に揺れると徐々に減速しだした。
 ボックス席の前に座っている、使い込んでくたびれた感じのブリーフケースを膝の上に置き、
疲れた様子で窓辺に頬ずえをつき軽く目蓋をとじているくすんだブロンドの中年女性と、隣で体臭と
強烈な香水の異臭を放ちながら<パリマッチ>を手繰っている黒人男性に、
 「降りるので前を失礼します」
 と声をかけて、彼らの所在無く投げ出された足を軽く動かしてもらう。
 彼らの足に触れないように前方を通りながら
 「ありがとございます。、マダム、ムッシュー」
 と礼をいうが、聞こえないのかそれとも他者には興味がないのか、くたびれて虚脱感を漂わせている
中年女性は頬ずえをついて暗いガラス窓の向こうをみつめたままの状態だ。
 黒人の男性は雑誌を手繰っていたが、私の声にその動きを止め、通路に立った私を見上げる彼の顔に
大きな目の黒目が車内の電灯の光が移りこみ輝いたようにみえる。黒い皮膚に唇だけが柔らかい
べビーピンクのぽってりと厚い口元が動き、
 「今日は、いい日になるよ。お嬢さん良い午後をお過ごしなさい。」
優しい眼差しで送ってくれる。
 もう一度、この男性の大きな黒い瞳を笑顔で見つめ返す。雑誌を手繰っている彼の太い指には、
全ての爪が短く手入れされ清潔に保たれていた。
 「ありがとう。今日はパリでの生活をスタートさせる大切な日なの、素敵な日になると思うわ。
 ムッシューあなたも良い午後を」
 左手にあるドアの前に立つと、スピードを減速させた列車が小刻みに振動しオペラ座の駅へと
滑り込むように停車した。
 しっかりと列車が停止したのを確認し、手動のドアの取っ手を自分で上げてドアを開きプラットホームに
降りる。
 地下独特の空気の巡回しない埃っぽい空気のプラットホームを、列車から降りた人々が地上にある
改札口を目指して一斉に早足で歩き出し、私も周りのスピードに合わせて歩き地上に向かって長く伸びる
急な勾配のエスカレーターに連なっていく。静かに上っていくエスカレーターを下から見上げると人々が
鎖のように一直線に右側に立っていて、左側に立っている人は誰もいない。急いでいる人の為に左側を
空けておく見えないパリのルールの1つだ。改札口が近ずき黒いスラックスのポケットから回数券を
取り出し、無人の自動改札機に切符の差し込みバーが回転して素早く外に出ると、目の前の地上に
向かうコンクリートの階段から、溢れるような透明な白い輝きの真夏の強い日差しと、行き交う自動車の
クラクションの音や生き生きとした町の喧騒が聞こえ出してきた。
 階段下には、身長190センチメートル程の強靭に鍛え上げられ引き締まった見事な肉体の青年将校が
三人、ベレー帽をかぶり精悍な顔つきに厳しい眼光で行き交う交通人を威嚇するように長いライフル銃を
持って、私の足の高さと同じぐらい大きな黒いドーベルマンを連れている。
 訓練の施された犬の眼光も青年将校と同様に厳しく緊張感があり、世界の国際都市としての
パリが持つ、気を休めることなくテロリストからの危険にさらされていると言う現実を思い知らされる。
 主要な観光スポットや駅に青年将校が配置されているのは、テロリストから街や人々の治安を守る為、
それに爆発物を仕掛けられないように街中のゴミ箱は封鎖され撤去されていた。
 目の前の階段を一歩一歩上がるごとに、目の前に広がっていく真夏の輝く日差しに包まれた
美しいパリ街並み、雲ひとつない透きとおるコバルトブルーのどこまでも限りなく広がる大空と
目の前にそびえる白い大理石とブロンズで出来た巨大なオペラ座。
 大空の鮮やかで透明なコバルトブルーと大理石で出来た建物の見事な対比と真夏の強い日差しに
反射して一つ一つ零れるように輝く新緑の木々の緑の美しさは圧倒されるような迫力と魅力を
兼ねそろえている。
 オペラ座の正面玄関へと誘う広々とした優美な階段には、世界各国から集まった人々がカジュアルな
格好をして、階段にジーンズで直に腰掛けガイドブックやペットボトルを片手に友人とおしゃべりしながら、
思い思いの時をゆっくりと過ごしている。
 マドレーヌ大通りとカプチィーヌ大通り、オペラ通りの大きな3つの大通りが交差するオペラ座の広場は
世界各国からの観光客や、真夏だというのに上等なスーツを着こなし身なりを整えた信号待ちの
時間に追われているような様子のビジネスマンやビジネスウーマンで溢れている。
 信号が赤から青に変わり、急いだ足取りのビジネスマンと共にその歩調に遅れることなく信号を渡る。
 オペラ通りを右折すると目の前に青銅色のオベリスクが高くそびえたっているのが見える。ナポレオンの
オーステルリッツ戦勝記念碑でオーストリア軍の大砲を溶かして造ったと言われているものだ。
 バンドーム広場に続く、ラペ通り脇の車道には濃紺の大型シトロエンや、光沢を放つロールスロイスが
止めてあり、中には時間を持て余している様子で運転手の男性がシートを少し倒して人待ち顔で
乗っている。行き交う人はあまりなく、オペラ座広場の喧騒と比べるとどこかのんびりとした雰囲気が
漂っていた。
 右側にホテル<ウェストミンスター>の格式高いシックな風格の正面玄関並びに店を構えた
150年以上もの歴史を誇る <カルティエ> 本店の磨きこまれたガラスのショーウィンドーに
自分の姿が映し出されているのに気付き足を止めた。
 左腕にしたオメガの腕時計を見ると午後二時二十五分を指そうとしていた約束の時間に十分間に合う。
目の前に開け始めた広場を 右に曲がった場所にホテルリッツが存在する。
 <カルティエ> のショーウィンドーに映った自分の姿を見ながら、髪を両手でかき上げるようにして
指で整え、第一ボタンまで閉めてあった白いシャツのボタンを外して、ダイヤモンドのネックレスが
引き立つように襟を後ろから前えとボリュームをもたせ美しく形つくっていると、ガラスの向こう、
店内から見事な形をした繊細なシャンパングラスを口元に運びながら、ブロンドの紳士が
不思議そうな表情でこちらを見てる。そのブルーの瞳と視線が合ってしまい、にっこりと微笑んで
右目で軽くウインクを贈ってみると、紳士はそれに応えるように右手に持った気泡の立ち昇る琥珀色の
シャンパングラスを軽く傾けるようにして、優しい笑顔を返してくれた。
 ヴァンドーム広場を右手に曲がれば、そこにホテルがある。あとは一直線に進んでいくだけだ。
 歩道に自分の乾いた靴音が軽く響いて、広場に足を踏み入れると 灼熱の太陽に照り返された
石畳の上、遠くに揺れる陽炎が見えるようで、一台の自動車も歩く人も無い。
 フランス司法省の並びにあるさりげなく小さなホテルの正面玄関に、ブルーの帽子と制服を身に着けた
車寄せ係が一人、日差しを避けるように玄関の右端に立っているだけだった。
 無人のバンドーム広場に一人、ホテルの正面玄関に向かって真っ直ぐに歩いてくる私の様子を、
この広場でもう一人しかいない車寄せ係は見ている。
 彼に入館理由の尋ねられるよりも先に、私の方から近ずいて話しかけようと決めた。
 「こんにちはムッシュー、ホテルリッツはここですか。」
 分かりきったことを、身長180センチメートル程の車寄せ係を見上げるようにして尋ねる。
 「ええ、そうです。マドモヮゼル。ここがホテルリッツです。」
 笑顔も無く、観光名所の名を告げるように事務的に応えた。確かに私は <マドモヮゼル> だが、
一般に高級ホテルやレストラン、ブティックの店員は例え3歳の幼稚園児であっても客に対しては 
<マダム> と敬称を付けるのがルールだ。やはり、ホテルに紛れ込みそうな観光客とみなされたようだ。
 「今日、ここの料理学校の事務所に二時半の約束があるの。」
 「料理学校?でも、入り口はここじゃあないですよ。」
 あくまでも事務的だ、玄関を通したくないらしい。
 「でもムッシュー、今日は学校に入学するための最終的な入金確認の為にきたのよ。、
  行かなければ払えないわ。」
  <入金>という単語を聞いて、彼の頭の中のセキュリティも解除されたらしい。
 「玄関はあちらになります。マダム。」
  興味なさそうに、右手で奥まった階段先にあるシックな木製の回転扉を指し示すとすぐに、
ヴァンドーム広場の方に視線を移してしまった。
 「ありがとう、ムッシュー。」
 一言お礼を言うと、奥まった所にある階段を昇り、先程からやり取りを見ている回転扉の右側に
控えているはしばみ色の瞳をした、ドアマンに声をかけた。
 「こんにちはムッシュー、二時半に料理学校の事務所で約束があるの。通ってもいいですか。」
 「どうぞ、マドモヮゼル。」
 整った顔立ちの彼は返事はしてくれたもの、そのまま姿勢を崩さず扉を回してくれそうな様子はない。
 自分で扉に手をかけて押し出してみると 重厚な雰囲気そのままな重さがありそこを通り抜けると、
清潔でひんやりとした空気と穏やかな太陽の光で満たされた空間が開けた。
 広々と広がる視界の先には人の姿はなく、天井は大聖堂のように見上げるように高い。
 どこまでも広がるパリの大空と同じコバルトブルー色の上質の絨毯が敷き詰めらた広く長い廊下、
その左手には天井まで覆われたガラスの向こうに鮮やかな緑の木々に囲まれたエレガントな中庭が続く。
 どこか遠くで漂うようなハープの音色が静かに流れて、都会の喧騒とは一線を画した穏やかで
独特の雰囲気を漂わせている。
 初めて訪れた場所なのにどこか懐かしいような感覚を覚えた。
 見下ろされるような威圧的な視線を左脇に感じて振り向くと、屈強な肉体に上等な濃紺のスーツを
着こなした身長190センチメートル程の首の太い男性が、両腕を後ろに回し待ちの姿勢で
見下ろしていた。
 「こんにちはムッシュー、料理学校の事務所はどちらですか?」
 訝しそうな視線でこちらを査定している様子。
 無言のままだが彼を無視して歩いて行く訳にはいかないようだ
 「二時半に事務所で約束しているのです。」
 もう一度、私を観察中の無言の彼に言ってみる。
 「料理学校?さぁ、知りませんね。マダム。」
 その後の言葉は彼の口から続きそうにない。
 反対側からも視線を感じて見てみると、階段の数段先にあるクラッシックなフロントのカウンター越しに
妙齢のフロントマンが3人、こちらの様子を窺がっている。
 彼らに尋ねてみても同様な対応をされそうで、とにかく前に踏み出してみた。
足の下に革靴を通して感じる上等な絨毯の毛足の感覚。踏み込むとしっかり靴を両脇から
包み込むような感触だ。
 右サイドには、エントランスから階段を4段上がった奥にフロントがあり、
その前には16世紀の宮殿の回廊のような豪奢で繊細な、贅をつくした美しい螺旋階段が
階上へと延びている
 その脇には地下へ続くプールとフィットネスクラブへの案内がさりげなく、クラッシックで重厚なデスクの
上に置かれ 、瑞々しい大輪の白く透明感のあるカサブランカやグラジオラスの咲き誇る花々が、
微かに甘い香りを放ちながら大きく見事に生けられている。二十一世紀の現在も稼動している、
生きたフランス宮殿のような建物には行く手を指し示す、看板や表示はどこにもない。
 見渡す限り、豪奢な調度品が計算された絶妙なバランスで配置して美しい空間が作り上げられ。
それ以外の事務的な現実感を感じさせる物は何一つ存在しない。
 途方にくれたように行くべき方向を考えながら、左サイドを振り向くと開かれたサロンの入り口から
黒い燕尾服を着て柔らかそうな金髪をなびかせながら、何も載せてない大きな銀製のトレーを右腕で
肩より高い位置に掲げて背の高い美しい青年が急ぎ足で飛び出してきた。、
 「こんにちは、マダム。」
 さわやかなあいさつと印象深い優しい笑顔で目の前を通り過ぎていった。
 燕尾服の青年は、軽やかな急ぎ足で廊下の向こうへ小さくなって行く。
 彼を逃したら行き先を尋ねるチャンスはないと、
超高級ホテルの中を不似合いにも全力疾走で追いかけた。
上質の絨毯の上を走るのは足を捕られて走りにくいということをこの瞬間初めて実感した。
 「すいません。お仕事中お邪魔します。ムッシュー、ちょっといいですか?」
 高身長、金髪、碧眼と美青年の定番のようなこの青年は、軽く息を切らせている私をびっくりしたような
表情で振り返った。
 「料理学校の事務所にいきたいのです。どこにありますか?」
 「料理学校・・・・・?あぁ、学校ですか、マダム、私の後について来て下さい。」
 そう短く答えると、正面玄関から長く延びた廊下を踵を返して右の廊下に折れ、行き止まりまで行き着くと
天井まではりめぐされたガラスの壁を、右手で銀製のトレーを掲げたまま左手で大きくガラスの壁を
押し出した。
 





プロローグ

ココ・シャネルに会いにパリのホテルリッツまで