1/26(水):ロンドン→ブエノスアイレス
楽しかったロンドン滞在も終わり、夕方、フランクフルト経由でブエノスアイレスへ向かう。夜間飛行のため食事が終わった途端に爆睡。が、ルフトハンザご自慢のフルフラットシートを起こした際に、手荷物のバックパックがひっかかり故障。前の座席に座っていた整備工(故障が多いため常駐している)も完全には直せず、とりあえず手動で元の位置に戻してもらう。ということで14時間中、最後の3時間はやけに正しい姿勢で過ごすことに。
ヒースローのラウンジはビジネスマンだらけ。
場違い感をかみしめつつまずは一杯。



「このシート、すごくよく壊れるらしいよ」「へードイツ製なのに?」とかいってたら・・・
1/27(木):ブエノスアイレス
ブエノスアイレスは一気に真夏で、空港まで迎えに来たガイドも超ハイテンション。ラテンだな〜。市内に向かう車中、ずーとガイドに関するアンケートへの記入について懇願される。まだ着いたばっかりだって。。。ホテルに着いて早速エレベーターが故障、荷物と共に閉じ込められる。非常電話で通報すると何事も無かったようにドアが少し開き、後は自分の手でこじ開けて脱出。通りがかったホテル従業員は、特に驚くことも無くスマイル。


母達のデモ。もうみんなおばあちゃんです。奥が予算が足りなくなって正面だけピンク色に塗られている大統領官邸。


メインストリート。手前右が世界三大劇場のひとつ、コロン劇場だそうです。

Tシャツ、バッヂなど好評発売中!




歩道にはカフェが。まるでヨーロッパです。
午後2時過ぎから市内のガイドツアーへ。大都会で、物が豊富で安く、綺麗なお姉さんが多い!大統領官邸前の五月広場では「五月広場の母達」が毎週恒例のデモの真っ最中でした。これはかつて軍政時代に政府によって拉致された息子や夫を帰せと母親や妻達が集まって抗議したものが、民主化した今も続いているもの。内容が内容だけに写真を撮るのを躊躇していたところ、デモのすぐ横で母達が観光客相手にせっせと商売しているのを発見。心おきなく撮影することに。広場に面したピンクの建物が大統領官邸。数年前、壁を塗りなおすための予算をとったが、そのお金の内、半分がいつのまにかどこかへ消えてしまったのだとか。結局予算が足りず、建物の正面部分しか塗りなおせなかったために、正面のみ色鮮やかで側面と背面はくすんだ色のままになっています。

夜はタンゴショーへ。ハイシーズンのため観光客ですし詰め。隣に座ったのは上品な華僑系マレーシア人夫婦で、アルゼンチンにはクルーズで立ち寄ったのだとか。ご夫婦の上品な立ち振る舞いに、思わず緊張。食後に始まったタンゴショーは圧巻!想像以上にすごかったです。

観光客でごったがえす歩行者天国には、大道芸人の姿も。中でも一番上出来だった「強風に向かって歩く人」。

一本裏道に入るとなんとなくアルゼンチンっぽい雰囲気。

タンゴショー。ステージの上部に楽団がいます。
1/28(金):ブエノスアイレス
日帰りツアーに出発。この日はガイド(メリッサ25歳、顔は可愛いが人の話はぜんぜん聞いてない)とドライバー(エンジェル70歳)、そして私たち夫婦のみ。サッカースタジアムなど眺めつつ、聖母伝説で有名なラハンという町にある修道院兼農場へ。17人の修行僧が酪農をしながら卵や乳製品の販売をしているところで、十字架が飾られた養鶏場や搾乳場、そして名物のミルクジャム(ドルセ・デ・レーチェ)の製造過程などを見せてもらいました。私たちが売店でお土産を買っている間、エンジェルもちゃっかり新鮮な卵2ダースをゲット。孫娘へのお土産だそうで、誰よりもいい笑顔をしていました。

町の大きな教会などを見物し、レストランとプールと牧場がひとつになった不思議な施設で昼食。渡されたスケジュールには「牧場でバーベキュー」とあったのでアウトドアでワイルドに立ち食いの図を想像していたのですが、以外にも空調の効いたレストランで普通に食事でした(暑かったので結果オーライ)。でてきたステーキは特大サイズ。直火で焼いているためか、焼き加減にばらつきがあり、エンジェルの分はかなりのレア。傍目には美味しそうでしたがお好みではなかったらしく「こんな赤い肉は食えん」とすねる。まあまあとみんなでなだめつつ、食後に少しだけ乗馬を楽しみ、帰途につく。

道中、エンジェルは運転しつつもトランクに積んだ卵が気になる様子。道路の凹凸で車がゆれるたびに「卵が!」と叫ぶ。そこへさらにメリッサが「暑かったから今ごろニワトリになってるんじゃない?」と追い討ちをかけるが、エンジェルも楽しげにヒヨコの鳴きまねで応酬。陽気な国民性に思わず移住を真剣に考える。


左からエンジェル、メリッサ、案内役の修行僧。


レストランではガウチョ(牧童)が馬車でお出迎え。


1/29(土):ブエノスアイレス→プエルトマドリン
朝5時、ホテルへ迎えに来たガイドにふたたびアンケート記入を念押しされつつ、パタゴニアへ向け出発。

2時間で到着したトレレウ空港は寒風ふきすさぶ荒地の真っ只中。迎えに来たツアーバスに乗り込むと、待っていたのはにこやかなオランダ人熟年夫婦2組+徹底して英語を話さない仏人男性1名(ジャン=ピエール推定55歳)。トライリンガル(スペイン語、英語、フランス語)のガイドの説明を聞きつつ、プンタトンボのペンギンコロニーへ向かう。およそ100kmの道中、人家は5軒のみ。羊の酪農で生計をたてているが、土地が不毛なため1匹の羊を養うのに5ヘクタール(50,000u)の土地が必要なのだとか。


「地の果て」という言葉がぴったりくる、荒涼とした風景。

<参考>ナイロビ近郊。さてどっちが不毛でしょう? 
プンタトンボはマゼランペンギン最大のコロニーだけあって、一歩足を踏み入れるとあたりはペンギンだらけ。その数と距離において、これまで見てきたニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの何れも遥かに凌駕しています。ペンギンは観光客が立ち入りを認められている柵の内側にも巣がたくさんあってうじゃうじゃいるものの、触るのはもちろん禁止。近寄りすぎるとペンギンもスルドい目つきで威嚇してきます。可愛いと思って油断していると、くちばしで攻撃してくることもあるのだとか。ちなみに最寄の病院は200km先だそうです。


胸に黒い線が2本あるのがマゼランペンギンの特徴。


この日の為に買った双眼鏡。悔しいので一応使って
みる。特にヒナは好奇心旺盛で、あちらから近づいて
きたりします。



陸にも海にも、見渡す限りのペンギン。
<ヨメメモ>ペンギン班の方はこちらをどうぞ。

なぜここで?その1

なぜここで?その2
午後はウェールズ人が入植した村の見学へ。アルゼンチンまできて思いがけず英国式のアフタヌーンティーをする羽目に。その後なぜかトレレウの恐竜博物館へ連れて行かれる。一同「なぜパタゴニアで恐竜?」と腑に落ちない中、ジャン=ピエールだけが「トレビアーン」とひとり目を輝かせる。

夕方、海辺の町プエルトマドリンに到着し、本日の予定は終了。「ジャン=ピエール濃かったね〜」などといいつつ、ガイドに教わったシーフードのレストランへ行くと、なんと一人で白ワインをかたむけるジャン=ピエールに遭遇。「ジャポン。#$%%$$%#%#・・・」とフランス語で再会の喜び(?)を一方的に受ける。狭い町はこれだから・・・。



プエルトマドリンの海岸。
1/30(日):プエルトマドリン
日帰りのヴァルデス半島ツアーへ出発。今日のバスにはオランダ人、スペイン人、ドイツ人、ベラルーシ人が同乗。

まずは小規模なペンギンコロニーへ。昨日のプンタトンボと比べて急な崖にあり、風が強く過酷な環境のためかペンギンの気性も心なしか荒い。

次はゾウアザラシのいる海岸へ。こちらも崖の上から見学・・・と思いきやガイドがおもむろに崖を下り始める。砂浜に辿り着き、えっそんなに?と思うほど近づいたところで、大きなゾウアザラシが顔を上げ威嚇を始める。一同砂浜に伏せ、その姿勢のままおそるおそる見学。この時期大人は回遊に出ているため、岸にいるのは3〜6歳の若者とのことだが、迫力は十分。ガイドが砂浜で拾った毛皮の破片をくれる。ごわごわしているがさすがに暖かそう。

昼食後はトドの見学へ。ハーレムを守るオス同士の戦いや浅い水溜りではしゃぐ子どもたちなど見ていて飽きない。

冷たい海風に一日吹かれていたためぐったり疲れてホテルに戻る。目をつけていたレストランでパエリアを食べる。料理を運んできたウェイターが立ち去り際に「食が、すすむ」と笑顔で声をかけてくれる。「ボナペティ」の邦訳だとしばらくして気づく。だれだ〜、ヘンな日本語教えたのは!とりあえず、もう少しマシな訳として「お食べ」を教えておく。大変感謝されました。プエルトマドリンに行った際は是非海辺のレストラン「プラシド」をご贔屓に。


急な崖を自在に昇り降りするペンギン。ただし降りる時の足元は少々心もとない。


ふいに頭をもたげるゾウアザラシ。
<ヨメメモ>海獣班の方はこちらもどうぞ。


換毛後のゾウアザラシの毛皮。欲しい方、ご一報ください。

ゾウアザラシが岩場にも砂浜にもゴロゴロ。崖を下って接近を図ります。


「伏せろ!」一同低い姿勢で見学。海からの風で、細かい砂が吹き付けるのでジャリジャリになります。


トドのハーレム。黒いのが子ども。幼稚園のように子どもだけで遊んでいる姿も。

1/31(月):プエルトマドリン→ウシュアイア

プエルトマドリンはダイビングが盛んな場所のようです。寒くなければな〜。

エリカちゃん。英語は通じないけどとても親切でした。
夕方の飛行機まで何もすることがないのでホテルのチェックアウトタイムを伸ばしてもらい、のんびりすることに。風が弱く日差しが出てきたため目の前のビーチに人がでている。我々も昼過ぎに出陣するが、気温が低いためフリースを着込んでいき、海水浴客の中で浮きまくる。めげずにビーチハウスで昼食。可愛いウェイトレスのエリカちゃんにうっとり♪ 昼食後街をぶらつくとシエスタのためどこもクローズ、銀行のATMまで閉まるのにはびっくりしました。

午後6時半のアルゼンチン航空で大陸の南端、ウシュアイアへ。


2/1(火):ウシュアイア
どこを見ても「地の果て」感が漂う町、ウシュアイア。港には砕氷船、山の上には氷河なんかも見えます。もちろん真夏でも空気はひんやり。ダウンジャケットが手放せません。家々は質素な作りが多く、北海道とスイスを足して2で割ったような感じ。
そこらをうろついている野良犬(アルゼンチンはやけに野良犬が多い)も、軒並み体が大きく毛がふさふさで、寒冷地仕様という感じです。


飛行機から見たウシュアイア全景。手前はビーグル海峡です。
ちなみに滞在したホテルは町から少し離れた山の手にあり、眺望抜群なるもちょっと不便。ネットがしたかったのですが、部屋に電話は無く、ロビーの電話もちょっとネット接続は難しそうなので、断念しました。


ロビーの電話

きれいだけどかなり普通。


道端にはタンポポとシロツメクサが。北海道と同じ植生に嫁は感動。


近くで見るとちょっと地の果てっぽい?


町をうろつくペンギンとビーバー(奥)を発見。
この日は近郊にある2つの湖を見に行きました。あたりの景色は北欧とどこか似ていて、同じツアーのスウェーデン人ジャーナリストはどうも退屈だった様子。湖見学といっても実際はそんなに見るものもなく、あとは犬ぞりセンターでハスキーたちとたわむれたり、夏季休業中のスキーリゾート内のレストランでパタゴニア・ラムのバーベキューを食べたり。ランチをともにすることになったスウェーデン人とは、ひたすらボルボとSAABの話をしました。途中、うっかり「奥さんは?」と尋ねたら「前は結婚してたんだけどね・・・」と言ったきり黙ってしまい気まずかったです。

夜は町の名物「キング・クラブ」にトライしましたが、味はいまいち。アルゼンチンではやはり牛肉が一番と思い知りました。
2/2(水):ウシュアイア
この日は、バスと観光用の蒸気機関車「End-of-the-World Train」を乗り接いでティエラ・デル・フエゴ国立公園見学へ。この列車、かすかな上り坂でパワーが足りず止まってしまい、救援に駆けつけたディーゼル車に後ろから押してもらうというおもちゃみたいなシロモノでしたが、説明係のお姉ちゃんの可愛さもあり、なかなかエンジョイできました。この線路はもともと、ウシュアイアの刑務所に収監されていた囚人達が木材切り出しの労働をする際に敷設したものだそうです。

公園内には、ビーバーの作ったダムや、世界最南端の郵便局、そしてアルゼンチンを縦断する道路「ルートNo.3」の終点などの見所があります。ここから南極までは600km、対して首都ブエノスアイレスまでは3,000kmだそうです。

午後はビーグル海峡クルーズの予定だったのですが、強風のため中止。ホテルに戻りひたすらのんびりしました。



力不足のEnd-of-the-World Train。


世界最南端の郵便局。パスポートを出すと記念スタンプを押してくれるそうです。押されても困る気もしますが。。。



ルートNo.3の終点。特に何もない。


郵便局付近の木。海からの風に吹かれて斜めに育っちゃってます。
2/3(木):ウシュアイア→ブエノスアイレス
朝の飛行機で再び真夏のブエノスアイレスへ。空港へ迎えにきた例のガイドに記入済のアンケートを渡す。「ガイド」の項目を「Very Good」にしておいたので、飛びつかんばかりに喜ばれる。

午後ワインショップなどを周り、夜はふたたびタンゴショーへ。前回正統派の店に行ったので、今回は少し趣を変え、ブロードウェイ風(?)にショーアップされたものを見に行くことに。ステージに突然馬が出てきたり、人が宙を舞ったりと仕掛けがすごく、これはこれで楽しめました。隣の席に座ったチリ人観光客がなぜか突然ワインをおごってくれたのですが、男二人連れで妙にやわらかい話し方をするので、そっちの筋の人なのかどうかが気になってしまい、酒の味はよくわかりませんでした。


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