患者の立場での糖尿病臨床研究

その2:
酒を飲んだ方が血糖値は下がるのか?


糖尿病の診断を受けて、まず私が実行したのは、自己測定検査機器を購入して、自分の血糖値の観察を行なったことです。

機器が手に入った次の日から測定を始めました。 まず、一日の経過をワンポイントで計っていったら、面白いことに気づきました。


面白いと言うか、疑問点が湧いてきたのです。まず第一の疑問点は、散歩した後の血糖値が散歩前よりも 18 mg/dl も上昇しているのはなぜか、とういう疑問。 次の疑問点は、昼飯の後よりも、夕飯の後のほうが血糖値の上昇が少ないことへの疑問。
この第一の疑問点に関しては、まず簡易自己測定値のばらつきがどの程度かを検討することにし、幾度か行った糖負荷試験の際に、今村病院分院の検査室で計った値と、各ポイントで複数回(3〜6回)同時測定した簡易自己測定値をくらべてみました。

この結果、自己測定値にはばらつきがあり、3回以上同時測定して平均値をもって測定値としたほうがいいことがわかりました。それから、低い方の検査室値は自己測定値よりも常に高い値をとっていることがわかりました。この理由は、後日、明らかにすることが出来ましたので、今後、シリーズで記載してゆく中で、いずれ述べる予定です。
次に、同じ条件でウォーキングして、前後の自己測定血糖値をくらべてみました。

ウォーキングは、ちょっと汗をかくかなというぐらいの程度で50分。それを5回行って、前と後と連続3回で平均値を取って比べてみました。 その結果、若干、上がったり下がったりしているけど、プラスマイナス3か4の範囲内でしたので、この程度のウォーキングでは、血糖値は殆ど変わらないということがわかりました。ちなみに、第1の疑問点のきっかけとなった『散歩後に血糖値が 18 mg/dl も上がっていたのは、測定値のバラツキだったと考えた方がよさそうです。

 次に第二の疑問点『昼飯の後よりも、夕飯の後のほうが血糖値の上昇が少なかったのはなぜか?』について検討しました。この日の夕食はオンザロックで村尾を2杯飲んでいるんので、ひょっとしたら、これがいい影響を与えて、血糖値の上昇が少なかったんじゃないかという、“飲んべえ”独自の我田引水の仮説の検証をすることにしたのです。この検証のためには、まずはアルコールを飲まない状態での、自分にとっての基準値を見ないといけないというので、トレーランG75を飲んでの糖負荷試験を6回行なったのです。

各ポイントは自己測定を同時4回行なった平均値をとりました。 糖負荷330分後までみたものもあります。この実験で、2回低血糖発作(集中力低下と手の振るえ)が起こりました。その時の血糖値は64 mg/dl と56 mg/dl でした。血糖値が56 mg/dlの時の発作の時には、振るえの状況の記録にも成功しました。(私が神経内科の専門であることがこの貴重な震えの記録に繋がりました。) さて、この低血糖の発作が起こったことが、私だけの特殊事例なのか、一般集団で共通しているのかというのが私の実験の1つのテーマになりましたが、この回答は次の項(その3)で述べます。
さて、第2の疑問点に答えるために次に行なったのが、糖負荷試験へのアルコールの影響の検討です。
この実験を行うにあたって、どのぐらいのアルコールを飲んで実験するのがいいか量を決める必要がありました。

このスライドの内容は実は本当みたいなのです。このことに関しては、実は、とても多くの学術論文があります。
代表的なものを紹介しますと

フィンランドでの双子の人を20年間追跡した報告ですが、

1日23.0〜45.0グラムのエタノール(日本酒換算で0.75合〜1.5合)を飲むグループがアルコールを飲まないグループより2型糖尿病になるリスクが低かったという結果です。
欧米だけでなく、日本人でも同じ結果が得られていますので紹介します。


これまでにこのテーマで世界中で膨大な研究がなされていることがわかりました。 それらの膨大な数の研究結果をメタ解析(個々の研究を解析し、統合評価する手法)された結果が2005年に報告されたが(下の図)、一日平均おおよそ50グラム以下のアルコールを摂取する人は、摂取しない人にくらべ2型糖尿病なりにくいという結論でした。 日本酒に換算すると、1日約1〜1.5合程度の量であれば、飲む人の方が飲まない人よりも、高血糖の人が2型糖尿病になるリスクが低いということになるということなのです。

このグラフのカーブはJの字の下半分の形に似ているので『J字型曲線』と呼ばれていますが、同じような『J字型曲線』効果が他の生活習慣病でも報告されています。この程度のアルコール摂取をした人の方が虚血性心疾患にもなりにくいし、脳卒中にもなりにくいと報告されているのですです。 私の痛風での体験でも、同じような結果が認められました。
というわけで、この実験は、日本酒1.5合相当のアルコール負荷で行うことにしました。
どうせアルコールの実験するんならと、とっておきの“まぼろしの焼酎”『魔王』と『森伊蔵』の新しい瓶2本とも封を切り、日本酒1.5合相当の172 mlの焼酎とトレーランGを混ぜてカクテルで飲飲んだのです。

そのおいしかったこと、本当に感激でした。 先に行ったエタノールなしの6回の結果はブルーの単色にしておいて、アルコールとのカクテル負荷の5回のは色をつけてスライドにしました。

この5回のアルコールとのカクテル実験の結果は、アルコールなしでのブルーのコントロール群に比べ低目の曲線を示しました。すなわち、アルコールとのカクテル負荷では血糖値の最高値の値が低めになるのではという当初の仮説を支持する結果となったのです。この理由に関して、いろいろ文献をあたってみましたが、決定的な文献を探し出すことはできませんでした。アルコールがインシュリン感受性を増加させるという文献もあり、これで説明できるのかもしれません。 なお、このアルコールとのカクテル負荷でも、3時間以上経過を終えた2回中2回(100%)ともに65 mg/dl と57 mg/dl の値の時にいずれも低血糖発作が起こりました。 
 
余談ですが、各ポイントで4回ずつ指に針を刺して自己測定していますから、このスライド一枚を完成させるために500回前後指に針をさした計算になります。
ともあれ、一連の結果は、第二の疑問点『昼飯の後よりも、夕飯の後のほうが血糖値の上昇が少なかったのはなぜか?』について、『この日の夕食はオンザロックで村尾を2杯飲んでいるんので、ひょっとしたら、この影響で、血糖値の上昇が少なかったのではなかろうか』という作業仮説を支持するものといえるように思います。

それでは、今回の一連の実験から出てきた検討課題の『私に起こった低血糖の発作は、私だけの特殊事例なのか、一般集団で共通しているのか』の回答は次の項(その3)で述べることにします。