思うこと 第88話 2006年5月5日 記
メイヨークリニックは何故発展し続けるのか
何故、メイヨークリニックはこのようにひたすら発展し続ける事ができるのだろうか? その答えを論ずる前に、まずは、メイヨークリニックの現状を紹介をしよう。 私が留学していた頃はメイヨークリニックはロチェスターだけであったが、今ではアリゾナとフロリダにも進出している。それら2つの病院ともそれぞれの地区で本院と同じスピリットで運営され極めて順調に発展しているが、ここではロチェスターの本院にしぼって紹介する。 ここミネソタ州のロチェスター市は現在人口8万人であるが、そのかなりの部分がメイヨークリニックで働く人々とその家族が占めている。実数で示そう。本院で働く従業員の総数は現在 27,242人である。人口の実に三分の一が従業員であるから、その家族を含めると人口の三分の二以上が従業員とその家族が占めていると考えられるから、文字通り“城下町”ならぬ“病院町”であるいえる。残りの人口は、これら家族を相手にするお店などの商業や銀行など関連、全世界から受診のために集まってくる患者さん方のためのホテルの従業員関連、それに郊外にあるIBMの工場関連の人々が占めているといえる。この写真は今回、市の中心部から西に10分ほど車を走らせたところで撮った写真であるが、実は東西南北どちらの方向に車を走らせてもほぼ似たような風景が待っている。これらはすべてトウモロコシ畑であり、このような広大な平原のなかに孤立した町としてロチェスターは存在しているのである。では、患者さんはどのようにして病院に来るのか? 全米に張り巡らされている無料の高速道路網に直接リンクしているので車でくるのには何の問題もないし、ジェット機の発着できる立派な飛行場もある。この飛行場はメイヨークリニックが作り、空港運営会社に年一ドル(すなわち無料)で貸していると以前聞いた。ところで、 27,242人のクリニック従業員の内訳は、スタッフの医師が 1,659人、レジデントや研究生(フェロー)が 1,745人、看護士・事務員を含めたその他が 23,838人である。医療の総収入は年44億ドル(そのうち、経費を差し引いた純利益は3億ドル)。非営利法人の認可を受けているため、クリニックへの寄付は寄付した個人や会社にとって経費として認められるので、寄付で集まる額も大きく、これが年2億ドルを超える。もちろん、『その2』で話したゴンダビルなどのように建物の寄付や、その他さまざまな金額であらわせない品物の寄付がこれにさらに加えられる。 ちなみに、この写真はゆったりとした患者さん用の待合室の奥に、昔はなかった日本画の屏風が飾ってあったので(右写真)、覗いてみたところ、左写真の小さなパネルが添えてあり、狩野派の屏風絵で、グリーンバーグ氏の寄贈と書いてある。このような寄贈品があちこちに飾られていて、病院に美術館的落ち着いた雰囲気を与えてくれている。 さて、それぞれのメディカルスタッフが自分の診察室を持っているので、診察室の数だけでも1,000室をこえる。手術件数も年間50,000件を超える。今はもっと多いと思われるが、以前、心臓の手術が毎日30件以上あると聞いて驚いた事がある。世界一のクリニックといわれるだけあって、全てが桁外れで、我々にとっては自慢の鹿児島大学病院でさえも遠く及ばない。
さて、本論に入ろう。 何故、メイヨークリニックがかくも発展し続けるのか? それは、メイヨー兄弟がこの病院を設立して以来の理念が実践されているからに他ならない。その理念とは、 " Mayo's mission is to provide the best care to every patient every day through integurated clinical practice, education, and research." である。 私の下手な訳で恐縮であるが、やや意訳を加えると、『メイヨークリニックの理念は、365日いつでも全ての患者さんに世界でこれ以上ないという最高の医療を提供することであり、これは、全ての医師が相互に協力してそれぞれの患者に最高の医療を提供できるシステムの構築と、最高の医師を育てる教育と、そして、最高の医療をささえる研究者の育成に力を入れる。』ということに要約されよう。 教育と研究者の重視はアメリカの大病院に共通したことではあるが、メイヨークリニックは突出してこのことに力を入れてきているように思う。 それは、世界一の医療を追求し続けるための、必要不可欠の要件であったのである。 レジデントの研修体制には定評があり、私も留学の初年度はクリニカルフェローとしてその恩恵を享受した。 また、臨床に根ざした研究者を大切にしている良い実例としてエンゲル先生やディック先生方があげられよう。 77歳前後になられた今でも、世界の最高峰の現役の臨床研究者として世界を牽引し続けられるということは、メイヨーが力のある人には何歳になっても頑張ってもらうという姿勢があるからに他ならない。お二人とも、今でも、気の遠くなるような多額の研究費をNIHや民間のFundから獲得してきて、研究費は潤沢で、一方、世界一の臨床研究のレベルを保っている事が、直接間接にメイヨークリニックの医療レベルを世界一に保つことに様々な形で貢献しているのである。 もちろん、お二人への給料や研究費も手厚いが、それをはるかに上回る資金を獲得し、メイヨーに提供しているのだから、メイヨーにとってはまさに好循環といえよう。ちなみに、メイヨークリニックの研究者等が獲得している資金の総額は 1,921,000,000ドルにのぼる。
患者さんに最高の医療を提供しているだけではなく、受診した患者さんに最高の現場環境をも提供している。 幾つかの実例を紹介しよう。 左上の写真は外来の玄関を入ったところにある案内カウンターで、この奥に患者受付がある。 受診した患者さんには、ワイヤーレスの手持ちの小さなコンピューター案内機が渡され、その指示に従って移動すると、そこでは殆ど待ち時間なしに検査や診察が待っている。希望する患者さん全てに、一対一の案内兼ヘルパーが付く。 右写真は採血室の待合であるが、ゆったりしていて、かつ、待ち時間は殆どなくてすむ。 左写真は診察室前の待合室であるが、まるでホテルのロビーという雰囲気であるが、ここでも待ち時間が殆どないようにプログラムされている。 このように、全てが至れり尽くせりであるのに、医療費は全米比較で極めて廉価に設定してある(それでも、人件費を含めた全ての経費をさしひいた残りの純利益が年310,000,000ドルにのぼる。 ただ、支払いのあとに寄付受付のコーナーが待っていて、もちろん、希望者があればどうぞというスタンスではあるが、結果的に、年間72,000人の人が寄付を申し出て、寄付の総額は203,000,000ドルにのぼる。
さらに詳しく、メイヨークリニック発展の秘密を知りたい方は、単行本『メイヨーの医師たち』を読まれることをお薦めする。