思うこと 第52話         2005年12月25日 記

挑戦し続ける若者のレポートに感動して

夢に向かって挑戦する多くの若者の姿をみるたびに、感動し、そして元気をもらってきたが、今回の林 恒存君から届けられた米国の病院での1ヶ月間の研修体験レポートには、心底感動した。多くの方々にぜひとも読んでほしいと考え、同君に許可を求めたところ、快諾を得たのでここにレポートの全文をそのまま公開させてもらいます。

その前に、同君の略歴を紹介しましょう。 
林 恒存君(左顔写真)は、1997年に鹿児島大学医学部を卒業し、私どもの第三内科に入局してきた若者です。 一年間鹿児島大学医学部附属病院で研修医としてトレーニングを受けた後、私が追い求めてきた研修体制の中の『臨床真っ黒こげコース』を選択してくれ、1998年から2年間福岡県麻生飯塚病院の研修医として2ヶ年間国内留学した。ここでの評価も高く、途中米国ジョージタウン大学医学部での1ヶ月間のエクスターンの経験も積んでいます。2000年の4月に大学の第三内科の病棟に帰ってきた時、驚くほど臨床の力をつけているのに感心したのであった。その後1ヶ年間国立指宿病院神経内科で橋口部長のもとで臨床神経内科の特訓を受けた、その後、2001年6月から西垂水君が中心となって立ち上げた慈愛会今村病院分院救急・総合内科に他の第三内科の青年医師達とともに集結し、ここの中心的担い手として大きく発展させながら今日に至っているものである。 同君は、西垂水君と久松君という2人の卓越した先輩に深く私淑していたのであったが、久松君の悲報に打ちのめされながらも、その悲しみの中から、久松君の遺志を継ぐべく、米国での厳しい研修へのいばらの道に挑戦するというそれまでの決意をさらに強くいだいたのであった。 今村分院救急・総合内科でのこの4年半の間に、同君は2002年には日本内科学会認定内科専門医の試験に合格し、さらに、2003年3月にはUSMLE STEP2 に合格、さらに同年6月にはUSMLE STEP1に 合格し、2005年6月にはUSMLE STEP2CS の難関をみごとに突破して、USMLEのCertificateをついに取得したのであった。これで、米国の研修病院で研修するためのすべての資格を得たのであるが、もう一つ超えなければならない難関があり、それは、米国のいい研修病院から選ばれる(マッチングする)という難関である。この難関に挑戦する作業の一環として同君が挑んだのが、以下に紹介するハワイ大学 Kuakini Medical Centerでの1ヶ月間の臨床研修である。
林君への大きな期待とエールをこめながらクリスマスの日にこれを記す。
(注:報告の中のわかりにくい医学用語のカタカナには私が括弧の中に注釈を加えた。)

ハワイ大学 Kuakini Medical Centerでの臨床研修報告  
     2005年10月3日〜10月28日          林 恒存

 今回、野口医学研究所の奨学生として貴重な1ヶ月間を体験することができましたのでご報告致します。私は卒後9年目の内科医ですが、現在は市中病院の内科救急、総合内科の医師として、また研修医の指導医として勤務し4年になります。自分なりに今の立場に満足しながら役割を果たしてきたつもりでしたが、経験年数が増すにつれて日常の診療を無難にかつ要領よくこなす、悪く言えば手の抜き所を覚え始めていることに最近気づきました。これまで致命的な事態は幸いにしてありませんが、臨床経験や知識不足に由来する細部での判断が甘さから反省することもあり、このまま漠然と経験のみ重ねていくのでは医師としてのさらなる成長はあり得ない、もう1度敢えて厳しい環境に身を置いて臨床能力を磨き直したいという気持ちが年々強くなっていました。また海外の医療を経験することで、日本の医療の素晴らしい所や改善すべき問題点などが自分なりに見えてくるのではと考えました。卒後3年目に1ヶ月間アメリカの病院でエクスターンをする機会がありましたが、基本的臨床能力を確実に身につけるように教育体制が工夫され、充実したプログラムでレジデントがいきいきと研修している姿を目の当たりにして、この環境でぜひ研修してみたいと強く思いました。しかし英語で臨床をすること、USMLEを全てクリアするエネルギーと時間、日本人を採用するレジデンシーの枠の少なさなど、当時の私にとって非常に大きな壁がいくつも立ちはだかり、絶対実現不可能だとその当時は諦めていました。その後臨床医としてさらに日本で経験を積んでいくにつれ、やはりアメリカで臨床研修をすることは危機感から脱却するいい転機になるかもしれないと再度考えるようになり、実際に実現できるかはさておき、まずは必要な試験をうけてみようと決意しました。情報を集め、先輩のアドバイスを受けつつ仕事の合間の時間をUSMLEと英語の試験勉強に注ぎ、3年がかりで全てパスし、この短期研修がポジション獲得の足がかりになればと考え、今回参加させていただきました。
 この1ヶ月は、以前にエクスターンをした時と比べ、より客観的に日本とアメリカの医療の共通点や相違点を理解でき、また実際にアメリカで医師として働くことを想定しながら過ごすことができました。加えて数多くの尊敬すべき医師との貴重な出会い、英語環境下でのストレス、文化の違いなどここ数年で味わうことのなかった新鮮な刺激をうけ、医師としてのこれまでの自分を見つめ直し、臨床医としてアメリカで研修する私にとっての意味を再認識した1ヶ月となりました。
初めの3週間は内科病棟での研修で、残り1週間は家庭医のもとで外来診療を主とした研修ができました。基本的にオブザーバーという立場での研修で、患者さんの診療に関して一部制限がありインターンと同じ立場で全てを行うことはできませんでしたが、患者さんからの病歴聴取、診察、検査や治療方針のディスカッション(討議)、朝のモーニングレポート(新しく入院された患者さんの紹介)での症例プレゼンテーション(口頭による患者さんの紹介)、多様なカンファレンスへの参加、夜間のチームのオンコール(当直医勤務)では、チームのシニアレジデントのはからいで非常に多くのことを経験できました。また家庭医のもとでは、採血をはじめとするいくつかの手技や、外来患者の病歴聴取、診察、カルテ記載を数多く実習し、また入院患者さんのサマリーを電話でディクテーション(電話で言った言葉を秘書がタイプしてくれること)するというアメリカの医師の日常業務を経験しました。
内科はチームケアであり、卒後3年目(日本で卒後5年目の能力に相当すると思います)のシニアレジデント1人、卒後1年目インターン1人、医学部4年生のサブインターン1人、そして私を含む計4人で患者を常時5人から8人程度受け持ちました。また週2回チーム毎にアテンディングという指導医が振り分けられており、チーム内の患者を症例呈示した後一緒に回診し、その患者の疾患に関連したテーマで4人のために毎回ミニレクチャー(短時間の講義)をしてくれました。
 病棟業務に関しては、入院患者さんを1人の医師が診るというよりは、チームで細かくケアしているのが印象的でした。インターンの1日は毎朝5時すぎから始まります。チーム患者をまず自分で回診して、問題点毎に検査、治療計画をたて、採血結果、バイタルサインなどをチェックしカルテにまとめます。全患者の回診を7時半までに終了し、その後モーニングレポートで朝食をとりながら担当医による患者の症例提示とミニレクチャーがあり、そして9時から再度シニアレジデントと回診して患者を再評価し、プランに沿ってオーダ(指示だし)やコンサルテーション(専門医への相談)を行っていました。また週2回ほどのアテンディングによる回診の時は、さらにもう1度一緒に患者のベッドサイドに足を運び、適切なアドバイスをもらいます。このように患者のベッドサイドに午前中だけで3回は足を運ぶことになります。その後11時半からICUに全チームが集合し、ICU入院患者の主治医が臓器別に問題を整理しながらプレゼンテーションを行い、治療方針をICU指導医と共に決定し、インターンは指導医の質問攻めに答えた後は、製薬会社主催で最近の臨床研究、ガイドラインの紹介などがあります。この時にランチが用意されています。そして午後は検査結果、コンサルテーション結果を確認しカルテ記載、外来主治医とも綿密に連絡をとり退院日までのプランをたて、夕方4時前にはその日の夜のオンコールに自分のチームの患者の状態を紙にまとめ、口頭で申し送ればその日は業務終了です。朝が早い分、夕方は明るいうちに帰れます。
私は主にインターンと行動しました。同じように朝5時から回診して自分なりに評価し、カルテの代わりに自分のノートに記載し、一緒に患者の検査結果の解釈や治療方針についてディスカッションしました。私のチームのインターンやシニアレジデントは「この結果をどう考えるか?」など意見をよく聞いてくれ、また医学生も疑問点を聞いてくれたりして、私を単なる見学者ではなく患者を担当する1人として認めてくれ非常に嬉しく思いました。患者や疾患自体は日本とほぼ同様で、様々な合併症を持った高齢者や感染症の症例が多く、「日本ではこのような時にどういった検査、治療をしているのか?」といった話題でアテンディングとも多く話しができて有意義でした。一方で、医療システムの違いや、薬の使い方、オーダの違いなどに混乱し、カルテの字が達筆すぎて解読に多大な労力を要し、またナースやソーシャルワーカー、患者の家族とのやりとり、電話でのコンサルテーションなどでは英語力の未熟さからくるストレスを感じ、そしてひどい肩こりを伴う頭痛と、精神的な疲労感で、特に第1週目は帰宅後にぐったりの連続でした。
レジデントの教育体制に関しては、やはり現在の日本の標準的な卒後研修プログラムと比較すると、やはりその質の高さと充実さを認めざるをえないように思います。私のこれまでの国内での臨床経験と指導医という立場から考えても、特に以下の2点は日本の臨床教育で今後もさらに力を入れて取り組むべきだと強く感じました。
1つは、患者をケアする際の問題指向型アプローチ(問題ごとにその解決法を見出す手法)、問題抽出、アセスメント能力(問題点の評価能力)や症例プレゼンテーション技術(患者さんについて口頭で正確に、要領よく紹介する技術)の向上です。医学生が患者の状態を口頭でよどみなく、しかも要点を押さえつつ見事に症例提示するのを何度も目にして、自分には同じようにできないかもしれないと、いくらか焦りを感じました。卒後数年経過している専門医であっても、例外なく同様のアプローチ(手法)を継続しており、コンサルテーション業務において再度自分で現病歴、既往歴を詳細に取り直し、全身をくまなく診察し過去のデータをきちんと評価した上で専門臓器の問題点にせまり、患者さんの全身をしっかりと評価して言及しているのには感銘をうけました。専門医になると専門領域以外の評価はおろそかになりがちですが、ジェネラリスト(総合内科医)の視点を持ち続けながら専門性を発揮する点で日本の臨床医よりいくらか優れているように感じました。アメリカの医学生が日本の研修医レベルに現場で動ける理由は、問題指向型アプローチと症例プレゼンテーション、症候から疾患にせまるノウハウを入学した時点から何度も繰り返して練習し、現場に出る頃には臨床医として十分機能するように、より実践的に教育されているからであり、過去数年の日本の卒前臨床教育との違いを考えると能力の差はあって当然だと思います。ましてや現在の日本の指導医クラスの多くは学生時代にそのような教育をほとんどうけていないので、卒後にその技術を習得する機会のあった医師と不十分な医師で個人差があり、研修医を同じレベルで指導できないのも仕方ないと思います。ただ今後日本の卒後教育をさらに発展させるためには、卒前教育の改革は不可欠と私は考えます。学生のうちに臨床現場で応用できる普遍的、実践的な知識や技術を身につけるための時間を医学部のカリキュラムとして十分に確保すべきです。また指導医自身はよりよい指導をするためにさらに努力を重ね、できれば効果的な指導法を学ぶ機会を増えるといいのではないかと私は思います。
 もう1点は、忙しい業務の中でもレジデントが知識を習得できる機会が非常に多いことです。朝のケースカンファレンス、チーム毎のアテンディングによるミニレクチャー、臨床神経内科レクチャー、EBMカンファレンス、チーフレジデントによる内科専門医試験問題のレビュー、病院主催のグランドカンファレンスなど明らかに充実しています。しかもいずれの内容も非常に実践的で、多くが入院患者さんに関連したより具体的なものであり、基礎医学の知識を臨床での問題とうまく融合させて教えてくれます。そして長くても1時間程度なので疲れて寝入る間もないというのもポイントです。「この内容はこういう風に教えたらいいのか」と感動の連続でした。忙しい雑用に追われ、疲れ果てて座学の時間を確保できないインターンにあっても、日々の業務を通して知識と技術を日々着実に身につけられるように配慮されており、日本の研修病院でも参考にすべき点は多いように思いました。とにかく教え方が上手ですし、教え教わるという雰囲気がいつでもどこにでもあるという印象をもちました。
そして今回も言葉の壁をいくつかの場面で痛感しました。アメリカで臨床をするのに語学力不足が大きなハンデになるのは十分承知の上でここ数年は自分なりに英語力に磨きをかけてきました。医療に関連した会話はなじみのある単語が多いため、単語をつなぎあわせて時に間違った文法でもなんとか伝わるようですが、例えばレジデント同士の会話で楽しく盛り上がっている際に、いったいどこがおもしろいのかわからず、ただ苦笑いするしかない時などは精神的に苦痛でした。また深刻な病状説明や共感の気持ちを表現すべき時や救急患者とのやりとりなどでは旅行英会話程度では話にならず、彼らの患者さんとのやりとりを聞きながら、もっと豊かな表現力がないと良好な医師患者関係は築けないと実感しました。以前にエクスターンをした時は、日本での臨床経験の乏しさからほとんどコメントもできず、透明人間のような状態で寂しい思いをしましたが、今回はチームのメンバーとして自分の考えをある程度表現でき、研修の最後の週では慣れたためか、随分聞き取りやすくなり、発音や文章を話すリズムも少しは英語らしくなってきたのを認識できました。また研修中は週1回、ハワイ大学のスピーチ学教授から症例プレゼンテーションの指導をうける時間があり、発音、しぐさ、内容などスピーチを効果的にスムーズに行うためのポイントを細かく指導してもらえたのは非常に役立ちました。日本人は概して英語をうまく話さないといけないことにこだわりすぎて、かえって萎縮して話せなくなる傾向があるように思います。あくまでコミュニケーションのツールとして恥を恐れずにどんどん使う必要があるのではないかと今回は特に実感しました。日本人がうまく英語を話せないことは周知の事実なので、相手も注意深く聞こうとしてくれますし、その内容が質の高いものであれば、英語力の壁を越えて医師としての能力を認めてくれるように思います。
第4週目は、家庭医のクリニックで外来診療を中心とした研修を行いました。米国の大学を卒業し30年ほど現地で家庭医としてまた医学生の指導医、臨床教授として活躍されている日本人の先生で、1週間密着して行動し家庭医の1日を存分に知ることができました。内科全般のみならず、外科的処置や新生児の診察、出産したお母さんに産後の適切なアドバイスを行う姿などを見て、病気をみるというよりは人間全体を一生にわたりみていくのが家庭医であることを改めて感じました。日本人の先生でしたが、研修中の多くの時間を敢えて英語で指導してくれました。そして何よりもこの先生から教わったものは、家庭医の仕事内容や手技以上に、1人の医師としてのプロ意識そのものでした。将来指導医としての役割を担いたいのであれば、基本を大事にすること、態度、心構え、常に自分を磨き続ける努力などがいかに重要であるかを研修中のあらゆる場面において徹底的に教わりました。古来日本の精神として大事にされてきた、仁、義、礼、知、信などの精神をいつも念頭におき、我々は常に患者さんの召使いであるというくらいの気持ちで敬意を払って診療すべきであるなど、卒後10年近くになって忘れかけていたものを改めて取り戻す1週間となりました。古来より伝わる武道や儒教の精神は、まさにぴったりと医の道にも当てはまることに気づかされ、今後の臨床医、指導者、研究者としての心構えの拠り所になりそうな気がしました。素晴らしい師との出会いを心から嬉しく思い、日本の若い医学生や医師にも是非教えてあげたいと強く思いました。
今回の経験をもとに今後も1人の医師として常に自身を磨き続け、是非とも米国での臨床留学を実現してさらに成長し、将来はいろんな形で医学の発展や患者さんのために少しでも貢献できればと思っています。