思うこと 第181話           2007年1月1日 元旦 記       

2007年の年頭に思う

元旦を迎えるたびに感慨とともに思い起こすのが2002年8月の病気入院の出来事である。

“一年以内に新しい病院の再開発の確約を文部科学省からもらう”という、病院長として身の程知らずの高すぎる目標に向かって邁進したため、相手のあることであり、かつ、時間のかかることであったのに、ただがむしゃらに頑張り、疲労困憊し、ついに2002年8月27日に私の尊敬する教室の先輩の大勝先生の病院に入院したのであった。あの時は、多くの方々に迷惑をかけ、そしてまた多くの方々の暖かい力添えを受けた。思い出すたびにご恩の深さに感無量になる。幸い病院のほうはそれまで私を支え続けてくれていた愛甲孝副病院長が病院長に就任してくれ、病院運営を軌道に乗せ発展させてくれた。その後田中信行病院長を経て現在高松英夫病院長のもとで病院は極めて順調に発展してきている。しかも、つい数週間前、ついに病院の再開発費用200億円余りの予算がつくことが決まったとの報告を高松病院長から聞き、感動の中で今年の元旦を迎えることとなった。もうひとつ感動の出来事が、これまたつい1週間程前に、愛甲孝教授が今年1月12日より鹿児島大学の理事に就任することが内定し、高松病院長との2人3脚で病院の飛躍的発展が期待できる環境が整ったことである。あと3ヶ月で定年退職の身にとって、退職前にこのような吉報を得たことは、私は本当に運のいい男である!運命に心から感謝する!

さて、上述の闘病入院生活は4ヶ月で終わり、完全復調して、2003年元旦から復職した。あの時の感動は筆舌に尽くしがたいものがあった。ことの始終は、私が2005年5月に神経学会総会の会長講演の最後の10分間で述べたものがあるので、その10分間だけを抜き取ったものにリンクする。 (最もこの講演では病気で倒れた日付を一年間違えて2003年8月と言ってしまっているので謝って訂正する。)
職場復帰して今日で満4年目の元旦を迎えたことになる。

今年の元旦は、特別の感慨がある。
現職最後の元旦で、定年退職まであときっかり3ヶ月。
現職時代にやり終えなければならないことに全力であたる決意である。
また、3月末には『第2回納 光弘展』を予定しており、その準備もある。
しかし、何より大切なことは、退職後の生き様であると思う。
一度しかない人生、新たな人生を切り開くべく、魂をつぎ込みたい、若者向けの手作りカレンダーで語ったように(下写真)。