おジャ魔女どれみ+α
特別編「親子の絆」
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 それは、十年ほど前の雪の舞う一月のことだった。ここ、北海道の冬は寒さは厳しく、吹雪は険しく、 小さな子供が一人出歩くことは自殺行為に等しかった。しかし、彼女、藤崎いろははまだ四歳でありながら、親を探すこともせずに、ただ吹雪の中を彼方にうっすら見える海を見て無心に立っていた。その時、一台の車が近くを通りかかり、いろはの前で止まった。
「お母さんは?一人?」
 その女の人は彼女に優しく語りかけたが、いろはは無言でうなずくだけだった。
「おいで。こんな所にいたら風邪ひくところの話じゃないよ。」
 そう言ってその女の人はいろはを車に乗せて、その場を後にした。数分走って、車は止まった。あたりは一面雪で覆われていて、吹雪も止んでいたために日が当たりキラキラと光ってまぶしかった。いろはは五十後半、もしかしたら六十歳を越えているかもしれないその女の人の後についていった。いろはに警戒心は全く無かった。その女の人は大きな館のような建物の前まで来ると、鞄から鍵を取り出して館の中へ入っていった。当時のいろはには字が読めなかったが、その建物にかかっている看板には確かに『スノーランドMAHO堂』と書かれていた。どうやらここはスキー場らしい。その女の人はMAHO堂に入るや否やこう言った。
「私の名前はマジョセスロイン。お嬢ちゃんは?」
「・・・いろは。」
「いろはちゃんか。そうだね・・・そのネックレス、貸してごらん?」
 いろはは何の疑いも無く首にかけていたネックレスを渡した。これは昔、いろはの記憶にはないのだが、家族みんなで鳥取の海へ行ったときに、海岸で拾ってきたものだった。
「これは・・・いや、なんでもない。ちょっと待っててね。」
 マジョセスロインは、そのネックレスを握った左手を前に出した。すると、彼女の左手は赤く輝きだした。しばらくしてその光は赤から紫、そして青へと色を変えた。いろははそれを黙ってみていた。
「ありがとう。今からおうちに電話してお母さんに迎えに来てもらうからね。」
 いろははやはり黙っていた。しかし、マジョセスロインが何故彼女の家の電話番号を知っているのかということには気が付いていて、そのことをずっと考えていた。マジョセスロインは、電話をかけ終わると、いろはの方を向いた。それに反応していろはは言った。
「おばちゃんって、魔法使えるの?」
 マジョセスロインはその言葉に身の危険を感じた。何故なら彼女は魔女で、当時の全ての魔女に魔女ガエルの呪いがかかっており、人間に正体のばれた魔女は魔女ガエルになってしまうからだ。
「そうだよ、私は魔法が使える。だからいろはちゃんの家の電話番号も分かったんだよ。」
しかし、彼女は魔女ガエルになることを恐れなかった。いろはなら魔女界を変えてくれるのではないかと思ったからだった。
「じゃぁ、おばちゃんって、魔女なんだ。」

***

 この日、いろはは小学校の入学式の後、いつもの通りある場所を目指した。
「こんにちは〜。」
 いろはのその声に緑色のカエルがひょっこりと姿をあらわした。
「お、いろはのランドセル姿は初めてだな。」
 マジョセスロインは最初にいろはの姿を見てそう言った。
「そうか、もうあれからそんなに経つんだな。時が経つのは早いものだな。これでやっと魔女見習い試験も受けられるというわけだな。」
「うん、そうだね。」

 それから数日がたったある日。いろははやはりスノーランドMAHO堂へと足を運んだ。
「ボンジュール」
 いろはは冗談のつもりでそう言ってMAHO堂の中へ入ってきた。
「どうしたんだい?今のは・・・確かフランス語だろう?」
「うん。お父さんがフランス人だから、フランス語を教えてくれるんだ。」
「そうだったのか。」
「それにもうすぐフランスに行くってお母さんが言ってたけど・・・私よく分からないや。」
 まだ六歳の彼女には父親の仕事の都合でフランスに行くなどということはあまりよく理解できなかった。
「そうか・・・。もしそうなると、私もフランスに行かねばならないが・・・。それはその時で考えよう。」
 いろははひとりでぶつぶつ言っているマジョセスロインを横目に机の上に出してあったお菓子に手を出した。マジョセスロインはなにかといろはに優しく、毎日いろはの為にお菓子などを用意してくれるほどだった。
「それより、いろはよ。今夜魔女見習い試験があるそうだから、受けておいで。もちろん私もついて行ってあげるから、心配しなくてもいいぞ。」
 いろはは右手に和菓子を持ったまま言った。
「魔女見習い試験か・・・。ちょっと楽しみだな。」
 いままで夜遅くに起きれないため、いろははまだ一度も魔女見習い試験を、いや、それどころか魔女界に行ったことすら無かった。そんないろはにとって、魔女界も魔女見習い試験も未知のもの、好奇心旺盛な年頃のいろはにとって、それはとても楽しみだった。
「楽しみ・・・か。頼もしいやつだな。いろはならきっと、私を元の姿に戻してくれるだろうな。」
 いろはは左手に持っていたお湯のみを両手でもち、お茶をすすってから、
「任せといてよ。私がきっとマジョセスロインさんを元の姿に戻してあげるから。」
「ふふふ。期待しておるぞ。」
 マジョセスロインは笑みを浮かべ、いろはにそう答えた。そして、マジョセスロインはいろはが持っていたお湯のみをテーブルの上に置くのを見てから、再びいろはに語りかけた。
「ところでいろはよ・・・。」
 改まった感じで話し掛けてきたマジョセスロインに、いろはは首を傾げて答えた。
「・・・どうかしたの?」
「いや、何、・・・いろはは生まれも育ちも北海道だと言っておったが、訛りがないから不思議に思ってな。」
 いろはにはマジョセスロインが無理やり話題を変えたように思えた。が、そのことは問わず、マジョセスロインの問いに答えた。
「・・・良く分からないや。」
 いろはの住む町は、北海道の日高山脈の麓にある小さな町で、南は海に、北は山に囲まれた自然豊かな町だった。そんな田舎町で育ったいろはだったが、父親がフランス人、母親が東京の育ちだったため、いろはに北海道の訛りはなかった。しかし、まだ小学一年生であるいろはにはそんなことなど分かるわけも無かった。
  「そうか・・・まぁ良い、それと・・・今夜は忘れずに来ておくれよ。」
「うん。」
 いろははそう頷いたあと、再びテーブルの上のお菓子を食べ始めた。その様子を、マジョセスロインは黙ってみていた。

***


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