特集 モーツァルト生誕250年
2006年はモーツァルト生誕250年の記念すべき年だ。
モーツァルトの音楽に対する思いを綴ってみた。
実は、最近までモーツァルトの作品はあまり好きではなかった。
よく似たフレーズが色々な曲に使われていたり、同じ曲の中で
同じフレーズが何度も出てきたりして軽薄な印象を持っていたからである。
クラシック音楽を聴き始めた頃は交響曲を中心に聴いていたものの
他の作曲家の作品のとりこになっていくにつれ聴かなくなり何年もの間
私の価値観の中からはほとんど消えていた。
1991年のモーツアルトイヤーのときは「モーツアルトの生涯」というセットCDを
買ったがほとんど聴かなかった。
あるとき、NHKラジオで戴冠式のミサ曲を何年かぶりに聴いた。
聴くべくして聴いたのではなく、カーラジオを聞いていたら偶然かかったのである。
何年か前、アニュスデイが何かのオペラのアリアに似ていて軽薄な感じがしたものが
天国的な美しさに感じた。 天上の音楽とはこのことだったのか。
それから、私のモーツァルトの再発見が始まり今まで聴いた事がなかった
作品のCDを買って聴いてみることにした。
同じ曲の中に同じフレーズが何度も出てくるのは神の成せる業に思えてきたのである。
以前、比叡山の高僧の説法を聞き同じことを何度も言うのを見て、この坊さん
年をとってボケているのだろうと思ったことを思い出した。
高僧は仏教の教えを分かりやすい言葉でこれでもか、これでもかと民衆に
伝えていたのである。
モーツァルトの音楽は神の音楽だったのである。
天の声を分かりやすい旋律で人間に知らせるためにこのような形に作曲したのだろう。
最近、おもしろいモーツァルトを発見した。
ジャズモーツァルトである。 ひところ、バッハのジャズが流行したことがあったが
モーツァルトの音楽がこんなにも偉大なものだったのかと思い知らされた。
モーツァルトのリズムは胎動のリズムに似ているともいう。
生まれたばかりの赤ちゃんにモーツァルトを聴かせるとスヤスヤと眠るといわれる。
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