手紙から始まったご縁



天空大陸上の都市、ティカーノの国立アーガスティン大学のその場所は賑わっていた。
殴り倒せ、だとか、いけそこだ、といったような声が飛び交っている。
若い青年が多い人の輪の中で、少年はため息をついた。
少年の身長では人の輪の中心が見えるとは考えがたいが、彼には何がどうなっているのかある程度わかっているようだった。
「お、また会ったな。」
人の輪の中でも一際身長の高い青年が少年に声をかけた。
「ちょっと、ここで名前呼ばないでよ。」
少年は小さめの声で返す。
本当に、最近バイオリズムが低下しているのかろくなことがない。
名前を呼ばれるたびに、なぜか注目されるのだ。
注目されるのが嫌いな少年には、なかなか嫌なことである。
「わかったわかった。で、どっちを応援するんだ?」
「しないよ。悩み事の方が重要でね。」
言いながら少年は考えた。

「拝啓
 
 突然のお手紙で失礼いたします。
 本日は折入ってお願いがございましてペンをとりました。
 先日、貴殿の強さをうかがう機会がございまして、つきましては私と戦ってはいただけないかと存じます。
 私の勝手な希望ですので、日時、場所につきましては貴殿の都合のよいようにお決めいただいて結構です。
 お手数ですが、日時、場所をお決めになられた際には同封の封筒でご返信ください。
 なにとぞよろしくお願いいたします。
 
                                敬具
 
 開空暦2013年4月3日
          ハーディ研究所所属 ディトナ
 アーク様                                                               」

こんな手紙からちょっとした悩みは始まった。
少年はそんな形の戦いを好まない。
以前、先輩方と戦ったのは、最初の何人かをなぎ倒せばあとの人間は恐れをなして戦いを挑んでこないだろうという深い戦略があってのことだ。
もちろん断った。
前に立っている背の高い青年に手紙の書き方の本を借りて、懸命にお断りの旨を封書で伝えた。
しかし、何度断っても相手があきらめてくれない。
「手紙の件か?受けてやりゃいいのに。」
青年が人の輪の中心で起こっている格闘戦から目を離さずに言った。
「イヤだよ。僕の戦い方は魔法や魔術が中心なんだ。間違って殺しちゃったらどうするのさ。」
少年は顔をしかめた。
そう、まず少年が戦えば屍の山ができる。
自分を殺そうとする人間は殺してきた。
だが、今戦いを申し込んできた相手を殺すわけにはいかない。
ポリシーに反するし、今の立場でそんなことをすれば(正当防衛除く)殺人罪で刑務所か死刑台に送られる。
相手にそういったこともちゃんと伝えたつもりなのだが、死ぬことを覚悟して誓約書まで書くと相手が言い出し、もめている。
周囲の人壁から呻きや歓声が起こった。
拳で殴り合っていた二人の学生のうちどちらかが殴り倒され、戦いに決着がついたらしい。
「しかもさ・・・、決闘でこんなに盛り上がるなんて・・・。僕が受けたりしたらこの人数が来るんでしょ?」
「いや、もっと増えるだろ。話題性があるしな。ほー、スミスが勝ったのか。」
「あっそ、スミスかい。・・・あー、何回も断ってるのに。」
「そういや、今日の魔法学わかったか?」
いきなり話の方向が変わった。
少年は再びため息をつくことになった。
「あのさ・・、そんなに魔法学がわかんないんなら、何で魔導学部なんかに入ったのさ。」
「冷たいなー、フリードリヒにも愛想尽かされかけてんだ、教えてくれって。アーク。」
げっ。
折りしも戦いの決着が着いて、人々の関心が戦いから逸れたところである。
・・視線が自分に集まるのを感じる。
「フリスク!計算したよね、今の。絶対したよね。」
アークが早口にそう言うと、フリスクは素知らぬ顔でさぁな、などとうそぶいている。
「とりあえず、自力でがんばってねっ!」
アークはそう言い放ち、学生寮とは見当違いの方向へ歩み去った。

 アークは学生寮の自分の部屋についてから、大きく息を吐き出した。
机の引き出しから今までの手紙を全て出し、机の上に並べる。
「結局引きずられてこんだけ文通してるんだよね・・・。」
さて、本当にどうするか。
フリスクにああ言った以上、手紙の書き方の本も返却したい。
もちろん、決闘などやりたくない。
戦う必要もない相手と戦うなどということは避けたい。
ついでにもう手紙も出したくない。
相手の電話番号までは知らない。
とりあえず、戦いにさえならなきゃいいんだし、ちょっと賭けてみるか。
アークは、戦いたくはないが人目にさらされにくい場所で立会人付きで会いたい旨を手紙に書くことにした。
仕方がないので立会人はフリスクにでも頼もう。
勝手にそんなことを考えてアークは手紙を書き始めた。

 数日後の裏庭。
アークはフリスクに案内してもらい待ち合わせ場所に歩いていった。
学校の初代代表者のダサい彫像がたっているところが待ち合わせ場所だ。
お互い相手の顔はわかっているのだから、場所さえ間違えなければ会うことは簡単である。
「まったく・・・、一応、フリスク、ありがとうね。」
「おもしろそうだし、いいさ。人造人間が勝負を挑んでくるなんて珍しいしな。」
以前手紙を渡してきた青年を思い出す。
たぶん彼がハーディ研究所所属のディトナである。
政府の軍務に就くためだけ生み出される人間、それが俗に言う人造人間だ。
軍は慢性的に人手不足なために、そういったことが行われる。
始めから軍務に就くためだけに生まれるだけに、基本的に彼らは軍務にしか向かない。
一般的に感情が乏しく、国家への忠誠心にあつい。
経費節減で学校に行くこと自体珍しく、大学に入学するなどということは前代未聞である。
「あ、いるいる。」
アークたちより先に濃い緑色の髪の青年は彫像の近くに立っていた。
「こんにちは、本日はありがとうございます。」
青年の第一声はそれだった。
礼儀正しいことはいいことだが、学科の血の気の多さのせいかちょっと浮いた言い方かもしれない。
「かしこまらなくていいですよ。僕は決闘をするためにここに来たんじゃない。断りに来たんですから。」
アークはすっぱりとそう言った。
「どうしても、戦ってはいただけないのですか?」
何の抑揚もない口調で青年は話している。
「はい、僕が戦えば生きるか死ぬか、どちらかしかありません。どちらも無事な戦いなんてまずありませんから。」
一歩間違えば驕っていると思われそうなことをアークは言い切った。
これは事実だ。
アークは生きるか死ぬかの一線をしょっちゅう体験してきた。
そして今、二本の足で立っている。
自分を殺そうとした相手や戦いを挑んできた相手はもうこの世にはいない。
「それでも構いません。私は強くなければ役には立てません。強くないなら死ぬことがあっても仕方がありません。」
人造人間の青年は言い切った。
先ほどと口調も声音も変わっていないが、彼なりの決意が感じられた。
たぶん、そこまでも意思があったからこそ、この大学に今いられるのだろう。
「でも、僕は生き残り戦はやりたくない。あなたは僕が生きるのに邪魔な存在でもない。意味のないこと、なるべく避けたいんです。」
アークもできる限りの誠意を持って、言う。
青年の気持ちに、ある程度共感は持てる。
青年と立場は違うが、アークは生き残るためだけに強くなった面があるからだ。
強さを求める気持ちもわかる。
「意味はあります。私は強い方から、その強さを学びたい。わずかでも手合わせ願えませんか。」
「悪いんですけど、僕とあなたが拳の打ち合いをしたらあなたが必ず勝ちます。別に僕は正規の格闘技をやってたわけでもない。僕は暗殺の技術を持つから今ここにいられるんです。」
だんだん、押し問答になってきた。
つくづく、こんなこと手紙でやらなくてよかった、とアークはこっそり思った。
手紙でこんなやり取りをしていたら、どれだけ期間がかかるか、わかったものじゃない。
「あなたの技をわずかに見せていただく、というわけにもまいりませんか?」
「すみませんが、そういったことにはお応えしかねます。僕は見世物じゃない。」
青年は無表情の裏で考え込んだようだった。
どうすれば、目の前の相手の強さを学べるか、考えているのだろう。
もちろん、アークだって考えている。
どうすれば目の前の相手と戦わずに穏便にすませられるかを。
戦いなんてごめんだ。
別に心から戦うことが好きなわけじゃない。
「・・・わかりました。」
一瞬、アークの目が輝いた。
わかってくれるなら、話が早い。
とりあえず、普通に友好的にやっていければいいのだ。
「弟子にしてください。」
何とも異様な沈黙がその場を支配した。
空気だけがそよそよと動いている。
空気の次に動いたのは。
「ぶっ、はははは、それで話が済むんならいいじゃないか。」
フリスクだった。
今まで黙って見ていたが、今の一言につい沈黙を破ってしまったらしい。
「よくない!断ります!なんで学生間で上下関係ができるんですか!」
アークが抗議すると青年は無表情に首をかしげた。
「なぜですか?戦うわけではありませんし。」
「だぁぁ、僕はそういうのがた、ん、じゅ、ん、にイヤなだけです!」
アークは間違ったところを強調しつつさらに抗議した。
しかし、青年にはあまり通用しなかったらしい。
「えぇと・・・、私はディトナと申します。これからもよろしくお願いいたします。」
青年はあまつさえ、礼儀正しく45度体を傾けお辞儀をする。
「だーかーらー、イヤだって。」
なおも抗議するアークにフリスクは笑いながら、
「あきらめろ、とりあえずそういうことでいいじゃないか。戦いは回避できたじゃないか。」
などと言っている。
「あとは・・・そうか、ふつつかものですがよろしくお願いします。」
「あーもー、知らないっ!僕は聞いてないっ!」
「俺は聞いてたぞ。ところでディトナ、昼飯食ったか?」
「いいえ、まだです。」
「昼前の必須科目、長引いたもんな。じゃ、親睦ってことで三人で飯食いに行くか。」
「わーっ、まだ僕賛成してないっ!」
そんなこんなで、アークにはまた目立つ友人が一人増えるのであった。
END






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*atogaki*
また期間が空いたのでペンタッチがおかしいかもしれないもの。
しかも、ちょっとボクと魔王風味になってしまったような。
ディトナがひたすら真面目な一品。