トラブルメイキング2



目が覚めたとき、そこが突然暗い迷路だったら、どうしますか。
少年はそんな事態に遭遇していた。
さっきまで、大学寮の友人の部屋のベッドで寝ていたはずなのだが、今は布団すらない。
黒い壁に四方を囲まれている。
足元が明るいために周囲は見渡しやすい状況だが、迷路の壁は少年の身長より遥かに高いため壁しか見えない。
パジャマを着ているため、足や手先が冷える。
「おーい!」
少年は叫んでみた。
友人が近くにいるなら、返事が返ってくるかもしれない。
少年の声は十分に響き渡ったが、何の返事もない。
やまびこすら発生しない。
方向音痴なのにこんなところに取り残された少年アークは、思わず絶叫した。
「何でよりにもよって儀式用空間の迷路なのさー!!」

 二人の青年は黒い布を被った男と思しき人物と対峙していた。
一人の青年は身長が非常に高く、筋肉質で彼の彫りの深い顔からは冷や汗が流れている。
もう一人の青年は標準よりやや高い身長に美しい顔立ちだが、やはり彼も冷や汗を流していた。
何だって寝ている最中にたたき起こされた挙句、こんないかにも怪しい人間と対峙しなければならないのか。
思うことは二人とも同じだったが、別に嬉しくもない。
「何の用だ? 人をパジャマ姿で呼び出すな!」
大柄な青年が言うと、男は喉の奥を鳴らすようにして笑った。
「くくっ、活きがいいな。」
よく活きが良過ぎると言われる大柄な青年は、今さら言われても何とも思わなかった。
「だから、聞いているだろう、何の用だ?」
美青年が苛立ちも露わに言った。
時計がないのでよくわからないが、今は夜中だろう。
この儀式用空間も納得がいく。
儀式用空間とは、例えば生贄を捧げるとか祈りを捧げるとか魔力を上げるとか、そういう目的のために魔法や魔術で作る空間だ。
儀式用というだけに一つ一つにややこしい制約があり、夜中に作ることが最も多い。
精緻な造りの空間が特徴で、うかつに空間を壊すと自分自身が消滅させられたり空間に接している別の空間に大損害が出たりするというとにかくややこしいものだ。
寮の同室で寝ていたやつはどうしたんだろう。
ここにいるなら、余計うかつなことはできない。
と、長々と考えていられるくらい黒布の男の狙いの見えない笑いは延々と続いた。
「成功だ。さて、お前ら、どちらがより金持ちだ?」
「はあ!?」
青年たちは同時に言った。
一応、実家の資産のおおよその額は知っているが、ここでそれを暴露するのも何か嫌だ。
第一、株や土地などの動的資産も含まれているから、はっきりした額は調べないとわからない。
「えーと・・・、こっちのフリードリヒの方が・・・。」
大柄な青年が何とも言い難い笑みを顔に貼り付けて言うと、美青年が青筋をたてた。
「嘘をつけ! フリスク!お前だろう!」
「いや、フリードリヒの家って美術品とか多いじゃん。」
「あんなものでそんなに資産が変わるものか! そちらこそ、あの植物園といい、価値あるものが・・・。」
「ないって! うちは硬派なんだ。」
そこまで言ってから、フリスクは黒布の男に話しかけた。
「っつーか、何で資産額がそんなに重要なんだ?」
黒布で体のほとんどを隠した男はまた笑った。
「クックックッ、これを見よ!」
男はそう言いながら、右手に何か本のようなものを持ってそれを突き出した。
それは最近発売されたと思しき鮮やかな色使いの本で、この暗い空間の中で異様に目立っている。
タイトルは『ネタ? それともホント? ウソマジ本!』となっていた。
「これに、国一番の金持ちの貴族の子供をことほどさように生贄に捧げれば恋の願いが叶うと書かれているのだ!」
フリスクとフリードリヒは本気で肩から力が抜けた。
こんなことのために犠牲になりたくない!
強い意思を持って、彼らは男と対峙した。

 さて、ここはどこでしょう。
どこまで行っても同じ景色にアークはげんなりしてきた。
いつもなら迷路などさっさと破壊するのだが、知らない形式の儀式用空間でそんな危険は犯せない。
どうしようか。
現在地がわからないのは仕方がないとして、これからどうすればいいのか。
そういえば、昔。
強大な魔力を持ちかつそれを繊細に操る能力を持つ、礼儀作法もでき顔の作りも良く頭もいい。
さらにテレパシーまで使える。
そんな人材である少年の最大の欠点に大人たちは頭を抱えた。
先天性と思われる強烈な方向音痴。
同じところを何回もぐるぐる回っているのに気付かなかったり、右と言えば左を向いたり。
いくら言っても方向という点では話が通じない。
そうしてもいい場面では石などを目印に置いたり、見たものの一番の特徴だけを覚えるようにさせたり。
それでもほぼどうにもならない。
そこで大人たちは考えた。
「そうだ。右手の法則ってのがあったっけ。」
アークはぽんと手を叩いた。
別に左手でもいいとは聞いたが、まず右手からいこう。
右手を壁につける。
そして歩く。
同じところに戻るようなら、左手で。
気長に行こう、気長に。
多少の寒さを感じつつ、アークは歩き出した。

 誰が一番金持ちの子供なのか選手権は過熱していた。
「お前の方が不動産の数が多いだろうが!」
「てめぇの株券の枚数はどうなんだ!」
「株券の数など問題になるものか! 不動産の方が絶対高い!」
「そっちの美術品と株のが絶対高い!」
男は余裕があるのか、やや醜い争いをゆったりと見つめている。
もちろん、青年たちも何も手を打っていなかったわけではない。
この空間を穏便に破壊すべく、言い争いながらも魔法の構成を組んでいる。
しかし。
くそ、相手が悪すぎる!
フリードリヒは心の中で毒づいた
フリスクは魔力もそんなに強い方ではないが、魔法の制御能力も比例して強くない。
制御能力が弱い上、大雑把なあの性格。
おかげで全然連携がとれない。
誰かと連携しなければならないというのに、大雑把でさっきからえんえん構成が出来上がってこないフリスクにフリードリヒは苛立ってきた。
一回はやったことがあるだろう! 連携ぐらい!
いつできるんだ、いつっ!
「だから、安物しかないと言っているだろう!」
「嘘こけ! あれは絶対高いっっ!」
だから、さっさとしろ、このボケ!
フリードリヒの苛立ちが沸点に達しかけたところで、侵入者が現れた。

 アークはその場を見て軽くつばを飲んだ。
黒い布をまとった男と背後の祭壇。
パジャマ姿のフリスクとフリードリヒ。
しかも、二人が実家の資産総額で争っている。
「よし! いいところに来たな、アーク!」
フリードリヒは勢いよくアークの手首をつかんだ。
アークもフリードリヒの意図を瞬時に察して、構成を組む。
そこで始めて男は焦った。
「な・・・っ、何を!」
フリードリヒは不敵に笑った。
「もちろん、こうだ!」
その瞬間、空間が砕け散った。

 大学寮の一室に帰ると、やはり夜中だった。
ディトナはあれだけのことがあったにも関わらず熟睡している。
「・・・アークのことからいっても、こいつも巻き込まれたと思うのだが・・・。」
「神経太いなー。」
しかし、すぐ話はフリスクの腕前に移った。
「だいたい、何であんな使えない構成ばかり組むんだ!」
「仕方ねぇだろ! 思いつかなかったんだ!」
「だああ、この勉強不足!」
「それでフリードリヒ、あんなに怒ってたの? やるねー、フリスク。」
「フン・・・次の魔法学の成績が心配だな。」
「いいっ!アークにすがる!」
「ええっ!僕ぅ!?」
こうして大学寮の騒がしい夜は、ディトナの寝息とともにふけていった。
END






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