世の中には、平和な方が退屈だ、という人間がいるらしい。
・・・いるなら、ぜひ、自分と変わって欲しい。
黒い髪、濃い茶色の目の小柄な少年は、思った。
ここは、空に浮かぶ天空大陸の都市、ティカーノ市の国立大学の寮の一人部屋。
少年はその大学の学生だった。
やってらんないよ、まったく。
冬休みのはずなのに、何だってこうなるんだよ。
少年の身の回りは最近、事件らしいことづくめだった。
事件その1
友人1(権力のある貴族の4男)が寮のすぐそばで刺客に襲われた。
友人1は返り討ちにしたが、寮内には不安が渦巻いた。
事件その2
友人2(研究所で作られた人造人間)が寮内を歩いていると、他の研究所で作られたとおぼしき人造人間に襲われた。
友人2と巻き込まれた自分、友人1と三人で撃退した。
このあたりで、寮内は濃い不安感に包まれた。
事件その3
友人3(やはり権力のある貴族の次男)が寮内にある材料で紅茶をいれ、有害な薬品が入っていないかどうか魔法を使用して確かめたところ、紅茶が真っ赤になり有害であることが判明した。
警察署に材料たちは引き取られたが、そのほとんどからかなり有害な薬品が検出された。
暗殺に使われることで有名な薬品が次から次へと出てくるに至り、寮内の不安は大きくなっていった。
以上、この一週間に起こった出来事、である。
この他にも(まだ)ささいな事件は起こっているから、かなり騒がしいと言えよう。
上記の事件よりは遥かにどうでもいい事件だが、少年の心境に大きな影響を与えている事件もあった。
事件その4
少年の元に嫌がらせとしか思えない、むしった鳥の羽入りの荷物が届いた。
鳥の羽には鳥類のものとおぼしき血液がついており、ちょっと気持ち悪かった。
もちろん、こっそり捨てた。
事件その5
事件その1、その2、その3について、どれか一つには関わりがあるものとして、少年は警察署に呼ばれて事情聴取を受けた。
いくら元犯罪者とはいえ知らない、と言い張ってやったが、しつこかった。
はっきり言って、こちらにいじいじ事情聴取をする暇があったら、大学の警備をもっとしっかりしてほしい。
だいたい、僕は毒薬はほとんど持ってないよ、そんなに詳しくもないし。
少年はため息をついて、丸ごとアップルパイを行儀悪くそのままかじった。
ぼろぼろとパイの欠片が床に落ちる。
少年は帰る家も遠い上、不定期で住所が変わるので大学寮から出て行くわけにはいかない。
友人達は出て行こうと思えば出て行けるが、実家にいると魔法の研究が進まないため寮にいる。
たぶん、トラブルはまだまだ続くと予想される。
「こんな調子で研究、進むかな・・。」
少年はパイ生地が大量に着いた口元を、手近にあったタオルでぬぐった。
ピーンポーン
部屋のインターホンが鳴る。
「誰さ?」
少年が室内のホンに向かって叫ぶと、
「俺だって。フリスクだ。研究に付き合ってくれ。」
と言われた。
「あー、ハイハイ。」
少年はドアを開けるために、立ち上がった。
部屋に入ってきたのは大柄な青年だった。
筋骨隆々としていて人のよさそうな顔の、戦士と聞けばたいていの人が思い浮かべるようなタイプの男だ。
ちなみに友人その1と同一人物である。
彼を部屋に入れると、少年はさっさと入り口の鍵を閉めた。
「悪い悪い、事件続きだっつーのに前置きナシで来たからな。」
「別にいいけどさ・・・。」
「アーク、そっちは大丈夫か?」
「何が?とりあえず、健康だけど。」
「刺客とか来なかったか?」
刺客の変わりに、薄気味悪い小包なら来ました。
とはちょっと言いにくい。
「うん、こっちは今のところ何にも。」
「おい、じゃあ、この血痕何だよ?」
フリスクの指差す方をアークも見た。
昨日やってきた小包から漏れたものと思しき赤いモノが、床で乾いてかさぶた状にになっている。
「えーっと、僕が滑って転んで血が出たことにしといて。」
アークはなるべくにこやかに笑ってそう言った。
「ここは牢獄か、ウソつけ。あんな乾き方して、赤いものなんか血しか思いつかんぞ。そもそも、お前がこの部屋で転ぶわけないだろ。」
フリスクの視線は、アークの腕や足に注がれていた。
どちらもかさぶたなどない。
「はいはい、刺客は来てないから。で、何するの?」
フリスクは全く納得していないようだったが、話し始めた。
「共同使用系統の魔法知ってるか?」
「うん、まあね。持ってる魔力の相性がいい人同士力をあわせて、一つの魔法を使う、ってアレでしょ?」
魔法を使う力の根源−−魔力は人によって形が違う。
形で影響が出るのは、主に魔法の種類による威力の変化と親和性だ。
例えば攻撃的な魔法を使わせれば決して失敗もせずすばらしい威力なのだが、回復系の医療魔法を使うと失敗率は99パーセント以上になる人がいたとする。
その人は攻撃的な力に長けた魔力を持っている、ということになる。
また、その人は他の人間と魔力の相性がいいということはあまりありえない、ということもこういったエピソードでわかる。
自分の魔力が他人の魔力と相性がいい確率は親和性と言われる。
たいていの人は厳密な数値では知らなくても、だいたい自分の魔力の親和性は知っている。
概して、攻撃的な魔法や特殊な魔法に長けた人は親和性が低く、医療魔法や魔法防御用魔法に長けた人は親和性が高い。
ちなみに、アークは前者で、フリスクは後者である。
「わかってるなら話が早い。で、協力してくれ。」
「・・・はぁ?」
「だから、協力してくれってば。」
「あのさぁ、僕の魔力って、現存する魔力のほとんどと相性合わないだけど。」
「いいじゃねぇか、試してみれば。どうせ、俺の研究テーマ共同使用系魔法だし。」
「研究協力?ま、いいけどね。失敗しても、この部屋が吹っ飛ぶ程度の魔法なら付き合うよ。」
アークは軽く言った。
何をしてみるか、は意外に難しい決定事項だった。
イスに座ったまま、二人は考え込んだ。
「俺は防御魔法全般が得意だが。」
フリスクが難しい顔で言うと、
「で、僕の得意範囲は、とくると、攻撃と空間操作、なんだよね。」
アークも顔をしかめる。
「平常時に使うとヤバそうな魔法になりそうなのは気のせいじゃあないよね?」
「予想はできたことだが。さて、どうするか。」
「空間操作は下手すると世界全体がブラックホールに叩き込まれるからやめるとして、攻撃かな?」
「俺が防御魔法で効果範囲を区切って、お前が攻撃魔法を使う、ってのが妥当か?」
「そうだね。」
それだけ決まると、二人は立ち上がった。
そして、精一杯コントロールを利かせた魔法の構成を紡ぎだす。
ビシッ
空気がひび割れるような音がした。
フリスクの防御魔法が効力を発揮しだした証拠の音だ。
アークは寮全体が吹っ飛ばなさそうな魔法をいいかげんに選び、発効させた。
ミシッ
その音は自分自身の体から発せられたようにアークには思えた。
「・・・おい、何使った?」
だるそうな動作でフリスクが一歩動いた。
「重力操作系で、重くするほう。」
アークも、いかにも腕が重い、といった動作で背伸びをする。
「どうせなら、軽くする方にしろよ。体が重いだろうが。」
ガシャン
部屋の窓が割れ、白っぽい軽装の男性が部屋に侵入してきた。
男性は侵入するとすぐ投げナイフを投げた。
アークの魔法の威力で、フリスクもアークもすぐには動けなかった。
がちゃん
投じられたナイフは叩きつけられるようにして床に落ちた。
男もフリスクも目を見張る。
アークだけは何事かを思いついたようで、あ、と言った。
「フリスクの防御魔法と普通の空間の境目くらいで僕の魔力が歪んで、威力が数倍になってるかも。」
ナイフの落ちた付近は、床がちょっとめり込み気味で、ナイフもだんだんと沈んでいっている。
侵入した男の顔色は、あっという間に青くなった。
どうも殺す相手がこういう人物であるとは思わなかったらしい。
「フリスク、範囲広げちゃえ。」
「そうだな、どうせだし。」
どっちが危険人物だかわからないようなことを穏やかに言われている間も男は動けなかった。
「じゃ、インターホンで連絡するね。」
「任せた。」
アークたちがそんなことを言っている間にも、重力重いゾーンは広がっていた。
男のいる場所に範囲が及ぶと、男は崩れ落ちるようにして座り込んだ。
どうも立っていられないらしい。
「一応、忠告しておくが、さっき魔法をまた使ったから何投げてもすぐ落ちるぞ。」
フリスクが言ったが、そう言うフリスクもつらそうだった。
連絡を終えたアークが、
「フリスク、何かえらく体が重いんだけど。」
と文句を言う。
「我慢しろ、警察が来るまで。」
「それぐらいなら、自分で痛めつけてロープでしっかり縛っといた方が、絶対いいって。」
「やめろって。しかし、コイツも軟弱だな。」
「うん、そうだね。コイツにかかってる重力って、僕の半分だよね?」
「そのはずだ。」
「この程度の能力で、正面切って僕やフリスクに勝てるわけないじゃん。」
「関係者も動けないからな、この場合。さて、あとどれぐらいで人が来るかな?」
警察がやってきたのは、10分以上後だった。
逮捕されたにもかかわらず、犯人が感謝の念を警察官に述べたのは、その日の夜だった。
その夜、4人の人間が、フリスクの部屋にいた。
フリスク本人、アーク、青い目の美青年、濃い緑色の髪をした青年である。
「そうなったんだ。」
濃い緑色の髪の青年が言った。
ちなみに彼が友人2である。
「うん、ディトナも巻き込みたかったよ。」
アークがしみじみと言った。
「フリスク、オレを巻き込むなよ。」
美青年が半眼でそう言うと、
「フリードリヒもやる?」
とアークが笑いながら言った。
「何が何でもやるものか!!!!」
「筋力トレーニングにはいいかもしれないぞ、あれ。」
フリスクが肩を鳴らしながら言った。
「でも、その魔法、もう禁止呪文一覧に載った。」
ディトナが無表情に付け加える。
「そうなんだよねー。何でだろ?」
アークがため息を着いた。
「やっぱり、ナイフが床にめり込んだのが敗因じゃないか?」
フリスクがゆっくり伸びをしながら言う。
「一回使うと床が再起不能になる魔法など、禁止するに決まっているだろう。」
フリードリヒもノート型パソコンの画面を見つめながら、当然、といわんばかりに言った。
「アークの部屋、しばらく修理中?」
「うん、どうせここの部屋、4人部屋な上冬休みで人がいないから泊めてね。」
「別にいいぞ。人がいる方が楽しいしな。ただこの面子で集まると、どうもトラブルが吸い寄せられてきそうなのが難点だな。」
その日の夜、大学寮の一室は長期休業中にも関わらず、騒がしかった。
END
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