親子で八方尾根を歩く 
2007年08月13日


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 白馬の兎平ロープウエイ乗り場に午前7時過ぎに着いた。登山のかっこうをしている人々の中で普段着のままの親子連れは我が家だけである。ノースリーブで肌丸出しの娘、近所に買い出しに出向く軽装の妻そして半袖シャツに長ズボンのわたしは浮いている。日除けになる帽子もタオルも持ち合わせていない。おまけに娘はローヒールの靴である。丸いカプセル型のロープウエイの揺れに怯え、4人掛けの大型リフトを2つ乗り継ぐうちに娘は山歩きをする気に変わっている。

 夕涼みがてらにペルセウス流星群を眺めようと八ヶ岳を目指したが、中央道双葉サービスエリアではわずかな星しか出ていない。夜明けにはまだ間があるからクルマで2時間仮眠したが蒸し暑くて寝苦しい。入浴前に北八ヶ岳のロープウエイでも登ろうといえば、どうせなら北アルプスの麓まで出かけようと話がはずむ。日焼けどめや替え着を持ってこなかったとボヤク妻をなだめて諏訪湖サービスエリアまで足を延ばしたのが運のツキだ。

 黒菱平でまわりを見回せば青空の中に白馬岳2,932m、杓子岳2,812m、白馬鑓ヶ岳2,903m、唐松岳2,696m、五竜岳2,814mがくっきりそびえたつ。雪渓を残した高峰を眺めて「歩いてみたい。わたし、登りは強いわよ」と娘が言い出す。「おいおい止めてくれよ」と助け船を求めても妻はすでに歩く覚悟である。「あんた、その靴じゃ後悔するわ」と娘をいなし、「こういうこともあるからヒール靴ははかないのよ」とかますのも忘れない。

 「キレットってどういう場所なの」と日曜日の朝に新聞を眺めていた娘に訊かれた。登山者が滑落したという。キタホダケというから首をひねったが北穂高岳のことだった。鎖場があるやせ尾根だと説明してもピンとこないから、臆病と笑われるながら冷汗をかいて4時間かけて通過した南岳と北穂高岳を結ぶ大キレットの思い出を話した。それも1975年夏の槍ヶ岳・穂高連峰縦走だから記憶も薄れた。「縦走って岩場や鎖場も歩くの。ハイキングと違ってめんどくさいね」と笑われる始末だった。目の前に広がる稜線には、これも昔通過した鑓ヶ岳と唐松岳の間に不帰(かえらずの)キレットがあるが確かめられなかった。ちなみに、五竜岳から鹿島槍ヶ岳の間には八峰キレットやキレット小屋もあるがこちらは通過していないのでわからない。

 八方池山荘で妻の帽子とタオルのほかに水を買い込み歩き始める。ときおり下からガス(水蒸気)が吹き上がってきて尾根線を隠すが石畳の登山道は日を避けるものは何もない。長袖のジャンパーを羽織っていた娘はとっくに脱いでタオルでほうかむりである。昔歩いたときは12月でアイゼンもあったからこんな暑さに苦しんだ思いはない。暑さにバテている妻にあわせて歩けば娘はスタスタ先に進む。

 八方池まで第1、第2、第3の3つのケルンがあると思い込んでいたが実際は八方山(石神井)と八方を含めて5つある。ちなみにケルンは石を積み上げた道標だ。目標物が欠けるなだらかな尾根だから設けられているのだろう。それで目的地を誤認して第2ケルンの先に池があると思い込んで歩いていたのでわたしもバテはじめた。登りは苦でもないがあると思っていた場所にないとどっと疲れが増すのも山歩きだ。八方山(石神井)ケルンに売店があると期待したが使えないトイレ設備だったのにも呆れた。準備もせずに山を歩くバチである。

 八方池山荘のある第1ケルンから八方池までは3km程度で90分の道のりである。そこから150分で唐松岳に至るが登山装備なしに歩けまい。池までは何度も休んだから片道2時間かかった。それにしても娘は元気に歩きまわり八方池を一周する。暑さにバテた妻をケルンの日陰に置いて尾根から娘の行動を眺めるのもおくうである。それを知らない娘は、上から呼びかけても気づかずに写真を撮りまくる。仕事や勉強は嫌いなくせに遊びになるとムキになるのは自分に似すぎておぞましい。

 ヒール靴をはいている娘と暑さでバテきった妻を後ろにして下山する。岩が多い登山道の下りは昔から苦手だが、今日はいつになく足取りが軽い。禁煙ばやりでタバコを吸うために5階まで歩いて上り下りしてきた成果だろうか。ともあれ、山道を並列になって歩いたり、道の真中に立ち止まる登山者が多いのには呆れた。渋滞を作り出す無頓着さは車道だけではない。そんな群れをよけようと脇を歩いたら路肩が崩れてスリップして転がったのも腹立たしい。肩にかけていたデジカメが落下して冷汗をかいた。

 11時過ぎて黒菱平に戻り、喫茶室でのどをうるわした。外はガスが稜線を覆って荘厳さを増すものの山歩きはきついだろう。無口な妻がいっそう黙り込むのも暑さのせいだ。「雲海も見えたし、いっぱい写真も撮れたわ。やっぱり北アルプスって高いね〜」と娘は上機嫌である。背中も顔も赤く腫れ上がっているのにまったく元気である。そう言いながら「お父さん、腕が真っ赤よ」と気遣うのも可愛い。

     

     

     


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