奥多摩の3つの温泉
2007年07月08日


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 圏央道がつながって奥多摩に出向く機会が増えた。横浜から片道2時間で行けるから3週続けて出向く始末である。今回は撮影要員に娘を加えて午前に出発し、青梅インターから奥多摩に向かった。今まで諦めていた山の麓の風呂めぐりも急に増えた。先々週の日の出町<つるつる温泉>、先週の檜原村<数馬の湯>、そして今日は奥多摩町<もえぎの湯>・丹波山村<のめこい湯>・小菅村<多摩源流小菅の湯>の三つである。小菅村は今回初めて出向くが、その他は奥多摩周遊道路を使えばひと筆書きでまわれるルートである



●奥多摩温泉<もえぎの湯>

  青梅街道は沢井から御岳かけてはクルマも人も多かったが、鳩の巣を過ぎるとひっそりとする。妻子が「静かすぎるわ、ここが東京なんてウソみたい」と言い出す始末である。奥多摩温泉<もえぎの湯>は奥多摩駅から徒歩10分にある。青梅街道からはトンネルを出てすぐに鋭角で左折する。山と川に挟まれた狭い場所にあるつつましやかな温泉だが御岳山からの下山者が利用するようだ。浴槽は内風呂と露天風呂の2つしかなく内風呂だけが温泉である。泉質はフッ素でさらっとした感触だ。外に有料の足湯もあるが入浴のほうがゆったりする。ヤマメの塩焼定食が美味しい。奥多摩駅は年輩の登山者が目立った。

              



●小河内ダム

 久しぶりに小河内ダムに立ち寄ったが昔ほどのにぎわいはない。<奥多摩 水と緑の触れ合い館>に入ると中国系の旅行者が家族連れで見物してにぎやかだ。小河内ダムは今年11月に50周年を迎えるという。1978(昭和53)年に渇水で湖面が下がり、水没した集落が見えたのを思い出した。現在の東京都の貯水量は利根川系が3億立方メートル、多摩川系が2億立方メートルというが往時は小河内ダムに依存していたから渇水で大騒ぎしたものである。月別の貯水量のグラフでは冬場の量が多いのに6月が最低になるのも意外である(荒川水系はこの逆のパターンである)。そういうことを並べても風呂しか興味のない妻や娘は関心を示さないのも罰当たりだ。

              
            
              (補足)水量の推移は東京都水道局のデータをごらん下さい


 奥多摩湖の外れで甲州市へ向かう青梅街道(国道411号)と大月市へ向かう国道139号に分かれる。ほとんどのクルマが左折していくのは小菅村や奥多摩周遊道路へ向かうからだろう。われわれはいつものとおり直進して丹波山村へ向かう。一之瀬高原や柳沢峠を経て甲州市の塩山へ抜けるのがわたしの35年前からのドライブルートである。


●丹波山温泉<のめこい湯>

 丹波山村は雲取山や飛龍山への登山口だけでなく<三条の湯>へも向かえるが、ローラーコースターもあるからゆっくり散策するのも楽しい場所である。丹波山村<のめこい湯>は丹波川沿いにある。道路から下った駐車場から吊り橋を渡った場所である。川原に植えられたユリが色とりどりに開花していて艶やかだ。初めて訪れた妻子は山に囲まれた村落を眺めて「ずいぶん遠くに来たわね」を連発する。硫黄の臭いが漂うのも山に近いからだろう。「のめこい」は地元方言でつるつる、すべすべを意味する「のめっこい」から付けられたようだ。内風呂も露天風呂も温泉だが露天のほうがぬめりが強い。

             

             

           (補足)詳細は丹波山村のホームページで確かめてください

 同じ道を行き来するのはしゃくだから帰りは県道18号を利用して丹波村から小菅村へ抜ける初めてのルートにした。県道はよく整備されていてすれちがいもしやすい。でも、夕方も5時を過ぎているから行き交うクルマも少ない。今川峠を越えると小菅村側の車道には中央線もあって幅広いのに驚いた。


●小菅村<多摩源流小菅の湯>

 小菅村は青梅街道から外れているが東京都檜原村、大月市、上野原市と接している。檜原村の武田氏の番所跡と同様に甲斐の要所であったようだ。国道139号が通るのもそのなごりだろう。忘れてはならないのは東京都の水源林として100年以上経営されてきたことである。その結果、手つかずの自然が保存され、全国でも珍しいシオジの天然更新が見られるという。<多摩源流小菅の湯>は村落から離れた場所にあり、内風呂と露天風呂が温泉である。妻は檜原村<数馬の湯>と似て肌触りもなめらかでぬめりもたっぷりあると言う。3つも温泉に入るとわたしにはその違いがわからない。雨も降り出して露天風呂は早々に退散した。

              

            (補足)詳細は小菅村のホームページをごらん下さい。


●県道を使って上野原へ抜ける

 小菅村からは大月に向かう道幅の狭い国道139号をやめ、センターラインがある県道18号を使って上野原に抜けた。この道も初めてで、人家はあっても行き交うクルマのない静かな山道だ。いつもなら寝入る娘が真剣にまわりを見回し、やたらと説教を並べるのもわずらわしい。そんな娘に「道はつながっているし、家もあるから大丈夫よ」と妻が言う。ようやく檜原街道に出て明るいコンビニを見つけると妻子から安堵のため息が出た。娘が「いつもはわずらわしいクルマが懐かしくなる」と言い出すのもおかしい。


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