箱根の風呂を確かめに行く
2007年06月29日


トップページに戻る  目次ページに戻る 地区別索引  旅行データ  風呂めぐり

前頁へ  次頁へ

 午後から妻とクルマで箱根へ出向いた。数日前に記憶をもとに書いた家族を連れまわった温泉を確めるためである〔箱根の日帰り温泉〕。出向く前から怪しかった雲行きは厚木インターを過ぎるとどしゃ降りに変った。走行に不安を感じて平塚パーキングエリアに避難する始末である。昨日の入浴後の迷路走行に続いてまったくロクなことがない。

 箱根口の渋滞を嫌い、小田原厚木道路からそのまま箱根新道に向う連絡道を走るとガラ空きである。有料道路の直結は湯本駅前や宮城野へ向う人に何の恩恵がない。渋滞の解消を図っても利用が結びつかないのも皮肉である。須雲川インターを出るとクルマが見当らない。旧東海道を走るドライバーも少くなった。若い頃は元箱根から貝晴茶屋や畑宿を経て箱根湯本へ伺度か歩いたがそういう人も少なくなったようだ。とはいえ、このインターは畑宿や奥湯本へ向うには便利である。天山湯治郷・湯の里おかだ・日帰り温泉箱根の湯・箱根の湯花紋・弘法の場などが近くにあるから箱根口から渋滞にうんざりしてたどりつくこともない。

 そこで、「湯の里おかだ」へ出向いた。急坂を下りまた上るから山道嫌いの妻は脅えて黙りこむ。玄関まで入ったが料金が高いからパスした。妻は憮然としていた。再び旧街道へ戻ると「日帰り温泉 箱根の湯」が目につく。自家用源泉使用・入浴料1000円の看板があるものの外観はみすぼらしい。隣りに立派なホテルとは無関係のようだ。入浴したが「ほんとうに温泉なの」と互いが言い出すほどクセがない。高温の二つの源泉を使い、レジオネラ菌対策をほどこした循還温泉といっても銭湯と同じだ。しかたないので、「天山湯治郷」へ戻る。ここは昔出向いたとき客をつめ込んでいたがそういうこともなくなって静かである。先程の湯より温泉の雰囲気があるがぬめりを感じない。立派なカタログを作って美辞麗句を並べているが照明が暗いから目が不自由な客に対する配慮が欠ける。ここでも「こんなにクセがない風呂だったかしら」と互いに首をかしげる始末である。隣りの「ー休」も同じ経営というので立ち寄るのはやめた。


 奥湯本には急に日帰り温泉が増えたが同じ店が名称を変えた結果のようだ。「箱根の湯」はホテルおかだのグループで、「箱根の森おかだ」・「湯の里おかだ」・「木もれび宿ふるさと」のー部である。また、天山湯治郷も「ひがな湯治天山」・「かよい湯治ー休」・「逗留湯治羽衣」と使いわけている。こういうことはガイドブックはふれないから出向いて確めないとわからないことだ。箱根の客離れは同工異曲が見やぶられ、高い入浴料金を取る経営姿勢を客が感じとるからかもしれない。



 雨も強くなったので入浴はあきらめて姫街道から御殿場へ向った。旧街道の「弘法の場」、湯本駅前の「かっぱ天国]や「弥次喜多の湯」それに橋の近くの「早雲足洗の湯 和泉」も健在だったが女性に入気といわれた「湯蔵」の看板は見えなかった。宮城野の「町営温泉会館」や「勘太郎の湯」は通り過ぎて気づいたが先に進んだ。仙石原はガラスの森美術館だけケバケバしくてやけにひっそりしていた。箱根は晴れた日の昼間に訪れる場所だと互いが言い合うのもおかしい。


 乙女トンネルの長さに改めて驚き、行き交うクルマも少ない雨の国道を走ると懐しい「御殿場市営温泉会館」と乙女キヤンプ場の看板が目についた。9時前ですでに営業は終っている。「露天風呂はないけれど入浴を楽しめる場所だわ。浴槽も男女ひとつずつで洗場も狭いけど温泉のぬめりがある」と妻がつぶやく。入浴中の肌ざわりと入浴後の爽快感が伴ってこそ温泉という妻の言い分にうなづくしかなかった。


                                       文頭に戻る