CQおじさん

トップページに戻る  目次ページに戻る  前頁へ  次頁へ


第2章 移動

邪魔なアンテナ
無線中毒    
パイルアップ  
トリカブト    
パンジー    
照れ屋なCEO 
町内探検    
BELと若者   
シーラカンス   
待ちぼうけ    
風呂場で待つ   
カード集め     


「大きなアンテナだわ。敷地が広いからあんな高い塔が作れるのね。羨ましいでしょ、あんた」
「うちの近所だって、高台には大きなアンテナを屋根の上に建ててる家もあるよ」
「埼玉県に来ると敷地も広いから、鯉のぼりだってのびのび泳いでいるわ。ベランダに吊るすのも寂しいわね」
「無線のために他所に引っ越すか・・・」

「そんなことは許さないわ! 」
「ビルの最上階とか、丘の上なら電波も遠くに飛ぶからいいな」
「馬鹿なことは言わないの! 丘の中腹だって昇り降りできついのに、亭主の道楽のために苦労させられるのはお断りよ」

「お父さん、あっちにもアンテナ塔があるわよ、ハシゴまで付いているよ」
「うちのアンテナは縦に並んでいるけど、この辺のアンテナは横に並んでいるよ。お父さん、どう違うの」
「太郎はよく見ているな。電波の飛ばし方が違うんだ。『水平偏波』と『垂直偏波』の違いがあって、うちのは垂直偏波なんだ」

「よく分からないけど、電波の飛び方が違うんだね」
「それだけ分かれば充分だ。アンテナは使う目的でいろいろなタイプがあるんだ。やっぱり太郎は男の子だな」
「おねえちゃん、お父さんに誉められちゃったぞ。偉いだろう・・・」
「そんなこと知って何になるのよ! 」
「丸子、負け惜しみを言うんじゃない。太郎の観察力を誉めただけだよ」

「坂田のおじちゃんはなぜ無線をしないの。アンテナをのびのび建てられるのに」
「いろいろ趣味がある人だから無線どころじゃないんだろ。旅行に行ったり、焼き物を作ったりしてるもの」
「でも、あんたアンテナ塔が羨ましいでしょ。いつも、アンテナの差で飛びが変わるのも癪だと言ってるんだから」

                                 文頭へ戻る

邪魔なアンテナ

「アンテナを毎月換えるのも無駄だわ。コードがベランダにとぐろを巻いて、邪魔よ。どうにかならないの」
「片付けているんじゃないか。文句あるか」
「あるから言うのよ。洗濯物を干すのに邪魔なのよ」
「支柱に干す奴がいるか」
「でも、布団が干しづらいわ。ベランダの真ん中にアンテナを出して・・・」

「障害物がないほうが効率的に飛ばせるから、我慢しろよ」
「夜中にアンテナを振り回すのも止めてよ。けっこう大きな音がするのよ」
「アンテナを回せるのもうちだけだよね、お父さん」
「どうして回すの、お父さん」
「電波を飛ばす方向を決めて使ったほうが、他の無線局に迷惑をかけないし、電波も強くなるんだよ、太郎」
「おねえちゃん、知っていたか? 」
「知らなかったわ。あんたよく気がついたわね」

「そんなことは知らなくていいのよ。ベランダから先に一メートルもアンテナを出すから、目立ってしょうがないわ」
「だから、普段はベランダ側にアンテナを寄せているんじゃないか」
「それで洗濯物が干せないのよ」
「邪魔にならないように、上から吊るしているだろ」
「やっぱり邪魔よ。アンテナなんてなければ広々と使えるのに・・・。それに動かす機械が邪魔ね」

                                 文頭へ戻る

無線中毒

「そういえば、お父さん。一時期は釣り竿みたいなアンテナを伸ばして使っていたね」
「丸子、あれは短波用のアンテナさ。北海道や九州・沖縄と繋がって楽しかったぞ」
「あのアンテナを作るときは、CEOのお兄さんが来て作ったんだ」
「太郎はよく覚えているな。一人じゃ、設置できないから手伝ってもらったんだ。短縮型のアンテナだったけれど、飛びが良くてお父さんは気に入っていた」

「でも、直ぐ外したわね、お父さん」
「送信より受信に偏るのが辛くて止めたんだ。アンテナと電力の差が大きいのが癪になって・・・」
「仕事から帰ってくるとご飯も食べずにヘッドホーンを付けて自分のコールサインをわめいていたね、おねーちゃん」
「うるさくて迷惑だったわよ。お父さんがわたしたちを相手にしてくれなかったから憎かったわね」
「お母さんだって、『お父さんは気が狂った』っていつもぼやいていたぞ」
「あんた、よく覚えているね。夜更かしをしてお父さんはお母さんに叱られていたわ」

「埼玉のおばあちゃんが来たときも、無線をやっていたね」
「飽きれていたけど、お父さんは気にしなかったぞ」
「静岡のおばあちゃんの言うことは聞くくせに、埼玉のおばあちゃんは遠慮していたから、お父さんは図に乗っていたのよ、太郎」
「埼玉のおじいちゃんには、けっこう気を使っているぞ、おねえちゃん」
「似た者どうしだから、言い出したら互いが引かないのよ」

「何でお母さんは一緒になったの?」
「相手がいなかっただけさ。詮索はしないほうがいいぞ」
「頑固者同士だからしょうがないわ。こんなに似ているとは思わなかった。丸子、あんたも気をつけることね」

「お母さん、わたしは相手を充分選ぶわ」
「お父さんみたいな変人と一緒になるなよ、おねえちゃん」
「太郎、お父さんが怒るからやめときなよ」
「子供に変人呼ばわりしているのは、お前だろ・・・」
「あら、わたしは言っていないわよ。子供が正直なのよ」

                                 文頭へ戻る

パイルアップ

「何で短波を止めたの? 全国的に交信できるのは楽しいのに、お父さん」
「カード交換もアマチュア無線の楽しみだったよ。一月で三百枚も来たこともあったね、お父さん」
「全市全郡コンテストにも挑戦したな。三百市を超えてから数が増えなくなって諦めた」
「根気がない人だから・・・」
「ひとつの市をとるために三日もかけたこともあるんだ。根気だけじゃないぞ。暇がなければ続けられないな」

「コールサインを何度も怒鳴っていたね、おねえちゃん」
「念仏みたいだったよ、太郎」
「珍しい場所の局が出てくると《パイルアップ》といって誰もが群がるんだ。電波が強い局が優先して取り上げられるから、耐えるしかないんだよ」
「短気だから続けられなかっただけよ」
「根気がなくて短気だから止めたの、お父さん」
「それだけじゃない。カード集めだけが無線の楽しみじゃないと考え直したのさ」

「また、すり替えて。とってもらえない口惜しさで止めたと言いなさいよ」
「無線には話す楽しさや工作する面白さもあるんだ。カード集めはそのひとつであって、すべてではないんだよ」
「いろいろな楽しみがあるというわけね、お父さん」
「手伝ってもらって交信証を増やしても面白くもない」
「増えればいいじゃないか、お父さん」

「自分が呼びかけて相手の反応を確かめるのがカード交換だよ。中継してもらってカード集めをするのは卑怯だ」
「そんなやり方もあるの、お父さん」
「短波の世界にはそんなこともあってなじめなくなったんだ。中継局にご機嫌取りをしたり、手伝ってもらった交信なんてフェアーじゃない」
「お父さんらしいわね。そんなことは気にしなくてもいいのに」
「そういう人なのよ、お父さんは」

                                 文頭へ戻る

トリカブト

「またひまじんが呼んでるわよ、あんた」
「起きていたんだ、CBA。今日も花言葉をよろしく」
「俺は百科事典じゃないぞ! 」
「いいじゃないか。ユリは何だっけ? 」
「《高貴なる品位》だって書いてあるよ」
「そうだな。あいつはどことなく品がある娘だ」
「のろけ話の相手にするな。トリカブトかも知れないぞ」

「何だ、そのトリカブトっていうのは? 」
「高山植物だよ。昔、山歩きしていたとき知った花でね、長帽子に似た形をしていて、紫色の美しい花さ。でも、触ると毒が回って死ぬ恐ろしい花だよ、BIG」
「触れれば毒が回る美しい花か。あいつもそういうところがあるな。その花言葉は何だ」
「《最後の栄光》だって。まずいな、トリカブトは薬にも使えるのに」
「蜂の一刺しどころじゃないな。もっと詳しく教えてくれよ、CBA」

「北アルプスに高天ケ原(たかまがはら)という場所があるんだ。雲の平の近くにあって水晶岳とか薬師岳がよく見える草原さ。俺が出かけた頃は山小屋の近くまで熊が出てくるくらい寂しい場所だった。露天風呂もあったぞ。そこに至る道にトリカブトが群生していて思わず触ろうとしたら相棒が大声で怒鳴るんだ。ヒグマも殺す猛毒があると言うんだ」
「でも、美しい花なんだろう、触れたくなるくらいだから・・・」
「そのとおり。形も珍しいし美しいからね」
「美女を装った悪女というわけか、CBA」
「そんなところかな。《最後の勇気》という花言葉もあるようだぞ」

                                 文頭へ戻る

パンジー

「トリカブトか、面白い花だな。ところで、パンジーの花言葉は何だっけ? 」
「またかよ、BIG。《わたしを想って》だってよ」
「良い花だね。三色スミレというんだな」
「知ってて調べさせるな! バレンタインに送る花だと書いてあるぞ」

「チョコレートじゃ、芸がないもんな」
「あんたは香水を贈っているんだろ。高い貢物だなあ・・・」
「CBAも貢げばいい!」
「冗談じゃない。アッシーとミツグくんを八年もやっているんだぞ。これだけで充分だ」

「ところで、CBAのパンジーは元気かい?」
「ラッパズイセンか? パンジーはいないよ」
「何だそれは? ラッパズイセンって」
「本をめくっていたら出てきたんだ。《見なれた美しさ》っていうらしい」

「飽きが来ないというわけか? 」
「見慣れて感激もしないけれど、それなりに味わいがあるというところだね、BIG」
「そういうのも大切だ。いつも緊張させられる女も怖いぞ」
「俺はBIGと違って、女性に興味はない」

「相手にされなかったひがみかい? 」
「そうだよ。女なんて、可愛い顔をしていて意地も悪いからね」
「CBA、それは止めておこう。ワッチしている女性もいるだろう・・・」
「BIGも他人を気にしているんだ」
「悪い噂を流されたくないからね」

                                 文頭へ戻る

照れ屋なCEO

「BELやCEOと繋がっているかい? 」
「この間繋がったよ。盛り上がったのはいいんだけれど、女房には《マフィアの集会》と言われて散々だったよ、BIG」
「《マフィアの集会》だって! パンジーも言ってくれるんじゃないか」
「コールサインで呼び合い、分からない用語がポンポン出てくるからだって・・・」

「素人から見ればそうかもしれないぞ。《マフィアの集会》か、当っているね」
「BIG、変に感心しないでくれよ。あの日はBOOも出てきて、CEOの結婚話で盛り上がったんだ。あんたはもう無理だろうと意見が一致したよ。CEOもBIGのようにならないようにと慌てていたぞ」
「俺をダシにして楽しみやがって! CBAは俺の悪口は言わなかったよな・・・」

「悪口は言わなかったけれど、ひまじんだと言っておいた」
「何が暇か! 女性を楽しませているんだ」
「これだけは言っておいた。玄人好みの遊び人だって・・・」
「それじゃ、悪口だろ。眠くなったから止めるか」
「BIG、おやすみ」

「CBAいいかい、CEO」
「聞いていたのかい? CEOどうぞ」
「途中から聞いていたよ。BIGも元気だなあ。相変わらず夜遊びに精を出して・・・」
「この間は査問集会になってごめんね」

「《マフィアの集会》じゃないぞ。かあちゃんに言っておいて」
「俺は反論したけれど、無線の交信は興味のない者から見れば異様なのかもしれないね」
「BIGは明るく過ごせるから羨ましいな」
「見栄を張っているだけさ。いいじゃないか楽しく過ごせば・・・」
「CBA、ラッパズイセンってどんな花?」
「イギリスでどこでも咲いてるスイセンって書いてあるけど、俺にもピンとこないよ」

「CBAのかあちゃんは、それなりの顔をしているじゃないか」
「可愛いから一緒になったよ、CEO」
「丈夫で長持ちと言うところか。飽きないことも大事だよな・・・」
「CEO、今日はやけに真面目じゃないか」

「ちょっと人生を考えてみたくなったんだ」
「BELやBOOに良い話をもらったか」
「それはどうでもいいことじゃないか!」
「ごめん、ごめん。夜更かしして大丈夫かい、CEO」

「朝は強いほうだから大丈夫だよ。パンジーというのも良い花言葉だね」
「トリカブトはちょっと怖いぞ。俺のかあちゃんがそうかもしれないぞ」
「強がりを言って。後でどうなっても知らないよ。CBA、おやすみ」
「そうだね、CEOまたよろしく」

                                 文頭へ戻る

町内探検

「お父さん、無線機を持って歩いちゃダメだよ! 」
「俺たちを放っておいて、CQを出すのはみっともないから止めてよ! 」
「あんた、ちゃんと子供の世話をしてよ」
「それじゃ、区内の探検隊に出かけるか」

「何でお母さんは歩きたがらないのかな、おねえちゃん」
「お父さんに任せれば、テレビをゆっくり観れるからでしょ」
「家でのんびりしたいからだろ。おまえたちが普段うるさいから・・・」
「本当はお母さんはドライブをしたいのよ。でも、無線を始めるから嫌味を言ってるのよ、分かってるのお父さん」

「お父さん、この道は初めてよ! 」
「同じ道じゃつまらないから換えたよ」
「大丈夫かな、狭い道だよ・・・」
「地図を見るのがお父さんの趣味だから心配しなくて良いぞ」
「そういえば、お母さんはクルマに乗っても地図は見ないね、おねえちゃん」

「言っても見る気がないから諦めたよ」
「それじゃ、おねえちゃんが地図を見ればいいじゃないか」
「余計なことは言わないの。あんたがやればいいのよ。男の子でしょ」
「男だから地図を読めると限らないし、女の人だって運転をしているじゃないか」
「男でも女でもやる気と練習をすればできるんだ。その気がなければ何もできないのさ。太郎が言うとおりだよ」

「ようやく高台に出たわ。うちから見るのと景色が違うね、太郎」
「うちは中腹だから見通しがきかないけど、ここは無線に向いてるな」
「周りにアンテナ塔のある家がずいぶんあるよ。埼玉県だけじゃないね、お父さん」
「教会もあるし、風呂屋の煙突も見えるわ。大きなビルが並んでいるのは横浜駅の近くでしょ、お父さん」
「そうだよ。クルマで走っていると気が付かないことも、歩いて気付くこともあるよ」
「お母さんも来たら良かったのに・・・」

                                 文頭へ戻る

BELと若者

「お父さん、BELのおじさんを呼んでる人がいるよ。若い人だ」
「BELさん、どこにいるのJ×1DSL」
「仕事の帰りだよ。DSL、今晩わ」
「お疲れ様です。残業ですか、BELさん」
「●●橋通過。あと一〇分で家に着くよ。今夜は遊びに来るかい。BEL移動」

「DSL了解。行ってもいいですか? 」
「待ってるよ。DHXも連れて来たらどうだ。賢介の相手をしてくれよ。DSLどうぞ」
「BOOに怒られないかな? 」
「ブレーク。BOOだけどいいかい」
「聞いていたのか? あと五分で着くよ。BEL■■町通過。BOOどうぞ」

「了解。DSL、待ってるよ! 」
「賢ちゃんは勉強してるんでしょ。行っていいのかな。BELさんどうぞ」
「家の前に着いたよ。DSL、賢介の勉強を見てやってよ。待ってるぜ! BEL閉局」
「BOO了解。DSLまたあとでよろしく」

「BELのおじちゃん、今日は帰りが遅いんだね、お父さん」
「賢介お兄ちゃんの家庭教師が二人もいるのか、おねえちゃん」
「若葉おねえちゃんの家庭教師かもしれないよ、太郎」
「DSLも、DHXも市内のお兄さんだ。クルマやオートバイが好きだから、おじさんの家に集まるんだよ」

「おじさんもおばさんも優しい人だから、お兄さんたちも集まるんだね」
「この間行ったとき、お菓子をくれたもの。いい人だね、おねえちゃん」
「意地汚い子だねあんたは。太郎・・・」
「若葉おねえちゃんだって、俺たちの世話を焼いてくれたよ。お父さんは、おじちゃんやおばちゃんと無線の話ばかりしていたからね、おねえちゃん」
「CEOのお兄さんもいたから、大人同士で盛り上がっていたわ、太郎」

「どこに出かけたと心配していたのに、親子で他人の家に押しかけていたの!」
「その気はなかったけど、誘われて断るのも気が引けてお邪魔しただけさ」
「お母さん、怒ることはないでしょ」
「あんたたちも何よ。ずうずうしいわ」

「DSLのお兄さんとは、お父さんもよく交信しているね」
「二〇歳過ぎだけど、しっかりしたお兄さんだよ」
「ポテトチップを揚げるアルバイトをしているお兄さんだっけ?」
「あれはDUXのお兄さんだ」
「赤いクルマのお兄さんだよね、お父さん」
「太郎はよく覚えていたな。この前、BELのおじさんの家に行ったとき会ったよ」
「そうか、あのお兄さんだったんだ。だって、お父さんの無線の切り替えスイッチが、あのクルマに付いていたんだもの」
「あんたは、そいうことだけは覚えているんだから、太郎」
「DSLのお兄さんとはクルマの話で盛り上がるんだね、お父さん」
「お父さんは、山歩きよりクルマの運転の方が長いし、興味があるんだよ」
「それで他のお兄さんとも交信をしているのね」

                                 文頭へ戻る

シーラカンス

「起きていたんだCBA。この間、CEOとCFXを乗せて相模湾を走ったぞ」
「独身友の会の集会だったんだね」
「人聞きの悪いことを言うなよ。あんたのパンジーは元気か? 」
「おかんむりだよ。BIGのことをひまじん呼ばわりしているぞ」
「それは奥様誤解ですよ。貴公子のわたしに向かって・・・」

「止めてくれよ、気持ち悪いじゃないか。ヨットで、今流行の集団見合いをしたのかい」
「ユリも乗せて、海を眺めただけさ。湘南ボーイを気取ってね」
「似合わないことを言わないでくれよ。BIGは花より《シーラカンス》の方が似合っているよ」

「シーラカンスって、まさかあの古代魚のことじゃないね」
「そのとおりだ。古代魚のシーラカンスさ」
「太古の眠りから覚めた魚か」
「アフリカのマダカスカル島付近のコモロ諸島に生息する進化を留めたままの魚さ」
「おいおい、化石扱いするなよ。四億年前の生き物か俺は・・・」

「ブレーク。J×1ACE」
「あれっ、大平さん起きていたの! 」
「BIG、どこの人だ。知りあいの人かい」
「俺の近所のOMさん(先輩)だ。ACE局どうぞ」
「今晩わ。J×1ACEの大平です。いつもお二人の話を聞かせていただいておりますよ、CBAさんどうぞ」
「はじめまして。いつもくだらない話ですみません。今日の話題はシーラカンスですよ。BIGどうぞ」

「俺はシーラカンスじゃないぞ、CBA。夜の貴公子に向かって何を言うんだ。ACEどうぞ」
「また楽しいことを言い出して。BIGは冗談が上手いから。CBAどうぞ」
「ホラ吹き男爵にしましょうかね。そのうち夜の帝王なんて言い出すに違いないですね」
「まったく、勝手なことを並べて・・・。そういえばこの間のトリカブトの花言葉は何だっけ、CBA」
「《最後の栄光》と《最後の勇気》だよ、BIG」
「美しいけど毒がある花だったな。ユリに言っておくか。大平さんお待たせ」

「BIGとCBAの話はテンポが早くて追いつけないね。みなさんまたよろしく。CBAどうぞ」
「ACEさんおやすみなさい。BIG、あんたの話は飛びすぎるから、ギャラリーも呆れているぞ」
「眠たくなったから俺も止めるよ。今日は楽しい日だったよ。パンジーにもよろしく」
「勝手なんだから。おやすみ」

                                 文頭へ戻る

待ちぼうけ

「最後は知り合いばかりだったね」
「女の人まで出てきたからお母さんはおかんむりだよ、お父さん」
「CUPはBELと同じ社宅にいる奥さんだ。子持ちだから安心しろよ」
「CEOのお兄さんやBELのおじさんまで出てきたから、横浜に帰ったら賑やかになりそうだね、おねえちゃん」

「相変わらず、無線にはひまじんが多いのね。変人を相手にしてくれるんだから」
「お父さん、待たせるからお母さんは怒ってるんだよ」
「まったく、無線を始めると家族のことなど忘れてしまうんだから・・・」

「腹が減ったよ。早く風呂に行こうよ」
「あんた、お菓子を全部食べちゃったの」
「待ちくたびれたからさ、おねえちゃん」
「風呂に入ってから食事にするか」
「子供に先に食べさせて、ゆっくり風呂に入りたいわ。太郎は腹が減るとしつこいから」

「お父さん、今日は何局交信したの? 」
「一五局かな。カードの交換は一三枚だ」
「自分で仕事を作ってるんだから」
「それが楽しみで箱根まで来てるんでしょ」
「うちでCQを出しても反応は少ないから夢中になってしまった。ごめん、ごめん」
「早く食事に行こうよ、お父さん」

                                 文頭へ戻る

風呂場で待つ

「お母さん、何でお父さんを甘やかすの?」
「丸子、あんたにしては珍しいことを言うんじゃないの。いつもお父さんの肩ばかり持つのに・・・」
「だって、お母さんが本当に無線が嫌いなら、運転中の交信でいちいちメモを取る筈はないし、一緒に来ないでしょ」

「好きなことをさせたほうがいいのよ。やらないとぐずるし、細かいことに腹を立てるからね。甘やかしてるわけじゃないわよ」
「その割には、けっこう皮肉も並べてるんじゃないの、お母さん」
「やらせたままでは調子に乗るから、少しは牽制しておくのよ」
「けっこう考えているんだ、お母さんは」

「わたしが何も考えていないと思っているの」
「意外だわ。のんびりしていると思っていたのに」
「言うと反撥するけど、好きなことをさせておけば家庭は平和なんだから・・・」
「お母さんて、無口でおとなしそうに見えるから、お父さんは扱いやすいと錯覚したんだ」
「わたしはキツネやタヌキじゃないわよ。黙ってみてるだけよ」

「お父さん、お母さんやおねえちゃんはまだ風呂から戻ってこないよ」
「太郎、お前も風呂が嫌いな奴だな。もう一度きれいに洗ってやろうか」
「また腹が減ってきた。風呂に入ると何でお腹が空くだろう」
「食い意地が張った奴だな。それにしても、女って奴はどうして長風呂なんだ。待つ身の辛さも考えろ!」
「長話が楽しいんじゃない。洗う時間より話すほうが長いよ」

「早く出てこないかな。帰るのが遅くなってしまうじゃないか」
「お父さんが無線に夢中になったから遅くなったんだよ。勝手なことを言って・・・」
「それとこれとは違うぞ。もう四〇分も経ってるから湯冷めがしちまう」
「太郎、お前が風呂場に入って呼べ! 」
「嫌だよ。かっこう悪いよ」

「待ちくたびれた。呼び出しでも頼もうか。後から来た人も帰っていくぞ」
「テレビでも観ていなよ。お父さんが無線をしてるときは、俺たちも我慢してるんだから」
「待つのは辛いものだな。四〇分が限界なのかなあ」
「お母さんとおねえちゃんが来たよ、お父さん」
「お待たせ。ここの風呂はきれいでいいわ。岩風呂や露天風呂もあるから、のんびりつかってきちゃった」
「お父さんはさっきから待ちくたびれて苛立っているよ、お母さん」

                                 文頭へ戻る

カード集め

「何よこれ! 足の踏み場もないじゃない」
「乾くまで我慢しろよ。新しいカードを刷ったんだから」
「今度の絵柄は芦ノ湖だね。たまにはパンダとか熊のイラストにしたら面白いのに、お父さん」

「ガンダムとかセーラームーンでもいいよ、おねえちゃん」
「勝手なことを並べるな。交信証になじまないぞ」
「行く度に絵柄を変えるのも、ひまじんだからできることね」
「プリントごっこも二台目だよ。年賀状より交信証を刷る方が多いんじゃない」
「あるものを利用しているだけだ。印刷屋に任せる手もあるが、同じ物ばかり送るのは気が引ける」

「普通はそうじゃないの」
「どこで交信したか相手に分かるように作ってるんだ」
「ワープロで打ち込めば済むのに。ひまじんね、あんたは」
「インクリボンが高いからプリントごっこで刷ってるんだよ」
「印刷屋さんに頼んだのがあったでしょ、あれはどうしたのよ」
「短波の交信と横浜博覧会で使ってしまったよ。千枚はあっけなく消えた」
「やりすぎなのよ。ほどほどにしてよ」

「溜まったカードもどうにかならないの。部屋が狭いんだから整理・整頓してほしいわ」
「お父さん、何枚くらいあるの?」
「同じ人と何枚も交換してるからよく分からないけど、交信数は五千を超えたよ」
「それじゃ、五千枚あるの」
「カードの交換をしない人もいるから四千枚位かな。約束を守らない人もいるぞ」

「約束を守らない人がいるの?」
「そういう人もいるよ」
「約束しなければいいのにね、お父さん」
「記録が雑な人もいるし、コールサインを間違って記録した人もいるだろう。お父さんだって間違ったこともあるからお互い様の面があるよ」
「でも、欲しかったカードが来ないと口惜しいでしょう、お父さん」
「そうだよ。三日も粘って交信できた局からカードが来ないときはがっかりしたね」

                                 文頭へ戻る