図解編
意思表示のパターン
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自分の思うことを相手に伝えることはけっこう面倒です。思うことを整理し、言葉に当てはめ、相手に伝えるまでに葛藤が伴います。思うことや考えを整理したつもりでも言葉にするとしっくりせず、表現のしかたや言葉の選択を誤ると相手の錯覚を呼び起こすのは珍しくありません。これは相手にもいえることで、受け止め方にズレが伴います。
意思表示には言葉のズレ、互いの勘違いによるミスによってトラブルがつきまといます。
そんなあやふやなもので法律が成り立つのかという不満はわたしも感じてきました。文字や言葉などの表現手段はたくさんあっても、「意思」という主観的で抽象的なものを、表現の形態(パターン)で区分し、その効果を論じるのが民法の法律行為です。このほかのパターンもありえますが、グタグタ並べずに割り切って考えるのも法律です。
法律の扱う意思は、個人の心理状態の多様性を扱う小説と異なり、相手とかかわる意思でありその意思表示が当事者以外の第三者にどのような効果を与えるかを扱います。民法はいつものとおり例外から始まり、意思表示の欠陥として「意思の不存在」や「瑕疵ある意思表示」の説明を行いますが、ここでは通常も含めて整理します。
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効 力 |
表示形態 |
当 事 者 間 |
第 三 者 |
意思の 存在 |
有 効 |
通常の表示 |
・民法は触れない |
・民法は触れない |
心裡留保 |
原則は有効。相手方が表意者の真意を知り、真意を知ることができたときは無効 |
・民法は触れない |
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意思の 不存在 |
無 効 |
虚偽表示 |
相手方と通じた場合は無効 |
善意の第三者に対抗できない |
錯誤 |
法律行為の要素に錯誤があれば無効。表意者に重大な過失がある場合は自ら無効を主張できない |
・民法は触れない |
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瑕疵ある表示 |
取消し |
詐欺 |
取り消すことができる |
・第三者が詐欺を行ない相手方がその事実を知っていた場合に限り取り消せる。 ・善意の第三者に対抗できない |
強迫 |
取り消すことができる |
・民法は触れない |
以上は民法の解説書が必ず触れるパターンです。民法で触れていない部分の解説もありますが条文は見当たりません。
反対に、条文があるのに無視されるのが「隔地者に対する意思表示」(97)、「公示による意思表示」(98)、「意思表示の受領能力」(98の2)です。 ひとつの理由は混乱させないためですが、もう一つは契約にかかわる例外的な部分だからでしょう。
でも、実務面では無視できない条文ですので整理しておきます。
用語集で触れましたが法律には発信主義と到達主義があります。民法97条は到達主義をとっていることに注意してください。
法律によっては発信主義が原則の場合もあります(国税通則法など)。
民法526条は隔地者間の契約は、「承諾の通知を発した時に成立する」となっており、97条と逆です。法律行為は意思表示がどこで効力が発生するかという問題も考える必要があります。相手に意思が伝わらなければ合意も拒否もできません。
97条の2項はもっとシビアです。意思表示した人が亡くなり、廃人になっても意思表示の効力があるわけです。そんなはずはないと主張しても覆せません。
それでは相手の所在がわからないときにどんな対応をするかという問題に移ります。危険災害や失踪に伴う民法の条文はありますが、生きている人間が逃げ回っている場合の対応です。犯罪者だけでなく、借金取りに追われ、人とのかかわりを避けて所在不明の人は現実に多数います。そのために法律行為に支障を生じるのを回避する制度が「公示」です。昔あった長者番付(所得税額の公示)とは異なり、法律行為を円滑にさせる制度です。
到達したものとみなす規定に注意してください。逃げ回っても解決しません。
公示の場所は裁判所とは限りません、省略した第98条2項のただし書には次のように記載されています。
官報に掲載されなくても市役所などに掲示すれば足りることに注意してください。むろん、市役所などは民法以外でも民事訴訟法に従って、行政処分の「公示送達」を行なっています。掲示期間も民法や民事訴訟法第112条は2週間ですが(外国においてすべき送達の公示送達は6週間)、国税通則法第14条のように7日経過後に送達があったものとみす規定もあります。
公示を含めた送達は、民事訴訟法98条から113条までに、「交付送達」、「出会送達」、「補充送達」、「差置送達」、「書留郵便等による送達」、「外国における送達」、「公示送達」が細かく規定されています。内容証明付き郵便や公示送達などは金貸しの取立て手段だと甘く見ると災いのもとです。
意思表示の受領能力を定める第98条の2は注意を要します。
未成年者は712条で、「制限行為能力者」といわれる成年被後見人、被保佐人、被補助人は713条で、いずれも他人に損害を加えた場合は責任を負わない「責任無能力者」です。行為能力がないから責任能力もありません。とはいえ、賠償責任は監督義務者が負います(714)。でも、受領能力を定める98条は未成年者と成年被後見人に限られます。早とちりして制限行為能力者のすべてと考えないことです。
もう一つの注意は、120条第1項の行為能力の制限によって取り消しができる者は制限行為能力者またはその代理人、承継人、同意をすることができる者です。ところが、124条の追認の要件では成年被後見人とその他の制限行為能力者で区別されます。この違いは後見人には同意権がなく取消権が中心になるからです。
この条文は未成年者の受領能力には、判断力(事理弁識能力)を十分持つ未成年者もいる現実、年齢で一律に成年と区分している制度であること、受け取る能力に高度な判断力が必要かなどの異説があります。少なくとも、営業許可を受けた未成年者(6条)や結婚の同意を得た成年擬制者(753条)に受領能力がなければ営業や結婚生活ができなくなります。