24 中島みゆき
フォークのことあれこれ


 トップページに戻る  目次ページに戻る

前頁へ


もくじ                   

■デッサンしにくい歌手

 ●
笑いで煙に巻く
 ●
レインボーカラーの女
 ●
写真写りでファンになる
 ●
一人で口ずさむ唄
 ●
これからも頑張って  


「愛が好きです」で笑う

 ●昔のエッセーを読む
 ●同世代の歌い手を揶揄
 ●おもしろい歌詞


デッサンしにくい歌手


 愛唱歌のリストを作り、歌手別に並べると意外に多いのが中島みゆきだ。誰が書いても難破しそうな中島みゆきだから独断と偏見でまとめよう。長くなるからもくじをつけました。


笑いで煙に巻く

 最近亡くなった中島らもと中島みゆきはどこか似ている。『明るい悩み相談室』の迷解説とリリパット劇団を率いていた作家の中島らもと比べたらみゆきファンは怒り出すだろう。あんな薬物中毒の醜男と一緒にするなと言うはずだ。でも、笑いで煙に巻くのは似ている。喋りにナマリはあるけれどエッセイを読むとわざと肩を張っているのが笑える。断っておきますが、私は中島らもの笑いが好きだし、中島みゆきの美貌に惹かれたこともあります。


レインボーカラーの女

 ポプコン受賞の『時代』以来聴いてきた中島みゆきだけれどレパートリーが広過ぎてどこから手をつけたらいいのかとまどう。ヒットメーカー、写真映りの良い女、笑い顔が可愛い女、骨太でしぶとい女、あっけらかんとした唄い手、別れ唄の名手などなど出てきてもそれを絞れない七変化的なものがある。


写真写りでファンになる

 中島みゆきはブスではない。久しぶりに買ったアルバム『Singles 2000』(2002年、ヤマハミュージックコミュニケーションズ)の裏面の写真を見て、「良い女だよなア」と思わずもらして妻につねられた。首が長いのが気になるがブスではない。ユーミンのファンにならなかったのは写真映りの差である。数年前に郵便局のCMに登場したが和服も似合うよね。田村仁の撮り方がうまいのだろう。ブスが降られ唄を唄ってもそれは当たり前で面白くない。男に相手にされる女がアッケラカンと恨み言を唄うから面白い。


一人で口ずさむ唄

 中島みゆきの唄でカラオケで唄えるのは『時代』(1975年)や『地上の星』(2000年)ぐらいのものだ。『アザミ嬢のララバイ』(1975年)、『わかれうた』(1977年)、『りばいばる』(1979年)、『悪女』(1981年)、『空と海のあいだに』(1994年)『旅人のうた』(1995年)、『ヘッドライト・テールライト』(2000年)などは部屋にこもって口ずさむ唄である。みゆきファンはそういう屈折した心理でつながるのだろう。かっこ内は発売年です。わたくしごとで申し訳ありませんが80年代はオフコースと安全地帯に寄り道して中島みゆきから遠ざかっていました。


これからも頑張って

 中島みゆきのアルバムやエッセイは多くて、聴き直したり目を通す気が失せた。別に評論や論文を書くつもりはない。バナナの父で、あの偉大な吉本隆明先生だって詩を論じている。そんな恐れ多いことはできないからこれからも個々の唄を取り上げてあれこれ難癖をつけたい。こちらの都合で申し訳ないが書き終るまでガンバッて活躍してほしい。

                                       文頭へ戻る


中島みゆきの『愛が好きです』で笑う(2006/06/11)


昔のエッセーを読む

 昔の唄を確かめるために古本屋で手に入れた中島みゆきの『愛が好きです』(新潮文庫、昭和57年)を読んでいる。歌詞の合間に入っている「魔女の辞典」、「恋人に振られる50の方法」、「魔女の料理辞典」、「魔女のことわざ辞典」が笑わせる。たとえば、吉田拓郎は「その所有する顔の可愛さと、所有する声の可愛くなさのズレがかもし出す効果が色気として表れた、典型的なストリッパー」、荒井由実は「職業にかかわらず、アミタイツをはいて何が悪いか、という開き直りを身をもって証明した女流画家」(p63)というのにはあきれ、ライバルの風刺に感心した。さしみのつまが三浦友和(p127)というのはどうだろう。この本は彼女の写真も多く組まれているが、言いたいことを並べているのが面白い。


同世代の歌い手を揶揄(やゆ)

 もう20年前に出された本を取り出しても分からない人もいるだろう。そこで、若干の補足をしておこう。おじさんになった拓郎は若い頃は確かに可愛い顔だちだった。井上陽水とか泉谷しげると違って歌詞は過激だったが女の子に受ける要素があった。ライバルの荒井(松任谷)由実は顔に似合わずぶりっ子を装ったからみゆきにはシャクナな存在だったろう。三浦友和は山口百恵の夫でもっていると言いたいのだろう。余談になるが、三浦はRCサクセションの忌野清志郎とバンドを組み、ドラムを担当していたそうだ(渋谷陽一『ロックは語れない』)。「恋人に振られる50の方法」はポール・サイモンの『恋人と別れる50の方法』のもじりだ。これもわたしの好きな唄だった。


おもしろい歌詞

 レコードは聴いたことがないが面白い歌詞もあるから残しておこう。

    だれも 悪くはないのに
    悲しい事なら いくつもある
    願いごとが 叶わなかったり
    願いごとが 叶いすぎたり
    だれも 悪くは ないのに
    悲しいことは いくつもある
  (「悲しいことはいつもある」)

 互いの思いが空回りして悪い方向にばかり向かうことはいくつになっても変わらない。互いが良かれと思っていても互いを傷つけあっていがみ合いを生むようなものだ。好いことばかり続いて浮かれることはめったにないのに。

    あたしは とても おつむが軽い
    あんたは とても 心が軽い
    二人並べて よくよく 見れば
    どちらも 泣かない あほう鳥
  (「あほう鳥」)

 こちらの唄はみゆき独特の怨み節だから解説はやめておこう。

 お喋りな女は好きでない。あれこれ男を手玉に取り、命令を並べるのもムカつく。だからといって、無口な女も面倒だ。あれこれご機嫌とりを強いられるのもオックウだ。言いたいことを並べていても未練心を隠さない中島みゆきが気に入っていた時代もあった。

                                       文頭へ戻る