地図を片手に『吸血鬼ドラキュラ』
    2008年05月06日


トップページに戻る  目次ページに戻る 

 美女の生血を吸うドラキュラが原作でどのように描かれるかに関心持ち、せっかくだからと思い立ち読み始めたものの、なじみのない地名にわずらされてなかなか先に進まない。ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』(平井呈一訳、創元社推理文庫、1971年発行)は1897年に発表されたものだが、映画に登場したダンディな男でなく、陰気で残忍な吸血鬼として描かれる。4月の連休では548頁のうち300頁で音を上げてほっぽり置いた。それも口惜しいから地図を持ち出し、インターネッ卜で検索しながら読み切った。

●なじまぬ地名と実在の人物

 この小説の1頁目に出てくるビストリッツとかクラウゼンブルグという地名がわたしのコンパクト世界地図帳(昭文社)に見あたらない。インターネットで地図検索をかけても同様である。カルパティア山脈はかろうじて出ていたが小説の位置とずいぶんちがってスロバキアやウクライナにある。ダニューブ川がわからず調べればドナウ川の英語読みである。東欧諸国の地名は歴史的な変遷も多いから一筋縄では太刀打ちできない。ともあれドラキュラ候と呼ばれたヴラド・ツェペシュは串剌し公の別名を持つ15世紀ルーマニアの実在人物である。彼については20年ぐらい前に歴史的人物として扱った本を読んだがオスマン卜ルコと何度も戦って敗れた人のようだ。

●ヨーロッパの吸血鬼伝説

 吸血鬼(バンパイア)信仰は死者が人間の生血を吸って生き続ける永生思想であり、不老長寿の薬を探し求めた人間の欲望の裏返しとも思える。これは世界各地の民話や伝説に登場するようだ。ところがドラキュラについては宗教的異端者という面が強調され、血を吸う行為に若さや力を求める面が著しい。にんにく・聖餅・十字架というものを持ち出すのもキリスト教的だろう。ブラム・ストーカーはこの小説を書くに当り、ブタペスト大学の東洋語教授のアミニウス・ヴァンペリから卜ランスヴァニア地方に残っている吸血鬼信仰の話を聞いたそうだ。この人は16か国を話し、20か国の言葉に通じていたという。それをアムステルダム大学名誉教授ヴァン・へルシングとして登場させている。現在からみればキリス卜教信仰に基づくオカルト的な発言であるが、作中の教授は自分が邪教を信ずるオカルトとちがうと発言するのもおかしい。ともあれ、この小説は吸血鬼退治の物語だからドラキュラの宗教的異端を断罪する。

●物語としての『吸血鬼ドラキュラ』

 実在した人物を吸血鬼とした登場させたこの小説は、英国民のオリエンタリズムに合致した作品だとわたしは思う。自国以外を劣ったものとみなすのが「オリエンタリズム」である。卜ランスヴァニアという東欧の設定がされ、その伝説をロンドンを舞台にして追いつめ、退治に出伺くのもそこにあろう。古来からキリスト教とイスラム教が武力衝突してきたトランスヴァニアが選ばれたのも、またキリスト教への反逆者としてのドラキュラも存在意義がある。それにもかかわらず理性と勇気を持った五人の男と一人の女が協力して立ち向かう話が活力を生んでいる。ドラキュラの毒牙にかかった夫人を再生させる騎士的な物語として読んでも退屈しない。スリルとサスペンスが随所に組まれて息づまる場面展開も多い。日記を並べた語りはややまどろっこしいものの冒険活劇としてもおもしろい作品である。

●ドラキュラ伝説を楽しむための蛇足

 この文章は小説の内容紹介を意図していません。登場人物のあらましやストーリーは創元社推理元庫の見開きで充分足りています。そこでこの小説をきっかけにインターネットで世界を旅するヒントをつけ加えます。

(1)実在のドラキユラ公爵についての解説は次のものを参考にしてください。

 ・ニコラエ・ストチェスク著『ドラキュラ伯爵−ルーマニアにおける正しい史伝』鈴木四郎・鈴木学訳、中公文庫BlBLO)

 ・フリー百科事典ウィキペディア「ヴラド・ツェペシュ」

 ・地球ドラマチック『ドラキュラ伝説』2007年9月15日(土)10:00〜10:45NHK放送(2003年英国制作のドキュメンタリーです)

(2)ブラム・ストーカーについては訳者の平井呈一さんの解説のほかに次のものを参考にしてください。

 ・フリー百科事典ウィキペディア「ドラキュラ」、「ドラキュラ伝説」

 ・下楠昌哉著『妖精の国アイルランド』(平几社新書、2005年)
 ストーカーはアイルランドに伝わる取り替え子伝説(チェンジリング)をヒントにドラキュラを描いたという説明があります。ちなみにストーカーはロンドンで活動したアイルランド人です。唐突に持ち出した「オリエンタリズム」もこの本から得ています。下楠さんは、トランスヴェニアの描写はアイルランドの風景を反映するといいますがわたしにはわかりません。

(3)吸血鬼(バンパイア)

 精神病理としての吸血鬼は「嗜屍症(しししょう)」というそうです。また、バンパイア研究や好事家も多いようで検索をかけるとこの方々がずらずらと出てきておびえました。この小説に関してはドラキュラを例にした次の説明の方がわかりやすいでしょう。

 ・フリー百科事典ウィキペディア「吸血鬼」

文頭に戻る