杉本栄ー「近代経済学の解明」
    2007年12月09日


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 先月から久しぶりに経済学を復習している。勉強嫌いな娘や息子に最低限の知識を身につけさせるために近代経済学やマルクス経済学の基礎知識を講義して煙たがれる始末である。金もうけにさっぱり縁がなく無駄遣いの親父が資本蓄積とか公害などといっても無益と思うのだろう。数式が絡むのも経済学を煙たくさせるものだ。それはともかく自分の知識を再整理するために杉本栄ーさんの『近代経済学の解明』(上・下2冊、岩波文庫)を読み直した。

 この本は今から60年近く前に書かれ、著者が早逝されて未完な著作である。杉本さんはマルクス経済学や近代経済学いずれにも通じた学者である。だから、マルクス学派も含めて近代経済学とするところは異質に映るだろう。でも、アダム・スミスからジエームス・ミルに至る古典派に対する批判として生まれた限界効用学派・ローザンヌ学派およびケンブリッジ学派とマルクス学派は同じという視野がある。それはマルクスやケインズに関わったわたしにはうなづける。経験料学としての経済学は社会の変動を直視して構築されるのであり、思想や信条だけで成り立つはずもない。

 杉本さんはケンブリッジ学派とその延長であるケインズに大きな評価を与え、マルクス学派との共通性と相違を示している。そして経済学は経験料学であり机上の空論でなく実践性を持つ学問という考えを示す。そこに数理経済の実用性の強調もある。だから、この本は簡単な入門書ではない。ある程度の経済学の知識があって理解できるレベルの本だ。わたしは学生時代にマルクス学派の部分しかわからなかったが読み直してみると奥の深さに驚いた。35年前に読んだときは気づかなかったことに改めて新鮮さを感じた。

 理論経済学にはなじめずに経済史や現状分析にはしってそのまま遠ざかったが、この本は物理学の相対性理論や量子論まで立ち入って科学的なものの見方とか自然料学と社会科学のちがいにもふれている。むろん、現実を相手にする経済学の流れは杉本さんが書れたときとは異なる変化をしている。最近はマルクス経済学やケインズ経済学は過去の遺物となっている。でも、実践を伴う経験科学としての経済学がどういうものかを知らせるものとしてこの本の味は今もただようのではなかろうか。詳細については伊東光晴さんが上巻の解説でふれているのでこの程度で終りたい。



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