東北本線、奥羽本線と乗り継ぎ、横手駅に着いたのは、6時少し前だった。列車からホームに降りると、亜熱帯の密林地帯を思わせるほどの湿気に包まれた。 駅で市内の観光案内図をもらい、宿を探した。まだ時間もそれほど遅くはないので、ホテルの名前で、高いか、安いかの判断をして、実際に見てから電話しようということになり、地図を頼りに歩いた。横手のホテルはほとんど駅前に集中しているため、それほど手間はかからず、3つ4つ外観を見ることができた。そのうち、ひとつは料金の表示があったので、それを基準にすることして、まずは一番安そうなステーションホテルに電話をしてみたが、本日は満室ということで断られてしまった。 次に電話をしたところは、部屋は空いているということだったが、料金が一万円を越えるため、とりあえず保留として、部屋代の表示されていたところに電話した。表示されていた料金はツインで8200円、他にこれより安いところはなさそうだった。幸いにして部屋は空いていて、料金を確かめたら8000円ということだったので、そこに泊ることにした。 そこは個人経営しているらしい小さなホテルで、僕たちの他に泊り客は見えなかった。案内された部屋にはトイレも風呂もなく、玄関で靴を脱ぐ方式からも、個人経営らしい慎ましさが感じられた。さらに、‘大浴場’があるのだが、今日は点検が入ってしまい使えないから、一階にある一人用の浴室に入ってくれという。料金が表示よりも200円安かったのは、そのせいかとも思った。 部屋に荷物を置いて、少し休憩してから、市内見物に行った。僕は街を歩くのが好きで、それが特に初めての街ともなれば、尚更だ。それに横手はそれほど規模も大きくなく、街並みにも市民の姿が感じられ、そぞろ歩きをするにはいい感じの街に思われた。ホテル近くにあった食堂の看板を見ると、横手焼きそばとある。後から知ったのだが、静岡県の富士の宮やきそば、群馬県太田やきそばとご当地焼きそば同盟を結んでいるということである。どうしようかと思ったが、目玉焼きの入っているのが引っかかり、夕食に焼きそばというのも、腹持ちの悪いようで、止めてしまった。 街を歩くといっても何か目標がないと歩きづらいため、とりあえず横手城公園を目指すことにした。歩きながら食堂を探した。居酒屋はいくつかあったが、なかなか適当なところがない。居酒屋では高くついてしまうから、僕たちのようなあまりお金に余裕のない旅行者には敷居が高く、どうしても食事が中心のところを探すことになってしまう。 横手の街は静かで、あまりお店もなく、寂しい感じで、道路の広さばかりが目に付いた。野菜や草花の苗を売っている店があり、店先にポットに入った多くの草花の苗を置かれていて、妻は興味を示し、ひとつひとつ見て回った。ナスやトマト、ピーマンなどの野菜類が多く、うちの方との品目の違いに、旅先ということを強く感じた。 しばらく歩くと横手川に出た。辺りはすっかり暗くなっていて、これでは横手城に着いても、何にも見られそうになかった。橋の上にベンチなどがあり、駅でもらった市内観光図を見ると橋上公園となっていた。川の上を渡る風が気持ちよく、「こんなところに休めるところがあるなんて、横手はいいね」と妻は感心していた。それにして、すごい湿気で、立ち止まると額から汗が流れ落ちるくらいだった。それでもなお、横手城に向かったが、日暮れて道遠しという状態で、断念して、来た道を戻った。 橋上公園に近くにコンビニがあったので、そこでアイスを買って橋のベンチに座って、食べた。ここだけは、水の近くということもあり、風も流れていて、まだ、多少なりとも涼しい気がした。 さて、夕食である。ホテルからここまでの間に、食堂はなかった。あまり気は進まないが、横手やきそばにしようかと思ったが、駅前に食堂のあったことを思い出し、そこまで行くことにした。 食堂は駅を出てすぐの場所にあった。普通、駅前には列車待ちの旅行者が気軽に入れるような安い食堂があるものである。中に入ると工員風の人たちが数人、ビールを飲みながら食事としていた。店の人と気軽に会話しているところからも、常連のようだった。店番をしているおばあさんはいなせな人で、シャキシャキと対応していた。 メニューを見ると、思ったより安く、僕も妻も焼き肉定食にした。焼肉定食は甘辛く味付けされたもので、僕は美味しく感じたが、妻には少し味付けが濃かったようで、店を出てから文句をいっていた。しかし、旅行で、こういった地元の店に入るのは、面白いと喜んでいた。失敗する可能性もあるが、僕も旅先で全国チェーンに店に入る気はしない。いや、いや、そんなこと思わなくても、横手にそういった店はなかったのだけど…。(2010.8.29) ―つづく― |