明日から、妻は仕事が始まる。だから、できるだけ早く家に帰るつもりだったが、肝心の妻は、ただ真っ直ぐに帰るばかりでなく、何処かに寄って、もう少し旅を楽しみたいという。今回の倉敷・尾道の旅は、ペルー人の妻が心から楽しめた旅だったようだ。

　米原から近い所で、面白そうなところというと彦根と長浜が思い浮かんだ。彦根は彦根城見学、長浜はガラス工芸と古い町並みが見所ということになる。米原から距離的には彦根の方が近いが、今回の旅に合っているのは長浜のような気がした。

　長浜には以前、行ったことがある。いつかと思って調べてみると、この貧乏旅行記にそのときの様子が描かれていた。2003年に若狭・丹後・山陰を旅した時の、初日の宿泊地だった。そのときは車の旅で、長浜に着いたのは5時を過ぎていたと思う。ホテルに部屋をとって、すぐに町に出たのだけど、ほとんどの店は閉まっていたのだった。

　ホテルで朝食をとった後、出発し、9時過ぎに長浜に着いた。以前に訪れたときのイメージは、全くなかった。記憶に残っていなかったのである。改札を出ると、おじさんが観光案内の地図を配っていたので、それをもらった。地図を眺めていると、以前、僕が訪ねたのは、現在は黒壁スクエアと呼ばれている地域らしいことがわかった。

　古い町並みを残している黒壁スクエアに向かった。江戸時代から昭和初期の町並みをリノベーションしたこの地域は、長浜の特産であるガラス細工の製品を扱っている店が軒を連ねている。倉敷、尾道、そして長浜とノスタルジックな町並みを訪ねる旅になった。いくつかガラス工芸の店を周り、黒壁ガラス館でぐい飲み用のグラスを買った。桜の花の絵付けが美しく、家で飾るのに良さそうだった。

　アーケードのある商店街に入ると、以前の記憶が蘇って来た。僕の泊ったホテルは、商店街を抜けた先にあった。商店街の中程を流れる細い川の両側には古い屋敷が並んでいて、岸辺の柳を合わせて、風情のある風景をつくっていた。確かこの風景も見た記憶がある。当時は、会社を辞めたばかりで、どういう気持ちで旅に出たのだろうかと自分のことながら、考えてしまった。

　イヤな会社を辞められた開放感が強かった気がするが、再就職への不安も大きかったように思う。これまで、会社を辞めた後は、必ずといっていいほど長期の旅にでていたが、ある程度、年を取ってからのそれらの旅は、心の底から楽しむことはできなかった。楽しくないことはないのだが、時折り、アラームをかけた目覚まし時計のように失業していることへの不安が心の中で鳴るのだった。しかし、いつでもどうにかなった。

　以前に泊ったホテルまで行ってみようかとも思ったが、止めた。長浜の町は、見所が多く、ちょっと寄るだけでは、もったいない。次はじっくりと、歩くことにしよう。妻のことを考えて、昼前に帰路に着いた。

　できるだけ、早く帰宅することを考え、昼食も駅弁で済まし、横浜には七時過ぎに着いた。駅で崎陽軒の弁当を買い、家に向かった。(2018.7.20)