2011 青森〜函館〜大沼公園旅行記


その五 八月十二、十三日 八戸 そして帰路

 翌日、十時二十七分発の列車で函館を後にした。普通列車でこれより前に木古内に行く列車は六時五十三分発しかなかったのである。今回の旅で初めてゆっくりとした朝を迎えることが出来た。行きでは二時間半くらい木古内で待ったが、帰りは二十分ちょっとで特急白鳥に乗り継ぐことが出来た。

 今度は蟹田で一時間くらいの乗り継ぎの時間ができたため、函館で買っておいた駅弁を待合室で食べた。東京に帰ることを思うと、できるだけ南下しておいた方がいいのだが、時刻表で調べてみると八戸着十七時四十一分、盛岡までいくとなると十九時三十三分になってしまう。それに盛岡は一日目に泊っているので、八戸で泊ることにした。予め電話番号を控えておいたホテルに電話をして、空室の有無を確認すると、空き部屋があったので予約をした。

 実は行きの時、心に残っている風景があった。二十年前に車で約一カ月間、東北・北海道を旅したとき、夏泊半島付近で見た景色と重なる風景で、できればもう一度行って確かめたいという気持ちがあった。時刻表を見ると幸運なことに、その心に残っている景色と似た風景であった浅虫温泉で降りても、八戸に着く時間は変わらないし、例え一本列車を遅らせたとしても、一時間くらい遅れるだけだった。

 浅虫温泉で列車を下りて、がっかりした。それは二十年前の景色ではなかったからである。僕の記憶にある景色は、海に浮かんでいる小島に浜から一本の道が伸びていて、歩いて渡れるのである。小島への入口には鳥居が立っていて、そこから左右と山の上に向かって小路があり、…と、そこまでなのである。確か青森の夏泊半島辺りの景色だったように思う。

 浅虫温泉も確かに海に小島が浮かんでおり、鳥居も見える。しかし、島は僕の記憶の中にある島に比べて海岸からあまりに遠く、そして、だいぶ大きい。島まで行くには、船に乗らなくては無理そうだった。そして、辺りの景色も、僕の記憶の中のものとは、全く違うものだった。僕の記憶の中では、廃業しているのではないかと思われるほど寂れた民宿が二、三軒あるくらいで、長閑なところだった。(家に帰ってから調べてみると、僕が二十年前に訪れたところは、夏泊半島の先端、夏泊岬から橋で繋がっている大島という島だったらしい)

 僕たちは予定の列車に乗り、予定通り十七時四十一分に八戸駅に着いた。すぐにホテルへ向かい、荷物を置いて街に出た。八戸の中心街は八戸駅ではなく、本八戸駅の方なので、八戸駅は駅前だけが多少整備されているだけで、飲み屋を除いた飲食店などは十軒もないのではないだろうか?歩いても面白みのない街で、結局ホテルからすぐのところにある中華屋に入った。小さな店だったが、客が多く、出てきた料理を食べてみて納得した。汚い中華屋はうまいという話があるが、正にそういう店だったのである。食事を終え、ホテルの戻る途中でコンビニに寄り、お酒とおつまみを買った。

 翌日、八時四十七分発の列車で、帰路に着いた。八戸からずっと窓の外に流れる景色を見ていた。テレビの中の評論家は東日本大震災に限らず、よく、日本は崩壊するとか沈没するとかいっているが、車窓から見える風景はそんな言葉がいかに空虚でただの妄想でしかないかを実感させてくれた。車窓の外に流れる自然の豊かさは、東北の再生を約束しているように思えた。(2011.10.25)

―終わり―


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