木曽路旅行記


その1

 金曜日、仕事を終えた後、Jさんとふたり新横浜から18時50分発のぞみ71号に乗って名古屋に向かった。新幹線の自由席は意外と混んでいたが、2つ空いている席を見つけJさんは窓側に僕は真中の席に座った。

 「ここ空いていますか?」とやや派手な格好をした中年女性が来て、空いていた通路側の席に座り、雑誌を読み始めた。Jさんが予め買っておいてくれたお菓子の中からポテトチップスを取り出してふたりで食べた。すると隣りの女性もバッグからクッキーのようなものを取り出して食べ出した。Jさんは昨晩、旅行の準備で手間取り就寝時間が遅かったそうで、しばらくして寝息を立て始めた。僕は何となく寝つけず、彼女の寝顔と暮れて真っ暗になった外景で鏡のように車内を映している窓ガラスをぼんやりと見ていた。

 20時15分、のぞみ71号は名古屋に着いた。大きなリックサックを背負った僕とJさんは雨も止み、心地いい風が吹いているプラットホームに降りた。他の乗客の後に着いて改札を出て、まず今晩泊まる宿を探すことにした。

 しかし、僕は名古屋に来たのはほとんど初めてであり、Jさんもかなり昔に学校の研修で1度だけ訪れただけだったので、何処に何があるのかもわからない。とにかく賑やかそうというだけで太閤口というところから街に出た。

 すると駅前から何軒ものホテルの看板が見え、僕はそれらを読み上げ、Jさんが手帳に書き写した。次にそこに電話をかけないといけないのだけど、ふたりとも携帯電話というものを持っておらず、公衆電話を見つけるまでかなりの時間を要してしまい、ホテルが決まり部屋に入れたときには9時を回っていた。

 部屋に荷物を置き、Jさんと夜の名古屋の街に出た。名古屋らしい店にと僕たちは思い、駅周辺を歩いていると感じのいい居酒屋があったので入った。名古屋コーチンの炙り焼きやきしめんを食べながら、僕はサワーをJさんは生ビールを飲んだのだけど、アルコールの量が多かったのか早々とふたりともかなり酔ってしまい一杯だけで店を出た。

 店を出た後、酔いをさまそうとふたりで夜の街を手を繋いでぶらぶらと歩いた。普段はあまり酔わないJさんだけど、何故か深く酔っているようで足元も危なかった。アルコールだけのせいでなく、久しぶりの旅行ということで気持ちが昂ぶっていたせいかもしれない。

 いろいろな所を歩いたような気がする。明らかにピンク街とわかる通りもあり、もしJさんがいなければ僕は数人のポン引きから声を掛けられていただろう。色とりどりに輝くネオンを見ながら、ある程度歩くと酔いもさめてきたので、ホテルの近くにあるコンビニでお菓子と飲み物を買い、部屋に戻りシャワーを浴びた後ふたりで話しながら食べた。


 名古屋発8時46分の中央本線に乗るために、コンビニで僕はお握りと水、Jさんはサンドイッチとお茶を買い駅に向かった。昨晩はゆっくりJさんと遅くまで話していたかったのだけど、今日の朝が早いということで1時前に寝た。僕は旅の初日はいつでもなかなか寝つけないほうで昨晩も例外ではなかったのだけど、Jさんは気持ちよく眠れたようである。

 昨夜と打って変わって外はいい天気で、かといって暑苦しいということもなく爽やかに晴れていた。慣れない駅のため切符売場になかなか辿りつけず、ちょっと焦ったが何とか自動券売機を見つけ落合川まで切符を2枚買った。

 ホームに出るとすでに中津川行きの列車が止まっていて、僕たちはすぐに乗り込んだ。幸いにして空いていてふたり並んで座ることができ、僕たちはすぐにコンビニに買った朝食を取った。

 朝食を取り、列車が動き出すと車窓から朝の低い陽の光が差して来て、昨夜あまりよく眠れなかったこともあり、まどろんだ。中津川までは1時間以上あるため、熟睡したかったのだけど、旅行しているという高揚感があるためか、なかなか寝つけない。ふと目を開けて窓側に座っているJさんと見ると、彼女はすやすやと気持ち良さそうに寝入っていた。

 Jさんは昨晩も熟睡できたというのに、今もまた穏やかな寝息を立てている。羨ましい限りでちょっと意地悪をしたくなったが、そんなことをすると機嫌を損ねるかもしれないので止めた。その代わり、僕は車窓に流れる変わりゆく景色を愉しむことにした。

 列車が名古屋を離れ、中津川に近づいていくと外の風景は街から山村へと、灰色から緑に変わっていった。そんな景色を見ていると旅情が心の中で生まれて来る。
「起きてたの?」とJさんからふいに声を掛けられた。
「うん」
「いい景色ね。起きてないともったいないね」とJさんもすっかり変わった辺りの風景を興味深そうに眺めていた。

 中津川駅に10時に着き、今度は松本行きの中央本線に乗り換えた。車内は大きなリックサックを背負った中高年の人たちでいっぱいになった。北アルプス方面に行く人が多いのだろうか。

 次駅の落合川で降りた乗客は僕とJさんのふたりだけだった。落合川は無人駅で僕たちは備え付けられたポストの中に切符を入れた。眼下には木曽川が流れていて、線路の反対側にはいくつかの民家が草に覆われた崖の下にあった。

 僕たちは線路を渡り、その民家の軒先を通り狭い路地に出てその道を登っていった。辺りは狭隘の地に畑や田んぼが寂しくあり、わくわくするような気持ちと不安な心持ちになった。ずっと続く上り坂にJさんは早くも「疲れた」と「暑い」を連発し始めた。僕も何処をどう歩いたらよくわからず不安ではあったが、上の方に見える自動車がかなりの速度で走っている道路がたぶん国道19号だろうと思い、そこに向かった。つづく…(2006.9.23)


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