北海道旅行記 2005


苫小牧港へ

 8月10日、いよいよ北海道最終日。まずは、静内温泉に朝風呂を浴びに行った。旅行最後の日の朝に、温泉に入れるなんて思ってもいなかっただけに、気分がいい。温泉から帰った後、さてどのルートを通って苫小牧まで行こうかと考えた。 静内から苫小牧までは、80Kmくらいだろうか、真っ直ぐに走れば2時間足らずで着いてしまう距離である。フェリーの出航時間は深夜の23時50分だ。あまり早く着き過ぎても、つまらない。

 2つ残ったうちのひとつのパックを使って紅茶を入れ、ゆっくりと周りの風景を眺めながら飲んだ。慌しく出発の準備をする人、連泊を決め込み椅子に座って優雅に朝食をとっている人。紅茶を飲み終えた後、テントをたたみ撤収を開始し、9時過ぎにキャンプ場を出発した。

 静内市街地から海岸線を離れ、平取に向う山間の道に入った。北海道には珍しい寂しく陰気な道が続いた。義経峠を通って、国道237号に出て、その後穂別町から夕張に向うつもりだったのだけど、どこでどう間違えたのか、しばらく走っているとT字路に出てしまった。頭の中に入っている地図を正確にトレースしていれば、T字路などにはぶつからないはずなのである。

 T字路の前にバイクを止め、背中のリックサックの中に入っている地図を開いて、今自分がいる場所は何処かと探してみたが、わからない。道路の絶対数が少ない北海道で道に迷うとは、あまりないことである。仕方なく、目の前の標識に従い左折した。

 するとしばらくして道は砂利道になってしまった。そういえば、この先5Km、砂利道との案内もあったような気がする。とんでもないところに迷い込んでしまったのではないかと少し不安にもなったが、よく整備された走りやすい路面だったので、そのうち広い道路に出るさと楽天的に考え、走りつづけた。

 しかし、行けども、行けども、砂利道は続いた。バイクを路肩に止め、再び地図を開き、自分がいる辺りの未舗装の道路を探した。そして、自分がどうも国道274号に出る道を走っていることがわかった。はじめに思い描いていたルートのひとつ東の道を走っていたのである。

 自分がいる場所が特定できたので、かなり心強くなり、オフロードを走るのが楽しくなってきた。そういえば、今回の旅行ではあまりオフロードを走ることがなかったので、神様が最後にその楽しみを道に迷わせることで与えてくれたのかもしれないななどと、ロマンチックな考えさえ浮かんできた。精神的にどこかおかしくなっている徴候である。

 8Kmにわたる砂利道を終えると、樹海苑というラーメン屋さんの隣りに出た。するとそのラーメン屋の隣りにあるガソリンスタンドからポメラニアンを抱いた初老の男性が僕に声をかけながら近づいてくる。
「おにいさん、久しぶり」

 記憶が甦って来た。僕がバイクで2回目に北海道に来たとき、雨のこの国道を日高から夕張に向って走っているとき、このガソリンスタンドで給油したのだ。しかし、そのときからもう10年以上の時間が流れている。

 僕がおじさんのことを覚えていたのは、ただガソリンを給油しただけでなく、その後、このおじさんから樹海苑でラーメンを食べて行くように強く勧められたからだった。
「おいしいから、寄って行って!」と強くせがまれた。だけど、その後の記憶がはっきりとしない。たぶん、僕はあまりお腹が空いていなかったせいもあり、寄らなかったような気がした。

 「お兄さん、前にここのラーメン屋さんに、寄ったでしょ?覚えてるよ」と初老の男性は僕がラーメン屋に寄ったと記憶しているらしい。
「お久しぶりです。お元気そうで…。ガソリンスタンドに立ち寄ったことは思えています。おじさんに、おいしいからラーメン屋に寄るように勧められたことも覚えているのだけど、寄ったのか、寄らなかったのか…」
「いや、いや、おにいさんは入って食べていったよ。俺は一回会った人のことは大概覚えているんだから、間違いないよ」
そういう風に言われると、そんな気もしている。
「今度も寄って行ってくれるんだろう?」
ちょうど、時間もお昼時だった。この先のドライブインでと考えなくもなかったが、おじさんに敬意を表して寄って行くことにした。

 ラーメン屋さんはおばさんひとりで切り盛りしていた。ご主人は入院しているらしく、この夏からひとりで営業しているということだった。おばさんによると、この店は‘伝説の店’ということで、知らない人間は‘もぐり’なのだそうだ。

 北海道をバイクや自転車で旅する人の間では、となりのガソリンスタンドのおじさんと共に、かなり有名な店らしい。雑誌にも載ったとアウトライダーをいう雑誌を持ってきてくれた。僕の他にはライダーがひとり、ラーメンを食べていた。彼もこの店の‘常連’らしく、北海道に来た時はかならず寄るらしい。

 おばさんは僕のことを覚えていなかった。それもそのはずで、やはり10年前、僕はこの店に入っていないように思う。おじさんの言葉とは裏腹に、その記憶が全く甦ってこないのだ。だけど、そんなことはもうどうでもいいような気がした。

 僕はこの店の名物という樹海ラーメンを注文した。おばさんはさかんに「うちのラーメンはおいしい。樹海ラーメンは栄養満点だから」と言っていたが、残念ながら僕にはそうも思えなかった。

 確かにスープの味は悪くないし、山菜がてんこ盛りになっている樹海ラーメンは栄養満点かもしれない。しかし、その2つが組み合わさったとき、水っぽい味気ないものになってしまっているような気がした。山菜うどんは確かにおいしい。しかし、大盛りの山菜とラーメンとの相性は、あまりよくないように僕には思えた。

 おばさんは、僕が食べている間、ずっと愚痴をこぼしていた。
「北海道の人間はほんとのものがわからない。きれいなところばっかり行きたがる。隣りのドライブインのラーメンなんて最低だよ。なんだっていろいろとやっているんだからおいしいはずがないじゃないか。うちはラーメン専門だからね。スープにだって時間をたっぷりとかけているしね。店を改築してきれいにしてもいいけど、その分値段に跳ねかえってきてしまうから、今の価格で出せなくなっちゃうんだよ。うちは安いままでやりたいんだ。
 ライダー?減ったね。10年前の半分だよ。みんな素通りさ。最近のライダーは、ものがわかる人が少なくなったね。きれいなところで高くて不味いもの食べさせられても何も思わないんだから。だけど、懐かしがってきてくれる人もいっぱいいるよ。お父さんが病気で倒れたとき、店を閉めようと思ったけど、そんなことを考えたら続けないとね」

 隣りにあるガソリンスタンドのおじさんのことも少しわかった。何でも昔は大阪で社長をしていたらしい。毎年ハーレーに乗り北海道に来てあのガソリンスタンドで夏の間だけ働いていたという。しかし、今年は腰を悪くしてしまいバイクに乗れなくなり、北海道に来るのも危ぶまれたが、何とか車でやってきたそうだ。

 僕がバイクで北海道に来始めたとき、いろいろな口コミの情報が生きていた。あの店のご主人は面白い人だとか、あの土産物屋のおばちゃんは気がいいとか。しかし、最近はその手の話しを全くといっていいほど聞かなくなってしまった。今では、コンビニに寄るだけでも1週間だろうと1ヶ月だろうと旅行ができてしまう。現に朝はコンビニのお握り、昼と夜はコンビニのお弁当という旅行者もいる。便利な反面、恐ろしい社会になったような気がする。

 「また来年、北海道に来たら寄ります」と言って店を出た。僕の後にもひとりオフロードのライダーが駐車場にバイクを止め、店に入っていった。今度来るときは樹海ラーメンではなく、普通のしょう油ラーメンでも食べてみようと思い、バイクをスタートさせた。

 国道274号を西に向い、滝の上公園に行った。渓谷美とレンガ造りの懐かしい雰囲気の発電所が見物の公園だ。一回りしてから、売店でメロン味のアイスクリームを買った。このツーリング期間中、よくアイスクリームを食べた。そして、広々とした芝生の上に寝転んだ。小さな女の子と母親が、楽しそうに遊んでいる。まるで絵の中にいるような光景だった。

 陽がやや傾いた頃、苫小牧港に向かって出発した。国道234号はただの交通量の多い道だった。途中、ウトナイ湖に寄ろうと思ったのだけど、道がわからず知らぬ間に通り過ぎてしまった。

苫小牧港に着いたのは、午後6時をちょっと過ぎたときだった。(2005.10.26)


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