愛は嵐のように

 「何で、こうなっちゃったんだろう?」とJさんは自嘲気味に言った。
僕たちふたりは日曜日の夕暮れ時、公園のベンチに座り南よりの風を気持ちよく受けていた。ベンチの上に枝を伸ばしている桜の木の葉が騒いでいる。

 「私、どうしよう」とまたJさんが呟く。
日系ペルー人のJさんは日本で数年働いた後、ペルーの経済がよくなってきたら母国に帰り何か商売をしようと思っていた。彼女の実家はパン屋さんでそれに関連したものを考えていたようである。利益が上がるようになったらアパートを借りて独り暮しをする計画だったらしい。

 それが僕と知り合い、大きく揺らぐことになってしまった。
「この1年で全然変わっちゃったね」とJさんは不思議そうに、そして少し困惑気味に言った。彼女の計画は風を耐える木々の枝のように大きく揺れ、そして吹き飛ばされそうになっている。僕はそれを吹き飛ばそうと無意識のうちに風を送っている自分に気づいた。

 Jさんのそんな呟きを聞くと、果たしてこれでよかったのだろうかと弱い自分が考える。「これでいい」と違った自分は思う。「彼女は幸せになれるのだろうか」ではなく、「彼女を幸せにする」のだとまた思う。

 心に微かな痛みを感じながら、雨を降らせ風を彼女に送る。雨は彼女を癒し、心の傷を洗い流すことができるのだろうか。風は心を飛翔させることができるのだろうか。

 「Hさんは突然やってきた嵐のようね」僕の目を見つめて、Jさんは笑う。
果たして嵐の後には無残に壊れた荒涼とした風景が広がっているだけなのか、それとも抜けるような蒼い空を彼女は見ることになるのだろうか?

「今日はいっぱい飲もう!」
「飲もう!、飲もう!」
僕たちは陽が暮れかかった公園を風に背中を押されて、後にした。(2006.7.7)




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