表と裏

 物事には何でも表と裏がある。これは当たり前のことなのかもしれない。光が当たる部分があれば影になる部分ができるのは道理だ。人間の気持ちだと光と影は本音と建前ということになるのだろうか。本音と建前、どちらが光でどちらが影かはわからないが、少なくても会社の中では建前が光で本音が影になっているような気がする。言い方を変えれば建前が表であり、本音が裏になっている。

 今、アルバイトをしている会社で最近、社員の人と2人きりで作業することが多くなった。するとよく特定の人に対する愚痴を聞かされる。その特定の人は直属の上司だったり、過去に辞めた社員だったり、働きの悪いアルバイトだったりする。人の悪口はある意味とても面白い。それは普段は隠れているその人の本音が見えるからだと思う。

 今日などは今月いっぱいで辞めてしまう社員の人の悪口を聞かされた。その辞めてしまう社員と僕は年が同じということもあり、まあまあ仲がいい。だけど、僕に彼の悪口を言った人はそのことを知らなかったのだろう。
「夏休みは2週間も取る」
「女好きで、アルバイトとかジャパ行きさんとかに熱を上げ仕事に支障をきたしたことがある」
「もう数年前から辞めると言っていた」
「会社の行事に無関心で参加しようともしない」
等々…
聞いているうちにほとんど自分のことを言われているのではないかとの錯覚に陥ってしまった。それほど、彼が言った不満が僕に当てはまるのだ。

 僕も正社員時代は2週間の夏休みはとったことはなかったが。10日間くらいはよくとった。女好きでアルバイトを好きになってしまい、迷惑をかけてしまったこともあった。会社を辞めると断言したことはなかったけど、辞めたいとよく同僚も洩らしていたし、会社の行事など何の感心もなかった。ということは前の会社で僕も影ではこのような悪口を言われていたのかもしれないなと思ってしまった。

 あまり、波風を立てたくはないので、適当に相槌を打ち聞き流した。でも、仲のいい人の悪口を聞かされるのは辛いものがある。自分までが悪口を言っている人の共犯になってしまった気分になってしまった。

 今までにそんな素振りが全く感じられなかったので以外だった。仕事をしている時はこのようなことを思っているということは全く素振りも見せず、それなりに信頼しながらやっているように見えていた。正に見せかけだけということなのだろうけど、本心ではここまで嫌いながら仕事場ではそれを垣間見せないのを見事と判断するべきか、怖いと判断するべきか…。

 人の悪口は確かに面白い一面はある。だけど、言っても、聞いても何か心にひっかかるものが残ることもまた確かのように思う。人の心の明暗はあまりくっきりとしていない方が僕はいいと思う。間接照明のように薄ぼんやりとほの暗いけど、やさしい光の方がいい。光が弱ければそこにできる影も薄くなるような気がする。(2003.10.30)




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