失格


 今、働いている会社もそうなのだけど、前に勤めていた会社は社員よりアルバイトの方が人数は多かった。また社員の人でもアルバイトから登用された人が半数以上だった。だけど、その逆、社員からアルバイトになった人は、当然といってしまえば当然なのかもしれないけど、全くいなかった。僕はよく「社員からアルバイトになれればな…」などと無理と知っていて思っていた。

 社員だと純粋な仕事以外にもいろいろな業務がある。昇級試験、組合活動、各種委員会といったものから社員旅行や忘年会などの社外活動まで煩わしくて仕方なかった。僕はそういったものに熱心ではなかった。会社の内部のための仕事というヤツがどうにもいやだった。

 リクリエーション委員にされそうになったことがあったが、適当な理由をつけて辞退した。会社にリクリエーションなど必要ないと思っている人間にとても勤まるはずはない。そんなものに前向きな気持ちで取り組むことなんてできないし、一生懸命になっている社員を見ると、なんでそんなにがんばれるのだろうと不思議だった。会社の上層部は、そういったものをさせることによって会社への帰属意識を高めようとしているのだろう。

 12月末に行なわれる年末表彰にも会社を辞める数年前からほとんど出席しなくなった。たまたま自分が表彰の対象になり、上司から提出した有給を取り消すように説得されたこともあったが、旅行にいくことになっているといって休んだ。会社への忠誠心を高めるための儀式なんてまっぴらだった。

 新年最初の朝礼は本社で行なわれるのだが、行くのが面倒だし、あまり意味がないと思われる社長の話しを聴くのも気が進まないのでよくさぼり、午後から自分が働いている事業所に出勤した。午前中は競馬の開幕である金杯の馬券を買いにいった。競馬の開幕はWINSに朝から並ぶとタオルが貰えるのだ。だけど、結局馬券は外れることが多く、ずいぶんと高いタオルになってしまうのだった。

 さらに3月末日に仕事が終了して午後6時頃から行われる納会にもほとんど出たことがない。よく、出席するように頼まれたが、そのつど適当な理由をでっち上げて断った。また、労働組合の集会もほとんど委任状を提出して、出席することはまれだったから、組合の委員には白い目で見られていた。自分の部署でアルバイトとの忘年会はやったが、会社の忘年会には出席したことはあまりない。僕が社内の行事に参加するといったら、辞めていく懇意だった社員の送別会くらいのものだった。

 こういったことを繰り返していると当然のことながら上司や同僚からは距離をおかれるようになる。そして、会社の行事には参加しない人間とのレッテルを貼られ、たまに何かの行事に出席したりすると驚かれたりする。そして会社の中では浮いた存在になっていく。だけど、僕にはどうしてもそういったものに迎合することができなかった。そういったものに束縛されず、会社への帰属関係が薄いアルバイトがうらやましく思えた。それで、社員からアルバイトになれればと思ったのだ。

 だけど、他の社員はみんなほとんど会社と折り合っていた。僕よりもはるかに社交的でない社員でさえ、我慢していた。ほとんどみんなができていて、ほとんど僕ひとりが折り合いを欠いていたように思う。

 また、僕は有給休暇の消化率でも群を抜いていた。勤めていた会社は最高20日まで有給をためることができたが、僕はその年についた有給はその年にほとんど消化していた。 夏休みも3日しかない会社だったが、2日有給をとれば1週間まるまる休みが繋がり、9日間の夏休みになる。僕は最低9日間、さらにこれに有給を3日足して12日間の夏季休暇をとったこともある。当然、何人かの社員は有給を足して9日間くらいの夏休みを取るだろうと思っていたら、このようなことをするのは僕ひとりだった。
僕にはどうしても土日を足して5日間の夏休みで満足できてしまいのかわからなかったが、どうもそれが普通の会社員というものらしい。僕の方が異端だったのだ。

 さらにスーツもネクタイも革靴も嫌いだった。スーツを着ていく必要のない仕事だったせいもあるけど、スーツを着ている社員もたくさんいたし、アルバイトでもスーツで来ている人もいた。僕は出張の時以外は着たことはほとんどなく、夏などTシャツにジーンズそしてサンダルで通勤していた。他の季節ならまだ理解できるが、東京の蒸し暑い夏によくスーツにネクタイを締めて、革靴を履いていられるなと思った。普通に考えれば、自然ではない。いつから、そして何故、そういった不自然なことが当たり前になってしまったのだろうか?

 僕はそういった自然でない−或いはわざとらしい−ことが苦手だ。だけど、そういったものにつきあえるようでないと、会社員としては失格ということになるのかもしれない。僕は会社への忠誠心も帰属意識も全くなかった。社員失格だと自分で思った。ただ仕事だけをやっていたかった。(2003.12.5)


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